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最強の騎士は不殺を貫く

作者: 水無月 黒

 この国には、最強と謳われる騎士がいる。


 ~市井の声~

 「なんでも既に騎士団長よりも強いらしい。」

 「百人の盗賊団を一人で壊滅させたそうだ。」

 「数万のモンスターの大群を追い返してしまったとか。」

 「間違いなくこの国最強、いや世界最強だろう。彼がいる限り我が国は安泰だ!」

 「それに、どれほどの悪人でも殺さずに捕まえるんですって。」

 「それどころか、暴れるモンスターですら止めを刺さずに、倒して得られる経験値を部下に譲っているそうだ。」

 「それは殺してしまうことよりも困難なことだろう。なんと慈悲深く、そして強いお方なのだろう。」

 「彼こそは騎士の中の騎士。聖騎士と言うべきだろう!」

 「不殺の聖騎士様だ!」


 ~本人談~

 ああ、俺の話を聞きたい?

 いいけど、大した話はないぞ。

 色々と噂されていることは知っているが、俺はまだまだ新米の騎士に過ぎない。

 ちょっとばかり力が強いものだから小隊長なんかやらされているが、本来は騎士団の下っ端なんだよ。

 噂話なんて大げさなものさ。

 捕縛した盗賊団は五十人程度しかいなかったし、討伐したモンスターも二百匹くらいだったな。ああ、逃げ出したモンスターも含めればもうちょっと増えるが、万には届かなかったぞ。

 それに俺一人の手柄ではなく、騎士団として活動した結果だ。

 最強とか聖騎士とか、自分から名乗ったことはないぞ。そんな恥ずかしいまねできるか。

 おっと、もう行かなくては。

 悪いな、騎士団の下っ端は色々と忙しいんだ。

 続きはまた今度にしてくれ。


 ~騎士団長の談話~

 彼のことは入団前から注目していたよ。あの高い戦闘能力は魅力だからな。

 国軍の兵士、傭兵、冒険者、戦闘職ならば何をやらせても彼なら一流になっただろう。

 裏ではいろいろな組織が彼を引き込もうと暗躍していたよ。

 中でも最有力だったのは、教会だった。立場上最も早く接触できるからな。

 建前上、本人の意思に任せるとは言っているが、彼も色々と吹き込まれたはずだ。

 逆に、我々王宮騎士団に来てくれるとは誰も思っていなかったよ。

 一般公募はしているのだが、貴族専用の名誉職と思われていたし、国内最強の騎士団と言う謳い文句も形だけ、と言う者も多い。

 それに、訓練は厳しいが実戦の機会が少なく、レベルを上げにくいと、実力ある若者から敬遠されていたからな。

 それが彼のおかげで入団希望者も増えたし、最強の騎士団を疑う者もいなくなった。

 今はまだ経験の浅い若輩だが、これから様々な経験を積んでもらって、いずれは私の後を継いで騎士団長を任せたいと思っている。


 ~本人談~

 知っての通りこの世界では、十五歳になって成人の儀式を行うと神よりスキルを授かる。

 ……たまに思うんだが、この言い方ではそうではない別の世界があるみたいじゃないか。

 まったく、教会の坊主は、よく分からない言い回しをするよな。

 おっと、話が逸れたな。

 まあ、ともかく、その時に授かったスキルが今の俺の強さの理由で間違いない。

 スキルを授かった後は大変だった。

 誰がどんなスキルを授かったのかは公開されないはずなんだが、俺がすごく強くなったことだけは知られてしまったらしい。

 教会からも誘われたし、色々な組織からスカウトがあった。

 犯罪組織らしき連中に付き纏われたのは参ったよ。


 ~同期の騎士の話~

 まあ、確かにオレはあいつと同期だが、ほとんど接点はなかったぜ。

 オレは貧乏貴族の三男坊とはいえ、これでも貴族の端くれ、平民のあいつとは住む世界が違う。入団試験の当日まで見たこともなかった。

 ん? 入団試験からでいいのか? なら構わないぞ。

 最初に見た感想は、何か場違いな奴がいる、だったな。

 今でこそ腕の覚えのある平民が大勢入団希望でやって来る王宮騎士団だが、当時はほとんどがコネでもぐりこんだ貴族団員ばかりだった。

 実力があれば平民でも採用する、と言う謳い文句を真に受けた勘違い野郎としか思えないじゃないか。

 だがそれも試験が始まるまでだった。

 勘違い野郎はオレの方だった。

 オレ達の中で頭一つ飛び抜けていた、なんていうレベルじゃなかった。次元が違った。

 ああそうだ、模擬戦で試験管を一撃で倒したという噂、あれはデマだ。実際には試験管を傷つけないように、細心の注意を払って手加減していやがった。

 試験官は現役の騎士だぜ、立場が逆じゃねえか?

 もう、差がありすぎて嫉妬する気にもならなかった。

 だが、本当に敵わないと思ったのは入団した後のことだ。

 あいつ、誰よりも強いくせして、他の団員の何倍も訓練をしやがるんだ。正直、追いつける気がしねーよ。

 ほんと、どこまで強くなるんだろうな。


 ~本人談~

 成人の儀式で授かるスキルは人それぞれだ。

 何年間か真面目に修行すれば手に入るありふれたものから、成人の儀式以外では取得方法の無いものまで。

 中には俺のように見たことも聞いたこともないようなとても珍しいスキルを授かることもある。

 珍しいスキルの中で特に強力なものを専門用語で「チート」と呼ぶそうだ。

 え、そんな言葉聞いたことない?

 たぶん教会の専門用語なんだろう。俺も教会以外では聞いたことが無いしな。

 俺の授かったスキルは、間違いなくチートだった。

 何しろ、授かったとたんにステータスがとんでもなく跳ね上がったからな。

 教会で測ってもらった俺のステータスは、ほとんどの項目で9が幾つも並んでいた。これは測定限界を超えたことを表す表示なんだそうだ。

 教会で受けた説明によると、俺のステータスは人間が到達することのできる最高値にまで達しているらしい。

 これを専門用語で「カンスト」と言うのだそうだ。

 ともかく、俺は授かったスキルによってとんでもないステータスを得ることになった。

 だが、それは良いことばかりではなかったんだ。

 まず、加減を間違えればちょっと殴っただけで人だろうとモンスターだろうと木っ端みじんになってしまう。

 うっかり喧嘩もできやしない。

 もしも冒険者になっていたら、モンスターの素材を回収できずに失敗続きだっただろう。

 まずは自分の力をしっかりと把握して、ちゃんと手加減できるように訓練する必要があった。

 就職先に王宮騎士団を選んだ理由の一つがこれだ。

 王宮騎士団は実戦を行う前に厳しい訓練を行うという評判だった。時間をかけて訓練したかった俺にはちょうどよかったんだ。

 入団してからも俺は必死になった訓練を重ねたよ。手加減のな!


 ~部下の騎士の話~

 あ、はい。

 僕は不殺の聖騎士様にあこがれて王宮騎士団に入団しました。

 同じような入団希望者がたくさんいて、合格できるか不安だったんですけど、無事入団できたばかりか聖騎士様の小隊に配属されて感激しています!

 聖騎士様ですか?

 噂以上に凄い人でした!

 隊長は普段は暇さえあれば訓練しています。

 「自分はスキルで強くなったから人に教えることはできない」と言って僕たちの訓練は副隊長に任せっきりなんですけど、隊長自身は僕たちにはまねのできない凄い訓練をいつもやっています。

 実戦の機会はあまりない――先輩方の話では、これでも不殺の聖騎士様の評判でだいぶ増えたんだそうです――ですが、隊長の活躍は抜きんでていました。

 盗賊団の根城に踏み込んだ時は、六十人近くいた盗賊達が何もできないまま隊長一人に無力化されてしまいました。僕たちがやったことは動けなくなった盗賊を縛り上げただけです。

 モンスターの大群と対峙した時も凄かったです。一瞬で先頭集団の二百を超えるモンスターが倒れ伏して、それを見た後続のモンスターが逃げ出してしまったんです。

 モンスターが恐れをなして逃げ出すところなんて初めて見ました。

 僕たちは瀕死のモンスターに止めを刺しただけです。しかもそのおかげでずいぶんとレベルアップしました。

 パーティーを組むだけでも経験値のおこぼれをもらえるのですが、隊長は「俺はこれ以上レベルを上げる必要はない」と言って全部僕たちに譲ってくれたんです!

 その上、隊長は回復魔法まで使うんですよ。

 支援系のジョブ以外は味方を回復しても経験値が入らないから、回復魔法を習得する騎士はいないって聞いていたんですけど、隊長は回復魔法を使えるのです。

 僕たちがモンスターに止めを刺している間、隊長は被害に遭った近隣の村で怪我人の治療をしていましたよ。聖騎士様と呼ばれるわけです。


 ~本人談~

 実は俺、魔法も使えるんだ。

 スキルのせいで魔力は異様に多いし、スキルのためかそれとも元からなのか魔法の素質もあった。

 ただ、ここでもステータスの高さが問題になった。威力が高すぎて使えないのだ。

 贅沢な悩みだ?

 そうかもしれない。だが、初級の魔法一つで地形が変わるほどの威力があるんだ。怖すぎて使えないだろう?

 今のところ安心して使えるのは回復魔法だけだ。騎士団員には練習中も含めて怪我人がよく出るから、練習には困らなかったぞ。

 他の魔法は練習中だ。必要最低限の威力に調整できるようになるまでは危なくて使えない。

 普通は逆なのだろうな。威力の低い魔法を少ない魔力で遣り繰りしながら少しでも威力を高めようと練習する。

 俺はスキルによってそういう段階をすっ飛ばしているから、別の形で苦労することになっている。

 正直な話、俺はまだまだ未熟な部下たちが少し羨ましいんだ。

 彼らは頑張っただけこれから成長する。

 一方で俺のステータスは既に上限に達している。これ以上は向上しない。

 まあ俺でもスキルやステータスに頼らない技術ならば鍛えることはできるのだが、それ以前にきっちり手加減する技術を磨く必要がある。

 いくら訓練してもまだまだ足りないんだよ。


 ~ある政府高官の話~

 いやー、最近は我が国の発言力が増して、外交がやりやすいですな。特に我が国の国土を狙う近隣諸国がおとなしくなって助かりますよ。

 これも全て、聖騎士様様ですな。はっはっは。

 ん? 不殺の聖騎士様相手なら殺されないからと侮られないかって?

 いやいや、それが逆なのだよ。

 戦場に赴いて戦死した者は致し方ないが、生きて捕虜になった者は戦後に捕虜交換か身代金を払って引き取らねばならない。

 捕虜交換ができないほど多くの者が捕虜になるとこの身代金がバカにならんのだよ。

 そもそも戦争には金がかかるものだ。しかも負ければ何も得られないどころか賠償金を支払わなければならなくなる。

 そこに追い打ちで身代金がかかるのだ、泣きたくもなるだろうよ。

 しかし、身代金を惜しんで捕虜を見捨てることもできない。

 特に指揮官には名のある貴族が就きますからな、無理をしてでも身代金を払わなければ、貴族としての面子が立たない。

 兵卒といえど、多くを見捨てれば士気にかかわるし、戦時奴隷となって相手国を利することになる。

 盗賊団を一瞬で制圧した聖騎士が出てきたらと考えれば、開戦に二の足を踏むことは正しい判断なのだよ。

 それにしても、聖騎士殿が入団してから王宮騎士団の実力も底上げされているし、聖騎士殿自身もまだ若くてレベルも低いと言うじゃないか。

 これからが非常に楽しみだよ。


 ~本人談~

 色々と言ったが、俺は別に高いステータスを嫌っているわけじゃないんだ。

 やはり強いに越したことはない。

 己の無力さに後悔するくらいなら、大きな力を制するのに苦労した方がましだ。

 だから、問題はそこじゃない。

 そもそも、何のリスクも代償もなく、いきなりステータスが極限まで上がるだけのスキルなんてあると思うか?

 一般的なスキルは厳しい修行を時間をかけて行った末に身に付けるものだ。

 神授のスキルだって、最初は大した効果のないものを育てて行くものが多い。

 なんのデメリットもなく、いきなり究極の強さを与えるスキルなんて存在するのだろうか?

 あるんだよ、とんでもないデメリットが!

 俺の授かったスキルの名前は、「逆成長」。

 最初に上限いっぱいのステータスを得た後、レベルアップによりそのステータスが下がって行く。

 そう、俺はレベルが上がるほど弱くなっていくのだ。

 最初はステータスが高いから、強いモンスターでも簡単に倒せてしまう。だがそんなことをしていたらあっという間にレベルが上がって弱くなってしまう。

 そうなれば、以前は楽に倒せたモンスターにあっさりと殺されるか、もっと弱い相手と戦ってさらに弱くなっていくかだ。

 戦い続ける限り、俺はどこまでも弱くなっていく。そして、いずれは最弱に至る。それが俺の運命(さだめ)だ!

 これで分かっただろう。俺が殺さないのは慈悲深いからじゃない。レベルアップを避けるためだ。

 モンスターの止めを部下にさせるのも、その間その場所を離れるのも、全て経験値を得ないためだ。

 そもそも王宮騎士団に入ったのだって、レベルが上がり難い仕事だと聞いたからだ。

 これほどの強さを得ながら、それを戦闘に生かすためには、相手を殺さない以外に方法がなかったのさ。

 当面の目標は、相手を殺さずに無力化する技術を磨くことだ。今技術として行っている手加減をスキルにまで昇華したいところだな。

 あとは敵を拘束したり行動を封じるような魔法も使えるようになっておきたい。

 それから、ステータスの高さに頼らない技術を身に付けることだな。レベルが上がって弱体化しても、訓練して身に付けた技術ならば使うことができる。

 そして早いところ出世して、第一線を退きたいな。

 なるべくならば、最強のまま引退する、それが俺の人生設計(ライフプラン)だ。


 ところであんた、一度上がったレベルを下げる方法って何か知らないか?


弱いところから頑張って最強になる物語はよくありますが、その逆パターンとして頑張れば頑張るほど弱くなる話を考えてみました。

ゲームのようにレベルやステータス、スキルなどのある世界で、最強からどんどん弱くなっていく男がどう生きて行くのか?

この物語の男は今のところ最強を維持していますが、ずっとこのままというわけにはいかないでしょう。

長編で書くとしたら、四苦八苦して敵を倒すことを回避するコメディー調の話か、レベルアップに怯えながら弱くなるステータスを創意工夫で補っていく感じになるか、あるいは一度最弱にまで落ちてからどうにか這い上がる話になるか、等と考えながら書きました。

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