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3話「魔王としての一日」

「フォクシー、フォクシー、フォクシー!」


 扉を叩く音が廊下に響く。

 エルがいるのは魔王の私室前だ。かつては前魔王であるサタンの部屋だったが、今はフォクシーの個室になっている。


「まだ寝てんのかよ……」


 彼の腕時計の針は午前九時を指していた。もうすっかり朝だ。にも関わらず、今日が初出勤である魔王様はまだ夢の中。早くも先が思いやられる展開となっていた。


「って、開いてるじゃねえか。鍵くらい閉めろっての……」


 試しにノブを捻ると、すんなり扉は開いた。

 昨日引っ越したばかりだというのに、部屋の中は既に家具が設置されている。しかしこれは彼女ではなく、エルが行ったものだ。


 扉の大きさの割にはそれほど広い部屋ではないものの、そんなに物が無いせいか、窮屈さは感じない。おやつのジャーキーと、獣型用のシャンプーの香りがする。


「やっぱり眠ってたか。おい、フォクシー」


 ベッドの上、掛け布団の下に一人分の膨らみがあるのを発見し、名前を呼びながら近寄る。


 掛け布団を取り上げると、中にうつ伏せで寝息を立てている魔王を発見した。黄色のパジャマを着ている。毛布まで無くなり、冷たい空気を浴びて、辛そうに体を丸めだした。


「起きろ、フォクシー。もう朝だ。今日から魔王だろ」


 肩を掴んで揺するも、彼女は「うーん、うーん」と唸るだけだ。薄目を開き、両手でベッドを掘ろうとしている。白いシーツを雪と勘違いしているようだ。


「……はぁ」


 だらしない姿に溜め息を漏らすエル。昨日幾度となく頭を過った『彼女に魔王が務まるのか』という疑念が再び頭をもたげる。


 頭を掻いて腰に手を当てる。仕方ないといった様子で、まだ半分は夢の世界に浸かっているフォクシーに耳打ちをした。


「これ以上遅くなったら朝御飯が無くなるぞ」


「おはよう世界!」


「早っ!」


 突然跳ね起きた狐っ子に圧倒され、思わず仰け反る。


 フォクシーはベッドから華麗に飛ぶと、床に置いてあったスリッパの上に着地した。瞬く間に部屋の入り口まで走り、バッと振り返る。


「何やってるの、オジサン! 朝御飯は待ってくれないよっ!」


 そう言うと彼女はダッシュで食堂へ向かっていった。呆気にとられていたエルも、ようやくそこで我に返る。


「お、おい! 本当にオジサン呼び続けるつもりかよ!」


 彼の切実な問いに、彼女が答えることはなかった。







「……ねえねえ」


「何だよ」


「魔王のお仕事って暇だね」


「……そうだな」


 短い会話が魔王の間に寂しく響く。

 食事を終え、いざ魔王の仕事へ、と勇んで来たは良いのだが、彼らは早くも根をあげそうになっていた。


 いかんせん、暇すぎるのだ。やることが無い。誰か客人でも来るかと思えば、それすら無かった。


 フォクシーは玉座にもたれ掛かり、エルはその下の階段に腰を下ろしている。


「サタンって何してたんだろ。こんなの何百年もやってたなんて、信じられないよ~」


「確かに。聞いた話だと、俺達がサタンちゃんを倒すために冒険してた時は、呪文でその様子を観察してたらしいぜ」


「あっ。そういえばオジサン達って勇者だったね」


「まあな。つっても、俺は一行の一人ってだけだったが。当の勇者さんは今頃、お嫁さんと仲良く暮らしてるだろうよ。俺だけだぜ、まだ魔物達と戦ってんのは」


 静かに入り口の扉を見据えて愚痴る。彼はそんな安らげる生活に憧れつつも、とっくに諦めていた。


 エルにとって魔物を狩ることは、もはや習慣と化していたのだ。今さら止めるのも気持ちが悪いと、ハンターとしての道を極めるつもりでいる。それは彼女の側近となった今でも変わらない。


「オジサンは今も独身だもんね……」


「……そのちょっと可哀想な奴を見る目やめろ」


 フォクシーはどこから取り出したのかスティック状のジャーキーをかじっている。エルの睨みは知らんぷりだ。


「出会いとか無かったの?」


 恋愛話を振られた事に顔をしかめるエル。話題が無いとはいえ、独り身の彼にはあまり広げられたくない話だ。


「まあ、そりゃあったぜ。でも勇者のパーティーにいたのは、凶暴な賢者さんと小さい弓使いちゃんだったしな。あの時は魔物を殺す事しか頭に無かったし、恋愛感情も特に湧かなかった」


「じゃあ、こっちに来てからは? 魔王城にも可愛い女の子って沢山いたでしょ?」


「……なんか今日のお前、ぐいぐい来るな」


 食べ物以外の話で彼女に話の主導権を握られることが滅多に無いため、エルは困惑していた。しかしすぐに『暇だからだろう』と結論づけ、先の質問に答える。


「いたけど、酒飲み友達くらいしかできなかったよ。大体は我らが勇者様に首ったけだったしな」


 鼻を鳴らし、嫌味ったらしく言う。そんな彼の話に、フォクシーは「ふーん」と相槌を打った。一見すると無関心にも思える反応だが、その獣耳は興味津々といった様子で伸びきっている。


「今は良い人いないの?」


「いたらこんな悲しい事になってねえよ。……まあ、いいさ。嫁はいなくても、ここに住んでいる子供達の世話で当分は手一杯だろうしな。あいつらは手がかかる」


 彼の頭には二階、三階で暮らしている孤児達の姿が浮かんでいた。魔王城の二つ目の役割、それは悪魔の孤児院なのだ。


 彼は力強い決意を宿した瞳をしていた。それでいて、その姿は儚げでもある。それはステンドグラスから差し込む淡い日の光のせいかもしれなかったが、どうもフォクシーにはそう思えなかったらしい。


 玉座から腰を上げると、ジャーキーを一本取り出して彼の前に差し出す。


「はい、あげる。……もし誰も貰ってくれなかったら、私がお嫁さんになってあげよっか?」


「……ハハハッ。ありがとな。ただ……」


「ただ?」


 途中で溜めるエルを不安げな表情でフォクシーが急かす。そんな彼女からジャーキーを受け取ったエルは、ニカッと笑って返してやった。


「お前もその『世話が焼ける子供達』に入ってるからな!」


「ん? ……あ、もうっ! オジサンの馬鹿!」


「ハハハッ。悪かったよ、殴るなって」


「絶対許さないもん!」


「おやつ作ってやるからさ」


「……寛大な心で許してあげよう」


「ありがたき幸せ」


 二人の笑い声が賑やかに響く。魔王生活初日は、そんなどうでもいい会話で潰れてしまった。

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