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6-2 ダイエット

 次の日もよい天気だったので、菜園に行ってみた。

 昨日言いつけてあったとおり、鍵は開いていた。

 香りのいい香草の植えてあるところでにおいを楽しむ。


 豚公爵もわたしの気分が伝染しているのか、心を弾ませていた。

 それまで知識としての野菜は知っていても、実際に葉を茂らせたり実をつけたりしているところを見たことはなかったのだ。なんて偏った教育なんだとわたしは思ったけれど、教えられなかったのはウィリアムのせいではない。


 新しく作られた畝のところにいって、私はまじまじと土を観察する。

 わたしからの知識でそこに新しい作物を植え付けるのだと知って土に触れてみる。

 柔らかいな・・・土といえば練兵場や訓練施設の砂しか触ったことがなかったらしい。


 ここの土は暖かいな。泥みたいに冷たくない・・・どうやら、以前狩りの途中に沼にはまって大変なことになったようだ。豚を掘り出す羽目になった周りのものにわたしは同情した。


「おい、何をしてるんだ」


 怒ったような声がふってきた。

 豚は驚いて、腕組みをして立つ男を見つめ返した。


「おまえだよ、おまえ。畑で何をしている」

 なにをって・・・


 豚が畑に穴を開けたことを知った声の主は慌てて穴のそばにひざまずく。


「おい、何で穴を開けるんだ。今からここに苗を植える予定なんだぞ」


 この男は私を公爵だと認識していないのだろうか。今までそんな乱暴な口をきかれたことになかったウィリアムはあっけにとられている。


「何の苗を植えるんだ?」代わりにわたしが聞いてみた。

「春芋だよ」そんな当たり前のことも知らないのか、そんな口調だ。

「おまえ、邪魔だ、どいた、どいた」男は公爵を押しのける。「さっさとここからでていってくれ。それとも何かな。手伝ってくれるとでもいうつもりか」


 何という無礼な口調・・・以前の豚公爵なら怒り狂っていたかもしれない。だが、庶民であるわたしに乗っ取られている豚は感覚まで平民に近づいていた。そして新しい苗を植えるという作業に興味を持っている。新しい出来事への期待が怒りを上回っていた。


「て、手伝ってもいいのか?」

 中年の男の太い眉毛がぴくぴくけいれんするように動いた。


「勝手にしろ」

 男は鼻を鳴らした。


「何をすればいいのかな?」

 男は顔をしかめながらも、丁寧に作業の様子を豚に見せる。ああ、こういう作業ならやったことがある。

 何もかも初めてのウィリアムには無理そうだったので、代わりにわたしが苗を植え付けるのを手伝った。しばらくすると豚も一緒に夢中で作業をしていた。

 久しぶりの土いじりだ。見た目だけ豪華な部屋に閉じこもっているよりずっと楽しい。

 作業はあっという間に終わってしまった。


「次に何をすればいいのだ?」私はわくわくしながら、次の作業をまつ。


「今日はこれで終わりだ」

 そうか、今日は終わりか。私はがっかりする。

「明日は何をするのだ?」

 男は口をへの字に曲げた。


「明日もここに来るつもりなのか」

「もちろんだ」

「それなら、もっと動きやすい格好をしてこい。その服では明日の作業は無理だ」

 渋々といった様子で男は豚に指示を出す。

 確かにこの格好は動きにくい。服に土がついて悲惨な有様だ。


 案の定、その話をすると部屋でまっていたクラリスに思い切りあきれられてしまった。

 しかしここはスーパー侍女。次の朝にはちゃんと特大サイズの作業着のようなものが用意されていた。どこかで見たカーテンの模様に似ているような気がするのだが、気にしないでおこう。


 こうして豚の園芸生活が始まった。

 わたしも楽しい。部屋の中に閉じ込められた生活にいかにストレスを感じていたか、今さらながらに実感する。ダイエットにもなるし、最高だ。


 晴れている日は毎日わたしは菜園に出かける。この畑を管理している男の指示に従って、ものを運んだり、ものを植えたり、様々な作業をこなす。

 最初は止めに入った家令もついにあきらめたらしい。クラリスもため息をつきながら、外着を何着も縫ってくれた。


 庭師の親父は最初からずっとぶっきらぼうで公爵を公爵とも思わない態度をとっていた。彼が何を考えているのか、それどころか本当に庭師なのかすらわからない。公爵の記憶をのぞいてもこの男の正体はわからない。ゲームにもこんな男は一切出てきていない。

 彼はいつも黙々と館の裏にある畑を耕して作物を植えている。


 そのほかのものといえば、豚は完全におかしくなったと思っているのだろう。前にも増して館から人気がなくなった。メイドたちは一人減り二人減り・・・ついに顔を見るのは部屋付きのクラリスだけになっている。

 ウィリアムはずいぶん落ち込んでいたが、わたしとしてはまわりを下手に探られるよりはずっと気が楽だ。どこかわからないところからこちらの行動を見られていると思うと、気味が悪い。


 気味が悪いなんて、失礼な。召使いがいることになれている豚公爵はそんなわたしに反発している。

 彼らは前から家に使えてきた忠実な召使い達なのに。その忠節に疑問を持つなんて。


 貴族にとっては召使いたちは便利な道具のようなもの、掃除機や洗濯機が生きて歩いているようなものだ。そう思うのも仕方がないのかもしれない。


 ただ彼らの忠節というものに関してわたしは疑問符をつけている。本当に忠実ならもっとダイエットに協力するよね。そもそもダイエットが必要になる前に食事制限をかけるくらいのことはするはずだよ。

 今までゴールドバーグ家の人たちが公爵にしてきたことはけして公爵のためにならないことだったという事実は曲げられないよ。


 だいぶ外歩きにも慣れたところで、私は再び外出することにした。

 わたしはまだ無理だと感じていたが、ウィリアムは学園に忍び込む気満々だ。

 なんだろう、豚公爵のこういうことに執着するところにゲームの闇を感じるのだけど。


 そう、ウィリアムの頭の中は娘のことでいっぱいだ。彼女の様子を見るために学園に忍び込む。それが彼の思いの大部分を占めている。


 園芸が趣味の一つに加わったとはいえ、占める割合は一割か、多くて二割だ。ほとんどのことは娘、娘、娘・・・どう考えても好かれているとは思えない少女にここまで執着していたなんて・・・

 ストーカー・・・そんな言葉が私の頭をよぎる。


 何はともあれ何か行動をしなければいけないというのは確かだ。豚はいまひとつ私の未来予想を信じていないが、ここがゲームの世界ならば残されている時間は少ない。


 わたしにもいったい豚公爵がどういう立ち位置にいるのかはよくわからない。悪役なのか、それとも閉じ込められている善意の人なのか。だが、どう考えてもまともな人として扱われていない。たとえていうなら、養豚場の豚、餌と寝るところだけ与えられて肥え太らされているのと同じ。いずれ屠殺される家畜だ。


 早く豚から人へと昇格しなければ・・・焦るわたしの気持ちを豚公爵は理解していないようだ。理解できないのではなく、理解したくないと思っている、そんな気がする。


 家令にまた馬車を用意するようにと命じると、彼はしばらく押し黙った。あきらかに、豚公爵を外に出したくないのだ。だが、主の名という建前上いうことを聞かなければならないはず、その葛藤が沈黙に現れている。


「申し訳ありません・・・明日は、従者が皆で払っておりまして、その、お嬢様のお茶会が別荘で催されることになっておりまして」


 そのイベントなら覚えている。街の外に建つ公爵家の別荘で催されるお茶会のイベントだ。

 だがそれは主人公(ヒロイン)を陥れるための策略で・・・という序盤のメインイベントの一つだ。確か令嬢本人は学園にとどまっていてその策略を知らないとしらを切るという話だった。


「従者はいらぬ。そっと出かけたいのだ」

「実は、私も、用がございまして、その、オクタヴィア様から命じられました大事な用なのです」

「そうか」豚公爵は目を伏せる。「ならよい。クラリス、そなたついて参れ」


 髭家令が思わずまじまじと豚を見る。食器を片付けていたクラリスは思わず皿を落としそうになる。


「わ、わたくしが、でございますか」

 作中では豚の側について何でもこなしていた役柄だ。御者もこなしているスチルもあったぞ。


「よろしく頼む」

 有無を言わせず、話を打ち切る。こういうところは豚公爵の上から見る態度が役に立つ。わたしだったら延々と説得にかかって、また気違い扱いされるところだ。


 次の日豚公爵は意気揚々と前よりも地味で小型な馬車に乗り込んだ。お忍びのお出かけというわけだ。乗り物が小さくなったにもかかわらず前と変わらない感じがするのはダイエットが成功しつつあるためだろうか。


 向かい合うようにしてクラリスが不安げな様子を隠せずに乗り込む。さすがに御者は別のものをつけてくれた。この前とは違うもっと若い男だ。


 行き先?そんなものは一つしかない。


 馬車は学園の門のところを通り過ぎて、この前庭師たちが中に入っていた脇の門に向かう。

 前の時と同じくらいの時間に外から通う庭師たちがやってくるに違いない。そう考えて、早起きして朝ご飯も食べずにやってきたのだ。


 馬車の中で待つ間に、食べるはずだった朝食を少しつまむ。すこしといっても、豚のことだからかなりの量なのだけど。

「食べなさい」

 わたしはクラリスにサンドイッチを勧める。最近では相伴することが多くなったクラリスだが、ここでもそういわれると思っていなかったらしい。かすかに彼女は目をみはる。


 そうこうしているうちに、前のようにぞろぞろと庭師の一団がやってきた。

 わたしは意気揚々と庭師たちの前に進み出た。

 今日はちゃんと外仕事用の汚れてもいい格好をして、道具もそろえてきた。


「ごきげんよう」


 豚はこの一団を仕切っていると思われる親方に声をかける。庭師たちはこの前の頭がおかしい貴族がやってきたと気がついて、ざわざわと騒ぎ始めた。


「親方の許可は取れたかな?」

「・・・・・・」

「この前は失礼した。迷惑をかけてしまった・・・今回は前回のようなことにならないように、きちんと道具も用意してきたぞ」


「・・・・・・旦那・・・」親方がふうと大きく息を吐く。「申し訳ないが、それはできねぇ。部外者を入れるなといわれている」

「金か?金なら渡す」

「金の問題じゃぁねぇ。口入れ屋の元締めに止められた。元締めに逆らうと、今度俺たちに仕事が回ってこねえ」

「そうか・・・」豚は考える。「ならば、その元締めとやらの許可を得ればいいんだな」

「そ、そりゃあ、そうだが・・・」

「じゃぁ、その元締めとやらにあわせてくれ。会って許可を取ればいいのだろう。どこに住んでいると、いっていたかな」


 親方は首を振る。

「旦那、そりゃぁ、無理だ。元締めの居るところは旦那みたいにいい身分の方々が行っていい場所じゃねぇ・・・」


 やくざの親分みたいなものだろうか?そのあたりのことは豚公爵の知識にはない。ゲームの中に存在する豚はそういうあやしい輩とつるんでいたから、お知り合いの一人や二人いてもおかしくないのだが、私は知らない。


 話をつけに行ってみよう。豚公爵はすでに会いに行く気になっている。勇気があるというのか、無謀であるというのか、異様な行動力だ。別のところにそのエネルギーをつかった方がいいとおもう。


 さすがに一人で行かせるのはまずいと思ったのだろうか。親方がついてきてくれることになった。何度も大丈夫かと念を押されたよ。豚公爵は無邪気に大丈夫と答えているけど、わたしは不安だ。


 クラリスにその元締めがどんな人かという情報を聞き出してもらったが、ろくな情報はない。何でも下町の一部を仕切っているボスらしいことはわかった。

 彼女もなにか知っていることを期待したのだが、どうも生まれ育った地域が違うようだ。彼女も初めて足を踏み入れる地域だという。


 馬車は邸宅街を抜け、住宅街らしき区画を抜け、繁華街の裏手を抜け、都の外に通じる門のところでとまった。ここから先は歩きらしい。御者を残し、外套を着た頭からすっぽりかぶったクラリスと一緒に親方について行く。


 親方たちは実はこの街の外に住居を構えているらしい。そんな話を聞きながらいかにも治安が悪そうな区域に足を踏み入れる。


「旦那はここで待っておいてください」

 そう、言い残して親方は一軒の酒場のようなところにはいっていった。


 周りの目があからさまに冷たい。場違いなところに来た空気が半端ない。

 汚い水たまりにはまらないように気をつけながら、酒場の入り口から中を覗いてみる。

 食べ物のにおいと紫煙のにおいが入り交じったなんともいえない空気が漂う店の中には人相の悪い男や女がたむろっていた。


 うん、明らかに危険な地域だ。

 いつ身ぐるみはがされても仕方がないような雰囲気が漂っている。


「おまえが、ボスに会いたいっていう豚野郎か?」

 しばらくするとものすごくサイコパスな雰囲気をたたえた男が中からやってきた。


「きな。ボスがお会いになるそうだ」

 豚野郎といわれて、ウィリアムは憤ったが、わたしは彼が何か言い出すのを止めた。

 ここで逆らったら、バッドエンド直行。豚の丸焼きができてしまいそうだ。


 狭い店の扉をかろうじて通り抜け、腐った階段を踏み抜きそうになりながら二階に向かう。クラリスも黙ってついてきた。


 奥の部屋は薄暗い。その奥にある扉らしき板を男はたたいた。


「ボス、庭師の物まねがしたいというきちがい貴族が来ましたぜ」


「はいれ」

 野太い声が帰ってきた。


「はいんな」

 板を開けて男が促す。わたしは頑張って板をすり抜ける。


 向かい合わせになっている大きな机に男が一人ついていた。いかにも品のない顔をした不機嫌をまき散らしている中年の男だ。わたしはどこかで見たことのある顔だと思う。


 あ・・・


 顔を上げた男も、豚公爵を見て驚きの表情を浮かべる。


「豚公爵ぅ???」

「トール・ガーグル??」


 二つの声が交錯した。



前の話の続きです。

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