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豚の矜持  作者: オカメ香奈


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21 庭師-1

 そして、マーガレットさんはいってしまった。


 フライスビューネの外交官を名乗る男と一緒に去って行った。


 わたしは見送りには行けなかった。


「手紙を書くわ」

 最後にあったときマーガレットさんはいつものように艶っぽい笑顔を見せてくれた。

「あなたと会えてよかったわ。豚さん」


 彼女はわたしの手を握った。何人もの男達を虜にしてきた手を話したくない衝動に駆られる。いかないでくれ、そういえれば、そういう勇気があれば…。


 中身が男と知っていても、私よりも年上とわかっていても、彼女は魅力的だった。体調さえ万全なら、彼女の館に通って求愛したのは私だったかもしれない。


 例の“友愛会”についての情報を真っ先に持ってきたのはダークだった。

「例の組織については厨房の連中の間でもかなり噂になってましてね。なんでもお茶会の仕組みを変えようとしているみたいなんです。お茶会に平民を入れるという案を無理矢理学園にのましたとか、なんとか」


 無茶なことをしやがる…それが厨房の中の評価らしい。

「なんでも一部の高位貴族がごりおしたそうで。連中は“自由”“平等”とかいっているみたいですが、ただでさえ肩身の狭い平民たちにとっては貴族の派閥争いに強制的に参加させられるってことでみんな陰で文句言ってるみたいなんですよ」

 表立っては素晴らしいことだと声高に話していても裏に回ると不満を漏らしている連中が多いという。


 なるほど、今までは貴族の権力争いを頭の上の嵐だと思っていた人たちも貴族の派閥争いに巻き込まれるということか。どの貴族の派閥につくかを在学中から表明しないといけない。


「だれが、組織のとりまとめ役なんだ? 名前を知っているやつか?」トールは確かめる。


「それが、わからないんですよ。どうも攻略対象者ではないみたいなんです」


 筆頭には攻略対象者の名前があがっている。ただ、言い出したのは別の人物らしい。名前を聞いたこともない平民出の秀才だという。


 その名を聞いてトールは首を振った。

「わからないな。聞いたこともない名前だ」


「わたしのようにモブの“転生者”なのかもしれないです。ものすごく“転生者”くさい考え方なのに、名前を知らないとなるとその可能性があるかと」


「うちの娘は、どうしている? 何か噂になっていないかな?」

 まぁ、平民たちのことはどうでもいい。学園での心配事はわたしのエリザベータだ。


「ああ、お嬢様ですね。エリザベータ様は、表向き賛成の連中からいろいろいわれてるみたいですね。彼女、反対派の筆頭みたいで」


 順調に悪役令嬢として活躍しているようだ。わたしと同じく些細なことでも悪行として噂されているのだろう。

 かわいそうなエリザベータ。

 最近いろいろなことがあって庭師として学園に潜入できないのが残念だ。


 そんな心が沈み込むような出来事があった日は畑仕事をするに限る。土に触れていると本当に安らぐのだ。土はわたしに力をくれる。できれば本物の豚のようにぬかるみで泥浴びをしたいほどだ。


 畑にむかっていると、トールが木剣を片手に型の練習をしているところにいあわせた。彼が武術の訓練をしているところを見るのは初めてだった。多少剣術をかじったことのあるウィリアムの目から見て、なかなかの腕前だとわかる。


 わたしに気がついたトールは照れ笑いをした。

「いい腕じゃないか。君が剣術を使えるとは思わなかった」


「一応これでも士官学校を目指していたからね」

 トールは再び剣を構えた。

「ほら、向こうでよくある小説の中に運命を変えたい主人公が学校に入るのが定番だっただろう。俺もなんとかして軌道修正をしたいと思ってね。一時まじめに剣術の修行をしたこともあったんだよ」

 そういって彼は真剣な顔をして剣を振る。


 思い出した。ゲームの中ではトールは腕のいい元剣士という設定だったのだ。

 シナリオ通りに行けば、いずれは主人公たちと対決することになる。


 彼の強さは中ボスとしては規格外で攻略泣かせのキャラクターだった。なにしろ最強クラスの火魔法を使ってくるのだ。わたしも、何でたかが奴隷商人がこんな強力な魔法を…とその破綻した強さに嘆いた者の一人だった。


「なぁ、ということは、君も魔法も使えるのかな?たしか火魔法が得意だったね」


 トールが魔法を使っているところをわたしは見たことがない。ここで日常見かける魔法といえば癒しの魔法くらいだろうか? あれはチートな力だ。ダークの怪我の時にそれを実感した。どう見ても助かりそうにない血まみれなダークの傷がみるみる癒えていくのを見た驚きは忘れられない。


「ああ。俺は火魔法が専門だよ。魔法をつかっているところを見たことがないって? そうだな、まぁ、見てな」


 そういってトールはいつものたばこを取り出した。それを目の前にかざして眉根を寄せて集中する。ボッという軽い爆発音がしてたばこが火に包まれた。トールは慌ててたばこを落として手をはらう。指先をやけどをしたらしく、顔をしかめていた。


「見てわかるとおり、火力の調整が難しくてな。やり過ぎると大爆発するから普段は使わないな」

 爆発させたことがあるのか…あるのか、トール。


「周りに影響を及ぼすような魔法が使えてうらやましいよ」

 これは本当にうらやましい。ウィリアムも小さいときから魔法を使えるようになろうと努力してきたのだ。5大魔法の中でも使い道がないといわれている土魔法だが、防御面では優れている。父や兄は何度もその魔法で危機を切り抜けてきたと自慢していた。


 ウィリアムはその基本さえ発動させることができなかった。かといって、他の魔法に適性があったかといえばそちらも皆無。魔法を教えに来た教師が何とかしようと試行錯誤したけれど、しまいにはさじを投げてしまった。


「おまえ、土魔法の適性があるんだよな」

「ああ、だけどわたしの魔法は使い物にならないよ」

「おまえが魔法を使えなくてもいいんだ…あのな、頼みたいことがある。少し魔力を譲ってもらえないだろうか」

「魔力を譲る? 何でそんなことをしないといけないんだ」

 わたしはうろんな目でトールを見る。


 この魔力を譲る行為はゲームの中では頻繁に行われていた行為だった。

 エロ的な意味で。


 ゲームの設定では近しい間柄の人間は互いの魔力を交換することができることになっていた。それは足りなくなった魔力を補ったり、合体魔法を発動したりできるのだが、「華学」の中では別の意味があった。


「君と魔力を交わしたい」これって、求愛の言葉だったんだよね。


 ……

 何が悲しくってむさい男同士で魔力を交わし会うんだ?

 トール、おまえにはあ“――――なんて趣味はなかったはず。


「だから、そういう意味じゃなくて、純粋にだな」

 トールは慌てて手を振って否定した。

「そっちの世界の話じゃなくて、こっちの世界の話でなんだよ。あー。ウィリアムならわかるだろ」


 わかるよ。元々こちらの世界では魔力を譲るという行為に恋愛感情はない。ただの力のやりとり、それだけだ。戦場で魔術師部隊がMPポーションのような感じで他の兵から魔力を分けてもらうのだ。


 それが、ゲームの中ではどうしてああいう話になったんだろう。終盤に出てくる主人公側の最終兵器合体魔法をどうしてもおこないたかったからだろうか? あれは確かにすごい魔法だった。全回復、全復活、敵に大ダメージ、魔王への切り札なのだ。ゲーム中一回しか使えないという制約があるけどね。変なところでつかってしまうと、魔王戦が地獄の耐久戦にかわる。


「魔力を譲るねぇ。いいけど、譲った魔力を何に使うんだ? わたしの魔法は君の役には立たないと思う。わたしは土属性の魔法しか持っていないよ」

「確かにゲームの中の土魔法は弱くてくそみたいに役に立たないんだけどな。だけど、おまえの魔法は…」


「役に立たない?本当にそう思っておられるのか」

 聞き慣れない声に驚いて振り返ると、庭師のじいさんがにらんでいた。


 今までほとんど口も聞かず、ただ手真似で指示を出すだけの男が口を開いた。それだけでもびっくりだ。だが、それ以上に私を固まらせたのは庭師の放つものすごい威圧感だ。


 男は鍬を前について両手を柄にのせている。ただそれだけなのに、わたしは塩をかけられたナメクジのような気分になった。


「当主であるあなたがそのようなことを言われるとは。本当に嘆かわしい」

「で、でも、じいさん…実際土魔法って使い道ないだろ」

 庭師の迫力にトールも押されている。わたしならともかくあのトールに気迫で勝るとは、じじい、恐るべし。


「当家の魔力はくだらない戦で使うような小手先の力ではない。目の先しか見えない阿呆どもがおとしめているが、元は神から賜った貴重な力なのだ。それを譲れだの、役に立たないだのと」

 じいさんが怒っているのを初めて見た。いつもぶっきらぼうなのは全然おこっていなかったのだと、初めてわかった。怖い。本当に怖い。


 小さいときに植物を踏んで怒られたときの記憶がよみがえってくる。

 ずいぶん長い時間が過ぎたような気がした。

 数秒間わたしたちを縮み上がらせてから、彼は背を向けて畑に戻っていった。

 後に残されたわたしたちはその背中を見つめるしかなかった。


「な、なんだったんだろうな」「うん、なんだったのかな?」


 あの庭師はいったい何者なのだろう。そのあたりのことを考えようとすると、薬で頭がぼけていたときの感覚がよみがえってくる。思考が霧に閉ざされていく、あの感覚だ。


 おそらく、これはゲームのシナリオに消された何かに関係するものなのだろう。

 忌々しいことにわたしはゲームのシステムにとらわれてしまっている。それはわたしがシナリオに沿って行動しているということであり、わたしが死ぬ運命が変わらないということでもある。


 


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