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目の前で転倒した初対面の女性を助けたら手づくりケーキをもらえた男の話

作者: おじぃ

 執筆中小説(作者管理ページ内の在庫)がわっさわっさたまったため放出した短編第2弾!

「あーああ」


 誰も居ない21時のオフィス。企画書の作製がようやく終わった2月8日の土曜日。今日、関東では13年ぶりの積雪量が非常に多い大雪となり、僕が勤める旅行会社の店舗には一日通して来客が数組しかなく、通勤電車は朝も夜も半分以上の空席があるくらい空いていた。僕が使う路線は大幅に遅れているが、動いていて本当に良かった。


 電車に1時間ほど揺られ、駅からバスに乗り換えて10分。バスを降りたらようやく寝床の賃貸マンションに帰れるという安心感からホッとしたが、足元が不安定な雪国並みの積雪は、僕の心を再び引き締めた。


 旅行関係の専門学校を卒業後、旅行会社に就職してからもうじき1年となる20歳の僕。唯一の楽しみといえば、疲れを癒してくれるコンビニスイーツ。ところが先日近所のコンビニが閉店してしまい、なかなかスイーツを入手できない。僕が職場を出る頃は駅ビルも閉まっているし、駅前のコンビニは行くに少々面倒な場所にある。


 けど今夜は無性にスイーツが欲しい。面倒だけど駅前のコンビニに寄れば良かった。ここから一番近いコンビニって何処だっけ? 雪は止んだようだけど、バスで通った雪がどっさり積もった風吹きすさぶ道を1キロ引き返さなければならない。ダメだ、こんな悪条件の中そんなに歩きたくない。いや、快晴でもそんなに歩く気はしない。


 諦めた僕は6百メートル先のマンションを目指し、同じバスから降りた十数人の隊列に紛れてガシガシと雪を踏みながら慎重に歩道を進む。僕の前には白いコートを纏った肩までかかる綺麗な栗毛の女性が、ケーキ屋のものと思われる厚手の白いビニル袋を5つぶら下げ、両手塞がりで歩いている。彼氏か友だちとパーティーをするのか、それともヤケ食いか。大量の荷物を抱き抱えて先頭の高い席に座る彼女はバス車内でも少々目立っていた。値段の倍額払うから、良かったら僕に一つ分けてくれないだろうか。


 食いたい、食いたい、ケーキ食いたい……。


 おっと、横断歩道の信号機が点滅している。僕もケーキの女性も、いつの間にか残り二人となった他の歩行者も、転倒を恐れながら小走りで横断歩道に差し掛かった。


「きゃっ!」


 横断歩道の中ほどを通過中、バランスを崩した女性が僕の目の前で倒れた。


「大丈夫ですか!?」


 僕はすかさず声を掛け、横向きに転がり左半身が雪に浸かった女性の右手を取って起こすと、転倒時に手放してしまったケーキかシュークリーム入っていると思しき袋を拾って渡した。なぜケーキかシュークリームのどちらかだと判ったかって、それは箱が潰れてホイップクリームが飛び出し、それが僕の手に付着したからだ。


「ごめんなさい! ありがとうございます! クリーム手に付いちゃいましたね」


 22歳から25歳くらいだろうか。色気とあどけなさが混じる、僕好みの綺麗な女性だ。


「いえいえ、それよりずぶ濡れになって本当に大丈夫ですか。あと、僕の手にクリームが付いたケーキ買い取りましょうか」


 我ながら図々しいことを言っていると思った。それほどまでに僕の心身は、スイーツを欲しているんだ。しかしこの人だって見知らぬ男の手に触れたケーキなど食べたくないだろう。


 彼女の手を引く度胸はなく、先導しながら横断歩道を渡りきる。


「はい、もう家が近いので服は大丈夫です。ケーキは潰れたものを渡すなんて。もし良かったら、これも潰れちゃったかもしれませんけど、こっちの状態の良さそうなのを持っていってください。お金は要りません」


「いやいや、それはあなたがお召し上がりになったほうが」


「いいんです。これ、お店の売れ残りで、私が作ったんです。クリームが飛び出してなければ全部差し上げてもいいくらいで」


「ホントですか!? ありがとうございます!」


 折角のご厚意、僕は有り難く5袋すべてのケーキを頂戴して帰宅した。彼女は駅ビルにテナント入りしているケーキ屋に勤めているらしい。市内では評判の店で、普段は売れ残りが殆ど出ないのは僕も知っていたが、今日は大雪のため大量に売れ残ってしまったそうだ。


「あー、やっぱ美味いわ~。幸せ~」


 深夜0時。高級ケーキとティーバッグのアールグレイでミッドナイトティータイム。僕は絨毯に両手を着いて反り返り、にんまりと幸せを噛み締めた。


 この店のクリームはさらさら口溶け良く後に残らないのが基本だが、作る人によって味が若干異なる。


 このケーキは、なんだかとてもほんわかしていて、とにもかくにも、幸せな気分だ。


 きっと彼女は人柄が良いのだろう。


 また、近所かお店で会えるだろうか。


 淡い期待を胸に、僕はそのままばたりと倒れ、寝落ちした。

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