悪魔の兵器換気扇と、それに対する私の主張
恐怖には鮮度があります。
例えば、今まさに貴方の喉元に毒蛇が噛みつこうとしていて、とっさに振り払ったとする。
すると、貴方はきっと蛇に対しての忌避感を覚えて、さらにはもう一生の間蛇が嫌いになってしまうかも知れない。
当然である自らの生命を害する存在を好きになるものなど存在しない。
例えば、超高層ビルの最上階に設置されているバンジージャンプのアトラクションに貴方は挑戦するつもりでいる。
しかしながら、威勢よく啖呵を切ったにも拘わらず、貴方はこれから飛び込む事となるコンクリートの地面を一度目にしてしまうと、必ず足がすくみ恐怖してしまい、さらには後悔だってするかもしれない。
至極当然である。誰がいつ切れるかもわからないロープ一本に身を任せ、あまつさえコンクリートの谷底へと平然と飛び降りる事が出来ようか。
そう、恐怖・忌避・狼狽・怖じ気・恐慌……これらを認識することにいったいどんな大それた理由が必要だろうか、いや必要ではない。
では一つ、貴方はこんな恐怖を知っているだろうか。
それは、主に天井にあり、壁にもあることだろう。
それは、主にキッチンや風呂場そしてトイレにある。もちろんそれ以外の場所にもあるかも知れない。
生まれてこの方、一度も見たことがない人間など(少なくとも先進国においては)一人もいないだろう。
そして、なんとそれは、法律によってその野蛮な存在を受け入れることを強制されてさえいるのだ。
なんと恐ろしいことであろうか。ああ…そして残念なことに、この事実を正しく認識している者はこの世にホンのちょっとしかいないのだ。まったくもって嘆かわしい。
もっと恐ろしいことに、それは、近年さらに成長し、私の平穏を脅かしているのだ。
私が何にそんな憤り、(大変不本意だが)恐怖しているのかについて説明しよう。なにを隠そうそれは、換気扇である。
いったい全体なんで換気扇なんか存在するのだろうか。・・・・・・・いや、空気の循環は大切だ。二酸化炭素の籠った部屋になんかいては頭痛が起きるし、吐き気だってするだろう。
カビやほこりが延々と舞い続けるのはそれこそ吐き気を覚える。
それでもなお、この換気扇という悪魔の兵器の存在を認めないどうしようもない連中も存在するのだ・・・つまり我々のような。
そも、換気扇とはいったい何なのであろうか。(哲学)
換気扇とは、元々は見てわかる通り、扇風機の近縁種であることは疑いようもない。廃熱・除湿・徐臭といった目的に使われる。モーターによってファンを回すことで空気を外へ逃がす。
一般家庭に普及しだしたのは1966年ごろからであり、時代とともに家屋の気密化が進むにつれて部屋単位でも設置され始めたのである。なんと恐ろしい。
富士通や東芝などがメーカーとして有名である。
そして、何より厄介なことは、換気扇には様々なバリエーションが存在することである。当然といえば当然だが。
最も簡易的な換気扇は、およそ台所の壁に埋め込まれたプロペラファンの物であろう。四角形の枠にプロペラが収まっているそれは、電源を入れるとシャッターが開くのである。さらに言うと、このシャッターには、電動の物と気圧で開く物とがある。
直接室内外を結ぶので、風向きと風量によっては、効率ががダウンするので、せいぜい3階建てのアパート位までしか設置されない。
因みに、私は様々ある換気扇の中でこのタイプが一番精神衛生上大丈夫である。
次に説明するのは、おそらくこのご時世で、なおかつ皆さんも一番目にしているであろう換気扇だ。
ダクト式換気扇は、風呂場、トイレ、お店の天井など、いたるところで目にすることが出来、そして何より、私が最も嫌っている換気扇の種類である。
見た目もさることながら、地獄の底からの悲鳴のような音と、その威圧感には、涙すら流れ落ちそうである。(当社比)
また、このタイプの換気扇には、シロッコと呼ばれるファンが用いられており、上記の一般換気扇よりも風量が安定している。
また、ダクトを伝って排気するので、独特の籠った音がする。マジ許さんからな!
しかも、最近では、主にホテルなどで顕著なのだが、センサーがついており人間を感知すると自動的に作動するものなんかが出回っている。
また、センサーではないが(これも同じくホテルの風呂などでよく見かける)照明のスイッチと連動しているという、私に対して喧嘩を売っているとしか思えない嫌がらせ行為の極みのような換気扇までもが登場した。
どうして今までのように、任意でスイッチをオンオフできるので良かったものを、わざわざご親切に連動させてしまうのだろうか。
このタイプの換気扇の存在により、ますます私は外出先でのトイレの使用ができなくなってしまった。何が悲しくてわざわざ換気扇がある空間へと赴かねばならないんだろうか・・・
唐突だが、病気で入院されたことがあるだろうか。私はある。入院するということは、つまり数日間は病院にいなければならないわけであるが、そうすると必ず自宅以外のトイレに行く必要がある。
しかも私が入院した病院のトイレは、個室の上に換気扇があったのだ。そんときは、涙を呑み歯を食いしばって我慢した。ここまではまあ良いのだ。
何日も入院していると、当然風呂に入ることもある。果たして、そこの風呂には、脱衣所にも換気扇、風呂場には何ともまあご親切に風呂用エアコンが完備されており、換気扇の如く24時間換気を行っていた。
風呂に入るときは、当然無防備になる。そのうえ、シャワーヘッドを持つと耳を完全に塞げず、絶対に音が聞こえてくるという苦痛に苛まれながらの時間を過ごすことを強いられた。
当然の事ながら、浴槽にじっくり浸かろうという気など微塵も起きず、わりと大きめの独り言をぶつぶつとずっと吐きながら気を紛らわし続け何とかしのぎ切った次第である。
さて、ここまで読んでくださっている物好きな貴方は、こう思ったのではなかろうか。すなわち「換気扇のスイッチがはいっていない所に行けばいいだろう」あるいは「換気扇のスイッチを切ればいいだろう」と。
否!断じて否である!
換気扇恐怖症患者にとって、そんなことなどホンのささいな気休めにすらならないのである。
我々は疑心暗鬼になるのだ。つまるところ、換気扇がそこにあるという事実は変わらないし、誰かが、自分が居るときにスイッチを入れてしまうことがあるかもしれない。これが最も恐ろしい。
忘れもしない中学生だったころ(高校だったかもしれない)そこのトイレには、これまた一段と巨大な換気扇が設置されていたのだ。
60×60㎝の巨大なそれは、恐らく強力なターボファンを持っていた。
普段は作動していなかったのだが、これまた不運なことに、私がちょうどトイレへと行ったときに、その地獄の入り口のごとき吸気口から轟音をとどろかせ始めたのである。
ここまで読んだ貴方ならば、私がその時パニックに陥ったことなど容易に想像できるだろう。わざわざトイレまで行って漏らすなど屈辱の極みである。()
面白いことに、その換気扇の仕事っぷりについては、友人すらも感化し「さすがの自分もあの音はやべえと思う」と言わしめるほどのものだった。
悲しいことに、もはや私は換気扇だけでは飽き足らず、ついにはエアコンにすら嫌悪感を感じるようになった。
最近のエアコンにはお掃除ロボットというシステムがあることはご存じだと思うが、正直キツイ。実質あれも換気扇である(暴論)
何はともあれ、私はダクトを伝い、空気を動かす装置を極端に嫌っているのである。
そもそも音以前に見た目すら嫌いだ。どうしてもっと静かにできないんだろうか。どうして窓を開けるだけではいけないんだろうか。わざわざ建築基準法にまで書き込みやがって、いよいよ国は私を抹殺したいらしい。
たかが換気扇にここまで騒ぐことが出来るのは、おそらく私だけだろう。だが、考えてみてほしい。貴方にもこの怪文書のように長々と語ることのできる恐れがあるのではないか。
・・・そうだ諸君。そうだとも諸君!今こそ、我々の主張を世界へと知らしめる時なのだ!
万国の換気扇恐怖症患者よ団結せよ!!! урааааааааа!!!!!!!
最後に。僭越ながら私はこの場を借りて、貴方に私の極めて稀な恐怖を訴えた。
だれか私と同じ換気扇に対する恐怖心を抱く同志はいないものだろうか。生まれてこの方換気扇恐怖症患者を私は私以外に知らない。
もしも、貴方もなかなかにマイノリティな恐怖症をお持ちなら、ぜひともコメントしておしえて欲しい。(露骨なコメ稼ぎ)
貴方の恐怖を是非とも私にお教え下さいませ。