あっ……ヤバイかも。
ナイトをギルドに迎え入れてからしばらく経った頃、ギルドの仕事も順調で、ウィンチェスター内でもプラチナランクの冒険者が開いたギルドとして、さらにギルド内のゴールドランクの冒険者の活躍により名が街中に轟こうというところまできているのだが、そんな折にギルドへ来客があった。
「アンジュちゃん、いい加減ギルドの名前とエンブレム決めてくれないかなぁ。あたしここを紹介する時、いっつも困ってるんだよ」
口を尖らせたフィリアムが我子に言った。
「あ〜、ごめんなさい。決めよう決めようとは思っているんだけれど、中々時間が取れなくて」
「帰ってくるとすぐにお酒を開けて、そのまま潰れるからではありませぬか? アンジュ殿、もう少しギルドマスターとしてのたち振る舞いというものをですね――」
「ああはいはい、ごめんなさいねお母さん。次から気をつけるわ」
「せめてルーア殿に胸を張れる大人になっていただきたいですよ。っと、それでギルド名とエンブレムですか。そういえばルーア殿がこれについていつもご機嫌にペンを走らせていましたよ」
「ルーアが? じゃあもうルーアに任せましょう、そうしましょう」
「……ルーアちゃんならさっき、アンジュちゃんとナイトさん、ルーアちゃんが可愛らしく描かれた絵とアンジュ様と愉快な仲間たちって書かれた書類を持ってきたんだけれど、それを受理していいってこと?」
エプロン姿が様になっているナイトが微笑ましそうに口元を覆い、それで良いんじゃないですか。と、我子に視線を向ける。
しかし我子は頭を抱え、わかったとフィリアムにすぐに考えると宣言した。
「お願いだよ、このギルドにも入りたいって言ってくれてる人も結構いるんだから。でも名前も決まっていないから書類を書けなくてこっちとしては受理できないんだよ」
「へー、そんなに希望者がいるんだ。今回はまともなのが入ってくれるといいわね」
「ははは、拙者くらいにまともなら文句ないでござるね」
「ええ、開いた口も塞がらないと思うわ」
フィリアムが苦笑いを浮かべているのだが、我子はふと、彼女にルーアは今どこにと尋ねる。
「ルーアちゃん? 書類を協会に出した後お使いに行ってくるって言っていたよ。だからそろそろ帰ってくるんじゃない?」
すると玄関の方から気配がし、ふっと力を抜いた我子が帰ってきたみたいと2人に告げる。その際、フィリアムに今日はここで食事をとっていくかを尋ねる。
「え、いいの? ルーアちゃんとナイトさんのご飯美味しいから助かる」
「フィム、あなたいっそのことここで働かない? 協会より給料出すわよ」
「え、本当に!」
嬉しそうにするフィリアムに我子は頷く。彼女についてだがとても優秀だと思っており、ルーアも懐いているし、気も利く。このまま協会に飼いならされているのはもったいないという判断だった。
それに人当たりもよく、もし商業を開くことになった時、ルーアと一緒に看板娘になってほしいというプランを立てている。
「ふふ、また賑やかになりますな」
「やかましいのは嫌だけれどね。っと、ルーアおかえ、り?」
買い物袋を両手に抱えるルーアが自信満々に可愛らしく胸を張っており、彼女の隣には体中に包帯を巻き、片目を眼帯で隠した男が立っていた。
その男の腰には短い剣が6本ほどあり明らかに多いのだが、何よりも雰囲気がただ事ではなく、鋭い空気を纏い、周囲を睨みつけていた。
ナイトが瞬時に動きだすのだが、あくまでも普段通りの動きを心がけており、相手を刺激しないようにしていた。そしてルーアから荷物を預かると彼女の肩を掴み、キッチンへ足を進ませていった。
我子はフィリアムをそばに寄せるとその男性に視線を向ける。
「ルーアが連れてきたってことはそこまで警戒しなくても良いんだろうけれど、ちょっとあなた怪しすぎるわ。名前を名乗ってくれると助かるんだけれど」
「……ウルチル=ルビダ·ロイアークレイ」
ウルチルは我子に書類を手渡した。
それは協会に出しているギルド員募集の紙で、彼はある一点を指差していた。
「ふ〜ん、あんた復讐を企てているんだ?」
「この条件、復讐の手引きもしてくれると僕はとったんだが」
「ええそうね、まあ手引きって言ってもあんた次第だけれど。でも一応わけを聞かせてもらえる?」
ウルチルは一度顔を伏せるとポツリと話し始めた。
「僕が住んでいた村はとても小さく、しかも山の中にあったから滅多に人なんてこない。そんな村だった。けれど毎年採れる果物で細ぼそとだけれど慎ましく生活していたんだ」
いいじゃないか。と、我子は目を細め、次こそはがっかり設定を持ってこないギルド員に期待した。
「でも、ある時を境に村は変わってしまった。優しかったみんなはまるで取り憑かれたように目を血走らせ、感情を爆発させて人々同士で争い始めたんだ」
「原因は?」
「ああ、わかっている。だが僕だけじゃどうにもならない。助けを求めようと協会に入ったんだ。そんな時に僕は募集の案内を見つけ、そして彼女と出会ったんだ」
悔しそうに握り拳を作るウルチルに我子はうんうんと頷き、それなら自分たちが協力しようと言った。しかし彼の様子がどこかおかしく、顔を覗くのだが、ウルチルが心底憎そうに表情を歪め立ち上がった。
ああ、それほどまでにこの少年は理不尽を覚えているのかと彼を不憫に思う。ここならば吐き出してもいい。そんな慈愛に満ちた視線を我子はウルチルに向けると彼が大きく口を開いた。
「ムキュナトッポギーっ!」
「ん、なんだって?」
突然の奇声を我子は聞き返すのだが、彼は涙ぐむだけで何も言わない。
この時点で我子は嫌な予感を胸に抱いていた。
しかし彼については協力すると言ってしまったために、ルーアとナイトを連れ、すぐに出発の準備をするのだった。