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5話「シッポ」

 人混みを通る時には魔王の前を先導し、階段を上る際は彼女の後ろを歩くのが側近である。

 彼はそれが仕事だと言うが、どう見ても過保護な父親といった調子であった。側近とは完全に名ばかりの世話人である。


 ともかく、そういう訳で、エルはフォクシーの後ろに付いて階段を上っているのだが、ある事が気になって仕方なかった。


 尻尾である。彼女は遺跡に着くまでレインコートを着ていたのだ。今は当然脱いでいる。合羽(カッパ)を纏っていたから、その下には普段着用している魔王のマントを羽織っていなかった。


 結果として、モコモコした毛筆のような尾が丸出しとなっているのである。


 目の前をちらつくのだ。嫌でも視界に入ってくるのだ。銀色の尻尾が、鼻先をくすぐるくらいに近くで、釣糸のようにウロウロしているのだ。


 ここ最近、具体的には昨日の手を繋いだ辺りから、フォクシーがエルに触れてくる機会は多くなっていた。必然的に彼もフォクシーと触れあう時間が増える。


 エルは彼女の頭を撫でた際、猫みたいな毛並みを密かに気に入っていた。

 そして、この状況である。尻尾はどうなのかという疑問が頭をもたげてくるのも無理はなかった。


「おっと手が滑った」


 ガシッと片手で尻尾を掴む。

 同時に、フォクシーは滅茶苦茶な悲鳴を上げた。即座にエルから逃れ、数段上った先で、彼から身を守るように体を腕で隠す。


「ちょちょ、ちょっと! いきなり尻尾触らないでよね! オジサンの変態っ!」


「へ、変態って……。無許可で掴んだのは謝るけどよ、気になるんだよな、それ。気分によってブンブン振ったり、ピンと伸びたりするじゃねえか。感情によって動く物かと思いきや、自由に操っている時も見かけるし。どういう仕組みなんだよ」


「前も同じ質問したじゃん」


「……そうだっけか?」


「うんうん。オジサン、もうボケちゃった?」


「ハハハ。千歳越えたババアが何かほざいてるぜ」


「はい不敬罪っ!」


「それは職権濫用だろうが!」


 唸りながら視線の火花を散らす二人。どちらを年長者と見るにしても、全く大人げない人物達である。


 ひとしきり睨み合った後、彼らはまた階段を上がり始めた。

 今度は二人とも同じ段を並んで行っている。足を滑らせないように、どちらからともなく手を繋いだ。


「前も言ったように、これは体の一部だから思い通りに動かせるよ。私はサタンと違って生まれた時からの悪魔だしね。勝手に動いちゃうのは貧乏揺すりみたいなものだよ。説明しづらいけど、気付いたら動いちゃうの」


「貧乏揺すりね。なるほど、結構しっくり来る例えだな。ていうか、サタンちゃんって後天性の悪魔だったのかよ」


 三階に辿り着く。しかし、まだ走って向かうわけにはいかない。また遺跡が崩れて帰り道が無くなっては大変だ。二人は歩きつつ、回り道をしてからラヴィ達に追いつく必要があった。


「要は元々人間だったって事だよな。てっきりお前みたいに親が後天性で、遺伝からできた先天性の悪魔だと思ってた」


「私も初めはオジサンと同じ勘違いをしていたよ。羽の扱いが生まれつきの子達と大差無かったし」


「ああ。……つまり、サタンちゃんは昔、実験を受けたんだな」


 遺跡内は嫌に静かだった。誰からも忘れ去られた、死んでしまった土地の中にエルの声が消えていく。


「実験って、悪魔や魔物を作るための、あの実験?」


「そうだ。昔、趣味の悪い屑野郎がいてな。魔力を目に見える形に保存する方法を開発し、あろうことか人間や色々な物にそれを注入していった。結果、人間は拒否反応を起こして悪魔に、それ以外は魔物になって凶暴化しやがったんだ」


「千年どころじゃない長い間、その実験があったんだよね。魔王になる時に勉強で習ったよ。でも、犯人はオジサンが倒したんでしょ?」


「おうよ。ボコボコにぶちのめしてやったぜ。まあ、仲間達と一緒じゃなきゃヤバかったがな。あいつは実質、俺にとって家族の仇だった奴さ。巡り会わせてくれて感謝してるぜ、カミサマって奴にはよ」


 暗い空気を払拭せんとばかりに風が吹く。


 フォクシーが何気なしに上を向くと、同じようにエルも顔を天へ向けていた。廊下だった部分の屋根は崩壊しており、穴から快晴の青空が覗いている。目もとは髪に隠れて見えない。木の緑が擦れあう音に紛れて、彼の口が小さく動く。


「だから、関係の無いサタンちゃんを一度殺しちまった事は、死んでも悔やみきれねえ」


「ん~? 何か言った?」


 日差しを受けて気持ち良さそうに目を細めていた魔王が尋ねるも、エルは普段通りの顔で首を横に振るだけだ。


「『あ、漏らしそう』って言ったんだよ。気にすんな」


「うわっ。何それ、気にするよ! オジサン不潔! トイレは帰るまで我慢してよね!」


「冗談だっての。高速で離れるな。蔑むような視線を向けるな。繋いでいた手をハンカチで拭くんじゃねえ」


 ごまかすために吐いた嘘で、更なる泥沼へ嵌まったエル。そんな彼を珍しくフォクシーがジト目で睨んでいる。下ネタは苦手らしい。


 対するエルは腰に手を当てて困り顔をする。緊迫していなきゃいけない状況なのに、微妙にユルい雰囲気から抜け出せない事へ落胆していた。


「おら、さっさと進むぞ。左の道から崩れた先へ行けそうだ。別に手は繋がなくていいが、迷子になんなよな」


 言ってから先ほど示した方向へ向かう。すると、真後ろを密着するように狐がついてきた。

 歩いているエルの背に飛びつき、よじ登って肩まで来る。おんぶの形である。


「……お前、運動のためにクエスト受けたんじゃねえのかよ」


「エネルギーを補充してるの」


「何じゃそりゃ」


 半笑いで応じるエル。脈絡無く甘えだすフォクシーの行動も、彼からは怠けた魔王のお昼寝タイムくらいにしか思われていないようだ。


 彼女はエルの肩に顎を乗せている。むにゃむにゃと鳴き声をあげると、睡眠態勢への移行を完了した。


「向こうに着いたら起こしてね~」


 どうやら本気で眠るつもりらしい。彼女の呼吸が首もとを一定のタイミングで撫でていくから、エルとしてはくすぐったくて仕方なかった。


「ったく、呑気なもんだな」


 フォクシーが落ちてしまわないようにしっかり支える。このままラヴィ達と合流したら、間違いなくお叱りを受けるだろう。


 容易に想像できる危険を避ける方法を考え出した瞬間、遺跡のタワー内に唐突に激しい地震が発生した。エルの鼓膜を轟音が打ち揺らす。


「おいおい、今度は何だ!?」


 彼は自身の足場から周囲に目をやるも、老朽化の進行が遅い一室にいたため、壁や天井の隙間から確認が取れない。


「フォクシー、大変だ! またあのスリル満点な落下を体験する羽目になりそうだぞ! 起きろ!」


 屈んで体勢の安定を図りつつ背中のフォクシーに呼びかける。しかし、応答はない。返ってくるのは無慈悲な寝息だけである。


「こいつは大物だ……。大物界の小物だぜ」


 次第に地面が陥没してきた。それだけでなく、傾いている。遺跡の塔全体が傾き始め、倒壊へのタイムリミットが迫っているのだ。


 エルは即座にフォクシーをお姫様抱っこに持ち替える。その間にも斜面の角度はどんどん急になっていった。


 建物は二人が来た側、階段の方が上になるように倒れている。

 このままでは逃げ場無くサンドイッチにされて終わりだ。脱出するには全力で道を駆け戻らなければならない。

 かといって、脆い床を走ってしまったら、先程のように一階まで落ちる事になるだろう。


「この仕事、労災保険ってあったっけな」


 耳をつんざく地鳴りの中へ、エルの呟きは儚く溶けていった。

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