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ちょっと本気出せばこんなものよ。

「びっくしりました」



「あ~……ごめんねルーア、ちゃんと言っておくべきだったわ。物置の奥にあるアイテムはちょっと危ないから使っちゃ駄目よ」



「はいです。しかしこの方々は……夢魔の使い魔さんたちでしょうか?」



 プロトハナビクン一号を障壁を作るアイテムで防いだ我子たちは、消し炭になっている魔物を見下ろしていた。



「夢魔? 夢魔ってえ~っと、エロいことしてくれる魔物だっけ?」



「それは受け手側の主観でございます。実際は夢を通して心に触れて、そこから生命力を奪う魔物でございます。しかしなぜこんなところに、夢魔ほどの上位の魔物は人里に近い場所に居を構えないはずなのですが」



 ルーアの説明に我子は思案顔を浮かべる。

 彼女の言う上位の魔物とは、意思疎通ができ尚且つ強力な力を持った魔物のこと、夢魔というと確か魔族と言うジャンルに分類され、夢魔一体につき最低でもシルバー3人は必要なほど強力な魔物だったと記憶している。



「そうだそうだ、夢魔って単体行動しないから難易度が跳ね上がるのよね」



「その通りでございます。そしてこの使い魔の数、そこそこの数の夢魔がいると予想できます」



「ってちょっと待ちなさい。それって大分マズいわね、ルウはともかくあっちにはフィムがいる。一応幾つかのアイテムを持たせているけれど、ほとんど補助なのよね」



 我子はルーアを抱き上げると使い魔の残骸を踏みつけ駆け出した。

 道中、顔色の悪い使い魔たちが襲っくるのだが我子は気にしたそぶりも見せずハリセンで顔面を吹き飛ばしていく。



「――」



 そしてある程度進むと足を止めた。

 目の前から使い魔とは違う強い気配を幾つか感じ、肩を竦める。



「こういう殲滅戦は内藤がいれば楽なんだけれどね」



 ハリセンを持つ手に力が入る。

 目の前には数十はいる夢魔の大群。

 まだ予想でしかないがやってみるかと我子は心を決めるのだが、夢魔の群れが突然割れたように道を作る。

 そして奥からおよそリーダー格らしき夢魔がデュフフフと声を上げてやってきた。



「……」



「よ~こそ冒険者のみなみなさま方デュフフ」



 我子は目を閉じてはふっと息を吐くと腕を回す。



「あ~しこそはぁ、まじパナい夢魔っつうか~、っていうか夢魔の館にこの人数とかまじウケるんですけど。まぁ~あ~しのつかピたちをお掃除しちゃうくらいの~力はあるみたいだけれど~デュフフ」



 彼女に合わせてケラケラと笑う夢魔たちだったが、笑みを携えた我子がスキップでそのリーダー格の夢魔に近づいて行く。



「そもそもあ~したちは~、ヴィネ様に――」



「属性は統一しろや!」



 そう言って我子は、三つ編み、どてらに半纏、渦巻き眼鏡をしている夢魔にハリセンを叩きつけた。



 その瞬間、巨大なブラックホールのような空間の歪みが素の夢魔を襲い、ギチギチと音を鳴らして吸い込んでいく。



 リーダー格の夢魔が消えて我子が息を吐いた直後、その空間には静寂が訪れた。

 呆然とそれを見ていた夢魔たちが体を震わせる中、我子はにこりと彼女たちに笑みを向けた。



 騒然、夢魔たちがパニックを起こし、蜘蛛の子散らすようにあちこちに飛び上がっていくのだが、我子は彼女たちを逃がすつもりはないらしく、口角を吊り上げて歯を剥き出しにした。



 そうして一体一体にツッコみを入れて、やっとこの場にいた夢魔がいなくなると我子は大きく息を吸い、口を開く。



「なんで誰一人色気のある格好してないんじゃ!」



 その夢魔たちは全員、どこか昭和の香り漂う格好をしていた。

 上下ジャージや三つ編み眼鏡に付け出っ歯のセーラー服、防災頭巾を被っているなど誰一人男児が喜ぶ恰好をしていなかった。



 頭を抱える我子だったが、ルーアに急がなくていいのですかと言われ、すぐに足を動かして上層に上がっていく。



 そしてやっとフィリアムとルウの気配を感じ取ることができ、安堵の息を吐く我子だったが、他の気配、夢魔たちの気配も一緒に感じることができ、体に力を込める。



 我子は階段の先の扉を開け放つとフィリアムが切羽詰まったような声を上げた。



「アンジュちゃん、ルウちゃんが!」



 我子はフィリアムが指差す方向に目を向けるとそこには複数の夢魔になぶられ、傷ついているルウの姿があった。



「……おい」



 我子が辺りを睨みつけた途端、空気は重くなり、ルウに攻撃をしていた夢魔たちがその動きを止めた。



「あら、無事だったんですわね。それならここで時間をかけてあなたたちの居場所を吐かせる必要なんてなかったんですわね」



「随分と殊勝じゃない、いいからさっさとそこを離れなさい」



「いいえ、それは聞けませんわ。私そこそこに頭に来ていまして」



 そう言ってルウが夢魔の一体に顔を近づける。

 我子は舌打ちをし、彼女に近づこうとしたが、すでにルウの手の中には何かのアイテムが握られており、方向転換をしてフィリアムに飛びつき、彼女を抱えるように頭を抱いた。



「あなたたち、私がギルドマスターから命じられたフィリアムさんを守れというオーダーを邪魔しようとしましたわね? しかもあろうことか私ではなく、彼女を手にかけようとした。私、他の信頼を裏切ることだけは絶対にしたくないのですわ」



 ルウが手に持っていたアイテムを夢魔の口に突っ込み、妖艶な笑みを浮かべた。



「あなた、女性との接吻の経験はおありで? もしないのなら感謝なさい、これが最初で最後の甘く蕩ける刺激的なキスマークですわ」



 小石ほどの大きさの球体のアイテムが発光する。

 夢魔の口に入れられたそのアイテム越しにルウは口づけを交わすと唇を舌で舐め、色っぽく嗤った刹那、そのアイテムが爆発を起こした。



 我子は思った通りかと顔を歪めるのだが、その光景をルーアとフィリアムに見せたくなく、彼女たちの頭を抱いて爆炎を眺めていた。



 そして煙が晴れるとそこには頭部が吹っ飛んだ夢魔が倒れ伏し、痙攣を起こしている姿と……モザイクで全身を隠されたルウの姿があった。



「よし、内藤用に作った物だったけれどちゃんと機能しているわね」



「あ、アンジュちゃん、ルウちゃんは?」



「あれに関してはあとで説経よ」



 ルーアとフィリアムを解放した我子はモザイク塗れのルウに近づき、ため息を吐く。

 その瞬間、およそ頭が吹き飛んでいるにもかかわらずルウの声が響く。



「これが私の出来ることですわ。黙っていたのはこんな醜い……なんですのこれ?」



 自身の体がモザイクで隠されていることに気が付いたルウが驚きの声を上げ、そのモザイクに触れようとするのだが、何も出来ず首を傾げる。

 すると次第にモザイクが晴れていき、体を再生させたルウが呆けた顔を我子に向けた。



「ふんっ!」



「なんでですの!」



 ルウの頭をハリセンで引っ叩いた我子はそのまま彼女を抱きしめ、頭を荒々しく撫でる。



「な、なんですの――」



「覚えておきなさい。さっきルーアにも言ったけれど、誰かのために傷つこうとするな。それはあんたの咎じゃなくて、あんたが想った人の咎になる。てめぇでてめぇの咎を背負えないなら二度とするな」



「――」



 ルウのあまりにも速い傷の治り、我子を挑発した時、まるで死なないとでもいうような自身のある態度、そこから我子は1つの仮説を立てていた。

 彼女は死なない。否、どんな傷も一瞬で回復するリジェネ持ちなのだと。

 だからこそ我子は先手を打ち、力を使った場合全身モザイクになるアイテムを授けたのだった。



「……ですがそうなると、私は役立たずになってしまいますわ」



「誰かのためにすんなって言ったのよ。やるんならあんた自身のためにやりなさい。そうだったのならウチがいくらでもフォローしてやるわ、他人を巻き込んだ生き方は絶対にするな。それがウチらのギルド方針よ」



 顔を伏せるルウの頭を抱きしめ、我子は夢魔たちを睨みつける。



「よくもウチの家のものに手を出したわね? あんたたち、生きてここから出られると思うなよ」



 我子の持つハリセンから蒸気のような靄が生成される。

 その靄はすぐに形作っていき、ハリセンの背後には巨大な大槌が出来上がり、我子はそのまま大槌を振り放った。



 瞬間、辺りはその存在を否定されたかのように歪み、世界を巻き込んで、空間を飲み込んでいった。


 夢魔たちは一掃され、体からルウを離した我子は彼女に屈託のない笑顔を浮かべるのだった。

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