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4話「悪魔」

 ある日の昼下がり。悪魔達の偉大なる王、フォクシーは優雅にデザートのプリンを食べていた。


 皿の上で揺らしていたプリンを一口分を頬張ると、玉座の上に腰掛けたままスプーンを上に掲げる。


「うまーい! あまーい! おいしーっ!」


「玉座が汚れるから、ここで食べるの止めないか」


 後ろに控えていたエルの声も、彼女の不出来な食レポにかき消されてしまう。


「黄色いところも黒いところも美味しい! 同時に食べると甘みと苦みが口の中で合わさるっ! 柔らかすぎず固すぎず、いい感じにプルプルしてるね!」


 一言話して食べ、話して食べを繰り返す。

 唐突に立ち上がると、皿を一旦玉座に置いて、魔王の間を走り出した。


 入り口の扉を開け放ち、両手を口に添える。そして――――


「要するに、おいしーっ!」


 廊下に向けて思い切り叫んだ。


「うるせえな! せめて静かに食えよ!」


 そんなフォクシーを見かねたエルが注意する。彼女の大声にメイドや執事が寄ってきたら余計な手間だろう。


「えへへ。美味しさのあまり、この幸せを誰かに伝えたくなっちゃってね~」


「嬉しいが、それ以上に迷惑だ」


 扉を閉じて戻ってくる狐っ子に率直な意見を浴びせる。しかし彼女には届いていないようで、答えぬまま玉座の上のプリンにありつき始めた。


「美味しいなぁ。あ、そうだ。オジサンも食べる?」


 プリンを掬ってエルに見せる。溢さないように片手はしっかり下に添えていた。


「いや、いい。作る時に味見はしたしな」


 それを彼は迷う素振りもなく断る。彼女から当たり前に食べ物を分け与えられる事がどれほど珍しいのかを理解していないらしい。


「ふぅん。別にいいもんね~。私一人で食べちゃうし!」


 フォクシーは頬を膨らませて、宙を彷徨(さまよ)っていたスプーンを自分の口へ運んだ。尻尾を玉座に繰り返し叩きつけている。


「……お前のその尻尾とか耳の付け根ってどうなってるんだ?」


「えっ。やだ、オジサンのスケベ!」


「すげえ心外な受け取り方された……」


 胸の前で腕を交差させて遠ざかるフォクシーをジト目で睨むエル。彼としてはお子様に身の危険を感じられた事が不本意だったようだ。


「そういう意味じゃなくて、純粋な興味で聞いたんだ。サタンちゃんの翼もだけど、手足みたいに動かすだろ。獸耳近くの頭蓋骨とか翼の骨格とか、どういう作りになってんだ?」


「うん? えーっと、どうだろ。サタンのは分かんないけど、私の耳や尻尾は付いてるだけだよ。だから聴覚は完全にこっちの方に集中してるんだ」


 言って顔の横に付いている方の耳を引っ張ってみせる。


「だから動かせたり、怪我したら痛かったりもするけど、特に意味は無いよ。昔は吸血したがるヴァンパイア型とか、力持ちの巨人型とかいたんだけどね~」


「何だそりゃ……。でも言われてみれば、サタンちゃんも空は飛べてたな」


 エルはそこでようやく思い出す。彼女が翼を正しい用途で使うことが滅法少ないため、今の今まで忘れていたのだ。


 では、彼女はどのようにあの大きな両翼と付き合っているのか。ここで軽く説明しておこう。


 主な使い方としては、羽で自分の体を包み、『セルフ羽毛布団』と称して暖をとる、というものがある。

 他にも、自分より背が高い人の頭を撫でる時、ジェスチャーをする時、誰かに抱きつく時に、彼女の白い羽は活躍していた。


「つまりこれは、存在しているだけの無駄な部位なんだよ~。それでも耳掃除の時間は倍以上になるんだから、本当理不尽だよね。そもそも私、全然狐っぽくないのにさ!」


 誰に言うでもなく、愚痴を吐き出す。


「おう、そうだな」


 応答するエルの脳内には、ベッドの上で地面を掘ろうとしていたフォクシーの姿が浮かんでいた。


「まあ、良いんじゃねえか。可愛いと思うぜ、その耳と尻尾」


「えっ。そ、そうかな~」


 口元がニヤけ、目が泳ぎ、耳が忙しなく開閉する。指は髪を弄び、その尾は玉座に何度も当たりながら暴れていた。彼女の心情は、述べるまでもないだろう。







 デザートを片付けた後、魔王の間には再び緩やかな時が流れていた。


 もうフォクシーはお昼寝の時間に入ろうとしていたが、エルがそれを許さない。彼は「側近として、魔王の生活リズムも正しく保つ義務がある」などと(うそぶ)いて、話し相手を失わないよう努めていた。


「オジサンって、勇者の仲間に選ばれた時はどんな冒険してたの?」


 仕方なくといった様子で適当な話を振るフォクシー。陽だまりにいる心地よさから来る眠気に堪えながら、アクビを噛み殺して話している。


「そういや、まだ話してなかったっけか」


 エルの言葉に、魔王は目を擦りながら首肯する。


 彼女は昔、食べ物の話しかしなかった。こんな大きな話題が出ることもないくらい、彼女の脳内は料理とお菓子で一杯だったのだ。


「でもよ、お前も大まかには知ってるだろ? 当時の魔王、つまりサタンちゃんを倒すために三人の人物が選ばれたんだ。一人目は勇者。赤い目をしているってだけで大して特殊な能力がある訳でもない、ただの村人だ」


 流石のエルもずっと立ちっぱなしは疲れたらしく、側近用の椅子を部屋の隅から持ってきて座る。その間も言葉を紡ぐことは止めない。


「二人目は回復呪文を使える賢者だな。暴れ馬みてえな女で、出会って数秒で俺は鼻を燃やされたよ。まあ仲良くなってみれば、案外良い奴だったけど」


 ともすれば消えて無くなりそうな思い出を手繰り寄せる。沈黙を破るためではなく、遠くなってしまった日々を忘れないために、彼は語りを続けた。


「そして三人目が俺だ。戦闘能力と、魔物に対する憎しみが強い面が買われたらしい。実際、あの頃の俺は、家族を殺した魔物達の王に復讐する事しか頭に無かったからな」


 当然、今もそれは変わらない。彼は魔物から家族を守れなかった事を後悔し、魔物達を恨んでいる。


 今でもそんな調子なのだから、当時のエルの憎悪たるや凄まじいものがあった。だからこそ、その手は決して汚さなかった彼が、サタンを殺す決意を抱くまでに至ったのだ。


「だけど知っての通り、仲間はそれだけじゃなかった。四人目には小さな弓使いちゃん。俺が弓の扱いを教えたんだぜ。家無しで他のガキ共に虐められてるところを仲間が拾ってきたんだ」


 拾ったのは勇者だったが、エルはその少女を勇者達と同じくらい、まさに家族のように可愛がっていた。かつて一緒に暮らしていた家族の中に妹がいたことが、彼をそうさせたのだろう。


「五人目は女みたいな見た目の男だったな。ニホンとかいう異世界から召還された、オタクとかいう職業の学生だ。もう向こうに帰っちまったけど、あいつ今頃何してんだろうなぁ」


 昔は頻繁に顔を出していた彼も、今は時たま遊びに来る程度だ。

 冒険を終えて、長い年月が過ぎた。もう既に、それぞれの生活が始まっているのだろう。


 それでも繋がった絆は消えないと、今の彼は信じている。十五年という空白を経てもなお、途切れなかった糸がここにあるのだから。


「このメンバーで旅に出たんだ。短い冒険だったが、色々な事があったよ。まあでも、なんだかんだ言って一番驚いたのは魔王の手下に……ってあれ? おーい、フォクシー?」


 長く返事が無いことに疑問を抱き、玉座に呼びかけるも、返事はない。


 腰を上げて正面まで回り込むと、スヤスヤと眠っているフォクシーの姿があった。


「……ハハッ。そりゃあ、こんな老いぼれの昔話は退屈だわな」


 彼女を起こさないようにそっと持ち上げると、エルは魔王の間を後にした。向かうは彼女の寝室だ。


「また明日の朝、起こすのに手間取るんだろうな。ったく、世話が焼けるぜ」


 入り口の扉に近付いたところで、後ろを振り返る。

 彼には魔王の間に、かつての仲間と共にパーティーをした風景が見えた気がした。


「……またいつか、こいつも含めて皆でやろうな」


 瞬きを一つ終えた後、そこにあの時の景色はもう無かった。

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