強かろうと何だろうとも結果選ぶのは他人。
「不快なものを見せてしまったし、ここはウチが奢るわ。好きなものを頼みなさい」
我子は拠点からルーアとフィリアムを連れて街の中心部にまで来ていた。
ウィンチェスターと呼ばれるこの街は、冒険者と自由を象徴として掲げている街で、空を見上げれば羽の生えたゴンドラと小型の竜のような生物が飛び交い、海に目を向ければ大型の船がたくさんの人を乗せてひっきりなしに移動している光景だったり、小型の船で海に住む魔物を退治していたりと活発で、街の門から1歩踏み出せば平原が広がり、輝かしい冒険の期待に胸を踊らせることだろう。
街中での基本的な移動は徒歩か馬車、もしくは空に飛んでいる羽の生えたゴンドラになるのだが、我子たちは今回、馬車で中心部までやってきた。
中心部にはギルド管理協会や仕事を斡旋しているギルドなどの管理系統の冒険者ギルドがあり、それらの他に歓楽地や飲食店などなど人が集まる場所となっていた。
そして中心部にありながら比較的落ち着いた雰囲気の箇所に我子たちはおり、そこには喫茶や古本屋などの静かな環境にあるべき店が並んでいて、移動中に我子がフィリアムに聞いたオススメの店に足を運んでいた。
「わ、あたしもご馳走になってもいいんですか?」
「ええ構わないわ。ルーアも好きなものを頼みなさい」
「はい、アンジュ様」
ルーアとフィリアムが仲良く2人でメニューを見ているのを横目に、我子は屋敷の中にいくつか置いてあったアイテムを思い出していた。
そのアイテムの中にはこの世界で使える金銭が大量にあり、何もしていなくてもある程度生活が成り立つくらいには金をもらえた。
こうやってこの世界で生きるために必要なものを見つけるたびに老人の顔が目の隅に映るのだが、すでに我子は切り替えており、段々と彼の顔が朧気になっているのを自覚している。
「アンジュ様ぁ?」
「ん〜、決まった?」
「はい、わたくしはこの卵包みとパンとお野菜とスープにします」
「あ〜オムレツね。フィリアムは?」
「あたしはこのお肉のスープにしようかなぁ、お腹空いてますし」
「ビーフシチュー。ウチはとりあえずケーキにしとくかな」
我子は手を上げてウエイトレスを呼び、注文をする。
そして注文を終えると改めてフィリアムに目を向け、ギルドについての説明をお願いする。
「はい、ではこの不肖フィリアム、拙いながらも説明させていただきます。ではまずギルドとは何かについてです」
胸を張って説明を始めるフィリアムに微笑んでいるとルーアが小さく頬を膨らませたために、彼女の頭を撫で、大人しく聞くようにとお願いするのだが、ふと我子は背後にチラリと目をやる。
ウエイトレスが持ってきた飲み物に口をつけながらフィリアムに説明をしてもらうように促す。
「えっと、まずギルドというのは簡単に言いますと、ギルド単体で依頼のやり取りができる。もしくは許可が出ているのならば商業も出来る集まりのことです」
我子はつまり会社かと納得し、フィリアムに冒険者との違いについて尋ねる。
「ギルドに属していない冒険者というのは、仲介料が取られたり色々と保証されていなかったりするのですが、名のある冒険者の場合、ギルドから直接指名されたり、ギルド側から指名料を支払ったりと金銭面に関しては一長一短です。しかしやはり無所属の冒険者だと出先でピンチになった時、救援が来にくいってこともありますので、あたし的にはギルドがオススメです」
「ありがとう。まあウチはルーアがいるからギルドを結成することを決めたんだけれど、依頼に関してはこっちで調査、報酬を決めても良いってことよね。その辺りはルーアに任せようかしら」
「はい、お任せくださいです。わたくし、しっかりと務めてみせます」
「ああ、あと適当に店も開いて……フィリアム、店についてだけれど売ってはいけない物とかもあるのかしら」
「え〜っと、確かリストが商業ギルドにあるはずなんですけれど、ごめんなさい持ってきてないです」
「良いわよ別に。その商業ギルドにも顔を出そうと思っていたし、今すぐに必要ってわけでもないから。それで冒険者のライセンスと商業ギルドのライセンスはどう?」
「は、はい! こちらになります」
フィリアムに渡された2枚のカードにはそれぞれ我子とルーアの名前が書かれており、これ一枚で冒険者と商人としてのライセンスなのだと説明を受けた。
なお、我子のライセンスは透明のカードに文字が書かれており、ルーアのカードは茶色であった。
「ほぅ、これがプラチナ冒険者の証なのですな」
「ルーアはブロンズってランクなのね」
「はい、お力になれるか不安ですが、精一杯頑張ります」
「程々で良いのよ、ルーアはまだ11でしょう? あんまり一所懸命過ぎるとウチが心配しちゃうわ」
「そうなのですかぁ?」
「うん、ほどほどで良いのよ。ああフィリアム、最初はギルド協会から仕事を請け負ってもいいのよね? というか出来ればそうしたいのだけれど」
「はい、そう言われると思っていくつか依頼書を持ってきました。まあ見本だと思って見てください」
フィリアムから受け取った書類をルーアと眺めるとウエイトレスが食事とケーキを持ってきてくれ、それを食べ始めるのだが、いい加減鬱陶しく思い始めた我子は呆れたように息を吐き、後ろで堂々としている男に目を向けた。
「で、ここまでストーカーしてきといて何か言いたいことでもあるの?」
そこにはナイトが立っていた。
「すと? ああいや、私は先ほどの面接、納得していないであります。そもそも先ほどの面接のせいで私――ああいや、あたしぃ男としての尊厳をなくしてぇ」
「その気持ち悪い喋り方を続けるなら尊厳どころか、命まで投げ出すことになるけれど構わない?」
「すみませんでした」
「というか別にウチのギルドじゃなくてもよくない? あんたやり方はどうあれ確かに強力な力を持っているし、別に出来たばかりのここじゃなくてもやっていけるでしょう」
「そ、それは……」
「ゴールドクラスの冒険者でも貴重なんですよ。この街で現在確認されている最高位ランクはもちろんプラチナのアンジュさんなんですが、ゴールドは20人。大体が大きなギルドを開いています。ですのでもしナイトさんが野良の冒険者であるなら引く手数多だと思いますよ」
「だそうよ、これなら別にウチのギルドじゃなくても――」
「嫌だぁぁ! どうか、どうか何卒! 何卒! 拙者もう行くところがないでござる!」
「おい口調は統一しろ騎士風」
着込んでいる高級そうな鎧をガチャガチャと鳴らし、ナイトは跪いて床に顔を打ち込んだ。
「確かにゴールドクラスであるのならどこのギルドも仲間に入れてくれる。拙者もそう冒険者ギルドから説明を受けました。しかしいざギルドに顔を出してみると、ゴールドなのに一人ってもしかして性格悪いんじゃね。と陰口を囁かられ、それならとランクの低いギルドに行けばゴールドなど雇えないと追い払われ、そんなことを続けていたらいつの間にか冒険者ギルドからも迷惑な冒険者として登録されブラックリスト入り、依頼もまともに受けさせてもらえない始末。それ故拙者行くとこがないでござる! 生活をするための金も尽き、ギルド管理協会に助けを求めようとした昨日、拙者はアンジュ殿のギルドを見つけたでござる。拙者よりもランクが高く、しかも強い人間を求めている。これは最早天からの救いだと。ですので何卒! 何卒拙者をここに!」
「……」
我子が呆れているとルーアが袖を控えめに引っ張ってきて、何かおねだりするような雰囲気で上目遣いで見上げられたために、我子はため息を吐き、フィリアムが持ってきた依頼書の一枚を手に取る。
そして残っているケーキを口に運び、口元を拭うとウエイトレスに支払いをする旨を伝え、フィリアムにこの依頼を受けることを言うと立ち上がる。
我子はナイトのそばを通り抜けるのだが、彼は額を床に押し付けたまま体を震わせ、歯を噛み締めていた。
「何やってるのよ、二次試験受けないの」
「――っ、い、いえ受けます! 受けますとも!」
嬉しそうなルーアの喉を撫でながら、我子はナイトを連れてたった今受けた依頼の場所まで足を進ませるのだった。