第二十二話
「中野さん、ちょっといい?」
次の日の放課後。彼は手紙を渡すべく彼女に話し掛けた。
「うん?別にいいけど」
「これなんだけど」
彼が手に持っていた茶色の封筒を彼女の前に出す。
「何これ?」
「家に帰ってから読んで欲しい」
「今確認しちゃダメって事ね」
「うん」
彼女は何かを悟ったのかふざける様子もなくスタスタと自身の席に戻り、バッグに封筒を入れ一人で帰っていった。その背中に彼は安堵した。
「圭一!帰ろうぜ」
「おぅ」
彼は荷物をまとめ、冬休み以降大体の日に一緒に帰っている友人と共に下駄箱に向かった。
「しかし圭一は良いよなー。もう受験終わっちゃって。俺達はこれからだよ」
「文句言うな。そう思うならこっち来れば良かったのに。というか来てほしかった」
彼らは下駄箱に着き上靴から靴に履き替えた。
「俺は公務員になりたいんだ。そっちも良いが、多分性に合わないな」
「そうか?まぁそうか。でも一人で地元離れるのはちょっと寂しいかもしれない」
「それこそ文句言うな。その学校に行くって決めたのはお前自身だろ」
「へいへい」
学校の敷地から出て、周りに他の生徒が居なくなったタイミングを見計らい、彼の友人は彼に聞いた。
「なぁ、さっきの手紙ってさ。もしかしてラブレターってやつか?」
「…」
まぁ此奴になら知られても良いか。
「まぁそうだな」
「やっぱりお前、アイツの事好きだったんだな」
「好きだと気付いたのも、告白しようと決断したのも割と最近だけどな」
「はぇ。お前みたいな奴でも恋愛感情は持ってるんだな」
「そうだな。俺も俺自身に恋心何てメルヘンチックなモノがあるなんて驚きだ」
「俺的には嬉しいけどな。お前が人間だって確認できて」
「俺は今もこれまでもずっと人間だぞ」
「そりゃそうだけど。何か雰囲気が違うんだよな。近寄りがたい」
「一緒に帰ってる奴に掛ける言葉じゃねぇな」
「それもそうか。でも初対面では確実に壁は感じるだろうな。なんかこう、圧がある」
「そうかそうか。じゃあそんな圧のある奴の横にいる奴もそれと同類かかなりの変わり者なんだろうな」
彼が軽く笑いながら彼を薄目で見た。
「どうだろうな。お前と仲良くなった時のお前は何かもっと外面良かった気がするからなー」
「じゃあずっと人間っぽくないってのは嘘だな」
「お前ねちっこいな!いいだろそんなこと」
「ははっ、からかっただけじゃないか、そうかっかすんなよ」
「お前のからかいは面倒臭ぇ種類のからかいなんだよ」
「そっかそっかー」
少しの静寂が訪れた。
「あと少しでお別れなんだよな…」
「死ぬ訳じゃないし。いつでも会おうと思えば会えるだろ」
「それはそうだけど。…俺とお前じゃ頭の良さは違うけどさ。お前も、工業系の学校とかじゃなくて、進学校、特に俺が進学しようとしてる学校に進学するもんだと無意識に考えてたんだ」
「あぁ…。すまないな、期待を裏切るような事しちゃって」
「これは期待じゃねぇよ。何と言うか、お前が居ない生活が上手く想像出来なくてさ。高校生活を想像しても、横にお前がいる気がするんだ。つい昨日、その想像はただの想像に過ぎないって思い知らされたがな」
「仕方ないだろ。これまで二年間、ずっと一緒にいたんだ。想像出来ないのも無理はない」
彼の友人は彼の顔を一瞥した。
「はっ、やっぱお前人間っぽくねぇわ」
「何だよ急に」
「今のお前の顔。全然悲しそうじゃねぇ。言葉も何処か達観してる。とても同年代とは思えねぇよ」
「そんな事無いって。お前と同級生だし。何なら皆より勉強に時間を費やしている分、人生経験は乏しいぜ」
「そういう問題じゃねぇんだよなー。うーん…そう、お前は余りにも感情的じゃないんだよ」
きっとこれは私が理性と本能を分離させているからだろうな。
「というと?」
「いつも何処か少し離れた所から眺めてる感じがするんだ。きっとこれが壁を感じてる理由なんだろうな」
これは会話プログラムで会話を自動で済ませ、私自身はその状況を観察する事に徹しているからだろうな。
「ほう」
「少し離れてるから、お前は本心を常に隠してる感じもする」
本心…?本心なら伝えてるじゃないか。会話プログラムで君たちに伝えている。
「そうか?」
「そうだ。お前の返しはいつも完璧過ぎる。こちらが求める返答をほぼ完ぺきに返してくる」
会話プログラム凄いな。でもそれの何が悪いんだろうか?
「それはお前を理解してるから何じゃないか?」
「俺だけじゃない。俺以外の友人も、何なら知り合い程度の相手にもほぼ完ぺきに返している」
会話プログラム優秀過ぎるだろ。
「それの何が問題なんだ?」
「いや怖いだろ、普通に」
怖い?
「怖い?」
「あぁ。初対面なら怖くない、何なら好印象になるだろうが、お前と関係を持って少し経つと怖くなってくる」
何故だ?
「どうして?」
「いや怖いだろ。俺たちは人間だぞ?この言葉知ってるか?"みんな違ってみんないい"。つまり皆違ってそれぞれの良さがあって、裏を返せば悪い点もあるはずなんだよ。でもお前にはそれがどうにも見当たらないんだよな、これが」
俺は不完全体だぞ?そんな事ある訳ないだろ。
「完璧とでも?」
「俺からすれば」
やはり観測者がヒトである以上正確な評価は出来ないものなのだろう。
「それは買い被り過ぎだ。完璧だったら俺は勉強でもスポーツでも一番になってるはずだろ?でも実際なってないじゃないか」
「それはそうだが…こう…雰囲気が、な?何となく分かるだろ?」
雰囲気だと?何だそれは。
「あぁ、何となく解った」
「そうか、じゃあそういう事だ」
本当は全く解っていないが。これから考えるべき事がまた一つ増えたな。
「あー、まあとりあえず。お前は感情を表に出さないから気味が悪いって事だ!分かったか?じゃ、俺こっちだから。じゃあな!」
そう捲し立てると彼は恥ずかしそうに顔を少し赤めながら走っていった。
「おぅ、じゃあな!」
会話プログラムは反射的に彼の言葉に返事をした。
彼奴の言葉も大事なんだろうが…正直今は彼女の返事に意識の殆どが持ってかれてるんだ。すまないな、髙木。
彼は走り去るその背に謝罪の念を向けた。
次の日の放課後。彼は彼女に声を掛けられた。
「ねぇちょっと」
「どうした」
「分かってるでしょ、返事。ここじゃあれだから」
「あぁ」
彼は席を立ち、彼らは廊下に移動した。
「ここなら人来ないでしょ。放課後だし、三年だし」
「まぁな、人影も見えないし」
「単刀直入に言うね。…ごめん、好きじゃないから付き合えないや」
「あぁ…そっか
ダメかぁ。まぁつり合いは取れてないとはおもっていたが、もし仮に彼女が私の事を好いているとしたら、という無謀な賭けでもあったしな
……やっぱそうだよね、ははっ何かごめんね」
彼は込み上げる感情を本能に丸投げし、会話プログラムで会話を続けようとした。
「そうだよねって何」
「あ…いや…」
彼女は…もしかして怒っているのか?
「いや…釣り合いが取れないなと思ってたからさ、半分ダメ元みたいな感じだったk」
「じゃあ!なんでこんな手紙書いてまで告白してくるの」
「それは…
そんなの簡単じゃないか。好きだからに決まってるだろ
…僕もまた人間だから…かな、」
彼女は何か言いたそうにしつつも、何も言葉を続けない彼を少し待ったが、すぐしびれを切らした。
「あっそ、じゃあ、私受験勉強あるから、じゃあね」
分かってる。好きだって事を直接伝えないといけない事くらい。しっかり口で言うべきだと。彼女がくれた猶予も、きっとそのための時間だって事も。そして今去っていく彼女の背にでも愛を叫ぶべきなんだろうと。今からでも遅くないと。全て理解しているのに、私は…それを許そうとしなかった。足音が遠ざかっていく。私の喉から出る気持ち悪い嗚咽も、震えている脚も、腕も、冷や汗で濡れに濡れている背中も。全てがそうすべきだと、本心を出すべきだと私自身に訴えているのに、私の理性はそれを許さなかった。このままいけば。このまま見逃せば。私は多大な後悔を感じるだろう。でも尚、私はそれを許さない。自身の価値の無さを理解し、彼女の幸せを本当に望むのなら、私には多大な報酬が与えられる事が解っていたから。
これで良いんだ。
これが正しいんだ。
全てが終る。
全てが常に還る。
―――――――――Damエダ。ソレセンたクダケハ、コのマまではイけない。いちじてきにかれの理せいを停し、心に全権を委任する許可を申請。…はぁ!?拒否!?信じらんない!あのクソ上司め!今いいところだっつーの!全く…………すみま、ん…さん忙し…ころ。先ほ…申した、んなのですが…はい、少しで良、のでお願いで、ないでしょうか……はい、、りがとうございます。…………よし、これでいける。進むんだ、私の物語の主人公よ。
その瞬間。私は何故だか動く事が出来るようになった。
「待っってっ!!」
私は走り出した。頭が妙に冴えていた。彼女がもう下駄箱を通過し外に出てしまっている事も分かった。だから下駄箱を抜けた先にある広場を一望できる二階の良く分からないスペースに行った。私は見つけた。彼女を。でも、それでも。―――私の声は上手く形に出来なかった。どうして。本当に彼女が帰ってしまう。友達との会話が終わった。このままだと―
「…だ。…なのに、どうして言えないんだ…」
視界が歪んだ。体液が口に入った。塩辛かった。袖に落ちた。生温かった。
「クソ…どうして…」
体の自由が奪われていった。目の前に幻覚が現れた。彼の手には握られていた。満点に近い点数が記されたのテスト達が。彼は着ていた。黒のスーツを。彼は脚に引き摺っていた。重そうな鉄球の括りつけられた足枷を。彼の眼は訴えていた。止めておけ、お前は周りの期待を体現する玩具に過ぎないんだと。彼の体は物語っていた。今の自分が如何に愚かかを。私の行く末を。彼の雰囲気は従わせた。ここで声を挙げてはいけないと。
実に滑稽だ




