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ウチは悪くねぇ! ウチは悪くねぇ!

 なんでこんなことに。

 彼女はとにかく頭を抱える。

 至極まっとうに生きていたはずだった。誰に聞いてもきっと疑いようのない優等生だと答え、あんな美人他に知らないと称賛を送られていたはずである。



 文武両道で、しかも駅前で待ち合わせをしていればモデルにとスカウトされたことが両手で数えられないほどあるくらいスタイルにも顔にも自信がある。

 もちろん彼女自身それを自覚している。だからといってそれを自慢するでもなく、人当たりもよく近所のお婆ちゃんたちから何度も声をかけられるなど、人間性も優秀だと思う。



 そんなことを思いながら彼女――琴吹ことぶき 我子あんじゅは……。



「DQNネームじゃねぇか!」



 自分の名前にツッコミを入れた。



「ああクソ、いざ死んでみて改めて名前を思い出すとやっぱりこの名前おかしいでしょ! なんで我が子がアンジュ……ああ天使ね。って違う! あのおとぼけ母さんめ、もっとマシな名前付けるでしょ普通」



 母親に恨み言を一つ言う我子だが、ふと顔を伏せた。

 そう、今彼女が言ったように我子は死んだ。

 それを思い出したからか、我子は体を震わせる。



 すると、困ったような顔をした白いローブを羽織り、杖を持った老人が我子のそばで手を上げているのが見えた。



「お、お嬢さん、ちょっと良いかの?」



「あ? 黄泉への案内人?」



 我子は特に驚いた様子もなく、老人に返事をした。



 しかし彼は首を横に振り、我子は正確には死んでいないと告げた。



「は? いや確かにウチは死んだわよ。そうそう、あれはあのば……幼馴染と帰っている途中――」



 我子はその時のことを思い出そうとするが、ひどく頭が痛むのか頭を押さえ、記憶を頭から読み取ろうとする。

 当然だろう、誰だって自分が死んだ時のことなど思い出したくない。どれだけ人間的な芯の強さに定評のある我子といえどその例には漏れない。



「あのぅ、お嬢さん、なんじゃったら死んだときの記憶、見るかの?」



「え、見れんの?」



「……うん、というか見たほうが良いぞ」



 老人のどこか不憫なものを見るような目に、我子は首を傾げたのだが、ぜひ見せてほしいと頼む。

 すると老人がローブからリモコンのような長方形の機械的なものを取り出すとそれを操作し、地面――真っ白な空間であるが、下から大きな画面が湧き上がってきた。



「無駄にハイテクね。おじいちゃんさっさと見せて。なんかこう、喉に小骨が刺さってるみたいな違和感があるのよ。なんというか、ぶん殴らなきゃっていう使命感が喉から出たがっているような」



「じゃろうな」



 老人が目頭を押さえている様を我子は不思議がるのだが、画面に光が灯り、映像が映し出されたことでそちらに目を向ける。



 画面の中で我子はクラスメイトであり、幼馴染の猿回さるかい 元気ぐしお、正真正銘の女の子である彼女と帰路をともにしていた。



「いやあいつの名前も相当ひどいな。さてはうちの母さんと同類だな」



 2人が登場した時、昔の特撮のように一々画面が止まり、フルネームが表示されたために我子はツッコまざるをえなかった。



 そして2人は帰り道にある公園に立ち寄り、移動販売車でメロンパンを購入し、公園のベンチで飲食をしながらダラダラ過ごしていた。



 他愛もない学校での話、女子高生らしい可愛らしい話、そんな会話に華を咲かせている光景で、我子は涙ぐんだ。



「あいつはバカだけれど、ずっとウチと一緒に過ごした親友だったのよ。あいつ、ウチがいなくても大丈夫かしら」



「あ、うん……」



 そして会話が進むとそれは将来の夢の話になり、我子はとりあえずOLにでもなっていると言うと元気が立ち上がった。そしてベンチに乗って胸を張り両手を広げた。



『お笑い王に俺はなる!』



『いや勝手になってなさいよ、猿回しの猿の方やるんなら呼んでよ』



『え〜アンちゃんもやろうよ〜。一人だと寂しいよぅ』



『ウチを巻き込むな。ウチは無難な人生を歩みたいのよ、あんたみたいに冒険なんてしないの』



『アマゾンに夏休み中冒険したけれど大したことなかったよぅ、必殺技は増えたけれど』



『その化物みたいな体を活かす仕事しなさいよ』



『え〜アンちゃんと一緒が、あっ……行こう!』



『あんたそのままひとつなぎのなんちゃら続けるつもりならぶん殴るわよ』



『アンちゃん、胸が!』



『じゃかあしい、あんたよりはあるわ』



 我子が面倒臭そうに元気を相手していると彼女が頬を膨らませ、我子の左手を指さした。



『アンちゃんの左手は、ツッコミ専用でしょう!』



 涙ながらに訴える元気に我子は青筋を浮かべ、左手に力を込め準備万端とでも言うように隣に立っている彼女に手を放つ。



『誰がツッコミじゃ!』



 のだが。



『空間翔転移の術!』



 ツッコミ待ちをしていたはずの元気の姿がその場から消えた。



『え――?』



 元気に向かうはずだった左手は空を切り、勢い余って我子はそのまま半回転し、そばにあった木に左手を打ち込んだのだった。



『っつぅ』



『アンちゃん実は今日、あたしはこの時代、この世界に2人いたのだぁ』



 ゲームの技を叫んだ元気に我子はうらめしげな目を向け、左手を押さえる。



『あんたにアルベインなんちゃらが使えるわけないじゃない。いやでも、あんたなら時間も世界も飛び越えられそうな気がするわ』



 呆れたように我子が元気に視線を向けると突如メキメキと何かが折れるような音が鳴る。

 我子は首を傾げ、その音の方に視線を向けるのだが、そこには先ほど左手を打ち込んだ木が音を立てて折れ始めており、目の前に倒れかかるそれを我子は見ていることしかできなかった。



「……」



「……」



 老人も我子も口をつぐみ、ただ木の下敷きになって命を落とす我子を見ていた。



「あんっの化け猿がぁ! ぶっ殺してやる!」



「う〜む、すまんのぅお嬢さん、それは出来んのじゃよ。それで説明をしたいんじゃが、良いかの?」



「あッ」



「ひぇ」



 涙目でプルプルと震える老人に我子は謝罪をし、話を促すと彼は我子に同情したと言う。



「なんというか例のない死に方じゃったからの。お嬢さんがあんまりにも不憫で不憫で、じゃからわしの特権で、お嬢さんにもう一度人生を謳歌するチャンスを与えようと思っての」



「チャンス?」



「うむ」



 老人がそう言うと、白い空間に突然魔法陣のようなよくわからない文字がずらずらと書かれた円形の模様が現れた。

 あれに乗ると異世界に行けると老人が言う。



「……」



 我子は突然の申し出に言葉を失う。



「突然じゃったからの、そうやって困惑するのは無理もない。しかしのお嬢さん、わしはお嬢さんにはもう少しまともな人生を歩んでほしいんじゃよ。品性方正、悪事などに手を染めたこともない。自身を高める努力もなんだかんだ怠らない。人々から愛され、人々をなんだかんだ好いていた。そんなお嬢さんがこんなことで死んでしまっては、あまりにも不公平じゃろう。じゃからどうか、この老人の我が儘を聞いてはくれぬか? お嬢さんの人生をやり直させたいというわしの我が儘を」



 老人の話に我子は体を震わせ、目の端に涙を貯める。

 見ていてくれた人がいたのも嬉しいが、何よりもこんな自分に救いの手を差し出してくれる老人には感謝しかなかった。



「とはいえ異世界、わしがお嬢さんを送り出す世界には魔物もおるからの。不安もあるじゃろう、色々な特典、スキル習得特権やステータス確認特権、それからこれを授ける」



 そう言って老人の手が光り輝くとその光が我子の元にフヨフヨと移動した。



「これは?」



「わしの力を集めたものじゃ。そんじゃそこらの魔物ではどうにも出来ない品物じゃと思うぞ。とはいえ、わしは切っ掛けを与えるだけじゃ。それがどんな意味を持つかはお嬢さん次第でな、お嬢さんの魂に呼応して意味と力、姿を変えるアイテムになろう」



「なるほど」



 RPGによくあるネームドアイテムかと我子は納得し、その光に触れる。

 するとその光は強く輝き出し、我子の目を覆ったのだが、それが収まると彼女の手にはアイテムが握られていた。



「これが、ウチだけの武器……」



 老人が頭を抱える横で、我子は清々しい笑みを浮かべた。

 そしてその武器を天に掲げるとフッと肩から力を抜き、笑みを顔に貼り付けたままそれを振るう。そう、その――。



「誰がツッコミじゃ!」



 ハリセンを。



 ハリセンが地に叩きつけられた瞬間、白い大地は隆起し、空間に穴が空いたかのように歪んで景色を飲み込んでいった。



「無駄なチート能力付けんな!」



「ま、まあまあお嬢さん、見た目はともかく強力な武器のようじゃし、それで我慢してくれんかのぅ」



「……そうね、ごちゃごちゃ言ってもしょうがないものね」



「うむ、それでお嬢さん、どうするのかの?」



「そうね、せっかくおじいちゃんが機会を作ってくれたんだもの、今回は甘えさせてもらうわ。でもおじいちゃん、一体何者よ」



 本当は心当たりがないわけではない。けれどそれを彼の言葉で聞きたかった我子は老人に尋ねる。

 すると彼は、手をかざして現れた王様が座るような大きな椅子の手すりを撫で、微笑んだ。



「わしか? わしはの……いや、そう名乗るとお嬢さんにツッコまれそうじゃの」



 人懐っこい笑顔で我子に視線を向け、口を開いた老人だったが、我子は軽やかなスッテプを踏んで彼に近づく。



「わしはの――」



「だ〜れが、ツッコミじゃ!」



 老人の頭をハリセンで叩いた瞬間、彼は足を滑らせ、そのまま椅子の手すりに頭を打ち付けるとグチャっと粘着性のある水音が鳴り、白い地面に倒れ込んだ。



『神殺しのスキルを入手しました』



 ピコンという音とともに機械音的な無機質な声が我子の耳に入り、さらにそばにはスキルの効果が書かれたテキストが表示されていた。



 我子は体を震わせ、チラリと老人だったものを見た後、魔法陣に目を移した。

 そして震える声で失礼しましたと言い、そのまま魔法陣に乗る。



「お、お邪魔しましたぁ」



 我子は逃げるようにその場から逃避するのだった。



 これから先の運命を我子は測ることはできない。

 それどころかこの先を下手したら保証もされておらず、神を殺したものとしてずっと追われるのではないかと気が気ではないことは確かだろう。

 しかし自身が選んだ道、これから何があろうとも我子は進むしかないのだった。

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