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8話「ミッションコンプリート……?」

 崩壊の音が樹海に轟く。立ち込める土煙から逃れるように、動物達は慌ただしく逃れていった。そして、そんな騒がしい音の中には、一人の男の低い雄叫び声も混じっていた。


「ウオオォォッ!!」


 今まさに押し潰されようとしている彼、エルはフォクシーを担いで遺跡内を全力疾走していた。


 その速度は並みの獣では到底追い付けない程のものであり、進路上にある物は壁だろうが柱だろうが片っ端から蹴り壊して行っている。


「オジサン頑張れ~」


 肩の上で気の抜けた応援をするフォクシーにツッコミを入れる間もない。傾く床から重力が彼の体を剥がす寸前、エルは遺跡の一番外側の壁に突っ込んだ。


 半ば自棄になって放ったタックルは見事外壁を打ち破り、彼らはそのまま建物の外へと放り出される。


「し、死ぬわ……!」


 言って仰向けの状態で空を見上げるエル。


「オジサンも歳だね」


 そんな壮年期の男性を労るように、フォクシーはニコニコしながら彼の頭を撫でていた。


「お前が言うな」


「あいたっ!」


 魔王にデコピンでダメージを与えると休憩もそこそこにして立ち上がる。


「にしても、ひでえな……」


 五階分あった塔は二階から上が完全に無くなっている。倒れた方角の木々は瓦礫によって折れてしまったようだ。


「それで原因がアレってわけか」


 砂埃が収まって見えるようになった遺跡の反対側に目を向ける二人。その視線の先には、屈んだ姿勢から起立する途中の巨大な像がいた。


 人の形をしたそれは頭に(いばら)の花飾りを付け、上半身が裸で下半身には白い布を纏っている。その全長はエルらのいた塔よりも高い。立ち上がる姿はラヴィ達が遭遇した像と同じく、本物の人間そのものである。


「一番簡単なクエストとは何だったのか」


「とにかく、パパッと退治しちゃおうよ!」


「……ああ、そうだな。ラヴィも無事ならあそこに向かうだろう。良い目印ができたってことだ」


 拳を自身の手のひらに叩きつけて気合いを入れ直す。周囲を見回して近い道に見当をつけると、足首を回しながら念のための確認をした。


「走るぜ、フォクシー。ついてこれるか?」


「ふふんっ! 私、かけっこは得意なんだよ!」


 胸をポンと叩く狐っ娘に頼もしさを覚える。

 彼女も十五年前とは違うのだ。もうそろそろ甘やかすのも卒業かもしれない。

 そんな心境を笑みだけで表し、エルは前に視線を戻した。


「じゃあ向かうぞ! 競争だ!」


「おーっ!」


 何故か現場急行が勝負事になったりもしながら、彼らは一斉に魔物へ向けて駆け出したのだった。







「オジサン速すぎ! ちょっと待ってよ! 足短いんだからぁ!」


 出発から数秒後、魔王は早々にギブアップを宣言していた。


「いやいや、あんなに自信満々についていける感を出されたら大丈夫かと思うだろ……」


 彼女のもとまでわざわざ戻ってきたエルがフォクシーを抱き抱える。当たり前かのように彼の胸に収まった狐は目を閉じて服にしがみついている。


「じゃあ後はよろしく~」


 完全にスイッチがオフになったようだ。獣耳を二、三回掻くと携帯していたオヤツジャーキーをかじり始めた。


 エルはといえば、そんな主の姿を見て、先ほど彼女を見直した自分を殴りたい衝動に駆られていた。


「まったく、偉そうに」


「偉いもん」


「ぐぬぬ……」


 得意顔で返された言葉に反撃できなくなる。負けを認めて移動を再開しようとしたその時、エルはもう一度下に顔を向けた。


「なあ。この体勢、走りにくいんだが」


 エル達の体勢はいわゆる『お姫様抱っこ』の形だった。しかし、フォクシーの槍が大きすぎて、走るのにはどうも邪魔なのだ。


 その意を察したフォクシーは器用に体をくねらせると口にジャーキーをくわえた状態で彼の肩まで登っていった。肩車である。エルの頭に片手を置くと、もう片方の手に持った槍を前方へ勢いよく向ける。


「オジサン号出発~!」


 無駄にテンションが高い魔王。一方で彼女の脚に顔を挟まれたエルは不服顔だった。


「これ、運動するために来たんじゃないのか……?」


「……今考えれば、私って不老不死の呪文をかけられてるから太らないんだよねぇ」


「は?」


 見上げるもフォクシーは下手な口笛を吹いてそっぽを向くだけだ。


「マジでこいつ……こいつマジで……」


 一応上司なので暴言は喉奥までに止めておく。実際彼も忘れていたことなので、文句は言えないのだが。ともかく、頭の上のアホの子への説教は後にして、今は目の前の問題に集中することにしたのだ。


「……はぁ。とにかく急ぐぞ。瓦礫の山を突っ切るからしっかり掴まってな!」


「あ、あいあいさー!」


 頭にしがみつかれたのを感じた後、エルはたった今崩れたばかりのタワー跡へと消えていった。







 遺跡の中は視界が悪かったが、エルはそんな事は何のそのといった様子で壁を斬った蹴ったで進んでいった。


 魔力量が高いおかげで身体能力が通常の人間のそれとは大きく異なっている。必然彼らが遺跡の反対側の壁を破るのにそう時間はかからなかった。


「大丈夫か、お前ら!」


 外へ出ると同時にそう叫ぶ。既にラヴィらも到着して戦闘を開始しているだろうと見越しての発言だったのだが……。


「遅かったわね! 見ての通り、手遅れよ!」


 そこには瓦礫に腰かけて塵だらけのグラスを掲げるシルカがあった。


 ラヴィも彼の対面にちょこんと座っている。セリーヌに足先を甘噛みされているところだったようだ。


「よかった。二人とも無事だったんだね!」


 即座にエルの肩から飛び降りて彼らのもとへ走り寄っていくフォクシー。ラヴィに近付くや、すぐさま彼女へ飛びついた。


「無事じゃないわよ! 何十年もかけて完成させたアタシの家がね!」


 エル達が潜ってきた遺跡を指差したシルカはそのまま膝から崩れ落ちた。声と身振りだけでも十分に哀愁が漂っている。


「魔物はどうしたんだ?」


 そんな彼は一旦無視してエルがラヴィへ問う。その声に気付いたラヴィは抱きついているフォクシーやセリーヌをまとめて引っ張り剥がして立ち上がった。


「倒しましたよ。エル様の力を借りるまでもありませんでした。……まあ、彼の家は壊しちゃいましたが」


 言ってから少しだけ申し訳なさそうにシルカを見る。彼女の様子からエルもシルカが本当に無害な魔物と知ったらしく、どうしたものかと困り顔で頭を掻いた。


「あれ? でも何かおかしくない?」


「ん? 何がだ、フォクシー」


「私達って喋る魔物がいるからって案内してもらって来たんだよね? 全然見当たらなかったし、こんなに騒がしくしても何も来ないよ」


 フォクシーに言われて二人も当初の目的を思い出す。確かに案内された途中で遭遇した魔物は話す気配がなかったし、話せる構造でもなかった。


 エルはもう一度シルカに視線を戻すと、早足で彼に歩み寄り、その肩に手をかけた。


「おい、シルカ。お前の知ってる喋る魔物ってのはどこだ」


「あぁ、そういえば今日は見なかったわね……。留守だったのかしら?」


「今さら確認するけどよ、そいつは森の外に聞こえるほどの大声を出す奴なんだろうな?」


「ええ、かなり騒がしいわよ。特に夜がうるさいからアタシも眠れなくて迷惑してるの」


「夜……?」


 後ろで聞いていたラヴィが引っ掛かったように呟く。


「たしか今回のクエストで声が聞こえるのは昼のことだったよね?」


 引っ掛かりの正体はフォクシーの言葉で判明した。


 そう、今回のクエストで不気味な声が聞こえると言われていたのは昼間のことなのだ。そして、夜間に聞こえる声については彼らがつい昨夜討伐したばかりなのである。


「ちょっと待て。シルカよ、お前の言ってる魔物ってどんな奴だ?」


 嫌な予感を抑えるように眉間に手を当ててエルが問うと、人骨は何も分かっていなそうな声で答えた。


「え、オウムの子だけど?」


 彼の返事で三人は全てを察した。色んな言葉が頭の中をぐるぐると回り、最終的に――――


「「「あぁ……」」」


 そんな力無い声だけが、シラケた場にて合わさった。







「でもさ、それだと分からない事があるよね?」


 何の事だかさっぱりなシルカとセリーヌの他で、初めに復活したのはフォクシーだった。ピンと指を立てて空を見る。


「今回のクエスト。あれの犯人って何だったのかな?」


「そうだな。シルカ、俺達が探してたのは昼に騒がしくしてた声の正体なんだ。オウムの他に喋れる奴はいねえのかよ?」


 もう半ばどうでもいいような感じになってしまったエルは投げやりに尋ねなおす。何度目かの質問にも、シルカは地面に女座りしながら律儀に思考に走った。


「うーん。オウムの子以外では喋る魔物なんて見ないけど。特に朝から夕方にかけては森って静かだから。……あっ」


「何ですか?」


 ふと漏れた小さな声にラヴィが目ざとく反応する。

 シルカは今までの調子と一変してしばらく「いや」だの「えっと」だのと迷っていたが、彼女達が辛抱強く待っていると降参したように頭を垂れた。


「アタシ、最近午後に歌の練習をするのにハマってて……」


「は?」


 その意味を高速で察したエルがキレ気味に口を開く。


 彼がしていた歌の練習がエル達の受けた任務の中の『声』の正体であるとしたら、今までの戦闘だの疑心暗鬼だのは全て無意味だったということになる。


「うぅ……」


 主にラヴィとエルからの視線に耐えきれなくなったシルカはセリーヌを抱えて土下座するような姿勢になってしまった。


「そ、そうだわ!」


 かと思いきや、突然何かを閃いた様子でバッと立ち上がる骨の魔物。華麗にその場で一回転し、エル達の方を指差すや決め声でこう言った。


「これが本当の『無駄骨』ってね!」


「ぶっ殺すぞ」


 おちゃらけた様子で投げられたシルカの洒落に、エルの容赦ないツッコミが炸裂した。

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