4.第一章[小さな約束]
犯人から逃げ延び、無事に病院へたどり着いた。
診察診療が終わり、病院を出られる様になったのはその日の午後17時過ぎだった。
太一君の外傷は命に関わる程ではなく、一命はとりとめた。
ただ未だに意識が戻らないのは精神的なものだそうだ。
目の前で母親と叔母が切り付けられた所を見せられたら、その精神的外傷は到底計り知れない。
そして先生の傷は、太一君のそれでは無く問題ないそうだ。
あの分厚い筋肉なら刀の刃も通らなかったのだろう。
さっき太一君の病室で少し話をした時はいつもの先生のように見えたが、その目にはいつもの力強さはなく疲弊しきっていた。
先生の妹さんの陽子さん、奥さんの早希さんは僕らが三人を見つけた時には既に亡くなっていたそうだ。
愛する妻と妹を殺され、息子まで傷つけられ、そしてその犯人が目の前にいた……その心中を察することは16歳の自分にはできなかった。
その後警察が現場検証をしたそうだが、犯人の身元や手掛かりは見つからなかったそうだ。
良くテレビでは犯人を見た証人等が出てくるが、そんな余裕はないと思う。
見掛けたのと実際に目の前にしたのでは違うのかもしれないが、あの時の犯人の特長で覚えていることは、笑いながらひきつった大きな口と、胸まであった長い髪くらいだ……性別の判断すら出来なかったし、身長が大きかったか小さかったかすら覚えていない。
我ながら情けない、もっと早く物音に気づいていれば……。
そもそも学校に行かずにいれば先生が俺を送る事もなかったし、いや、俺がいなくても先生は他の生徒を送っていくだろうし……結局、俺1人変わったとしても、何も変わらなかったかもしれないな、変わるってなんだ……俺に出来ることなんてたかが知れてる。
「高柳、まだいたのか?」
声の主は諸戸先生だ。
「はい、少し考え事を……それに親が迎えに来てくれることになったので」
「そうか……すまんな高柳……守ってやるつもりが巻き込んでしまった。お前にも嫌な思い、怖い思いをさせてしまった…………すまんっ……」
先生は深く頭を下げる。
「いえ!そんなことないです、僕こそ何も知らずに学校に来てしまって、先生に迷惑を掛けてしまって、しかも何も出来なくて、もっと早く気づいていれば……すみませんでした」
「幸成っ!」
突然遠くから呼ぶ声がした。
遠くのその声の主は父親と母親だった。
「幸成っ!何をやってんだっ!迷惑ばかりかけて!家にいろと言っただろ!!」
「あなた少し待って」
「しかし……」
「幸成、無事で良かったわ、話は家で聞くから、一緒に帰りましょう。あんたお弁当も持って行ってないし何も食べてないでしょ?有り合わせだけど夕飯用意したから帰ったら食べなさいね」
不覚にも目の前がボヤけて見えた、あんな事があって、勝手に出てきたのに……下を向きなんとか涙を堪える。
「高柳君のお父様とお母様ですね、私は体育教師の諸戸と申します。この度は幸成君を巻き込んでしまい、大変申し訳ございませんでした」
先生は深く頭を下げた。
「いえいえ!とんでもない、こちらこそ、うちの息子を守って頂き感謝しております、ありがとうございます。」
「いえ、そうではないんです」
「……と言いますと…?」
「お礼を言わなければならないのは私の方です。
幸成君には私と私の息子の命を救って頂きました。
悲惨な光景を見た後の対応も、犯人から逃げ延びれたのも、全て幸成君のお陰です。
先程私は子供の顔を見て、生きていてくれている事、自分自身が生きていることの幸せを噛み締めていました。
幸成君は私だけではなく、二人の命を救ってくれた。
本当に感謝してもしきれないくらいです」
「ゆきなり?」
あとから来た姉の絢香が不思議そうに声を掛けた。
みんなの注目を浴びたがそんな事構ってられなかった。
涙は止めどなく流れてきて、自分ではどうする事も出来ない……何も出来なかった自分と、それでも感謝してくれる先生、そして家族がいる事の幸せ、犯人への恐怖や怒りが今頃になってやってきて、その全部が混ざりあって感情が押さえられなくなっていた。
「俺は感謝されるような事はしてません、何も出来なかったし………」
「もうわかったから早く帰るぞ、先生、本当にうちの息子がお世話になりました。
……それではこれで失礼致します」
父親に促されながら病院をあとにした。
家までの帰道、車内はお通夜のように静かだった。
息子になんと声をかけていいのか迷う親と、何も考えられない状態の息子。
家に着いてからも俺はは殆ど話すことなくベットに横たわった。
「なんでこんな事になったんだ…………」
そして長い一日が終わった。
次の日の朝は、いつもならまだ寝ているはずの時間に起きてしまった。
昨日は色々ありすぎた、早く寝たからかもしれないが「5時は早すぎだよな……」とつぶやく。
流石に昨日の出来事のあとだ、朝の散歩なんて出来る精神状態じゃない。
取り敢えずトイレ行ってなんか飲もうかな。
階段を降りていくと灯りがついている。
早いな、今日から仕事へ行くのか、と思いながらリビングを見てみると、予想通り朝御飯を用意する母親と、新聞を読む父親がいた。
「おはよ」
「あぁ、おはよう、今日は目覚まし無しでも起きれたんだな……なんか飲むか?母さん幸成にもなんか」
「はいはい、幸成グレープフルーツジュースでいい?」
「あ、あぁうん、それでいい」
なんか昨日の出来事が嘘みたいだ。
いつもはこんな朝早く起きないから父親とは会話なんてしないのに……いつもは朝御飯もゆっくり食べる時間もないのに、なんでこんなに気持ちが落ち着くんだろう。
俺にも家族がいる。
当たり前だけど、当たり前じゃない。
昨日気付くことが出来た。
「あの……」
「なんだ?」新聞越しに答える父親。
「俺さ、今バンドやってて」
「あぁそうらしいな、高校の文化祭で演奏するそうだな」
「そうなんだ、けど……もし良かったら、大分先の話だけど、暇だったら見に来てよ、今回はちゃんと準備期間も長くとってあるし、上手く出来ると思うから」
「…………そうだな、まぁ楽しみにしてるよ。ただ、これからどうなるか分からんがな……」少しだけ気まずそうに答えている父親が少し可笑しく、少し嬉しかった。
「さっ、朝御飯出来たからちゃちゃっと食べちゃって、幸成も早く顔洗ってきな」
これからに目標と希望を持つための約束。
皆が一緒にいられる約束をしておきたかった。
kogetora_suguです。
ここまでがプロローグのようなものです。
ここからどのような冒険、事件が起きるのか。
是非楽しんで頂けたら嬉しく思います。
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