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7話「可愛いオウム」

「オウム ダ! カワイイ! ワタシ ハ ユフィ ト イウンダ。ユフィ ダヨ! キョウ カラ ヨロシクネ」


 不気味な声が辺りに響く。魔物が羽を広げると、冷たい風がフォクシーの体を押した。


「これがクエストで言われてた声の正体だね」


 一歩も退かず、槍を両手で持ち直すと、腰を落として重心を下げる。


「ふうぅぅ……」


 息を吐き終えた瞬間、強く地面を蹴りだし、彼女は魔物に肉薄した。


 目にも止まらぬ速度で両翼を斬りつけ、石突きで(くちばし)を下から叩き上げる。

 顎の上がった魔物の喉へ迷いなく刃を突き刺したら、そのまま下へと一気に切り裂いた。


 噛みつかれそうになったところで一旦距離をとり、相手方の観察に転じる。


 フォクシーは何十年ぶりかの戦闘に自分の腕の鈍りを感じながらも、彼我の実力差が明らかである事を確信していた。


「コレヨリ マリョク ケンキュウ ノ タメノ ジッケン ヲ カイシ シマス」


 一方の魔物は依然として覚えた言葉を反復している。一度聞いたことなら話せるようになる賢さは、魔物になる前から健在のようだ。


 喚き散らしながら突進してくる巨大鳥をギリギリで避けるフォクシー。魔物は勢い余って後ろの大樹に突撃してしまった。頭を強打し、体のバランスを崩しかけている。


「シッパイサクドモ ハ 『マモノ』 ダトカ 『アクマ』 ダトカッテ ヨバレテイル ラシイ」


 飛び出た目玉を回している魔物にゆっくり近づく。彼女の瞳は悲しみに満ちていた。


 人や悪魔はよく魔物を恐れて排除する。当然フォクシーも例外ではないが、相手に愛着や同情を持つと、途端にそれは難しくなる。


 こんな醜い見た目で、吐き気を催すような異臭を放っている魔物だったら、大抵の人々は恐怖や嫌悪しか抱かないだろう。憐れんでいる余裕などない。


 けれど、『彼』の語りが、フォクシーにそれを可能にさせた。

 話すというのはそれだけ力強いのだ。言葉というのはそれだけ重大だったのだ。


 フォクシーは槍を構える。決断をする程度の意志なら、彼女だって持ち合わせていた。


「ごめんね」


 呟き声と一緒に彼女の体は魔物へ迫っていった。魔王の勇気ある刺突が巨大鳥の頭を貫く。


「ユ……フィ……」


 誰かの名前を言った後、魔物は跡形もなく消えてしまった。


「飼い主の名前だったのかな……」


 しばらく魔物のいた場所を静かに見つめていたフォクシーだったが、数秒だけ目を閉じると、切り替えたように明るい表情へと戻った。


「さて、迷子の二人を探さなきゃ!」


 言って勢いよく振り返る。赤いマントがそれに伴ってふわりと舞い上がった。


「えっ……」


 しかしながら、それから一歩踏み出したところで、彼女の足はまた止まることになる。


 目の前には、先ほどの魔物が十数体。全て色違いだが、どの個体もその羽毛には赤黒い液体を付着させている。


 一匹と目が合った。そいつが声をあげた。全員の視線が、フォクシーへと降り注がれた。


「「「コンニチハ! コンニチハ!」」」


 彼女の乗ってきた馬を美味しそうに食べながら、彼らは次の料理に舌舐めずりをした。







 場所は再びエル達のもとへ戻る。


 彼らは未だにフォクシーを探し回っていた。名前を呼ぶも、返事はない。喉も枯れそうになってきた頃、離れた場所から複数の奇声が聞こえてきた。


「今の声は……」


「こんな時間にこんな所へ、子供がやってくるとは考えられません」


「だな。となると、魔物か。……どうする? フォクシーがいる確証はないが」


「行きましょう。どのみち手掛かりもありません。それに今の、相当な数がいるはずです」


「事態は最悪かもしれないわけか。急ごう。雲が出てきて、段々暗くなってきやがった」


 方向転換し、声の方向へ馬を走らせた。

 ラヴィはここが暗闇と森の中であるというのにも関わらず、一気に駆け抜けようとしている。


「おいっ! 急ぎたいのは分かるが、足並みを合わせろ! 木にぶつかったりしたら手に負えないぞ!」


 一方でエルは夜が徐々に深まるのを感じてランプを取りだし、逸る彼女へ呼びかけた。焦燥と馬の足音が、彼の声量を上げさせる。


「たった一人の家族なんですよ! 冷静でいられる訳ないじゃないですか!」


 ラヴィはさらに速度を上げる。このままじゃ一分と待たずに見失うだろう。


「あぁ、くそっ!」


 余裕のない口調でそうこぼす。しかし、慌てるのも最小限の間に抑えるのがエルだった。勉強はまるでできないが、こういう判断は的確に行うのが彼の強みである。


 ランプを腰のベルトに掛ける。目を細めて前方にまだ銀色の兎耳が見えるのを確認すると、馬を急がせた。







 間もなく、彼はラヴィに追いついた。だが、それは彼が急いだためではなく、彼女が進行を止めていたからである。


「おい、何してんだ?」


 彼女の背中に呼びかける最中、彼の鼻腔を酷い悪臭が襲った。


 思わず顔をしかめる。片手で口と鼻を覆いながら前方へ進むと、道の先に何かが(うごめ)いていた。


「何だ、ありゃあ」


 口に当てていた手を腰にやる。ランプをベルトから外し、ゆっくりと前を照らしてみせた。


 同時に、二人の目が見開かれる。


 それは進行方向の道を塞ぐように、そこにいた。ただそれがいるだけで周囲の全てが戦慄するような出で立ちである。


 体長はエルの数倍。見た目は巨大な肉団子だ。生肉の、ではあるが。


 不定形なそれは縦へ横へと伸び、楽しそうに笑っている。そう、笑っているのだ。


 肉の塊の表面にはびっしりと、無数の口が広がっていた。それぞれが話し、歌い、黙り、微笑んでいる。


「またとんでもねえのが出やがったぜ」


「時間がありません。無視できる大きさじゃないのなら、即座に撃退するまで」


「ハッ。違いないな」


 二人は同時に馬から降りる。

 異様な魔物にも臆することなく、エルは腰に差していた二本の短剣を、ラヴィは背中に背負っていた銀色の長槍を引き抜いた。

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