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4話「忘れ去られた地にて」

 浮遊感はすぐに引力による落下感に変わった。魔王と側近は真っ逆さまで地面へ吸い込まれていく。


 エルはちらと着地点を確認すると、自身よりわずかに上空を舞っているフォクシーを見た。彼女と目が合うや、崩壊の音に負けぬくらいの声量で吠える。


「おい、フォクシー! 槍を伸ばせ!」


「あいあいさー!」


 こんな時だけ理解の早い彼女に憎たらしさのようなものを覚えつつ、エルは伸ばされた槍の柄を掴む。グッと引き寄せてから右腕で彼女の体を抱いた。もう片方の手は槍を遠くへ放り投げる。


 瞬間、彼の背中を凄まじい衝撃が襲う。


「グハッ……!」


 巨体な木槌を叩き付けられたかのような威力だ。肺の中が空っぽになり、目が裂けんばかりに見開かれる。脳内が空白になると一時的に息の吐き方さえ忘れてしまう。


「だ、大丈夫?」


 胸の中から上目遣いで見上げてくるフォクシーは困ったような八の字眉をしている。

 しばらく呼吸に手間取って返事ができないエルだったが、その間も彼女の頭を軽く叩いて無事を知らせていた。


「うぅ……あぁ、心配いらない。若い頃に妹からかまされた蹴りの方が数倍凄かった。お前は怪我無いか?」


「うん。オジサンが守ってくれたから。ありがとね」


「お安い御用だ。ボーナスは弾んでくれよ」


 彼はフォクシーが退いた後、彼女から差し伸べられた手を取って立ち上がった。軽口を叩きながらも呻きが漏れている。


 周囲を見渡すエル達だが、やはり彼らが落ちたのは一階だ。周辺には瓦礫が散在している。

 幸い、崩落したのは三階にある一部の床だけらしい。遺跡のタワー自体は傾いたりしていないし、階段も無事だ。


「災難だったな……」


「おーい! ダーリン、フォクシーちゃん、大丈夫?」


 上から降り注ぐ声に反応して二人が見上げてみれば、三階の床に寝転がったシルカとラヴィが彼らを見下ろしていた。


「てめえ、嵌めやがったな!」


 速攻で食ってかかるエルにフォクシーが近付く。無言で服の裾を引っ張り、彼が振り向いたところで首を横に振った。


「違うわよ。この遺跡が勝手に崩れただけ。体重制限をオーバーしたのよ」


「体重制限だと?」


「そうよ、ダーリン。命を助けられておいて失礼なことを言わせてもらうけど、もう少し痩せた方が良いわ。稀にこういう事が起こるからね」


「なるほど。骨が言うと説得力が違うな」


 馬鹿にするように鼻で笑うエルを、またもやフォクシーが軽く小突いた。


「ダメだよ、仲良くしなきゃ」


「……へいへい」


 注意されても彼は釈然としない様子だった。

 しかしそれを気にする魔王ではない。離れた場所に落ちていた槍を拾いに行きながら、上に向かって声をかける。


「ラヴィ、シルカと先に魔物のところへ行ってもらえる? すぐに追いつくから!」


 その声に、今まで静観していた兎の耳が伸びる。彼女は立ち上がると、もう一度エル達の方へ視線を向けた。


「分かったわ。でも、きっと先に行かせた事を後悔するわよ」


「ん? どうして?」


「決まっているじゃない。貴方が運動する機会を無くしてしまうからよ」


 そう言って、彼女は颯爽と去っていった。シルカも便乗して髪をかき上げるふりをしながら付いていく。


 実際のところ、長時間の移動によりフォクシーの目的は達成されたのだが、ラヴィはそんな事には目もくれていない。実のところ、久しぶりに姉として凄いところを見せつけたいだけなのだ。


「やけにあっさり信用するんだな」


 二人が消えて数秒した後、独り言のようにこぼすエル。誰を、なんて聞かずとも分かるだろう。


「私も見たからね、逃げていく魔物」


「なに? ……本当か?」


「本当だって。足音もしたし、間違いないよ。地面が崩れたのも多分オジサンが走ったことが原因だと思う」


「いくら魔力量が限界に達してるからって、そこまで馬鹿力じゃないはずだが……」


 両手のひらを眺めて呟くエル。


 魔力とは、この世界特有の物質である。気体にも液体にも固体にも、それどころか何にでも変化しうる謎の存在だ。

 生き物は全て魔力を有している。多かれ少なかれ、生物である以上は必ず持っているのだ。


 魔力量が多い者は身体能力、生命力、呪文の効果が常人より強化される。


 平たく言うなら、『レベル』の違いだ。魔力量を数値化して表した物を魔力レベルと言う。

 それはつまり、ゲームなんかでよくあるレベルの概念と似たようなものなのだ。数値が上がれば上がるほど強くなり、確実な力を手に入れる事ができる。


 そして、魔力を増やす方法として最も有名なのが、生物を殺める事だった。


 エル、正確にはエル達だが、ともかく勇者一行は昔、とんでもない量の魔力を持つ魔物を倒した事がある。

 そのためレベルは限界まで上がりきり、注意しなければ日常生活も困難な体になってしまったのだ。


 彼が魔王城で生活している理由の一つはそれだった。

 この世界において、強者は弱者と同等以上に嫌われる運命にある。魔力量が多いという事はつまり、それだけの生物を手にかけてきたという目安となるのだ。


 最近は魔物も徐々に減ってきているため、その風潮が強くなってきている。

 魔力量を調べる呪文もある世界だ。さぞ生きにくい事だろう。


「ちょっと軽く走っただけだぜ。力加減を間違えたって事も有り得るが、どうも魔物は信用ならねえな」


「……オジサン、私のことも疑うの?」


 不意に、静寂の中で彼女の声があえかに響いた。わずかな沈黙を疑心と受け取ったのだ。


 ジッと逸らさない視線にエルも思わずたじろぐ。慌てて返答を寄越したせいで、言葉がぎこちなくなってしまう。


「い、いや、そういう訳じゃないが……」


「なら問題無いねっ! ささ、行こ行こ!」


 くるっと態度を裏返したフォクシーを見て、エルが困惑したのも無理はないだろう。


 彼が狐から一杯食わされた事に思い至ったのは、それから数秒後のことだった。

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