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豚の矜持  作者: オカメ香奈


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2 豚に真珠

 

 エリザベータ・ゴールドバーグ。


 ゲーム「華の楽園」における主人公(ヒロイン)のライバルにしてゲームの中でのラスボス的な立ち位置の女性である。


 流れるような銀髪に深い海のような瞳、絶世の美少女にして魔女という設定だ。

 氷の姫と呼ばれるだけあって、頭がよく、性格も冷静沈着。りんとした姿に魅せられて主人公よりも熱烈なファンがついていた。わたしも主人公よりも彼女のほうが好みだった。時々ちらつかせる彼女の生い立ちや人間らしさが印象的で。

 何よりも絵師が彼女のことを熱愛していた。主人公(ヒロイン)よりもできのいい絵が多いというのはどういうことなのか。


 体型がお互いそっくりな豚公爵とその妻である豚公爵夫人からどうやってこんな絶世の美女が生まれたのか、このゲームの最大の謎とまで言われていた。


 その少女が目の前に立っていた。


 陶磁器のように白い内側から輝くような肌。まっすぐに下した髪はつやつやと銀色に輝いている。宝玉のような青い瞳はそっと伏せられ、長いまつげが銀の淵飾りのように瞳を飾っている。化粧をしているわけではなさそうなのに、つやつやした唇は軽く引き締められ、どこか作り物めいた美しさを醸し出していた。


 この時彼女が来ていたのはゲームの舞台となる学園の制服だ。清楚な白いブラウスに灰かい色の上着、それに長いスカート。その裾を上品に持って膝を折って礼をしている。


 私の娘ながら、いつ見ても美しい。その場に現れるだけで空気の色が変わるような気がする存在感。この若さであまたの男性を手玉に取ったという設定も無理がない。


 私はそっと手を差し伸べる。服を着る時ですら体を動かすのを嫌がった私は食事以外で初めて自発的に動いた。


 かわいいわたしの娘、エリザベータ。豚は彼女を溺愛している。


 これは驚きの発見だった。

 本当の本当にエリザベータを娘としてかわいいと思っているのだ。


 可愛いよ、エリザベータ。

 なんて豚男にうっとりと心の中でつぶやいている。現実ではそれだけで犯罪だ。


 いや、気持ちが悪いって、どっかいけ、豚。

 プレイヤーとしての意識が抜けない私はそう思う。


 だがウィリアムの記憶の中では当たり前の行動だった。豚の見た目が悪い分だけアレだが、そのあたりのお父さん達が娘の写真を持ち歩くのと大差ないまっとうな愛情である。外見の問題がなければ、娘を溺愛するただの父親。理想の父親といってもいいかもしれない。


 ごくごくまともに出来のいい自分の子供のことを誇りに思い、行く先を案じていた。


 おかしい、なんだかゲームの設定とずれているよ。この世界は。

 プレイヤーであったわたしはまた混乱した。


 ゲームの中で豚公爵は娘を道具のように冷淡に扱っていた。ある時は悪事の共犯者として、ある時は人を釣るための餌として・・・利用できるだけ利用していた。

 あまりの扱いのひどさに豚公爵は屑豚とよばれていた。

 うん、本当に下種でくずの男だった。間違ってもエリザベータちゃんかわいい、なんて感情を抱くキャラではなかったはず。


 18禁バージョンではもっとひどい。エリザベートの役割は道具プラス愛人。豚の出てくるシーン、出てくるシーンがあれだ、小さい子に見せたらダメな場面ばかり。そんなことしたら死んじゃうよ、という扱いしかしていない。


 こんなふうにほのぼのとうちの子はかわいい、と思っていたなんて。別の意味で衝撃だ。


 彼女の冷たい手がそっと差し伸べられた手に触れる。


「お父様、この度は王立学園に入学を許していただきありがとうございます。精一杯勉学に励む所存です」


 思わず聞きほれてしまう美しい声だった。実際ウィリアムは相好を崩している。

 あまりにも太り過ぎていて、全然笑っているように見えていないんだけど。


「うむ、頑張りなさい。お前のことを応援しているよ」


 と、言ったつもりだった。だが、あまりに声が小さくてほとんど聞き取れない。


「しっかりやりなさい、と公爵様は申されています」

 代わりに家令が代弁をした。


「ありがとうございます。」


 エリザベータは流れるような動作で立ち上がるとまた制服の裾をつかんで深々と礼をした。そのまま後ろを向いて部屋を出ていく。


 え?


 それだけ?


 挨拶をしに来るって聞いたけど、本当に挨拶だけ?

 唖然とする私と、達観してみているウィリアム…


 おい、豚公爵、なにやってんの? もっと会話をすることがあるだろう?

 今、何やっているの?とか、欲しいものはない?とか。


 え? だってこれがいつものことだよ。どこまでも気弱で、後ろ向きな豚のほうが今度は驚いている。なにをはなせというんだ? これ以上…


 慌てて互いの記憶を探り合う。

 豚の記憶の中ではいつも娘とはこんな感じだった。最低の会話、儀礼的なあいさつ。

 娘に対する愛情は本物なのに、いつもそっけない。愛情が少しも感じられないことすら気がついていない。


 豚も私の心の中を見て驚いている。

 娘と父親との心温まる光景。抱っこしたり、頭をなでたり、おむつを替えたり・・・あ、これは私の中にある父親像だ。なにしろ私は独身だったからな。

 大きくなったら、一緒に買い物・・・思春期の娘には嫌がられるだろうけど、それもまたご褒美。娘が結婚相手を連れてきたら、相手を無茶苦茶いびってやる。うちの可愛い娘に手を出すなんて、ふてぇな野郎だ・・こんな感じで。


 娘との会話。豚の心が揺れ動いた。知らなかった。そんなことができるなんて。


 話しかけようよ。もっといろいろなことができるだろう。


 話しかけたい、もっといろいろなことを分かち合いたい。


 初めて豚とわたしの意思が一致した。

 声をかけようと、こっちに振り向いてもらおうと、声を出すためにのどに力を入れる。


 だが、

 バタン、扉が閉まった。


 鮮やかな銀色の残像を残して。


 エリザベータはすでに部屋の外に立ち去っていた。



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