2.ジャックの豆の木と、オズの魔法使い
オリーヴィアは、女の子の手を掴み、引っ張り上げた。横にいる男の子はどうしたら良いのかわからないのか、ずっと目を泳がせている。
「やだ、本当に冷たいわね。早く中に入りましょう。」
触れた手があまりに冷たかったのか、びくりと肩を震わせ、矢口早に喋り始める。
「中に入ったら、まず体を吹いて、シャワーを浴びましょう。冷たすぎるわ。あなた、この二人をシャワー室までつれていってあげて。」
従者は小さく頷くと、未だ目を泳がせている男の子の手を掴み、オリーヴィア同様に、ぐいっと引っ張り、立たせた。いきなりのことに、男の子は喉をひっと鳴らした。
「さっさと動いてください。風邪引きますよ。」
従者は、傘を差し出し、男の子を中に入れた。
「おい、いいのかよ。普通こういうのって勝手に決められないんだろ。」
男の子は、焦ったように従者のスカートの裾を引っ張った。その様子に、仕方ないと言いたげに首を縦に振り、大丈夫ですよ、と言った。
「オリーヴィア様がおっしゃれば、旦那様は必ず許可を出されます。それに、オリーヴィア様がやめろといって止めるような方でないことは、私達使用人も知っていることです。」
あなたも諦めた方がいいですよ、などと繋げた。
男の子は、口をあんぐりあけて、小さくありえない、と呟いた。
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二人がシャワーを浴びて表へ出ると、そこには初老の男性と、先程の女性がいた。
「お体は暖まりましたかね。」
初老の男性が、優しく微笑みかける。
「誰、ですか。」
男の子は、警戒したように、一歩下がった。女の子は、そんな男の子の背中にぴったりとへばりついている。
「ああ、これは失礼いたしました。私はここの執事で、グレイと申します。覚えていただけたら幸いです。」
そういって恭しく礼をした。それに続けるように、オリーヴィアと共にいた従者が声を続けた。
「申し遅れました。わたくし、王妃付きメイドのマーガレットと申します。以後、お見知りおきを。」
マーガレットは優しく二人に笑いかけると、お二人のお名前は?ときいた。男の子は一瞬後ろを振り返り、女の子に確認をとろうとした。女の子は、その様子を一瞥し、口を開いた。
「私はドロシー、です。ここにいる子の姉です。」
それにつられるように、男の子も口火を切る。
「俺の名前は、ジャック。ジャック=ベンジャミン。なあ、俺達はこれからどうすればいいんだ。」
不安そうにジャックが尋ねる。当たり前だろう。いきなりこんな絢爛豪華な屋敷につれてこられ、しかも雇うとまで言われたのだから。
「そうですね。オリーヴィア様が雇うとおっしゃったのなら、私がジャック、マーガレットがドロシーを教育していくことになります。」
グレイはそこまで話して、ふむと口元に手をやった。
「それにしても、ジャックとドロシーですか。ジャックの豆の木とオズの魔法使いから取ったのでしょうか。」
そういうと、マーガレットはくすくすと笑い、すてきなお名前ね、と呟いた。
そんな反応をされた二人だが、すぐさま顔を見合わせて首をかしげた。
「ジャックの豆の木とオズの魔法使いってなんですか。」
代表して、ドロシーが前に立つ大人に尋ねる。これに二人は面食らった。いくら学がなかろうと、誰でも知っているおとぎ話だったからだ。
「二人はどうして屋敷の前にいたの?」
マーガレットが、静かにきく。それだけ教育がされていなかったのかと心配になったらしい。
「俺達の家は、新しいお母さんが来たんだ。俺らを産んだお母さんはすぐ死んだらしい。」
ジャックは、なんの感慨もなく言葉を紡ぐ。
「そうしたら、お母さんは私達が邪魔になったの。お父さんと相談して森の奥に連れていって捨てようって。」
ドロシーも同じように、抑揚なく言葉を紡ぐ。
「一回目は石ころを目印にして帰ったんだ。だけど、二回目はそうはいかなかった。仕方ないからそのままさまよってたんだ。」
「そしたら、あそこにいたの。」
二人は親に捨てられたことに対して、特になにも思っていないようだった。グレイはこっそり、オリーヴィアはこういう人間が得意なのだなと心の中で呟いた。
「ジャックとの豆の木と、オズの魔法使いだけじゃなくて、ヘンゼルとグレーテルまで経験してたのね。」
マーガレットは、静かに子供二人に近づき、頭を優しく撫でた。グレイも動きはしないが、同じく静かに見守っていた。
「ここで、一緒に大きくなりましょうね。」
マーガレットにそう言われて、二人は照れたように微笑んだ。