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お前それだけは止めろ。ウチの青春だぞ! りおーん!

「内藤、これなに? すっごく美味しい」



 我子はルーアが持ってきたサンドウィッチの中身をナイトに見せ、どうやって作ったのかを機嫌よく尋ねていた。



「それは今朝バンス……この間依頼を受けた漁師の若造が持って来てくれた釣りたての魚で作ったものでござる。蒸した魚細かくし、ハーブとこの間アンジュ殿が教えてくれたまよねーず? なる物と混ぜ合わせてのですよ」



「相変わらずいい仕事するじゃない、あんた雇って良かった唯一のことよ」



 上機嫌に我子が酒を呷っていると頬を膨らませたルーアが控えめにサンドウィッチを差し出した。

 それは彼女が作った物で、パンに卵を巻いて厚めに焼いた物、所謂卵焼きが挟んである。



「上手に出来たじゃない。卵焼きは難しいって言ってなかったっけ?」



「アンジュ様が食べたいと言っていたので頑張りました。褒めてください」



「はいはい、本当いつもありがとうね。うん、これも美味しいわ。ルーアがいつも一緒にいてくれて本当に助かっているわ」



 鼻息を荒げて胸を張るルーアに我子はクスりと声を漏らし、ナイト共々2人に称賛を送った。



 するとそれを遠目で見ていたウルチルがどこか影の差した顔を伏せ、ゴリラが守っていた魔剣に近づいて行った。

 それを横目で見ながら酒を呷っていた我子はため息を吐き、喜んでいるルーアを横に退けて酒瓶片手に彼を追う。



「で、その魔剣がどうして村のためになるのよ?」



 ここに来る間、ウルチルから手伝ってほしいという、つまり依頼を受けたのだが、その依頼が魔剣を取りに行きたいというものだった。

 この山、ルピレス山には魔剣が眠っているという話はそこそこの冒険者がしていたのだが、例えその剣を手にしても大した力は得られず、朽ちた魔剣だと嘲られていたのを我子は知っており、それを欲しいと言った彼の目的がわからなかった。



「力だ」



「そんなものはないって噂だけれどね、あんたはそれを使えるの?」



「……半分正解だ」



「随分勿体付けるのね?」



 そう言って我子はウルチルより先にその魔剣に手をかざした。

 アイテム鑑定を試みようとするのだが、明らかに半分になっているその魔剣に首を傾げる。



「おかしいわね、こんなに綺麗に半分になるものなのね」



「っ! あんたわかるのか?」



 驚くウルチルに反応したのはルーアだった。

 彼女は胸を張り、後ろからひょっこり顔を出して口を開いた。



「当然です、アンジュ様は凄い人なのです」



「アイテムを鑑定したり、見ず知らずの人の力を暴いたりと腕っぷしだけのギルドマスターではありませんからな、うちの姫様は」



 各々がそれぞれにアンジュの力について話しているとウルチルが考え込むようにした後、魔剣を指差した。



「半分と言ったな、それはどう半分なんだ?」



「そうね~……わかりやすく言うなら、情報が書かれた紙が綺麗に半分に切られている感じかしら。多分作為的な物ね、自然では絶対にこうはならないわ」



「情報が? アンジュ殿、それはつまりどういうことでしょうか?」



「いい内藤、情報が欠けているってことはそれ自身の根底、魂とかって言った方が良いかしら? それが欠けているってことなの。情報は記憶で、歴史、その魂が歩んだ軌跡なの。見た目ではなんともなくても内側がなくなっているのならそもそもそうはならない。歴史がないんだもの、それがそれ足らしめているものがなくなったのなら、この魔剣も魔剣とは言えないわ」



 我子は次にその魔剣に触れた。

 すると先ほどよりも詳細なデータが彼女の傍に浮かぶのだが、やはり半分がなくなっており、全てを視ることが出来ない。



「断片的って言うかほぼ見えないわね、え~っと『我は焔を喰らい……名をディ……それを内に秘め……』ああ駄目ね、ほとんど読めないわ」



「これがプラチナか……」



 どこか畏怖を込めたような声色で呟いたウルチルに我子は笑みを見せ、か弱くて可愛い女の子だと思っていたのかとからかうように言うとウインクを彼に投げた。



 しかしナイトとウルチルの男性2人が同じタイミングでふるふると首を振り、か弱いとは思ってすらいなかったと声を合わせて言った。



「……まあ、可愛いとは思ってもらえているってことでこれはチャラにしておくわ」



 ルーアが隣で我子のことを綺麗で素敵ですと興奮したように言ったために、彼女を抱きしめ頭を何度も撫でる。

 しかしそんなことをしながら我子はふと、剣に想いを馳せていた。

 炎で頭文字がディ。思い当たる剣があり、懐かしさにうんうん頷いた。

 そんなわけはないとわかってはいるのだが、あのゲームをやり込んだ身としてはゲームで流れたアニメーションがありありと頭に浮かぶ。

 久しぶりにゲームをしたいと思ったが、ここにそんなものはなく現実だが似たようなことをしているこの世界で、我慢しようと決めた。



 そうして我子が考え込んでいるとウルチルが握り拳を作り、その魔剣を忌々しそうに見た後、剣の柄に触れ、ゆっくりと撫で始めた。



「なによ、思い入れでもあるの?」



「おいプラチナ、あんたは魔剣喰らいって噂を聞いたことがあるか?」



「我子よ。魔剣喰らい? いいえ知らないわ。それがどうかしたの」



「こいつが半分になった原因だ。あんたはこういうのに興味もなさそうだし、魔剣どころかわけのわからん法則で出来た武器を使っているからピンと来ないかもしれないが、一般的に魔剣とは、あんたがさっき言ったように歩んだ軌跡で出来上がる物だ。だから優れた魔剣使いは声も聞くことができ、その魔剣の全てを瞬時に把握できる。だから僕は魔剣が生きていると思っている。それを喰らうということは、人間にとっての魂を喰らっているのと同義だ、僕はそれを許さない」



 心底不快そうに話すウルチルに触れようとした我子だったが、敵でもない人間を深く知るためにこの力を使用しないと決めているために、手を引っ込めため息を吐いた。



「それがあんたの復讐?」



「いやそれとは別だ」



 我子はずっこけ、呆れた瞳を彼に向ける。

 しかしウルチルが愛おしそうに魔剣を撫でたことで、頭を掻いて口をつぐみ、彼に視線を向けた。



「半身がなくなって随分寂しい思いをしただろう? もう大丈夫だ、僕はお前を一人にはしない。だからどうか、僕をお前の居場所にしてくれないか?」



 彼はそう魔剣に問いかけ、剣の刀身に指を這わせ血を流した。

 ルーアがすぐに傷の手当てをしようと彼に近づこうとするのだが、我子はそれを止め、静かに見ているように言うのだった。



 すると魔剣から淡い光が発生したかと思うとその光は轟々とうねりを上げ、熱を上げた。

 魔剣が刺さっている個所の地面は温度を失ったかのように凍り付き、しかし魔剣から発生する熱でキラキラと水滴が煌めき、まるで聖剣のような厳かな景色を作り上げていた。



「……ああそうか、それがお前の名前か。この熱量にも負けない力強い名だ。どうかその名を僕の心に、魂に刻め。それこそが、お前と生きることを決めた僕の覚悟だ」



 魔剣の光がウルチルに移動していく。

 その光は彼の腕に走り、刻印のように傷を刻んでいく。



 そしてその刻印が文字を生した時、彼は大きく口を開いた。



「お前の名、確かに受け取った。これからは共に在ろう! そう、お前は――」



 刻まれた刻印に我子は絶句し、ハリセンを振り回し始める。



「ディムロ――」



 彼が大声で魔剣の名を口にしようとした瞬間、スパーンっと小気味の良い音が響き、ウルチルがまるで、妹とは実は血の繋がりがないと宣言されたギャルゲ主人公のような顔で我子を見ていた。



 そんな彼に我子は冷たい顔で言い放つ。



「やめろ」



「え?」



「やめろ、その剣の名前は二度と呼ぶな。いいわね、ウチと約束しなさい」



「え? あ、え?」



 困惑するウルチルにナイトが耳打ちをする。

 どうにも彼女には触れてはいけない琴線があるらしく、今頷いておかないと男の尊厳を握り潰されるとアドバイスするのだった。



 すると顔を青ざめさせたウルチルが体を震わせながら頷き、剣を大事そうに抱えたのだった。

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