十七話
その次の日の午前。彼はかつて相棒と呼んでいた男の家の前にゲーム機の入ったバッグを手に持ち立っていた。
居ても立っても居られず勢いで来てしまったが、さて、どうしたものか…まぁ、もうここまで来てしまったからにはしっかり目的を果たそうじゃないか。彼奴に謝って、また仲良くしたいと、別に変わってても良いと伝えなければ。
彼は腹を括り、一度深呼吸した後少し湿った指先で呼び鈴を押した。
「――どちら様でしょうか?」
「えっ、あっ。お久しぶりです。圭一です」
「あっ、三輪さん。今開けますね」
機械越しに彼の母親の声を聞いた彼は、その明るい声色に驚いた。
嘘だろ?夏休みの頃の彼らとは似ても似つかない。あの時からまだ四ヶ月しか経っていない。彼らがここまで立ち直れるような事象はそうそう起こらない。一体何があったんだ?
彼の脳内が疑問符で埋め尽くされ混乱していると、玄関扉から鍵の開く音がし、ゆっくりと扉が開けられた。
「久しぶりだね、圭一」
「えっ、敬…道だ」
その扉から現れたのは、前のようにすらっとした抜群のスタイルを持つ好青年然した、彼がかつて尊敬していた敬道そのものだった。
「え、お前どうしてそんな―」
「まぁまぁ。取り敢えず上がってよ」
彼は促されるがままに家に上がり、敬道の部屋に通される。その部屋は春休みの頃と比べると圧倒的に物が少なかったが、しっかり整理整頓され清潔感のある部屋だった。
「…元通りだ…。敬道これは一体どういう」
「順を追って話すよ。飲み物持ってくるから待ってて」
「あ、あぁ」
そう言って部屋を出ていった敬道の背を見送ると、彼は部屋を観察し始めた。
これがあの部屋。いや、春休みに来た時と比べると"まぁ、ちょっと物減ったかな"程度だが、夏休みのあの部屋と比べるとどうにも…。この現状に鑑みると、如何に夏休みの頃の彼奴がおかしかったかが解るな。しかし一体どういう経緯で…。
少し熟考し、彼はある答えを閃いた。
!解ったぞ!この結果はきっと"恋"の影響に違いない!学校に通っていた、つまりゲームにハマる前の彼奴はとんでもないイケメンだ。悔しい。そしてそんなイケメンが急に学校に来なくなったとする。そうすると何が起こるか。そう、彼奴の事好きだった奴が彼奴を心配してこの家に赴く。そしてあの惨事を目の当たりにする。が、そこは"恋"の力で見事に彼奴の心を動かし、彼奴を正気に戻し、現状。こうに違いない。やはり"恋"とは素晴らしいな。あの荒みきった彼奴を正気に戻すとは。私の仮定が仮定から事実に昇華するかもしれない。いや、するに違いない。
そう考えている内に、敬道は二つのグラスとジュースをお盆に乗っけて部屋に戻ってきた。
「おまたせ。でさ、圭いc」
「そうかそうか!敬道彼女出来たのか!」
「え?何言ってるの?」
彼の大声に少しびっくりしつつ、敬道はお盆を真新しいちゃぶ台に置いた。
「え?敬道が昔のように戻ったのって彼女さんの献身的な助けのおかげじゃないの?」
「え?僕まだ彼女いないよ。作る気もないし」
「え?じゃあお前何でまともに戻ってんの?」
「まとも…まぁあの時は確かにまともとは言えないね。まぁゆっくり話したいからさ。一旦座ってよ」
彼は釈然としないまま促されるままに敬道の正面に座った。
「はい。ジュース」
「お。おう。ちょっと失礼だが、これまでお前家来てもジュース出された事無かった気がするんだが」
「まぁ、そうだね」
「では何故?」
「それはね、圭一。僕も含め、僕の家族が君に感謝しているからだよ」
「え?感謝?俺に?何で?」
「その答えがさっきの答えにも繋がってくるんだけどね。実は僕がまともに戻れたのは君のおかげなんだ」
「え?俺?それこそ何でよ。彼女さんが必死に声掛けするレベルの衝撃が必要だろ?」
「ははっ、少しは冗談も言えるようなったんだな。でも、君がやった事はそれ以上の衝撃があったと思うけどな、少なくとも僕は」
「えぇ。何だよ。恋の力の証明になると思ったのにー。ってか俺そんなヤバい事したっけ?」
「憶えてないのか。じゃあ、そこも含めて説明するよ」
「おぉ。よろしく頼む」
「えっとね。まず、僕がゲームにハマっちゃって、不登校になってたのは知ってる?」
「いや知らん。ただ、テストで上位は張ってるとしか」
「あー、なんかそんな事言った気がするな。まぁそれは置いといて。僕が不登校になったのは六月の下旬でね。それから毎日、自室に籠ってゲームしかしてなかったんだ」
「逆にすごいな、ゲームだけって。ってかご飯とかお風呂は?」
「ご飯はデリバリーサービス。お風呂は親がいない日中。土日は親が居るから入ってなかった」
「わお、不衛生的」
「んで、あの日。圭一が家を訪れた日。圭一と大喧嘩して、パソコンを壊していったんだ」
「え?俺が?」
「あぁ。一度家から出てって、それから急に土足で入ってきて。僕たちの制止を無視して持ってた水筒で僕のパソコンが完全に機能しなくなるまで殴りまくったんだ」
「え。じゃあもしかしてお金請求されたり…?」
「ははっ、そんな身構えないで。請求しないよ。というか、壊してくれたと感謝すらしてるんだ」
「え?どういう事?」
「それがこれから話す事。圭一がパソコンぶっ壊して、ゲーム出来なくなっちゃってさ。もうそりゃ焦って、親に"新しいパソコン寄越せぇ!"って詰め寄ったんだよ。その頃親も疲弊してて、そのまま承諾されたんだ」
「え?でもこの部屋パソコンねーじゃん」
「うん。それで親にパソコン買う準備させてる間に部屋を片付けようと思ってさ。飛び散ったパソコンの破片を集めて、集め終わったその破片の集合を見て腑と思ったんだよね。俺が全力を注いでるモノってなんてちっぽけ何だろうって。ただの電子の移動を制御するだけじゃないかって」
「はえぇ。俺にゃちと理解出来ないが、そこで正気に戻ったって訳だな」
「うん。それからもっと生きる事を頑張ってみようって思ってさ。また色んな事に興味が湧いてきて。それで現状に至るという訳です」
「へぇ。確かに前とは部屋の内容物全然変わっちまったもんな。どっちも優秀そうだけどな」
「ははっ、君が相変わらずで少し安心したよ。あんな大喧嘩してもう二度と仲良く出来ないと思ってた。またこの家に来てくれて本当にありがとう」
そう言うと、彼は頭を下げた。
「!そういうの間に合ってるから!いいから顔上げろ。…てかその話的にいくともうあのゲームやってない?」
「いや、最近はもう少しラフに楽しもうと思ってさ。家庭用ゲーム機買って、それでやってるんだ」
「なぁ、それってもしかして、これか?」
彼がバッグからゲーム機を取り出した。
「え!圭一どうしてそれを」
「実は俺もさ。あの時ゲームやったの楽しくてさ。理由付けて親に親に買ってもらったんだ」
「そうだったのか。じゃあさ、これから一緒にやろうよ。今日もだけど、時々夜にさ」
「あぁ、あのフレンド機能ってやつ使えば出来るのか。いいぜ、やるか」
「はは、これは思わぬ嬉しい誤算だ」
「ほらほら、感傷に浸ってないでさっさとやろうぜ」
「あぁ分かったよ」
それから彼らは数時間、お昼時になるまでずっとゲームをやっていた。
「あぁ、圭一撃っちゃダメだって」
「えぇ何でだよ。誰撃ったって変わんねぇだろ」
「全然変わるよー。そっち撃っちゃうと安置入る時ぶつかっちゃって安置際で戦う事になっちゃうの。今はまず移動優先」
「はぇー、流石あんだけやってだけはあるな。考えの密度が違ぇ」
「そういう圭一も、春休みの頃と比べると遥かに上手くなってるよ。戦ってるときちゃんと遮蔽とか味方の位置意識出来てるし」
「これはお父さん仕込みだ」
「あぁ、成程ね。圭一のお父さん、めっちゃ頭良いもんね。どこだっけ一橋大だっけ?」
「そう、母もまぁまぁな大学だったはず、って敵!」
「オッケーそこね。見た感じ何人居そう?」
「俺が見えたのは一人」
「了解。残り部隊は4、第3収縮終わり辺りか、よし、一気に詰めよう。圭一ULT使って」
「合点でい」
「圭一はこっちの家行って。僕はこっちの家から詰めるから、テキトウに撃って注意引いといて」
「オッケー、っと二人目発見。フルパだわ」
「了解…まず一人やった」
「強スンギ。アーマー割れたから回復するわ、こっちの家行ってドア前回復する」
「了解。ナイス。やったわ」
「エイム神がかってんなー。パソコン時代はコントローラーじゃないだろ?」
「まぁリコイル憶えてるし。ってか早く漁っちゃって。漁夫流石に来る」
「了解。出来るだけ急いではいるんだがな、昨日始めたばっかだとちとキチィ」
「そうだったのか。結構動けてるからまぁまぁやってるかと」
「アカウントレベル見てないのか?まだ二十二レベルだぞ」
「それもそうか。じゃあ君が単純に上手いだけか」
「はっはっは。そうだ、もっと褒めろ」
「はいはい。ってか敵来てると思うから警戒して」
「もう?ってホントに来た。よく解るな」
「もう経験だよね。めっちゃやってたから流れが何となく解るんだ」
「はえー。経験ねー」
「ほら集中。そっちからならさっきの安置際のパーティと別だから一旦離脱。挟まれる。ULT出してって溜まってないか。じゃあ急いで」
「頑張るわ」
「分かってると思うけどこっちね」
「了解」
「…よし、音的に多分別パ同士でやり合い始めた。キルログ流れたら漁夫行くよ」
「慌しいな。だが確かに勝てそうだ」
「はっはっは。一応これでもパソコンでは最上位帯だった者ですから」
「何だよ自慢かー?」
「まぁね、ってキルログ流れたよ。詰めよう」
「こっち一人見えた。撃ってる方向的にここら辺にもう一パ居そう」
「音的に…多分こっちが一人ダウンしてるパーティだから、逆叩くよ」
「了解」
「裏取りして挟む感じで」
「解ってる」
「ここ一人。もう一人も近くにいる、投げものある?」
「ない。そっちで頼むわ」
「おけ。圭一は右から回り込んで」
「挟まなくていいのか?」
「僕だけで十分。相手を右に逃がすからそこ仕留めて」
「ほほう。こっちはライトマシンガンだ。殲滅はお手の物よ」
「良いね。っとそっち行った」
「ほいほい避けるな避けるな…よし全滅、そっちは」
「もうもう1パに詰めてる。そっちから向かって」
「オッケー。ってナイスー」
「ナイスチャンピオン。圭一上手いな」
「そちらの指示が良いからだよ。ってもうこんな時間か」
「あっ、ホントだ。じゃあまた電話で連絡取って一緒にやろ」
「あぁ、じゃあな」
「ちょっと待って。ちょっとそこまで送るよ」
「おぉ、サンキュー」
互いに荷物をまとめ、一言言って彼はその家を後にした。
「お邪魔しましたー」
「また来てねー」
扉が閉まる寸前、家の奥の方から彼の母の声が響いてきた。
「随分と歓迎されていたようだな」
「まぁ僕が正気を取り戻す原因になってくれた訳だしね」
「そういうもんか。ってかお前どうやってそのスタイル取り戻したんだ?」
「あー、普通に過ごしていたらかな。元々筋トレとかやってたし」
「へぇ。そんなもんか」
「そんなもんだよ。それより、なんか圭一も変わったよね」
「そうか?」
「うん、何か人間っぽくなった」
「そうか。まぁ最近色んな事が起きたからな」
「起きた。というより意識しだしたって言った方が正確なんじゃないの?」
「…そうだな。確かにそうだ」
「まぁ、意識してないと体に残らないしね。そこまで差はないけど」
「うーむ」
「実はさ。ずっと思ってたんだ。圭一には人間としての経験が圧倒的に足りてない気がするなって」
「そんな事は無いだろ。同じ時間生きてるんだから」
「そんな事あるんだよ。圭一は新しい体験とか、普段やってる事にあまりに無関心過ぎる。それじゃ経験として体に残らないよ」
「…そっか」
「だからこそ、今回ゲーム機を自分で買おうと考えて、行動に移して。僕の家まで来てくれて。それをしてくれただけでも、圭一成長したなって思ったんだ。っと信号まで来ちゃったね。それじゃまた今度ゲームで!」
「あ、あぁ」
そう本当に嬉しそうに言い残し、家に向かい走り出した敬道の背を眺めつつ彼は彼の言葉を理解しようと必死になっていた。
経験…か。思い返してみれば、私はずっとどうやって親や周りの大人に褒めてもらうかしか考えてなかったな。ずっとそればっか考えて、皆が経験してるはずの事がぽっかり空いてしまっている気がする。つまり、私は誰よりも経験が足りてないって事で。それはつまり私は誰よりも無能って事だ。そこに最近習った進化論を組み合わせると…。私は死ぬべき存在である可能性がある。しかもかなり高い可能性で。…。
信号が青に変わり、彼は横断歩道を歩きだす。
もしここで車の前に身を投げれば、きっと私は死ぬ。早計かもしれないが、かなりの確率で死ぬべき存在ならば、いっそここで…。
彼は横断歩道の横を走る車に視点を移動させた。
あのタイヤに巻き込まれて…体中が痛んで…死ぬのか…。
彼の脚が死に向きかけるが、その脚は自然と元の方向に戻っていってしまった。
…ダメだ。私は今怖がっている。死を恐れてるんだ。悔しいが、感情はまだ制御出来ない。日を改めるか。
そう考えると、彼は脚を帰路に戻した。




