7.不穏
「眠い…。」
リーサの後について歩くジャックが、欠伸をかきながら呟いた。横にいたドロシーは、伸びをしているその横腹に手刀を入れた。
「仕事中だよ!」
姉にそう言われ、渋々と返事をしたジャックは、今度は口の中で欠伸をした。
二人の様子に、前を歩くリーサは楽しそうに笑う。
「あんたらはいつも仲が良いね。」
振り返ると、不満そうな顔をしたドロシーと満面の笑みを浮かべたジャックがいた。ジャックはリーサのスカートをつかむと、思うがままにブンブンと降る。
「さすがリーサ!わかってるね。姉さんと俺は二人で一人なんだ!」
「違うもん!」
ドロシーはジャックの背中を叩いて一生懸命拒否する。しかしジャックはどこ吹く風。ドロシーの動作をすべて無視している。
それが勘に触るのか、ドロシーの叩く音が次第に大きくなっていく。だんだんジャックの悲鳴も上がってきた。
「ほら、喧嘩すんな!」
見かねたリーサの掌が、騒ぐ二人の頭に降りかかった。
「ジャックはお姉ちゃんに甘えたいんだよ。」
「同い年なのに?」
ドロシーは頬を膨らませ、嫌そうだ。ジャックは、味方をしてくれているリーサの腰にぎゅうと抱きついた。
「そう!俺は姉さんが大好きだからね!」
高々と宣言する。その迷いのない声には、幼稚さだけでなく、どこか妖艶な雰囲気が混ざっていた。
「そうよ。こう好かれているんだから、今は受け止めな。」
洗い物で荒れに荒れたリーサの手が、乱雑に二人の頭を撫でた。
「人間、いつ別れが来るかなんてわからないんだから。」
そう言った顔に陰りが出たので、双子は顔を見合わせた。いつも明るく快活な表情とはかけ離れていた。
彼女の過去の事など、双子はなにも知らない。少なくとも、この人がオリービアのお眼鏡にかかったと言うことだけだ。
「なあ、リーサ。」
空気を変えようと、意識したようにジャックが明るい声を出す。
「掃除が終わったら昼飯の準備だろ?俺、リーサの作ったホウレン草が入ったオムレツがいいな!」
身ぶりまでつけて、楽しそうに言う。ドロシーも隣で大きく首を縦に振る。
リーサは自分のしていた顔を理解したのか、眉間に手を置き、一つ溜め息を吐いた。そしてにいっと口角を上げた。
「勿論、ニンジンとブロッコリーも食べるんだろうね?」
「うっ。食べなきゃダメ?」
ニンジンはドロシーの苦手な野菜。ブロッコリーはジャックの苦手な野菜だった。
「当たり前だろう!さあ、そうと決まったらさっさと仕事を終わらせなきゃね!」
リーサは、唇を尖らせた二人の背後に回った。そしてその薄い背中に手を合わせ、優しい力で前に進むよう押し始めた。
「ありがとうね。」
ふいにリーサが囁いた。
双子は同時に振り向き、同じ顔をした。そして同じ言葉を吐いた。
「何が?」
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「オリービア、今度どこかにいこうか。」
大きい体をオリービアにすり寄せ、王は言った。
窓の外を眺めていたオリービアは、それを聞いて嬉しそうに王の方へ振り向いた。
「本当に?それだったらあなた。私、西の森に行きたいわ。」
「西の森?」
思いがけない場所だったのか、王からすっとんきょうな声が漏れた。
「ええ。この前ゴードンが言っていたのだけれど、とても素敵なお花畑があるんですって。」
庭師が言うからには、結構なものがあるのだろう。王も楽しそうに頷いた。
「いいね、是非行こう。」
「嬉しい!」
オリービアが王に抱きつく。しかし、王の体が大きすぎて手が背中の中心まで届かない。
それが不満なのか、唸りながらぽんと出たお腹にグリグリと頭を押し付けている。それが嬉しいのか、王は満面の笑みを浮かべ力強くオリービアを抱き締めた。
オリービアの背中から不穏な音が鳴る。
オリービアはそれに対しては何も言わず、ふふと笑った。
「楽しみですね。」
それを聞き、王は更に腕の力を強めた。