6.部屋
底冷えした部屋で、オリービアは笑っている。なにも、声を出しているわけではない。ただただ、楽しそうに口元を緩ませているのだ。
なにがそんなに楽しいのかわからない。
たくさんの箱に囲まれている。一つ一つがなかなかの大きさだ。
「おはよう。」
オリービアは、その箱を丁寧に開き始めた。箱には派手ではないが、小綺麗な装飾が煌めいている。
きいっと言う音と共に、中から綺麗な人形が姿を現した。装飾よりもきらびやかな服を着ている。
あまりに綺麗な出来である。本当に精巧に作られているのだろう。まるで、本物の本物の人間のようだ。本当に生きていた人と勘違いしそうである。
すべての扉が開くと、全部の人形はオリービアを見つめるように、部屋の中央を見るようなった。そういうように向きが調整されているようだった。舞台に来た観客のようだ。
「そういえば、最近お屋敷に新しい仲間が、二人も来たのよ。」
オリービアは友人に話すように、人形達に話しかける。勿論応えるものはいないが、本人は至って楽しそうだ。
「ドロシーとジャックっていうの。」
全方位を見渡すように顔を動かす。ステージからお客を見渡している。
観客は相変わらずものを言わない。オリービアはその事に対して、なにも感じないようだ。
「いつかきっと、あなた達の仲間になるわ!」
くふくふと笑って、大きな声でそう宣言した。なんとも変な内容である。
その後も彼女は、近況報告をつらつらと述べていく。
今日は旦那様がお出掛けだとか、昨日陳が出してくれたディナーが本当に素晴らしかったとか、そういった他愛もない話ばかりだ。さっき感じたような不穏な内容は、一切出てこなかった。
あったことをすべて吐き出したのか、ようやく息をふうっと吐いた。蝋燭が三分の一程度にまで、短くなっていた。
「もういい時間よね、もう寝なくては。」
そういって、今度は一つ一つの箱を丁寧に閉めていった。きいきいっと音を奏でる音は、やがて止まった。全部閉めた箱を、くるりと見渡す。
「おやすみなさい、愛し子達。」
また今度と呟いて、部屋にあった灯り次々を消した。優しく息を吹き掛けて。
部屋は暗くなっていく。箱の装飾が見えなくなっていく。
最後の一つは、消さずに手で持った。ドアを開ける。そこには、明かりが見えない。
オリービアはそこを、手元の灯火で照らした。
どこか上階へ繋がる階段が、暗闇から姿を表した。
オリービアは何のためらいもなく、その階段を上がっていった。足音さえたてずに、ひっそりと。
―――――――――――――
「オリービア様がいらっしゃらなかったのだけれど、どこにいられるか知っているか?」
グレイが、部屋の片付けをしているマーガレットに聞く。マーガレットは手を止める様子もなく、例の部屋にと告げた。
それを聞くと、グレイは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「また行っているのか。」
「しょっちゅうよ。仕方ないじゃない?病気よあれは。」
二人してため息をはく。どうしようもないとでも言いたげだ。
「あれは本当にぞっとする光景だよ。」
手を動かしたままのマーガレットを手伝うように、グレイも手を動かし始めた。毎日掃除をしているのに、埃は溜まるらしい。グレイの雑巾も、一瞬にして黒くなった。
暫くは、無言が部屋を覆った。掃除する音だけが、部屋で聞こえてくる。
粗方埃がなくなった頃、マーガレットが口を開いた。
「だからこそ、私達を拾ったとも言えるわ。」
グレイはそれを聞くと、ぴたりと行動を止めた。マーガレットは下を向いて、じっと動かない。
「あの人があんな変態だから、貴方の命があるんでしょ。」
「なんの話だか。」
グレイはとぼけた様子で、話をはぐらかそうとした。
マーガレットはそれを見逃さなかった。グレイの胸元にすり寄った。
「馬鹿にしないで!確かに私は子供だったわ。たけど、なにもわからないやつでもない!」
グレイは、静かにマーガレットの頭を撫でた。マーガレットは胸に顔を埋めたまま、まったく動かない。息さえ止めているようだった。
「確かに、私が生きているのはあの人があんな性格だからだよ。」
撫でていた手を止めて、ぎゅっと細い肩を抱き締めた。グレイの顔とマーガレットの頭が近づく。
「所詮私達は共犯者だ。」
グレイの体が震える。
マーガレットは、グレイの背に手を回した。力一杯の力で抱き締めている。グレイの背広にどんどん皺が寄っていく。
「…そうね。」
二人は石のように動かなかった。満足するまで、ずっと動かなかった。
まるで祈るように、懇願しているように。誰にも知られない懺悔だった。