8.西の森へ
西の森に出発する日は、やたら晴れた朝だった。
オリービアは楽しそうに歌を口ずさみながら、準備する侍女たちの様子を眺めている。ふらふらと揺らすセンスの先の羽が、彼女の心境を表している。
そんな心とは裏腹に侍女たちは気が気ではなかった。本来なかった予定を急遽組まされてしまったわけだ。予定を伝えにきた王付きの侍従の顔がわすれられない。恨み辛みが出てしまいそうである。
それは他の働いている人間が全員そのようである。
外では走り回るジャックとリーサの姿がある。ドロシーは調理室でフォローに入っているようである。準備は佳境に入っているようだ。
ある程度片付けが終わった。出発の五分前である。ギリギリだ。
「あれ、マーガレットさん。大荷物だね」
ジャックがふと気づいたら、マーガレットが巨大な白い布を抱えて歩いてきた。燦々と照る光を跳ね返して、やたらと際立っている。
「ええ、妃殿下の荷物がね」
ふうとため息を着く。見るからに重量感がある。見ればマーガレットと同じくらいの大きさだ。
「持つの手伝おうか?」
「いいえ、大丈夫よ」
「でも…」
「そんなに重くないの、気にしないで」
にこっとマーガレットが笑った。これ以上後追いしても仕方がない。ジャックは困ったように笑い返した。
ジャックがリーサの近くに戻ろうとしたとき、白の入り口がざわざわと騒ぎ始めた。慌ててマーガレットの横につき頭を下げ始めた。帰り損ねてしまっていた。リーサのとっくに部屋のなかへ下がってしまったようだ。
「晴れてよかった、君が望んだ日が暗い日だとせっかくの視察が楽しめないからね」
「ええ本当に」
王は大きなお腹を揺らしながら笑う。後ろにつく政務官は苦虫を噛み潰したような顔をして後ろからついて歩いていた。
エスコートされるオリービアは王の手の甲を撫でると、満足そうに王は頷いた。
無理やり作られた予定は、明らかに他に皺寄せがいっていた。本来はないはずだった西の森の手前の町の視察。また西の森は国境沿いのため、兵士の駐屯地もある。この2ヵ所をめぐる視察を急遽組んだのだ。タイミングがよいことに、他国の関係や領主たちの関係の仕事はなく、普段の仕事が少し止まるくらいで収まるようだった。
ふたりの目の前には豪華絢爛な馬車が止まっている。王は先に乗り込むと、手を差し出した。オリービアは微笑んでその手をとる。大きく車体が揺れると、扉が閉められる。
マーガレットはそれを見届けると、ひょいっと侍従用の馬車に乗り込んだ。しっかりと白い物体を抱えたままだ。一緒にのっている人々は一瞬マーガレットに目を向けるが、妃つきの彼女はよく変なものを持っているので気にしていなかった。
全員が乗り込むとゆっくりと隊列は動き出す。正午前、西の森に出発し始めた。
ようやくジャックは顔を上げると、ため息をついた。
「羨ましいもんだなぁ」
西の森手前の町には明日の夜に到着予定。そこまで一泊二日の馬車旅が始まった。