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終焉の王子様  作者: 丹頂 暦泉
2/2

一章 灯火は幸せを包み込む

まるでペンキで塗られてかのように、真っ赤に咲いた薔薇。

薔薇が誘う甘い香りは、蜜蜂を誘惑する。

そんな初夏の終わり頃。

時刻は正午を迎えた。

晴れ渡る青い空に白い雲。

赤レンガづくりの大きな校舎が、広大な敷地の中にそびえ立っていた。

その校舎の一角。

ゴーンゴーンと塔からお昼を告げる鐘の音が、校舎内へと響き渡る。

「あぁ、嫌だ。また、()()を思い出す」

誰にも聞こえないように、灰霞玲依(はいがすみ れい)は右眼へと当てられた医療用ガーゼへと抑える様に手を当てた。

忌々しそうに、小さくぽつりと呟く。

彼女の可愛らしい小さな口が、ムッと釣り上がる。

この鐘の音は、一瞬脳裏に彼女の蘇らせたくない映像を鮮明に映し出す。

己の耳に鬱陶しい位にこだまする鐘の音。

鳴り止まぬことは無かった。

玲依は思わず、顔を顰める。

出来るだけ。

いや、確実にこの煩わしい音を遮らせたい。

軽く舌打ちをしながら己の首にかけていたヘッドフォンをすぐさま装着した。

沈黙の世界。

まるで、己以外の時が止まってしまったと錯覚してしまう。

この静まり返った世界は彼女にとってとても心地よく、そっと瞳を閉じた。

「よかった……やっと安心出来る」

安堵感を覚える。

ふ、と一つ溜息を吐いた。

何も聞こえることの無いこの世界が、何よりも玲依にとっては安息の地。

「入学する時にヘッドフォン、買ってよかったな」

机に突っ伏しながらうんうん、と首を縦に振って頷く。

ヘッドフォンは無造作に伸ばされた彼女のボサボサの灰色の髪を、上手い具合に上から抑えている。

彼女の装着しているヘッドフォン。

これは一言で言い表すと、とても高性能である。

なんてったって、一番度装着してしまえば外の音が響くことは絶対に無い。

ガヤガヤとした鬱陶しいクラスメイトの声も、あの忌々しい正午の鐘の音も、一瞬で遮ることが出来る。

しかも、コードが絡まることは無い。

だって、ワイヤレスヘッドフォンだから。

高性能なヘッドフォン。

「流石は現代社会、作るのもが違うなぁ…」

ウットリとした口調で玲依は呟いた。

そっと、ヘッドフォンへと指先を這わせる。

買いに行った時の電気屋でも、今みたいに試しに装着をした。

この静けさに感心して玲依は電気用品店でこれを購入したのだ。

正直、試しに装着する前は性能を疑っていた。

買って後悔したらどうしよう。

そう思っていたが勇気をだしてよかったと、玲依は今では思っている。

「技術者様に感謝をしないと…コレのお陰で私は何とかなっているんだから…」

まあ、充電が切れたら話は別だけれど。

その為に、充電だけはこまめにしていた。

そんなことを考えながら、少しうとうと、としながらぼんやりと窓の外を眺める。

窓の外に見える赤レンガづくりの塔。

よく見ると結婚式場なのだろうかと、思わずツッコミを入れたくなる大きな鐘がユラユラと揺れている。

視界に入る揺れた鐘に溜息を一つ。

「見慣れてるはずなのに…ほんと、見る度に憎らしい」

思わず鐘を睨みつける。

睨みつけたってどうにもならないことは分かっていた。

分かっているけれど、睨みつけずには居られない。

この鐘の音色のせいで、玲依は思い出したくもない過去を思い出すのだから。

そう、彼女にとって正午の鐘とは、幸せの終わりを告げるものである。

何かとはまだ誰にも言えていない。

友人にすら言うことを渋っていた。

しかし、その鐘の音だけは、不幸を招く音だということを玲依は確信している。

「なんで私はこんなに………この音に囚われなければいけないんだろう…」

組んだ腕の中に顔を埋めた。

悔しくなって唇を噛み締める。

もう、このまま次の授業が始まるまで眠ってしまおうか。

そう、心の中で呟いた。

トントン、と不意に肩を叩かれる。

「誰………?」

思わず顔を上げた。

暗闇から解放された世界。

眩しい世界に思わず目を細めた。

ぼんやりとした視界の中、海のように深く青い瞳が視界に飛び込んでくる。

少女と目が合う。

彼女は、前の席の椅子へと座り、口をゆっくりとパクパクさせてこちらに笑いかけていた。

お は よ

そう、口を動かしているのが玲依にも分かる。

聞こえない声。

まるで相手が声を失ったかのような世界に思わずふふと笑ってしまう。

「おはよう、あわいちゃん」

何も聞こえない世界で彼女の名前だけが強く脳裏に主張する。

こだまする己の声に少しだけ、楽しくなってふふ、と笑った。

そんな玲依の姿に楽しそうだねと言うように泙本(なぎもと)あわいも微笑みかける。

鐘の音が成り終わったと合図するかのように、指先を鐘へと向けた。

鐘は先程の揺れが嘘のように、生命を失ったかのように止まっている。

そっと、穏やかに微笑んだ。

「ありがとう、あわいちゃん。ヘッドフォン外すね」

そして、耳に当てていたヘッドフォンへと手をかけた。

ゆっくりとそれを離す。

その瞬間、耳へと一気に入り込む雑音たち。

賑やかな旋律は耳へとすぐさま隙間なく入り込む。

あまりのうるささに思わず顔が強ばった。

そんな彼女の姿とは裏腹に、あわいは瞳を細めて玲依を見つめている。

膝の上に乗っていた、黒いタータンチェックの布に包まれている弁当箱を、コトンと音を立てて玲依の机の上へと置いた。

「玲依さん、いつもの事ではあるけれど、今日も一緒にお弁当食べよう?未夢さんも、もう少ししたら来ると思うの」

どうかなと首を傾げて問いかける。

「もちろん、一緒に食べたいって私も思ってたところ」

是非、というように玲依はあわいを見つめて頷いた。

玲依、あわい、そして、今はまだここに来ていないがもう一人。

塔野 未夢(とうの みう)の三人は、中等部からの付き合いでとても仲が良い。

高等部に上がっても、こうしてクラスは違うが一緒にご飯を摂る事にしている。

ここは、乙木(おとぎ)学園。

全寮制のエスカレーター式のお嬢様学校。

高等部。

一年生の彼女達はこの四月に入ったばかりの新入生だ。

「二人ともお待たせ!ごめんね、遅くなっちゃったのですよ!」

すみません!という可愛らしい声が耳に入る。

白髪の長い髪が目に留まった。

腰の下。

地面へと着きそうな長い髪は、緩く三つ編みにされている。

毛先につれて桃色に染まった髪が尻尾のように揺れていた。

パタパタと足の音を鳴らし、小柄な少女が二人の元へと片手を大きく振りながら歩み寄って来る。

「おかえりなさい、未夢さん。お昼のお弁当は貰えたかしら?」

あわいは、ひらひらと優雅に小さく彼女に手を振った。

「おかえりなさい、未夢ちゃん」

玲依も未夢に声をかけようと彼女の方を向く。

未夢へと二人の視線が集まった。

少しだけ走ったせいか、乱れた学校指定の黄色いスカーフを整える。

「未夢ちゃん、ただいま帰りました!無事にお弁当買えたのです」

ビシッと彼女が右手を振り上げて敬礼をした。

そんな姿がおかしくて、玲依の普段は動かない表情筋が、少しだけ動いた気がする。

彼女の左手には、これまた黒色のタータンチェックの布に包まれた弁当箱。

あわいの弁当箱と一緒な作りのそれは、購買部で配布されている日替わり弁当の一つだ。

全寮制の女子校なだけあって、お昼は基本購買部で無料配布されている。

つまり、弁当やパンをここの生徒たちは購買部から支給して貰うのだ。

もちろん、本当に無料という訳では無い。

受け渡しの時が無料なのだ。

つまり、学費から引き落とされている。

彼女たちの一日三食の食事は学園に保証されていた。

日によって変わるお弁当。

タータンチェックの包みは可愛らしく、曜日によって色が違う。

今日は金曜日だから黒色のタータンチェックだった。

お昼の弁当は、一限が始まる前から、昼食時に配られる。

皆、各々のタイミングで弁当箱を取りに行くのだ。

玲依は、正午の鐘の音が聴きたくないため、一限の始まる前に毎朝、早起きをして弁当箱を取りに行っていた。

「今日のお昼の弁当も楽しみなのです」

嬉々として未夢が包み紙の結び目を解いていた。

そんな姿が可愛らしくてあわいが笑っている。

「今日は白身魚のフライって書いてあった気がするかも」

玲依が今朝、購買部で見た献立表を思い出しぽつり、と呟いた。

その言葉にあわいが嬉しそうに、そうなんだねと頷く。

彼女は魚が好きだったなと玲依は思い出す。

あわいは目を伏せて、包みを解いた弁当箱を見下げる。

彼女の長いまつ毛が更に長さを強調させていた。

線の薄い顔。

透き通った肌。

彼女の深海のように深い瞳に玲依は吸い込まれそうになる。

ふと、玲依とあわいの目が合った。

じっと見ていたことがバレてしまった。

いくら長い付き合いとはいえ、多少気まずくなる。

そんな玲依の姿にふ、とあわいが笑った。

「フフ、私の顔になにかついてたかしら?」

楽しそうに玲依の方へと手を伸ばせば彼女の頬をぷに、と突っついた。

「………別に。ほら、弁当食べよう」

綺麗だなんて見惚れてた。

そんなこと、玲依の口からは到底言えなかった。

誤魔化すようにモタモタとした手つきで包みを外す。

ふと、そんな二人のやり取りをじっと眺めていた未夢が二人に語りかける様に喋り出した。

「そういえば、購買部でお耳にした話なのですけれど…」

何の話だろうか。

興味津々に二人は未夢の方を向く。

二人がこちらを見たことを確認すれば、箸をぴとと唇に当てた。

反対側の手の人差し指をピン、と立てる。

「ねぇ、知ってますか?幸運になれるマッチ箱の噂」

しぃん、と三人の空間に沈黙が流れる。

あわいが顔を顰めて、玲依は首を傾げた。

最初に沈黙を破ったのは、玲依だ。

「なに、それ」

思わず問いかけた。

言葉を選ぶことも出来ないくらいに素直な気持ちが零れ落ちる。

そんな玲依に未夢は話を続ける。

「私も先程口頭で聞いたのですけれど、この学園にはどうやら夢燐寸(トラームマッチ)という、願いを叶えてくれるものがあるらしいのです!」

聞きなれない言葉。

願いを叶えてくれるもの。

玲依の眉間に皺が寄る。

あわいが険しい顔で未夢を見つめた。

そんな二人には気にもとめず、ゆっくりとした口調で未夢は語り始める。


………


エピソード オブ (ワン)

乙木学園七不思議

〜マッチ売りの少女伝説〜


かつて乙木学園で起きた物語。


ある所に一人の少女がおりました。

その少女の家は貧しく、クラスメイトに大変酷くこき使われていました。

少女は哀しくなりました。

私はただ、みんなと友達になりたいだけなのに…

しかしその想いがクラスメイトに届くことはありません。

毎日繰り返されるのは、クラスメイトから無理やり押し付けられた雑用ばかり。

少女の周りには、誰一人として味方は居ませんでした。

ある日のことです。

少女は月夜の元、マッチの入った箱を見つけました。

次の日、花園の花の手入れを少女は押し付けられています。

季節は冬。

凍える寒さの中、少女は花園へと足を踏み入れました。

花園は寒く、冷えきった空気は少女へと突き刺さります。

そんな中、少女は花園の最深部までいかなくてはなりません。

少女はあまりの寒さにポケットへと手を入れました。

ふと、カタッとナニカが彼女の指先に触れます。

取り出してみるとマッチの箱でした。

中を覗いてみれば、数本のマッチが入っています。

少女は思いました。

気休め程度にはなるかもしれない。

少しだけ、花園の最深部までいくまでだけでいいから温まりたいと。

そう思い少女はマッチ棒をとりだして、それを擦りました。

ぼぅ、とマッチ棒の先端に小さな炎が灯ります。

少女は火が消えてしまわないよう、そっと空いた方の手で炎を包み込みました。

そして、ゆっくりと最深部まで歩きます。

寒い中、マッチに灯された炎だけが少女を暖かく迎え入れてくれました。

そして不思議なことに、少女が花園の最深部まで辿り着くまで炎が消えることはなかったのです。

少女は、最深部まで辿り着きました。

その途端、マッチに灯された炎がユラと揺らめき、少女を優しく包み込みました。

少女は驚きました。

何故か、少女が火傷を負うことはありません。

不思議だと少女は己を囲う炎を、見つめ続けました。

すると、少女の前に少女と同い年くらいの女の子が現れたのです。

少女は驚きました。

女の子が言います。

「はじめまして、今日から私はアナタの友人よ。もう、寂しくないわ」

女の子は少女の手を取り握り締めました。

温かい女の子の手に少女は泣きました。

心が満たされたのです。

少女は、孤独という【呪い】から解放されました。



………


未夢が語り終わる。

しぃん、と辺りが静まり返った気がした。

しかし耳に入る周りのクラスメイトの雑音は、絶え間無く入ってくる。

ということは、己たちの間に妙な空気が流れたことになるなと玲依は思った。

ふぅ、と息を着く声が正面から聞こえる。

「……それで、それがどうかしたのかしら?」

あわいは、机に肘をつきつつ、手の甲に頬を乗せた。

制服の下に着た黒いタートルネックの中へと指先を差し入れている。

少し冷たいような、突き放すような返答。

少々彼女の機嫌が悪くなったのかと玲依は錯覚した。

そんなあわいを気に止めず、未夢は話し続ける。

「その物語に出てきたのが、さっき言っていた夢燐寸ということなのです!」

その言葉にふぅん、と興味なさそうにあわいが呟いた。

「でも噂は所詮噂、でしょう?」

違うかしら。

そう問いかける。

彼女の冷たい態度にぷくり、と未夢は頬を膨らませた。

「酷いのです、あわいちゃん!最近一年生の間で流行ってる噂らしいのですよ。流行を馬鹿にするのは良くないのです!」

もしかしたら本当に願いが叶うかもしれないじゃないですか。

ぷんぷん、と言う効果音が聞こえてきそうだ。

絵に書いたような未夢の怒り方に玲依は、そう二人を見つめながら考えている。

あわいが申し訳無さそうに眉を下げて、フフと笑った。

「そうね、ごめんなさい。………でも、私そういうの信じないタチなの。目に見えるものしか信じないわ」

眉を下げて穏やかに笑う彼女の姿は少しだけ、どこか寂しそうだった。

「あわいちゃん……」

思わず、玲依の口から彼女の名前が零れ落ちる。

あわいは、はっとすればどうしたら良いのか分からず、指先と指先を合わせて弄り出した。

「ごめんなさい…変な空気にしちゃって」

その言葉に未夢が首を横に振る。

「大丈夫なのです!誰にでも信じる信じないはあるのですよ。それが、今回の話だったってだけなのです」

だから、気にしないでください。

箸を弁当箱の蓋の上に置き、あわいの手を取れば、未夢は彼女へと穏やかに微笑みかけた。

「未夢さん………」

彼女の優しさに感動したのか、あわいは未夢の手を優しく握り返した。

その様子を喧嘩にならなくてよかったと玲依が見つめている。

ふと、玲依が口を開いた。

「話戻すんだけどさ、なんでその噂が流行っているの?気になるんだけど」

その問いかけ。

よくぞ聞いてくれました、と未夢がきらきらと瞳を輝かせる。

玲依の方を向いた。

そして、玲依の方へと思わず指をかざす。

はしたないわよ、とあわいが注意をした。

「実は…!その願いを叶えてくれる夢燐寸が、本当にこの学園に存在するらしいのです!」

彼女がきらきらと目を輝かせた。

玲依が興味深そうに未夢を見つめている。

そんな未夢の反応に、あわいがはぁと溜息を着く。

「ねぇ、未夢さん。もしかして、この話の流れから推測するに…その夢燐寸というものを探しに行こうってことなのかしら?」

彼女の言葉。

それを聞けば、ぐいと勢いよく、首をあわいの方へと向けた。

そして、大きく大袈裟に頷いた。

「もちろんなのです!楽しそうじゃないですか。一緒にしませんか?二人とも」

お願いしますと懇願するように未夢は手と手を合わせる。

上目遣いであわいを見つめた。

その言葉に賛同するように玲依もあわいの方を向く。

「私も、気になる。二人にはまだ、言えないけど…叶えたい願いがあるんだよね」

駄目かな、そうあわいへと問いかけた。

薄い灰色の瞳が彼女を真剣な眼差しで見詰めている。

「………」

あわいは黙り込んだ。

そして、一つ溜息を吐けば、二人を見返す。

「私はパスよ。めんどくさい」

そう、光の灯っていない瞳で言い放った。

首を横に振る。

その瞬間、玲依達は思い出す。

彼女が極度な面倒くさがり屋だということを。

未夢がハッとして声を上げた。

「あっ!もしかして…!だからさっきから、渋っていたのです?あわいちゃん、ずっとめんどくさいことが起きるって思ってたんですね!」

ショックですと、頬に両手を当てた。

あわいは、ハハと笑いながらその言葉に頷く。

「ええ、本当にあるか分からないものを探すなんてめんどくさいもの………付き合ってられないわ。だから…」

そう言うとあわいは、食べ欠けの弁当箱の蓋をパタリ、と閉める。

丁寧に黒色のタータンチェックの包みに包み込めば、その場を立った。

「もし、そんな存在するかも分からないものを探すなら、二人でしてちょうだい。私は、めんどくさいことはしない主義なの」

ごめんなさいね。

そう、言い残して教室の出入口へと向かっていった。

彼女のポニーテールの髪が、早歩きをしているせいか、緩やかに靡いている。

そのポニーテールを波うつ海みたいだと、二人はぼんやりと見つめていた。

こそ、と未夢が玲依へと話しかける。

「あわいちゃん、何かあったんですかね…?」

その言葉に玲依はこてん、と首を傾げた。

「さぁ…?」


………



二人と別れ、立ち去ったあわい。

心の中で、突き放してごめんなさい、と玲依と未夢への謝罪の言葉を呟いた。

別校舎へと向かう長い廊下。

普段なら絶対にこんな歩き方はしないと言うくらいの大股でズカズカと音を立てて歩く。

はしたない事は頭では分かっていた。

でも、このもどかしさを発散できる場所が、今の彼女にはこの足しかない。

地面へと突き立てるように歩いていく。

力を入れているせいで、歩く度に痛む足。

まるで、剣で足の裏を刺されたかのような痛みが彼女の足の裏に走る。

手にもかなり力が篭もっており、弁当箱を包んだ包みが、ミシミシと小さく悲鳴をあげていた。

「………止められなかった」

小さくゆっくりと呟いた声は、怒りにより震えていた。

細く長い指先を首筋へと触れさせては、痒いのかは分からないが、カリカリと引っ掻いている。

制服の下に着たタートルネックから、鱗のような、泡のような痣が、チラリと顔を出す。

別校舎へと辿り着けば、不気味なくらいに廊下が静まり返っていた。

ふと、空から白い羽が一枚。

それは、まるで天使の羽が落ちてきたかのように、彼女へと降り注ぐ。

まさか、と思いあわいは勢いよく後ろを向いた。

「っ!?」

声にならない悲鳴が彼女の口から零れ落ちる。

「あわいちゃん、こんにちは。元気かしら?」

おっとりとした、穏やかな声。

胸焼けをするような甘ったるい上擦った声が、耳から脳裏へと響き渡る。

あわいは内心、小さく舌打ちをした。

後ろを向けば、まるで、白鳥のように白い髪が目に留まる。

よく見ると、くるりとウェーブのかかった毛先のところだけが、水色に染まっていた。

小さくお団子にされた髪がゆらゆらと揺れている。

垂れた目じり。

長い睫毛。

ふと、薄いビスケットのような色の瞳と目が合った。

あわいは顔を強く強ばらせる。

「……どうも、実咲お姉様。アナタのそのウザったいくらいに揺れるお団子を、今すぐむしり取ってやりたいくらいの気分ですよ」

そう、悪態ついて吐き捨てた。

そんなあわいの姿にふふ、と鵠 実咲(くぐい みさき)は穏やかに笑う。

「さっきの友達ちゃんたちの時とは、とても態度が違うわね。私はただ、あわいちゃんと仲良くなりたいだけなのに」

お姉様哀しいわ。

そう言いながら頬に手を当ててため息を付いた。

その反応に顔を顰める。

「白々しい………私、最初に言いましたよね?あの二人だけは、絶対に巻き込まないでくださいって」

それなのに…!

強く言葉を荒らげそうになるのを堪える。

彼女の態度に不思議そうに実咲は笑った。

「巻き込まないで欲しいなんて、あわいちゃん。

それはただの貴女のエゴよ。

それに、仕方ないじゃない。【神告者(オラクル)】からのお告げなのだから」

「っ!」

彼女の言葉。

神告者と言う単語にあわいは瞳を大きく開く。

そんなあわいの姿に気にもとめず、実咲は続けた。

「収集よ、あわいちゃん。雪乃ちゃんも待っているわ。ほら、おいで。貴女ならできるわよ、ね…?」

甘ったるい言葉が、まるで毒のように脳を犯す。

もう、後戻りはできない。

そう、直感で感じた。

無力な彼女は、頷くしか出来ない。

窓の外では、穏やかに白い雲がぷかぷかと浮いていた。



………


「どうします?玲依ちゃん」

未夢が玲依へと問いかける。

あわいが去り二人になった玲依と未夢は、二人で夢燐寸の話をしていた。

「そうだね、ひとまず夢燐寸は探したいかも……それもだけど、大丈夫かなあわいちゃん」

さっきは様子がおかしかったから。

心配そうにぼんやりと、昼ごはんを食べ終わった二人は学園の地図を広げながら校舎の中でどこにマッチ箱がありそうか話している。

「きっと、大丈夫なのですよ。もしかしたら調子が悪かったのかもしれないのです。うーんと、理科室や調理室のマッチとかはどうでしょう?」

一番マッチが沢山収納されていそうなところ。

そんな教室を未夢は、候補にあげる。

「そうだね。最近部活が忙しそうだったから…それかな?…ところで、未夢ちゃん。他にさ、夢燐寸の特徴ってないの?」

次会った時には、少しでも元気になってくれると良いけど…

心配だなぁと思いつつもふと、玲依が問いかける。

その問いかけに未夢は確かにと頷く。

「そうかもしれないのですよ。次会った時には、二人で抱き締めましょう。………ちょっと思い出してみるのですね」

さっき同学年の子が話をしていた噂を思い出そうと、未夢はうーんと首を捻った。

そして、何かを思い出したかのようにあ、と呟く。

彼女のくりくりとした小動物のような愛らしい瞳が、さらに大きく開いた。

「もしかして、何か思い出した?」

興味津々に玲依が問いかける。

その言葉に得意気に未夢が頷いた。

「たしかそのマッチは特別で、火をつける部分、頭薬でしたっけ…?よくわからないですが、そこが金色になっているらしいのです」

金の卵みたいだって言っているのを聞きました。

その言葉にへぇ、と玲依が呟く。

「金色…?珍しいね。金の卵くらいに金色だなんてさ…これは比喩なのかな?それとも本当に金の卵みたいに金が使われているとか…?うぅん、どうなんだろう」

わからないや、と玲依が顎に手を添える。

何かの引っ掛けなのかもしれない。

うーん、と唸った。

「だからうちの学校の、七不思議の一つになっているのかもしれないのですよ。金の卵みたいに夢のようにキラキラしているから、夢燐寸って言われてるんじゃないでしょうか?」

本当に金色なら、素敵なのです。

そう穏やかに未夢は笑った。

「……そうだよね。そうなると、普通のマッチじゃ無いってことかなぁ。だったら見つけるのはかなり困難じゃないかな…見つけられるか心配になってきた」

思わず弱音を吐いてしまう。

でも、玲依はどうしても夢燐寸を見つけたかった。

出来るのなら、この悪夢から、呪いから一刻でも早く解放されたいから。

真剣な眼差しで地図を見つめ続ける。

「………もしかして、実際に色んな教室に足を運んだ方が早かったりして」





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