「始まる、コンビニバイト生活」
面接が終わった。結果は合格だ。
これで心配事は無くなった。肉体労働でバリバリの筋肉痛になることも、新車をぶっ壊すことも無くなった。
ただーー。
「何で、俺がレジに立って仕事してんの?」
ーー面接は終始、「最近どう?」みたいな世間話的なノリで行われた。
最初こそ緊張で、はい、自分もそう思います。などとガチガチの硬い応答をしていたのだが、後半は、はぁそうですねと軽いと言うよりは雑な返答で面接もとい世間話の受け答えをしていた所、
「じゃあレジ仕事ヨロシク。」
とそう言われたときは、は?という普通の面接では百パーアウトの反応をしたが、チャラ男店員、岩隈と名乗っていたか。岩隈は笑顔を崩さず、
「いやね?ちょっと外せない用事があってさー。」
などと全く悪びれる様子もなく新人を一人、店に残し何処かへ行ってしまった。
「そもそも最初は掃除とかじゃないの?というか新人一人にするのはいかんでしょ。」
そんな愚痴を口にするがそれを聞いてる者は誰一人いない、客もいない。だからこそ一人でも大丈夫と判断したのかもしれないが、まず今日は面接で来たはずなのに、働いてること自体がおかしい。
それにしても暇だ。やることがない。商品の陳列でもした方がいいのだろうか、いやでもやり方が分からない。ただなんと無く並べるだけでいいのだろうか。
というより客など本当に来るのだろうか、通勤中も人と合うことすらなかったが、いや今日は特別客が少ない日なのだろう。毎日これなら店は潰れ、この土地は売りに出されているだろう。
ーー他愛もない事をしばしば考えた後、考えることをやめ、思考を放棄し、静寂の中でうたた寝していたところ、閑静な店の空間に扉を広く音が響き、目を覚ます。小一時間ほど寝ていただろうか、ついに念願のお客様が来た。
「いらっしゃいまーー」
「おい、俺は強盗だ!とっとと出す物出しな!!」
「は?」
これは夢か、などと疑ったのは一瞬で、男の煩い声ですっかり目が冴えた。
現れたのは上も下も黒い服で、顔も黒い覆面で隠した、自分とあまり変わらない平均的な身長の、声色からして男であろう人物だ。我が店の商品をお買い上げになさってくださる神様、お客様と対極の位置にいる対価もなしに金を奪おうとする強盗とかいうクソ野郎と名乗っている。
「は?じゃねーよ!!なめた態度取ってると殺すぞ!!」
そう言うとクソ野郎はポケットに突っ込んでいた右手から包丁を取り出す。
ーーこいつはヤバイやつだ。そうとう激昂している。いつ刺してくるか分からない。ここは店側には申し訳ないがとっとと帰ってもらうためにお金を使ってしまうしかない。
「えっと、いくら渡せば?」
「100億だ。」
出せるわけねーだろ!アホか!!と思わず口にしてしまいそうになるが抑える。口にしていればご臨終だってであろう。こいつは後先考えられない正真正銘のアホなのだから。
お金を使ってお帰りいただくというのは恐らく無理だ、ならば実力行使で撃退するしかない。昔テレビで見たお馬鹿な強盗シリーズみたいなことになってもらおう。お馬鹿な強盗というのはこいつも間違ってない。
強盗は脳内でアホだのバカだの言われているのと関係ないと思うが怒りを露わにしている。するとー
「おい早くしやがれ!!」
返答に待ちかねた強盗が乱暴にレジ台を蹴りつける。覆面から覗く目が完全に血走っている。だめだこいつはやくなんとかしないと。
だがこっちも悠長にしていられる余裕はない。クソ、なんで初日最初の客がコイツなんだ、ツイてないにも程がある。なんて嘆いていても無駄だ、こうなってしまったのはもうしょうがない、割り切るんだ。そう言い聞かせて、最後の作戦に移る。
「今日はいい天気ですね。お日様も言ってますよ?今日は千載一遇の散歩日和ですと。どうです少し外へ行っては?」
「さっきからなんだ!?馬鹿にしすぎにも程があるだろ!阿保とか馬鹿とかはまあ良いとして、なんだ!?お散歩行って来いだぁ!?殺すぞ!?」
最終作戦。怒りを買わないように極力注意して退出を促す。これは失敗に終わった。いったいなにがいけなかったんでしょうね?
と言うのは冗談でまあ無理だろうなと言うのが本音だった。俺はそこまで馬鹿じゃない。この強盗犯じゃないんだから、というかコイツが冷静にツッコミを入れてきたのが驚きだ。
「ああ分かった、そこまで俺を馬鹿にするか。じゃあ殺す!」
いきなりだ。この強盗の中で何か一つの判断が出たのか、ナイフをこちらに向けて突きつけ胸の左辺りを目掛け突き刺しに来る。
一瞬判断が遅れる。が、ギリギリのところでそれを躱す。強盗が伸ばした腕が胸のあたりを掠る、あと僅かでも避けるのが遅れていれば死んでいただろう。だがここから形勢逆転と行く。その強盗の腕を両手で押さえつけて動きを封じる。強盗は少し驚いたような眼を覗かせる。そして強盗の手首を骨を折るかのように強く力を加え握り潰す。覆面でその表情は見えないが恐らく苦痛に顔を歪めているだろう。
その手から落とした包丁を拾い、その刃先を強盗に向け、その眼を見据えるそして勝ち誇ったような表情で、
「ーーお散歩、行ってきたらどうです?」
決まった!と内心で呟く。だがかっこいい決め台詞を言ったが心臓の鼓動が尋常ではない。今起きたことは殆ど覚えてない、無意識の中で火事場の馬鹿力的な感じでなんとかなったが、下手したら死んでいたかもしれないという事実が心臓を震え上がらせる。
強盗はしばらく睨むような眼でこちらを見ていたが、目をつぶりため息をつき、
「ーーわっかんねぇ。」
意味深なことを言うが、極度の緊張というのもあるが、自分の中で馬鹿、阿保、無能の角印を押されているコイツの言葉は響かない。
強盗は再度のため息、「まあ、いいさ」とそう言いその後は無言で店を後にした。
ーー脅威は去り、店には平穏が訪れる。
だがこんなことはこれから起こることに比べればとてもとても、それはとても小さなことに過ぎないのであった。