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この戦いが終わったら祝杯を上げよう。  作者: 七井望月
第1章『コンビニバイトとクリーチャー』
2/8

「旅人が見たのは蜃気楼」

「ねぇ?○○?○○は将来、何をしたい?」


 随分突飛な質問だ、こいつらしくない。でもこんな他愛も無い話、いつ以来だろうな。俺は彼女の話に付き合う事にする。


「田舎暮らしかな。」


「私達が住んでる所もずいぶん田舎じゃない?」


「そうかもしれないけど、農業とかして楽に過ごしたいんだよ。」


「農業は楽じゃないよ。大変だよ。」


「それはそうだが、今より楽だろ。」


「この世に楽な生き方なんてないよ。」


「それは、解ってる。まあ、なんかさ、憧れなんだよ。」


「憧れかぁ。」


 そんな言葉で俺は誤魔化す。彼女の言う通り、楽な生き方なんて無いと思う。ただ、今の生活より、辛く、苦しい日々も無いと思うのだ。


「俺は今の生活があまり好きじゃない。」


「それならやめればいいのに。」


「っ…そんな簡単な話じゃないだろ!」


 つい怒鳴り付けるような口調になってしまった、悪い癖だ。少し驚いた様子の彼女に俺は詫びを入れた。彼女も軽く謝り返す。こんな時だからこそ冷静にならなくちゃな。


「ーーそうかぁ、田舎暮らしねぇ、なんか分かるなぁ。」


「まあ、今は未来の話なんかしてもしょうがない。」


「確かにそうだねぇ。」


 ーー今の俺たちに未来は無いかもしれないから。




 ※






「うわ、やべぇ!寝過ごしたか?」


 ーー目が覚めた。


 意外と快適な電車の椅子で、どうやら寝落ちしてしまったらしい。只目的の駅はもう少し先だ。俺は胸を撫で下ろす。


 ーそれにしても何か嫌な視線を感じる。


 その視線の主は目付きの悪い、俺の正面に座る男性だ。そう言えばさっき電車内なのにも関わらずでかい声を出しちまったな。そして辺りを見回すとその男性と俺以外、電車に客はいない。


 これは気まずい。いや、気まずさで済めばいいが、暴れだしたりしないだろうか。


「次は~大判~。御出口は右側です。」


 すると男性が立ち上がった。や、やめてください、自分お金も持ってないし、痛いのも嫌いです。だ、誰かー男の人ー。


 しかし、男性は俺に構う様子など微塵もなく、開いた右側のドアから出ていった。なんだよ、ビビらせやがって。


 ドアが閉まり、電車が再度動き出す。そして電車内は俺一人になる。


 そう言えば、さっきは何か、夢を見ていた気がするな。ほとんど覚えていないが、昔の夢、そして、自分が殺される夢。


 縁起でもないな、これから新生活が始まるのに。瞼を擦り、窓から見える外の風景に目をやる。


 辺り一面、田圃と畑。緑色のそれらと、青い空に白い雲。シンプルな色使いなのにどうしてこんなに美しいんだろうな。芸術というのも奥が深い。


 視界に映る風景に、一瞬映った木造の山小屋風の建物。あれが俺の新居だ。


「あー、通り過ぎていくー。」


 電車は新居から段々と離れていく。駅近と聞いていたが、駅から歩いて一時間弱かかるんじゃないか?ちなみに俺は車が運転出来ない。免許は現在大学を卒業した俺が、4年前、つまり入学と同時期に取った。しかしそれ以来全く運転はしてない。それは引っ越し業者にも確認した筈だけどな。


 しばらく田舎道を走る。成る程な、俺の新居からここまで一軒家は見つからなかった。相対的にあの家は駅近という訳だ。


 他には奇跡的にコンビニを一軒見つけた。このコンビニにはお世話になりそうだな。







 ※






 俺は新居がある天正村に到着した。本当に何もないな、いや、田圃もあるし畑もある、見渡す限りな。


 辺りを囲む山もあるし、空気もうまい。しかし、暑い。おい、山。お前のせいだぞ。セミ、お前らもうるせー!


 只今、俺は駅から新居へ向かう道中だ。何も無い、誰もいない。そんな田舎道を歩くのが最初は中々楽しかったが、暑すぎて血が沸騰しそうな中、歩く事30分程度、中々目的地が見えずイライラしてきている、なう。


 すると…。


「…おお!」


 コンビニが見えてきた。まるで砂漠の中でさまよっていたラクダを連れた旅人がオアシスを見つけたような安堵感。その旅人もおそらく俺みたいに一目散に駆け寄るだろうね。


 まさか、こんなに早くこのコンビニにお世話になるとはな。


 おや、大々的に貼られているアルバイト募集という張り紙とは別に入り口に貼られている紙は何だろうか。


「諸事情により今日はお休みさせていただきます。ご迷惑をお掛けしますが、これからもよろしくお願いいたします。」


「くっ……そったれぇぇ!!」


 なんと、見えてたオアシスは蜃気楼だったか。


 俺は走った。その怒りを力に変えて……。



 それから10分。やっとの事で新居に着いた。表札に“赤井”と書かれている。ちなみに俺の名前は赤井コガネという。変な名前だって?うん、よく言われる。


 新居は、都会からは少し離れたこの小さな村に構えた、木造の小さな家だ。


 家具や電化製品は近くに電気屋が無かったようなので、実家からそのまま送ってきてもらった。まだ使ってない新品の車もある。


 何故引っ越したかというと、長い間都会で暮らして来たが、俺には都会の生活が少し合わなかったようで、そういうわけでこの人の殆どいない秘境に越してきたというわけだ。


 初めての自分の家を建て、憧れの田舎暮らしが今日から始まる。…と思ったが、流石に疲れた。明日の事は明日やろう、今日はもう寝よう。そんな格言もあることだし。少し早いがもう寝よう。


 俺はベットに入って、目を閉じた。







 ※








 おはよう。ちょっと考えたんだが、素人が農業を始めるのは少しばかり厳しいんじゃないかと俺は思った。なのでまずはコンビニバイトで生計を立てようと思った。そうすればお客さんと顔見知りになれて、農業を教わる事も出来るんじゃないかと俺は思った訳よ。どうでしょうか?何で思い付かなかったんだろうと思うぐらいいい考えだと思うが。


 そう言えば、どこぞの脳科学者か、誰かが言ったのかは知らないが明け方は脳が活性化するらしい。逆に夕方は夢見心地な中学二年みたいな思考回路になる。プロポーズするなら夜か夕方がいいらしいぞ。これ豆知識ね。


 という訳で予定を変更し、今日はバイトの面接へ行くことにした。


 軽く朝食を済ませ、しばしの食休み。そして緊張を胸に身支度をする。スーツの着こなしは大丈夫か、などと思い何度も鏡を見る。


 が、鏡に映る自分を見て妙に鬱い気持ちになる。


 眼が痛くなるような金色の髪。これは別に染めたわけではなく生まれつきだ。これによって幼い頃からいろいろな苦労があった。人の少ないこの地に来たのもそれが理由だ。何故、金髪なのかそれは俺にも分からない。俺は捨て子なのだ。本当の両親の顔も知らない。


 まあ、今更だ。こんなことを考えるのは。


 身支度を再開する。こんなものだろう


 まだ、少し早いかもしれないがそろそろ家を出る準備をする。早いに越したことはない。


 外に出ると辺りには何もない。いや、一面に田圃や畑が広がっている。それだけだ。


 ここからコンビニまでは徒歩で10分ほど、その間風景の変わらない田圃道を延々と歩き続ける。


 しかし、退屈だとは思わない。昨日程歩く必要もない。それにむしろこういうのを田舎生活に求めていた。


 人や車でごった返ししているよりも、誰ともすれ違わない、何もない。こっちの方がずっといい。


 田圃の水面に自分の姿が映る。アメンボが波を起こし、鏡の中の自分を揺らめかせる。


 水面の自分の顔は何時になく自信に満ち溢れているようにみえる。もう面接受かる気しかしないぜ。





 ーーコンビニに到着した。面接前の最後の仕上げだ。


 脳内で面接のデモンストレーションを始める。


 深呼吸をする。


 ーーまず、志望動機は?


「ーーコンビニバイトになるのが招来の夢でした。」


 いや、どんな夢だ。馬鹿にするわけではないが、お笑い芸人になりたいと言ってるのの、数倍はヤバイ奴だ。馬鹿か?


 これは駄目だな。次。


 深呼吸。


 ーーこれまでのアルバイト経験は?


「ーーないです、初めてですが早く覚えられるように頑張りまーー。」


「ちょっと、店の前でウロウロして独り言呟くの止めてもらっていいすか。営業妨害っすよ。」


 突如話しかけて来たのは、自分より年は少し上だろうか、茶髪を丁寧にセットしてる、見た目チャラい男だ。


 俺としては苦手なタイプだ。まずこう言うウェーイ系が苦手だし、人の独り言にズケズケ突っ込んでくるふてぶてしさが苦手だ。


 一人でブツブツ呟きながら徘徊している、何を仕出かすか分からない奴を止める、正義感の強い青年ともいえるかもしれないが。


「あ、あの、自分バイトの面接で来たんですけど。」


 急に話しかけらたことや、緊張からボソボソと普段から会話をしない人の様な喋り形になってしまった。


 印象は最悪だ。しかしーー。


「あー、成る程それで予行演習をーー、それにスーツで面接って、ぷっ、気合い、入ってるねぇ。」


「は、はあ。」


 先ほどの態度から信じられない位、軽い感じで話されて、虚をつかれ変な声をあげてしまった。


 青年はニコニコして、こちらを見ている。営業スマイルではなく。心底楽しんでるような笑顔だ。


「まあ、とりあえず上がりなよ。今店長居ないから俺が代わりに面接するから。」


 友達みたいな事を言われ、青年は店の中に入っていってしまった。


 唖然として、呆然と立ち尽くしていたが、取り残されたことに気付き、慌てて後を着いていった。

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