第二十三話 X=14→X=is
その日、三輪はかつての学友と居酒屋に居た。
「「「乾杯」」」
そのテーブル席には三輪と遠藤、髙木が居り、それぞれの前にはジョッキが一つずつ。そして櫻井と髙木の前には皿の半分程のから揚げが置いてあった。
「皆仕事お疲れー、今日はあの二人は来てないんだな」
「あぁ、二人とも仕事が立て込んでるらしい。まぁ十二月末だしな。サービス業の彼奴等からしたら寧ろ今こそ稼ぎ時って事だろ」
まぁそれもそうか。それにしても彼奴等がサービス業に就くとは思わなかったな。んー、まぁ妥当なのだろうか。彼奴等会話面白かったし。
「そうか。まぁ新居に関しては家族が居るからな。よく働くのも納得できる。んで、そっちは仕事の調子はどう?」
髙木は公務員、遠藤は大手電力会社の技術者。それぞれ顔を見る限り上手くいってそうだが。
「ぼちぼちかな。工業高校から出てるから、昇進するのに色々必要らしくてさ。今条件満たす為に頑張ってるって感じやね。髙木は?」
「期待通りって感じかな。ホントに安定してる。強いて言えば、皆俺より頭良いからそこがちょっと気になるくらい。やりたい事も出来てるし、順風満帆よ」
遠藤は昔から良くも悪くも裏表が少ない奴だ。表情からもきっとまあまあ幸せな生活を送っているだろう。髙木は皆が自分より頭が良い事を少し気にしているようだが、それに勝る充実感があるといった感じか。まぁまだ社会人二年目だ。これから少しずつ視野が広がってきた時、髙木が潰れてしまわないよう願っておこう。
「圭一こそどうなんだ?何か良く分からん会社に入ってたが」
「良く分からんって言うな。これでも最近話題のベンチャー企業だぞ」
「お前すげーよな。エリート街道歩んでますって感じ」
こういう流れの会話は、俺が増長して此奴等に不快感を与える可能性がある。増長する対象を俺から遠藤に移そう。
「まぁな。そういうお前こそ大手の電力会社の技術者だろ?お前の方がすげぇよ」
「そうか?」
「あぁ。電力はこれからの社会より一層必要になってくる。全ての技術の根幹の電気の需要は必ず存在する。その電力を扱う会社の中でも大手の会社の技術者なくんて将来安定じゃないか」
「あー、確かに安定って面ではこっちの方が有利かもな。ベンチャー企業って確かに一発屋、みたいなイメージあるしな」
良し、乗ってきた。
「そうそう。寧ろこれから如何に大企業と肩を並べられるくらいに成長するかを考えて生き抜いていかなきゃいけないんだぜ、俺達は…っと、すいませーん、生一つー」
それから暫く、彼らは互いの仕事の事、結婚の事、出会いの無さへの愚痴、彼女持ちへの呪詛、この場に居ない友人の話等等を酒とつまみと共に語り合い、あっという間に元々決めてあった解散の時間になった。
「だよなーあれはn、アラームが鳴っちゃったなー」
「もうお開きか。早いなー、もっと話したかった」
「なー」
「ここで区切らないとまずいのはお前等も良く分かってるだろ。初めて皆で集まった時の事憶えてるか?俺達全員朝まで飲んで、帰りに皆公園のトイレに籠って、あーいや二手に分かれた後だから同じ公園ではなかったか。取り敢えず、ここで終わらせないと明日に響くぞ。幾ら正月休みだからって飲み過ぎは厳禁だ。良いな?」
二人が頷いた事を確認した三輪は二人を連れ会計を済ませ店の外に出た。
「今日は俺の奢りで良いから。お前等早く帰って休め。特に髙木、お前もう顔色ヤバいぞ」
「あー、吐くのは家に帰るまで耐える」
「飲み過ぎだ馬鹿。じゃ、俺コイツ家まで送って帰るわ」
「え、良いのか?」
「あぁ、奢ってもらったしな。また予定が合う時一緒に飲もうぜ、じゃあな」
「そうか、分かった。じゃあまた」
背筋の伸びた影と寄りかかり、寄りかかられ背筋の曲がった影が逆方向に進み始めた。
はぁ。結構飲んだな。が、あと少し足りない。家に確かウィスキーがあと一本残ってたはずだ。それでもちびちび飲んでから寝よう。
三輪は居酒屋での会話を思い出しながら小さく溜息を零した。その息はマスクに阻まれ白くなる事は無く、代わりに彼の眼鏡を曇らせた。
彼奴等、大人っぽくなってたな。勿論、社会人になった時点でも大人っぽくなっていたが。だが今日、約一年ぶりに見る彼奴等はどうしようもなく世間慣れした大人になっていた気がした。大人特有の当たり障りのない会話。内容はともかく、言葉での表し方は完全に気を遣う大人のそれだった。中学の頃、エッチな話が好きだった彼奴も、もう暫く会ってない内に変わってしまっているんじゃないだろうか。変化を怖がるのが良くないのは分かってる。挑戦しない限り道は開けない事も分かってる。でも私はどうしても中学生だった頃のあのいい意味で自己中で他人に気なんて遣わない彼奴等が好きなんだ。あの頃のままでいて欲しいなんて私のエゴである事、彼奴等が仕事に楽しんで、満足して臨んでいる事、その仕事を続ける為に必要な変化である事、全て分かってるのに私はこの願望を消せない。楽しめる事は最高の才だ。楽しいのは、幸せなのは最も優先すべき感情だ。この二つを満たしている彼らに、私のエゴが太刀打ち出来る訳ない、優先して良い訳が無い。これもまた、私がヒトであり、私にとって私が最優先事項である事の証明の一つ。
三輪は今度ははっきりと溜息を付いた。しっかり曇った眼鏡は一瞬彼の視界を奪ったが、すぐに彼に視界を返した。
止めよう。いつもこの結論に辿り着く。解りきってる事を何度理解したところでそこに意味はない。もっと別の事を考えよう。
周りを見回した三輪は大学生五人組を目に止めた。
そう言えば、人は周りの五人の平均になるらしいな。正直これはあくまで誰でも分かりやすく聞くための例えである事は理解しているが、もしこれを本気で言っていた場合、複数の疑問がこの場に生ずる。その平均とは表面上の人物なのか、裏の本性も含めたものなのか、この場に時間の概念を導入した場合、私を含めた六人がいて、私が彼らから性格が彼らの平均へと変化した場合、彼らも又私の性格を含めた平均を取っているはずなのだから、彼らの性格も変化する、そしてまた私の性格は変化して。というとても不確定な状況になってしまう事。まず一つ目の問題。もし本性も平均に含まれるのなら、私は魂が存在する確率を上げられる。二つ目の問題に関しては、正直性格とは流動的なモノの可能性が高いとも思っているためさして問題はない。そうだな、前者についてより深堀したいな。もし仮に本性までも平均を取るのなら、無意識に周りの五人の性分の平均を自身の性分に取り入れている事になる。そしてまた時間の概念を含め考えると、その五人と居れば居る程その平均の性分の割合が高くなり、やがてそのグループの全員の性分はそれぞれの個性を残しつつも、それぞれの平均を取った特有の性分となるだろう。うん。あ、更にヒトは肯定されるのが好きだから、互いが互いを肯定し合い、やがて彼らの中での共通認識が生まれ始める。これが五人の平均を取る、と言っている可能性もあるな。あー、共通認識って事はそれは常識。常識は皆若い頃から持ってる。でも細々したところは皆違う。これらを組み合わせると、常識とは各家庭の環境によって差が生まれているという事になるのか。大体の常識が一致しているのは教育の賜物だろう。あーあ。魂の存在証明の手掛かりかと思ったら逆に魂の存在を否定する材料になっちゃったよ。あ、着いた。
また溜息を付こうとした時、丁度三輪は自身の住むマンションに到着した。エントランスを抜けエレベータで三階まで上がり、自身の部屋に入っていった。
「ただいまー」
扉を閉めた。
「誰もいないんだけどね。さ、さっさと飲んで寝よ」
彼は荷物を玄関に放り出し、まあまあな値段のするウィスキーとかくかくのグラスを台所に用意し、グラスに氷を三つ入れ、そこにウィスキーを流し込んだ。
「テレビみたいな氷なんて作るかっての。この立方体で良いんですー」
グラスを持ちベランダに向かった。時計を一瞥した。
「もう十一時か」
時計は十時五十二分を示していた。ベランダに出た三輪は椅子に座り、夜風に当たりながらウィスキーをちびちびと飲み始めた。
…今の俺を俯瞰すると、つくづく俺はヒトなんだと再認識させられる。ここに座るといつも感じる絶望感だ。ヒトね…、そう俺はヒトだ。悔やむ必要なんてない、俺は本能に従っているだけ、楽しい感情は他の感情より何より優先すべきものなんだ。皆もやってるし。…はぁ、いつもこうだ。こう考えるといつも出てくる、理性の私。理性から見ると、とても滑稽で、愚かに見える。当然だ、理性には感情が理解できない。感情が分からない以上、それは当然だ。…理性と本能、ね。
三輪はウィスキーをテーブルに置き、部屋から原稿用紙の束を持ち戻ってきた。
最近ようやく書き終わったこの「僕の神様理論」。頑張って過去をそのまま表現しようとしたがダメだった。現実の過去と様々な相違が見受けられる。まぁ読み手からしたらそんなの関係ない。が、書き手の私と俺からすれば違和感だらけだ。見ていけばすぐ分かる、俺は彼女とあんなに仲良くはなかった。勿論、話はしたが…これも良い訳だな。もう分かってた。俺はあの頃からずっと彼女を忘れられてなんかいない。実際そうだったんだ。俺も変わった。中学の頃より遥かに社交的になったし、良く笑うように、人相が良くなるようにした。服装に気を遣った。もっと勉強して天才の思考回路をある程度模倣出来るようになった。結果頭は良くなった。でもそれらの変化は、全部彼女の為だったと彼女と再会した先月思い知った。そしてその変化は的確で、彼女とあれから仲良くなっていったし、なんなら夜を共にした。幸せそのものだ。…だがこの原稿用紙に目を向ける度に悔やむ。今更悔やむ。何故あの時声に出せなかったのかを。あの時の私の無力さを。結局私はあの日告白の続きを出来なかった。行動に移せなかった。あの時の感情は未だに分からない。だが、私が完璧からほど遠い存在かは示している。そう、結局私は主人公になどなり得ない愚鈍な一市民に過ぎないのだ。
気の立った彼はウィスキーを一気に呷った。
「ふぅ…」
まぁ、これで私の夢であった「自身の存在の証明」は完了した。この小説の主人公は私だ。これを読めば私の存在を多少なりとも感じられるだろう。…いや、違うかもしれない。さっき俺は主人公にはなり得ないと考えた。何故ここで主人公というワードが出てくる。そしてこの小説の主人公は私…私の本当の夢は「主人公になる事」なんじゃないか?
「はっはっは!こりゃ傑作だな!」
自分じゃ主人公の器にはなり得ないからって自分で小説にする事で無理やり主人公になろうなんて。あー、もうダメだ。完全に壊れてやがる。そうだ。俺は主人公になり得る器じゃない。主人公には主人公補正なるものがある。だがそんなの漫画やアニメの中だけだと思って当然だ。でも私はその主人公補正は確実に現実にも存在すると確信している。逆に、主人公補正だけでなく、モブ補正、悪役補正等等も存在すると知っている。根拠は至って単純。私には悪役補正が掛けられているからだ。昔から違和感はあった。良い事をすると私には必ずと言っていい程不利益が生じ、悪い事をすると全てが上手くいく。もし私が悪の道に進んでいたら大成していた事だろう。だがしかし、私は憧れてしまった。ヒーローや英雄という希望に憧れてしまった。 それに付随して、正義にも憧れた。正しい事に憧れた。優しくある事に、頼りにされる事を是とした。この才能と行為の矛盾に気付いたのは高校の頃だった。私は魔が差して悪事を働いた。何てことはない、ただ一度自分に都合の悪い事を隠したくて吐いた、他人に不利益が生じるような嘘。こんな事悪事とも思われないだろう。だが当時私からすれば十分悪事と思えた。罪悪感はあった。だがその罪悪感は一晩で薄れ、その場にはただ物事が上手くいったという事実が残った。それから私の行動はエスカレートしていき、周りを欺き確固たる地位を得た。その地位はとてもドロドロしていて、人の欲やエゴを非常にうまく利用し確立されていた。余りにも盤石で、誰も逆らえなくて。私は気付いてしまったんだ、自分には悪への適正が高い事に。その時腑と怖くなった。才能に自身の信念や希望、目標、人格が吞まれていく感覚に襲われた。それから俺は悪事から足を洗った。足を洗う時の手際も完成度も完璧で。悪に関してなら何もしても完璧な自分が恐ろしく、とても悲しく思えたあの時の胸の苦しさを今でも鮮明に思い出せる。この自身には悪に対した適正があるという事実は私に様々な気付きを与えた。私の感情で最も強いのは憎しみ、恨み等のマイナスな感情である事。私が他人を観る事に長けていたのはそれぞれを騙しやすくするために特徴を掴もうとしていた事。私には裏のドンのような雰囲気がある事。どれもこれも。私が望んだ才能とは正反対で。だから必死に努力を続けた。まぁそれは幼稚園の頃から変わりしないが。勉強を頑張った。足が速くなるよう、体力が付くよう走り込みを徹底した。握力が上がるように様々なトレーニング器具を買い漁り自身に合った物を見つけそれを必死に続けた。肩を強くするために色んなスポーツに挑戦した。字を上手くするために、計算が速くなるように、テストで点が取れるように、周りからの評価が上がるように。頼られるように。優しくするために。優しい雰囲気を作るために。頼りやすく、話しかけやすくなるように。常に努力は怠らなかった。希望と呼ばれる人に近づきたくて、ああなりたくて。でも私の才能はそれを許さなかった。勉強も、スポーツも、雰囲気も、人間関係も。どれも目標に届く事は無く、常に中途半端な結果までで終わってしまう。昔からそうだ。昔からまるで世界が私を悪に仕立てるが如く私に不幸が降り注ぐ。だが私だってそのまま悪に染まったわけではない。私は幼稚園の頃、悪い事をしてしまいそうな自分に嫌気が差し一度自我を破壊している。幼稚園生がそんな事する訳ないと自分でも思うが、実際そうなのだ。だがこの行為は、ヒトに備わっている無意識の範囲までも破壊してしまい、私は全ての行動を意識的に行わなくてはならない呪いに掛かった。呼吸までは大丈夫だったが、幼稚園生のある日を境に急に転ぶ回数が増え、一時まともに歩けなくなったりもした。繰り返す事で慣れという現象を引き起こし、今でこそ無意識で歩く事が出来るが、当時は大変だった。しかし、自我を壊した私には自信というパラメータが備わっていなかった。客観的に見ると弱そうに見えるのだろう。それからはいじめられ続ける日々の始まりだ。幼稚園の頃は周りから肌が黒いからとゴリラと呼ばれ、ハブられた。小学生の間もいじめられ続けた。特に小学一年生の時、いじめた私を見かねた様子で遊びに誘ってくれた女子が、実は私を騙していて、その嘘に見事に嵌った私を皆が嘲笑った。小学四年の時、通っていた習字教室に新しく入ってきた女子にいじめられ、教室に行く毎に暴言を投げかけられ、ずっと仲の良かった教室の先生に助けを求めても彼女は一向に黙っていじめられている私を眺め続けた。まるで当然であるかのように。中学校の頃、ようやく地位が確立され始め一時はいじめが無くなったものの、二年生に上がった時友達との喧嘩がいじめに発展。今度は部活動や男子のグループでハブられるようになった。高校に入って少ししたとき、ようやく自我の修復が完了しいざその自我を運用してみると悪役補正を伴った私の希望を打ち砕くような才の持ち主だった。それから大学に行ったが唯一の希望であった自我が理想とかけ離れていたがために結局バイトと勉強で気を紛らわす青春の欠けらも存在しない灰色の生活。会社に入社し、ようやく希望が見えつつある。これだけ見れば、そこまでどん底人生でないように思えるかもしれない。だがそこに私の場合は無才としての面もある。時系列は考えるだけ無駄だ。習字では同時期に一緒に始めた中でただ一人名人になれず特待生で終了。算盤では目標の一段に期間を延長して頑張っても準一段で終了。勉強はどれだけ頑張っても一番になれず、皆と仲良くしようとすると只々利用されるだけの立場にさせられ、脱却しようにも結局上下関係が生まれてしまい対等な関係に持ち込めない。ぱっと頭に浮かぶ内の1%だけでもこれだ。私には才能が無い。絶望的に。そんな奴がどれだけ努力したところでせいぜい平均値が関の山。それに対し私が求めた主人公は何かに突出している存在。悪にステータスが全振りされているような私では歯が立たない。そしてそこに、悪事以外は圧倒的不運でどれだけ成功確率が高かろうと確実に失敗に持ち込まれるこの体質。勿論これは思い込みじゃない。失敗した時、いつもいつも周りから「これは運が無かったね」と言われて気付いたのだ。まとめると、いじめられ続け、努力しても常に報われず、事あるごとに不運が原因で失敗する。それでも尚、私はヒーローになりたいという目標だけを抱きしめ続け、今まで生き続けた。どれだけ私が悪に適性があろうと目標だけは絶対に諦めなかった。だが常に私をある思考が襲う。ヒトにはそれぞれ役割がある。それこそ器だ。誰もがそれぞれに器を持っていて、その器を用いなければ大成等不可能。そしてその器こそが魂だ。魂それぞれに役割が決まっている。主人公になるべき魂。モブになるべき魂。そして私のような悪になるべき魂。この考えに辿り着いた高校の時以来、私の目から活力が消えた。当然だ、これまで必死に抗い続けてきた力こそが、主人公を主人公たらしめる力であり、主人公の力はそれこそ神の領域。つまり私は神に抗って神の定めていない役割に収まろうとヒトでありながら頑張っていたのだ。頭の中には私が主人公になれる事は絶対になく、私は悪にしかなり得ないという思考が流れ続けて。現実が人生の全てを捧げてきた夢をあっけなく突き崩して。私の内側の悪の声はどんどん大きくなっていって。でもまだ諦められなくて。そんな状況が続いてまともな精神が保てるのは、それこそ神の祝福を得た主人公くらいだろう。悪は確実に負ける。それはこの世界の理に近い。つまり、生物は死んだら死ぬと同じくらい当然と思えてしまうレベルのこの世のルールなのだ。しかし私はそんな道に進みたくはない、誰かのために生きたいと願ってしまう。ではどうするか。悪になるしかないと分かっていても悪にはなりたくない。そんな無茶な話に加えまともじゃない精神状態。答えは自ずと"死"に向かっていく。そんな状態で早十年。結局私は未だに努力を重ね続けている。努力して努力して。正直もうこの場に気力何て残っていない。ただただ根性で努力を続けている。どれだけ無駄だと分かっても。どれだけ報われないと知っていても。私は決してもう止まれないのだ。ここまで来れば、最早魂という名の運命を捻じ曲げるまで私は努力を続けるだろう。そして遂に、様々な手を尽くした結果私は二重人格を自身で作り出せるようになりつつある。これは流石に神も想定外だろう。実際、これまでの人格を保持しつつ猫を被ってやり過ごす手法とは一線を画し、雰囲気までも変える事が出来ている。このまま頑張ればきっと私は主人公としての人格を手に入れる事が出来るだろう―――えっ一体何g―――――ベランダの向こう側にこの世の者とは思えない、というかこの世の者じゃない、翼の生えた美少女が表れた。
おぉー、これが天使って奴か。お迎え来ちゃったかー。じゃあしょうがないよね。
愚かな彼はそれに近づくために、ベランダから身を乗り出した。このタイミングで喋らせてみようか。
『さぁ、おいで』
「はい」
安堵に満ちた馬鹿面が遂にベランダから自由落下を始める。しっかり首が折れる姿勢のまま。さぁ出番だ。
あー、あーー。テステス。えー、何もない世界からこんにちは。私は所謂神様、という存在です。
へぇー、神様って実際に居るんだ。まぁ天使も居たし。今更不思議ではないけど。
まぁその天使も嘘なんですけどね。はぁー、コイツ馬鹿だなー。まぁコイツにこれからこの行動を取ってもらわないと僕も存在しない事になっちゃうから仕方ないか。
君の人生をずっと観ていたよ。実に面白い考え方の持ち主だ。是非とも、天国でその考え方を活かして、天国をより良くしてほしい。
はは、俺ほどにもなると神からスカウトが来るのか。やはり俺の努力は間違ってなかったんだ。神すらも驚かせる程に、俺は頑張って、結果を出せたんだ。
…なんて嘘だよバーカ!お前はこれからベンチャー企業で昇進して、会社のどんどん成長して、不倫してた、あ、まだ結婚はしていないのか、まぁ中学以来のあの子と結婚して。順風満帆な生活が待ってるんだぜ?
え?じゃあ何で俺は天国に行かなきゃいけないんだ?
それはねー(^^) 、僕が君が絶望するその顔を見たかったから何だよね!アッハハハハハハ!
え…。
気分はどうだい?神にまんまと騙されて死にゆく気分は。君喜んでたねー。ただ一時の感情に任せて。
まぁ実際は魂に干渉して著しく思考回路を鈍らせ、尚且つ天使の容姿を彼の好みに設定。そして更に安堵や興奮、好意の感情の振れ幅を最大にしたけど。
…許せない。絶対に許さない!
…あー、まだ死んでないのにホントの事言っちゃったー、これじゃあまだ神はクソ野郎って言えちゃうなー。あー、失敗失敗。
「あ」
本当だ、声が出る。せめて神の評価を下げてやる!これが人生最期、俺のクソみたいな人生を設計した神への復讐だ!
「神は存在する!
あー、言いだしちゃったよ。
だが努々忘れるな!
馬鹿だなー。自分が操られているとも知らずに。まぁ楽で良いけど。
奴等は決して我々n―――――――――ぐちゃっ。
えー、10時53分02秒、死亡確認と。これで第一段階は大丈夫。じゃぁさっさと次行きますか。
天罰 超越 一章 完




