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天才理論  作者: 三輪 圭一 ・
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第一話

彼は周りから優秀だと言われていた。

小学生の頃から、様々な習い事を受け、夏休みの研究等で賞を取り、テストは殆ど満点。その上、何も文句を言わず、絵に描いたような優等生であった。そんな彼が中学生となり、一番大事にしたのは人間関係だった。勉強より人間関係、ゲーム等を最優先としていたため、学年順位は小学生の時のように揮う事は無かった。

一年生としての生活を終え、彼はふと考えた。

この一年で僕が得たものは何か。

十三歳の彼にとって、目に見えないという事は、存在しない事と同義であった。また、彼が欲した物は他人に褒められる、称賛されるものだった。改めて考えると、彼はずっと周りに褒められ続けてきた。

いや、彼は褒められるように努力してきたのだ。まるで人工知能のように人に褒められる事を是とし、是とされる事を行い、成功を収める。これが彼がこれまでやってきた事だった。

つまり彼にとって得るものとは、目に見えて、周りに褒められるなんとも空虚なものだけだった。

よって彼は、自分がこの一年何も得ていないと錯覚した。

では、目に見える、得られる物は何か。

その答えは、物思いに耽っていた彼の目の前にあった教科書だった。

二年生になってからの最初のテストで彼は30点も点数を上げ、一気に5位になった。

それからは楽だった。順位が高ければ、点数が高ければ、皆が褒める。それだけで彼は嬉しかった。

しかし彼は、その中に様々な感情がある事に気づかなかった。いや、気づけなかった。これまでは、ただ他人に認められる事をただやるだけだった。裏を返せば、そこに自分の意見など無かった。その結果、自分のやりたいこと、ひいては自分の感情そのものを失っていた。ここまでくると、生きる人工知能のようなモノに彼はなっていた。よって他人がどういう事をすればどういう感情になるか理解できなかった。

そして、学年では急激に彼の株が上がった。これまで中位と上位の間にいたような奴が急に5位になったのだ。彼の株が上がるのは、当然といえば当然だった。そして、株が高い奴と共に居ようとするのがヒトの性である。勿論全員が全員そうだとは言わないが、多少は見る目が変わるだろう。

結果的に、彼は人気者になった。多くの友達に恵まれ、人望も厚い。学生カーストにおいて最高の位置に近しい位置になった。でも、流石に無感情な彼でも何か違和感を覚えた。この違和感はきっと、彼のような人物でなければ体験出来ないだろう。この不思議な感覚。この時彼は初めて考えた(・・・)。元々人間不信だったのが災いしたのだろう、彼が行きついた答えは「人間は結果しか見ない」という酷く醜いものだった。そして、彼は自分と周りの人たちとの考えの差に落胆した。これまで褒められる事しかしてこなかったため、他人は自分よりいい人であると思い込んでいた。その為この考えを得てしまった彼はより人間不信となり、今後も良い点数を取る限り皆が離れる訳がない事も理解した。そして、彼は偽物の自分(良い人)を作る事にした。

この出来事をきっかけに彼は変わっていった。まず、人間研究を始めた。理由は、偽物の自分(良い人)を作った事により、第三者として、自分と他人のやり取りを見る事が出来るようになった、簡単に言えば視野が広くなったからである。普通なら出来ないだろうが、彼の頭の中にあるのは褒められるための知識で殆どだったため出来てしまったのだろう。ここは私も理解不能である。また、初めて考えた事がこういう類のものだったから、ずっと他人の顔色を窺ってきたからでもあるだろう。そして、周りからの人気も上がった。これは当然の結果だろう。これまで、他人からの評価ばかり気にして事により驚異的な観察力を身に付けた彼にとって、良い人になることは容易かった。そして、今の地位をより強固なものにした。こうして彼は、高い地位を手にし、友達がたくさんいる所謂「尊敬される人」になった。

それから暫く経った頃、地位が安定した彼はずっと人間研究をするようになった。少しでも気になればその事を授業中でも考え始め、よりヒトに理解を深めようとした。しかし「ヒトは結果しか見ない」という考えがあったため、勉強はこなし続けた。そしてテストで2位を取った。彼は嬉しかったが、前と比べ、嬉しい理由が変わっていた。前までは褒められる事が嬉しかったが、今回は自分の地位が揺るがない事が嬉しかった。地位が揺るがなければ研究ができるから。この時、既に彼は研究に取り憑かれていた。彼にとってこの周りの状況全てが実験場だった。こういう事をする・されると、人はこういう感情になる。彼は、このデータを集める事が大好きだった。彼は、何故そう感じるのかを理解できなかった。ただこのデータを集めている時だけ、自分の中の何かを埋めれているような気がしていた。

次のテストで、彼はまた2位を取った。何かがおかしい。彼はそう思い、人望をフル活用し、1位の人物を見つけ出した。そして彼は、彼女に接触を図った。彼女は一言で言えば変な人だった。異様に明るいし、会話内容も謎に満ちていた。そんな彼女に彼が抱いたモノは、不快だった。理解できない、これは彼にとって不快でしかなかった。また、人間研究の結果の一つに「絶対人には裏がある」があった。そして、驚異的観察力を持っていた彼は、通常一度話しただけで大体のその人の裏が分かる。が、彼女の裏だけはどうしても分からなかった。それがより一層彼に不快を与えた。

何なんだコイツ…

だが彼は彼女が嫌いじゃなかった。とても貴重な被検体だと思ったからだ。これまで、偽物の自分(オモテノカオ)で対応して不快を与えられる人などいなかった。

非常に興味深いな…

それから彼は彼女の粗探し(ウラノカオ)を始めた。

それから一ヶ月程が経ち、合唱の練習が始まった。一年の時の彼にとってはどうでもいい行事であったが、今は違う。最近、研究をしている中でどうしても理解不能な行動を人々がしている事に彼は気が付いた。よく聞く、ヒトの不完全性とかそういう物だと最初は考えていたが、どうやら違うらしい。未だに解明出来ていないが、彼はこの理解不能な行動と、歌を歌うという行為に何等かの共通性を見出していた。

きっと、これが分かれば研究がもう一段上のモノになる。彼はそう思っていた。

伴奏者が指揮者の指揮に合わせてピアノを弾き始める。ここまでは何も感じていない。ここからだ。音を外さないように、慎重に。でも、脳は皆の声、ピアノの音の収集をさせる。っつ、意外と難しいな。これなら絶対計算しながらの方が楽じゃねーか。…今も特に何も感じないな。

彼はそんな事を考えながら、黙々と元々構築しておいた音声のデータを歌い上げていく。そこには人間、いや、生物の温かさ何てものは存在していなかった。曲は遂にサビに差し掛かる。

さあ、一番期待しているサビだ。頼むから何か僕に何かを齎してくれる、恵みの雨のような何かを。

彼は心の中で懇願していた。ずっとずっと、物心ついた時から付きまとう、得も言われぬ何か。これを、今懇願している何かが満たしてくれる気がしていたからだ。

……

歌い終わった彼は落胆していた。何も得られなかった。その事実が彼に重くのしかかる。唐突に彼を無力感が襲う。解らなかった。ただそれだけで、これまでの研究全てが無駄になったような感覚(・・)。今の彼には、この状況を悲観する事しか出来なかった。そしてそのまま、彼は本番まで何も得ることが出来なかった。そんな中でも、彼の研究は続く。ヒトの行動を見ては、データを記録。この行為を続けて約五か月(彼が褒められる為に見ていた人の行動も含めると約6年)、もう十分過ぎる程のデータを集めきった彼は、遂に次のステップ、考察を始めていた。考察とは言っても、ただ単純に、どういうことをする、されるとどのような感情になるのかを整理するだけだった。そこから、傾向、特徴などを見出す。なお、この行為は決して彼が目的を決めてそのためにやっているのではなかった。

文化発表会当日。彼は練習をしてはいたが、結局は同じことの繰り返し、と高を括っていた。だがしかし、本番を前にした彼には謎の負荷が掛かっていた。いつものように体が動かない。唇が震える。声がうまく出ない。指先が冷たい。彼は、自分が何故このような状態になっているのか理解できなかった。それはきっとこれまで自分に目を向けることなく、ただ他人に褒められる事にしか目を向けず、自らの体調を一度も気にしたことが無かったからだろう。やる事は練習と同じ。違う所と言えば、大勢の前で歌う事だけ。研究で次のステップに入った彼は、考察の方法の一つとして「相違点に着目する」という方法を使っていた。また、何度も繰り返しこの処理をしているせいか、彼は瞬間的にこの処理を出来るようになっていた。

つまり「大勢の前で歌う」という事が今のような状態異常を齎しているわけか…実に興味深い。この後の作業(・・)をさっさと終わらせて、早くこの事についてより深い考察をしよう。これは、研究がより進むぞ。

彼は一人体温を上げ、鼻息を荒くしながら合唱のひな壇に登った。

歌い終わり、席に戻った彼は早速考察を始めようとした。が、出来なかった。頭が上手く回らない。歌う前の負荷といい、今の不自然な頭の回転の悪さといい、何かがおかしい。彼は結局考えることは諦め、ただデータを残すことにした。


文化発表会が終わり、次のテストの時期がやってきた。いつものように、毎日帰ってちょっとお菓子を食べ、風呂の準備をし風呂に入り、作り置きされた冷たいご飯を食べ、自分の部屋に行き勉強を開始する。恙なく勉強をこなしていく。鉛と紙が擦れる音と、たまのポリ塩化ビニルと紙が擦れる音だけが部屋の中を支配している。こんな状況でも、また彼は研究をしていた。

何故、いま僕は紙に文字を書いているんだろうか。ただ、授業で取ったノートを別のノートに写すだけ。たったこれだけの事に、何の意味があるんだろうか。今予想できる範囲として、もう一度振り返る事により、より頭に定着させる事。言い換えれば、ただ暗記してるだけ。この暗記ゲーのテストでも、良い点を取らなければならない。これまでの経験からして、努力すれば努力するほど点数が伸びる。今回こそ、一位をとって彼女に勝ってやる。そうすれば、あの不快から脱せられるだろう。こんな事を考えつつ、彼は勉強を続ける。こうして彼は今日も、無駄に潰していった。

テストが終わり、テストの点票が返ってきた。結果は、またしても二位だった。そして、相変わらず彼女が一位だった。

何でだ?前より頑張ったのに点数が殆ど上がってない。というか平均の上がり具合からして点数が落ちている。…この点数が限界なのか?これ以上の点数は僕には取れないのか?という事はいくら勉強しても結果は伴わない。この暗記ゲーにこんな落とし穴があったなんて。じゃあどうして彼女は一位が取れてるんだ?限界の差?限界を上げる方法は?もっと良い点を取る方法は?…多分今の状況なら少し順位が下がったところで皆からの態度は変化しない。きっと今のままではここが限界だ。一旦現状を客観的に見よう。…今の僕はただ知識を蓄えただけ。そう蓄えただけなのだ。本当に頭が良いという事はどういう事なのか…ダメだ、一度深呼吸をしよう。多分、今の僕にはこの答えは出てこない。もっと研究して、データ(・・・)をもっと(・・・・)得てから(・・・・)、そのデータを基に考える(・・・)としよう。

彼はそう考え、荷物をまとめて帰路に就いた。


テストが終わり、本格的に寒くなってきたある日。冬休みが近いという事もあり、やるべき内容が終わってしまった理科の授業は、先生の雑談を聞くだけのものになっていた。彼は、理科が好きだったという事もあり、真面目に先生の話を聞いていた。

「えーっと、今日は何話そうかなー。うーん…あそうだ。皆、昔の人達にとって勉強ってどんなもんだったと思う?」

先生の問いに対し、生徒同士が意見を出し合う。

「今とあんまし変わんねぇんじゃね?」

「だよなー。というか、そんな意識って変わるもんじゃないないっしょw」

「せやなー、てか授業だるくね?こんな事するなら早く家帰らせろっつの。なっ、そう思うよな」

「あ、ああ、そうだな。家でゲームしてた方が断然楽しいもんな。」

彼は曖昧な返事をする。そんな事言ったら内申点下がるっつの!と頭の中で悪態をつく。勿論オモテにはださない。一方で、彼はこの問いに対する答えを結構真面目に考えていた。これまで、ただ人に褒められるため、皆からの信頼、尊敬を得るための道具に過ぎなかった勉強が、前回のテストで少し別の意味を持つものに感じてきていたからだ。彼はこの問いに対する答えが、何かを自分に齎してくれるんじゃないかと期待していた。

先生が手を叩く。話し合いを止めろといういつもの合図だ。

「じゃあ何か思いついた人、手ぇ挙げてみろー」

さっきまでの喧騒が嘘のように、教室が静まる。ここまでいつも通り。大体、この後は日にちと出席番号を結び付けて誰かしらを当てる。ちなみに、僕は出席番号33なので、当たる心配はほぼ0だ。

「この問いは正直難しいからなー、今回は特別に答えを教えよう。」

予想外の先生の行動に彼は一瞬狼狽える。人間研究をしている彼にとって、人の行動を予想する事も大事な事だ。人のその先の行動を読めてこそ、研究が捗るというものだ。まあ、人の行動を読むという行為自体、人間研究の賜物なのだが。しかし、外してしまった彼はかなり動揺した。きっとこれまでずっと当て続けてきたことも起因しているだろう。

一瞬思考がとんだ。危なかった、今話しかけられたら対応出来なかった。そんな事より、答えは何なんだ。

少しの苛立ちと共に、彼は先生の話に耳を傾ける。

「まあ、俺もちょっと聞いた位だから信憑性が高いかって言われたらちょっと辛いんだがな。実は、中世の人達にとっては娯楽みたいなものだったらしいんだ。なんでも、貴族達が暇つぶしか何かのために研究をしていたらしい。だから、天文学とかでよく□△○何世とか聞くんだろうな。大体絵が残ってるのもそういうのが関係してるんだろう。んでまあ、何か発見したら、他の貴族達に自慢したり、論文として発表したりしたとかなんとか。まあ要するに、勉強、まあ研究を好きでやってたって事だよ。考えられるか?

皆勉強大っ嫌いだろ。いやいや学校来て、眠くなる授業受けて、家帰って宿題とか自主勉とかやる。これが今の勉強。でも昔は皆やりたくて勉強してたんだ。正直、俺は勉強やりたい人だけ学校来れば良いと思うんだがなぁ。まあそんなことしたら文明衰退しそうだけど。あとこっからは持論なんだが、中世の人達にとって、勉強は暗記じゃない。今皆暗記してるだろ?公式をすぐ思い出せるってのはそういう事だと思う。理論を知らずに出来るって事は。でも昔の人達はあくまで趣味の範疇で勉強をしてる。趣味だったら、そんな暗記なんてちゃっちいもんじゃなくて、ちゃんと理論を調べて、理解して記憶すると思うんだ。そして、理解する事によって応用が利くようになる。今のうちは暗記で事足りる。だが、高校、大学と大人に近づくにつれ、暗記では対抗できない問題が出てくる。テストでも、現実でも。だから、今のうちに中世の人達に倣って、ちゃんと理解して授業を受けるんだぞー。はいじゃあこれで一個目の話終わりー」

あー、他に何か面白い話ねぇかなー、と先生がぼやく中、彼は唖然としていた。

まさか…

彼は目が回るような速さで頭を回転させる。PCで言う、オーバークロック的な感じだ。

これが僕と彼女との差だというのか?暗記ではなく理解して記憶する…

彼にはイマイチこの言葉の意味が理解できなかった。

式を見て覚える。数字を代入してもその式の形を損なわず計算できるか、という事なのか?

彼が理解出来ないのは、彼の脳のスペックが関わっていた。彼も脳は途轍もなく記憶力が高かったのだ。だからこれまで、勉強した全て(・・)を暗記していた。理科や社会の知識だけではない。計算結果までも彼は暗記していた。だから、彼にとって理解する事と暗記する事はほぼ同義であった。

もしそうなら、彼女を研究すればより頭が良くなる…いや、本当の(・・・)意味で(・・・)頭が良くなる(・・・・・・)に違いない。

長らく研究をしている彼は、何故だか知らないが研究し、行動を同じにする事によって、完璧に思考をトレースする事が出来るようになっていた。つまり、彼女と全く同じ行動をすれば彼女の持つ「暗記ではなく理解して記憶する」をする事が出来るようになるというわけだ。斯くして、彼は彼女に頻繁に接触を図るようになった。

初めて書いたので、まだテンプレ通りにしか書けません。何かアドバイスなどがありましたら、感想の方に書いていただけると幸いです。

この小説は「私小説」に分類されていますが、実際に起こっていない事も多く書かれています。

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