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豚の矜持  作者: オカメ香奈


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30-2 限界点

「裏から抜けていきましょう」馬車をとばして無理矢理狭い道を抜けていく。

 不気味にそびえる城の裏手に馬車を止めた。どこか見覚えのある場所だ。


 この城はゲームの舞台になった城だったと思い出す。所々にあるなぜかここだけRPGパートの背景になっていた城だ。異様に部屋数だけ多い館とか、曲がりくねったダンジョン、迷路のような生け垣。終点に中ボスが待ち構えている面倒くさいダンジョンと化している城だ。


 館の廊下を抜け、庭の迷路をくぐり抜ける。延々と歩かされる作りではなく、ちゃんとした建物だった。ここまで、“村”のように作り物だったらどうしようかと思っていた。


 雨に濡れるのも気にせず、服を汚しながらわたしたちは奥の東屋にたどり着いた。


 間に合ってくれ、エリザベータ。


 わたしたちはここで彼女を説得しなければならない。彼女がいかに罠にかけられたか、これからどうなるのかを話さなければいけない。


 彼女がわたしたちの話を聞いてくれるかどうかわからなかった。この前の態度からすると、拒絶される可能性が高い。それを思うと、胃袋がきりきりと痛くなる。


 でも、やらなければ、彼女は裁きを受けることになる。


 ここまでのエリザベータは学園内で気に入らない女の子をいじめる悪役令嬢だった。その程度なら放校される程度の罰則ですまされる。だけど、この事件を境として完全に王国を敵に回した振る舞いをとることになる。


 帝国の側に付き主人公たちの動きを妨害する悪役としてかなりえぐい活動に身を落とすのだ。そして裁判の結果、よくて修道院送り、悪ければ豚と一緒に火あぶりにされる。


 部屋の中は空っぽだった。


「まだ、なのか?それとも、もう終わってしまったのか?」

 トールがあたりを素早く確認した。


 暖炉には火が入れられ、部屋は暖められていた。季節外れの生花がそこかしこにきれいに飾り付けられている。机の上にはまだ手のつけられていない山盛りの菓子が用意されていた。

 これから、お茶会でも始まりそうな雰囲気の部屋だ。

 わたしたちの外套からしたたり落ちる雨滴が場違いだった。


「奥の部屋を確認してくるわね」リリーが扉を開けて、隣の部屋に身を滑り込ませた。


 それと入れ替わるようにして誰かがわたしたちが通り抜けた表の扉から部屋にはいってくる。


 忍ぶようにはいってきた人影はわたしたちの姿を確認して、すくんだように立ち止まる。


「エリザベータ」わたしはつぶやくように呼びかけた。


「お父様?」わたしの姿を確認した少女は青い瞳を見開いた。「どうしてここへ?」


 そのとき、奥の扉の向こうで誰かが争うような音が聞こえた。扉は荒々しく開かれて、暴れるリリーを押さえつけた剣を佩いた騎士らしき男ともう一人が現れる。


「ヘンリー、これはいったいどういう…」抑えたなかに威嚇するような低い声が聞こえ、続く言葉がわたしたちを見て消える。


「これは、いったい? なぜ、あなたがここにおられるのか? ゴールドバーグ公爵?」

「ルイ殿?」

 数日前に別れたルイ・イエローリンクが扉のところに立ち尽くしている。


「どうして、あなたがここに?」


 それはわたしの聞きたいことだ。このイベントはエリザベータとヘンリー・イエローリンクとのイベントだったはずだ。ルイ・イエローリンクなど、ルの字も出てきていない。


「わたしは娘を…」

「わたしは弟と…」

 公子との台詞がかぶった。


 それぞれがそれぞれの立ち位置を確認するために視線を走らせた。その中で、エリザベータは氷の彫像のように固まっていた。


「エリザベータ、おまえは、いったい誰と会う予定で…」

 わたしはそういいながら、エリザベータに近づく。


「それは、僕ですよ」背後からの声にわたしは驚いて振り返った。


 いつの間にはいってきたのか、金髪の幼い印象を残した少年が立っていた。


「ヘンリー」


 彼の姿を見たエリザベータはあからさまにほっとした様子で肩の力を抜く。

「大丈夫だよ、エリザベータ」


 黄色ちゃんことヘンリー・イエローリンクが甘い声で彼女にささやきかけた。駆け寄って彼の胸に顔を埋めようとするエリザベータの姿にわたしの中の血が沸き立つ。


 だが、ヘンリーは片手で軽くエリザベータを押しのける。


「まだだよ。君にはやることが、やらなければいけないことがあるだろう?」


 エリザベータがおびえたように顔を上げた。ヘンリーは優しい笑顔でにっこりと彼女を促す。


「さぁ。僕のためだと思って…」

 そういってわたしたちのほうにエリザベータの体を向けさせた。


 エリザベータの顔は紙のように白くなっていた。小刻みに肩をふるわせて、深い湖のような目が泳いでいる。


「エリ? エリザベータ?」

 わたしは極度の不安に駆られてエリザベータに呼びかけた。


 彼女はぎゅっと目をつむった。それから、覚悟を決めたように大きく息を吸ってこちらに突進してくる。


「エリザベータ!」


 彼女の手に光るものを見たわたしはとっさに彼女の進路をふさいだ。


 柔らかな体がわたしの体と重なり合う。


 おとうさま…


 小さなエリザベータが走って来る光景が頭の中ではじけ、そして体を貫く痛みにわたしは悲鳴を上げた。


 無様に後ろにひっくり返ったわたしの肉体に躓いてエリザベータが座り込む。


「ウィリアム様」

 クラリスが悲鳴のような声を上げてわたしに駆け寄った。


 鋭く舌打ちをする音が異様に響いた。


「何事ですか?」

 タイミングよくヘンリーの後ろの扉が開いて、何人かの男が駆け込んできた。


「暗殺だ!」

 黄色ちゃんが後ろに首を回して叫ぶ。

「そこの女が、兄とわたしを狙っている」

 彼の差した指はまっすぐエリザベータの方を向いていた。


「え? わ、わたしが…」

 エリザベータの手から小さなナイフが落ちた。


「なんと、そんな極悪なことが」

「それは許されませんね」

 男たちは訓練された動きでわたしたちのほうに近づこうとした。


 男たちの放つ不気味な空気にわたしはおびえる。


 男の無表情な目がわたしをとらえ、わたしは痛みをこらえてでも逃げようと体を動かした。


 無理…逃げられない。間に合わない。男の懐から取り出された刃物が鈍く光って見えた。


 男はにやりと笑う。


 が、素早く割ってはいった、チャールズに阻まれる。

 金属がはじかれる音が響いた。


「暗殺者だ、こいつら!」

 返す短剣で相手ののどを切り裂きながら、チャールズが叫んだ。


 飛び散った血がエリザベータの顔や服を汚した。彼女は呆然と服についた血しぶきを見つめる。


「ヘンリー、おまえ」

 ルイのつぶやきは下がってくださいという騎士の怒声にかき消された。


「ウィル!」トールがわたしの側に飛んできて傷を確認する。


「痛い。痛いよ」

 わたしはうめいてみせた。

「傷は浅いです」一瞥してクラリスが判断する。「内臓には届いてないはずです」

「よかったな。太っていて」

 トールは立ち上がって戦いに加わった。


 狭い部屋の中は乱戦状態だった。

 ルイとヘンリー、それにわたしたち、それぞれの勢力が入り乱れている。その下でうめいている私とぼうぜんとしてあたりを見ているエリザベータ。


 室内は混とんとしていた。


「え、エリ」私は痛む腹を気遣いながら娘の腕に手をかけて、こちらに引き寄せようとした。「危ないから、こちらに来なさい」


「どうして? どうしてなの?」

 エリザベータは本当に久しぶりに、まっすぐ私の顔を見ていた。


「エリ、話を聞いてくれ。わたしは…」


「来ないでよ」

 エリザベータが後ろに身を引いた。

「どうして、どうしてよ。私が…私がさしたのに」


「エリ、傷はたいしたことはない」私は脂汗を浮かべながら笑った。「ほら、なにしろ私は豚だから」


 エリザベータは首を振った。


「なんでこんなことをする。ヘンリー!」

 ルイ・イエローリンクが吠えるように叫んだ。


「なぜって、仕方ないでしょ」

 護衛のものに守られるようにして部屋を出ていこうとしていたヘンリーが呼びかけに振り返った。「そういうシナリオだったんだから」


 扉が閉まりかける直前に、はじかれたようにエリザベータが立ち上がる。


「まって、ヘンリー。待って」


 わたしの指はドレスの裾をかすめる。


「まて、エリザベータ。いったらだめだ」


 私は椅子の足にすがるようにして立ち上がった。ここで、彼女を見失うわけにはいかない。


「ウィリアム様!」

 支えようとするクラリスの手は借りずに何とか自分の足でたてた。


 私は行かなければいけない。ここで止めなければ、彼女は破滅する。これが最後の機会だ。切羽詰まった思いが痛みを超えた。


「リリー、公子の護衛を頼む」

 わたしはうめく暗殺者にとどめの蹴りを入れている女に頼んだ。


「チャールズ!」

 トールが暗殺者に目で合図を送った。チャールズはうなずくと、裏の扉を開ける。


「急いで出るぞ。追手が来る」


「公、あなたはどうされるのか?」

 護衛の騎士に先導されたルイが問う。


「わたしはやらなければならないことがあります。お早く」

 公子には無事に退場してもらわなければならない。早く立ち去るようにおつきの騎士に顎で合図をする。


「急いで!」

 女が先導する。公子は深々と一礼すると扉の向こうに消えた。


「ウィリアム様」

「追うぞ。彼女を止めないと」

 私は歯を食いしばって表の扉を開けた。痛みになど構っていられない。あんな小さなナイフではわたしの脂肪を貫けるもんか。


 はやく、止めないと…彼女は最悪の選択をしてしまう。


 ふらつく私をトールが支えた。


「クラリス、馬車を持ってこい。急げ」

 トールの指示にクラリスが扉の向こうへ走り出る。


「くそ、こんな時に」

 わたしは走れない自分に歯噛みする。せっかくダイエットをして動けるようになったのに、肝心なところでこのざまだ。


「手を貸す。確かこの裏に馬車が止められる。彼女がいくとしたらそちらだ」

「よく知ってるな」

 わたしがもたれるとトールがよろめいた。ごめん、百貫デブで。


「ここがゲームの舞台になるとわかっているからな。下調べはしてある」


 複数の足音や叫びが四方で聞こえてくる。あれだけ静かだった館のお回りが騒然としていた。初めからそのつもりで謀っていたのだろう。あの腹黒黄色野郎。私のエリザベータを罠にかけるとはいい度胸だ。私は機会があったらあいつを殴ろうと心に決めた。


「イベントは、どうなったのかな?」

「わからん。スチルではあの部屋でイベントが起こるはずだった」


 ひょっしたらイベント自体消えたのか? 

 私がそう思おうとした時だった。


「ヘンリー、どうして?」


 廊下の曲がり角で声がした。エリザベータの声だ。


「どうして?僕にはすべてわかっているんだよ」

 冷たいヘンリー声が震えるエリザベータの声にかぶさる。

「君が、いろいろなことをたくらんでいたことはね」

「私は、私は何もしていないわ」

「僕を見くびらないでもらいたいね。すべてお見通しなんだよ。僕の後ろにいる精霊がすべてを教えてくれた」


 すぐそこでイベントが進行していた。


「まずい、急げ」

 トールが唇をかむ。


「ヘンリー、私は貴方のためにしたのよ。ヘンリー。あなたが、そうしろって。お願い。おいていかないで」

 すすり泣きが聞こえる。

「離せよ、売女」


 角を曲がると、ちょうどエリザベータが付きとばされたところだった。


「おい、この女を拘束しろ。僕と兄を殺そうとたくらんだ女だ」


 なんてくそ野郎だ。


 わたしは怒りの唸り声をあげて、ヘンリー・イエローリンクのほうに突進しようとした。

 だが、距離があり過ぎた。


 私の代わりに、滑るようにトールが進み出てエリザベータをとらえようとしている男を殴った。


 そのすきにエリザベータはすすり泣きながら、そばの扉を乱暴に開けてその中に走りこむ。


「エリザベータ!」

 わたしは扉の所まで急いで行って中をのぞいた。部屋から庭をのぞむ大きな窓が開け放たれている。


「行け、ウィル。こっちは任せとけ」

 不審者につかみかかる男たちを簡単にひねりながら、トールが叫んだ。

「早く、彼女のところへ」


「すまない」

 私は重い体を引きずるようにして窓のほうへ向かった。


「トール・ガーグル?なんで、ここで」


「さあな、邪魔はさせない」

 陽気なトールの声が胸に突き刺さる。


 すまない、ほんとうにすまない。


 わたしは胸がいっぱいになる。


 外の庭は真っ暗だった。雨はまだ激しくふっていた。ポーチで足を滑らせながら、私は暗闇に目を凝らす。


「エリザベータ! どこだ、エリザベータ!」

 私は叫んだ。


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