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2話「個性の化け物」

 木が囁くような葉音を立てる。

 今にも降りそうな空模様の下、エル達は例の樹海にいた。全員が既に雨具を身に付けており、草むらに身を潜めている。


 三人の視線は少し先に広がっている湖へ向けられていた。比較的寒冷な気候にも関わらず、湿気っている空気が彼らを包んでいる。


 さて、彼らはそんな中、どうして身を隠して湖を観察しているのだろうか。


 当然、件のクエストを達成するためであるのだ。そして、その目標はもうすぐ達成されようとしている。


「オジサン、やっぱり聞こえるよ。バチャバチャッて、何かが泳いでいるような音。魚が泳いだり跳ねたりするにしては大きいね」


 フォクシーが獣耳をピクピクさせ、右隣のエルに教える。


 獣耳に聴力は無い。ただ無意味に、それっぽく彼女が動かしているだけである。


「ええ。それに、何か声が聞こえます。男の人の声です。ボヤけて聞き取りにくいですが、明確な意味を持った単語をいくつか言っていますね」


 フォクシーの左隣のラヴィが続けて話す。槍を持つ手には力が入っていた。殺意の高い草食系だ。


「だが……ありゃ、魔物だろ」


 眉間に(しわ)を寄せて前方を水平線を観察していたエルが困惑しながら表情を緩める。顎を撫でて、パッと立ち上がった。


「手を下すまでもないな。帰るか」


「えー、そんなんで良いのかなぁ。ラヴィ、あの子なんて言ってるの?」


「『溺れた』だとか『助けて』って叫んでるわ。『足がつった』とも言っているわね」


 彼女の言葉にエルは首を傾げ、フォクシーはピョンと飛び跳ねた。


「大変! 助けに行こうよ!」


「いやいや、魔物を助ける義理が無いだろ」


 胸の前で片手を振るエル。顔でも「ナイナイ」と告げていた。至極真っ当な意見である。


 しかし、そんな彼の返事にも魔王は挫けない。服を引っ張って説得を開始する。


「あんな子を相手に不戦勝で勝つなんて情けないよ! ちゃんと正々堂々戦わなきゃ!」


「つっても、あれは事故……というか自業自得みたいなところあるからな……」


 エルは前方を再び見直す。水飛沫が上がる場所には、頭蓋骨が一つ見えていた。骨が溺れている。人骨の魔物が溺死しかけているのだ。


「骨じゃ泳げないのは考えりゃ分かるだろ。大体、『足つった』って何だよ。筋肉無いぞ。相当な馬鹿だぜ、あれは」


「そうだよ! そんなお馬鹿さんに戦わずして勝つ気!?」


「なんで今日に限って、こうも必死なんだよ……」


 困ったようにラヴィへ視線を移すと、彼女は心底どうでも良さそうな顔で応えてきた。


「助けてやれば良いんじゃないですか。そもそも、あの魔物が依頼の件の魔物かは分かりませんし。知能があるならば、溺れているふりをして、討伐を逃れようとしているのかもしれません」


「あぁ、あり得なくはない話だな」


 エルは数秒考えた後、雨具と上着を脱ぎ出した。地面に放り投げると、仕込んでいたナイフの重みで鈍い音が鳴る。


 魔物は既に沈みかけていた。

 自分の折ろうとしている無駄骨に溜め息を漏らしながらも、エルは短剣を差している鞘のついたベルトを外す。


「じっとしてろよ。すぐに帰ってくるからな」


 そう言って口にナイフをくわえると、彼は返事も聞かずに一気に湖まで駆け出した。







「ありがとう! 助かったわ!」


 野太い声が響く。服を絞るエルの隣では、骨の魔物がはしゃぎ回っていた。


 きっちり最近流行りの服まで着ている。実に洒落ている髑髏(しゃれこうべ)だ。


「アタシはシルカ・シンクレア。これでも立派な男よ。助けてくれて感謝してるわ」


 一人で話を進めようとする骸骨。彼は握手でもしようと、エルに手を差し出した。当のエルは無言で一歩下がる。


「先に教えておくが、俺達は魔物を退治しに来たんだぞ。お前は俺の敵だ。それに、助けたのはそこのチビッ子の命令で、俺の意思ではない」


 言って、フォクシーを指差す。


 彼女は姉のラヴィと共に悪魔の国のボードゲームで遊んでいた。実力は拮抗しているらしい。二人ともすっかり夢中で、帰ってきたエル達に気付いていない。


「そうなのね。でも、命を救われたのには変わりないわ。これからはダーリンって呼ばせてもらうわね。何かお礼がしたいんだけど、どうかしら?」


「待てこら。自然に奇妙な呼び名を決定しているんじゃねえぞ」


 言い返しつつも、エルは彼女の提案に面食らっていた。


 彼はかつて、ここまで理性的な魔物を見たことが無かったのだ。大体の魔物は人間を見るなり襲いかかってくるし、そもそも言葉を理解できない。


 しかし目の前のシルカはと言えば、普通に会話を成立させる上に、まるで敵意を表さない。それどころか、エルに命の恩を感じている様子まである。


「……信用ならんが、戦う気は無いみたいだから、一応聞いておこう。依頼の件について教えてもらうぜ。お前、ここの森に住んでるのか?」


「ええ。二百日近くかけて、木の上に立派な別荘を造ったのよ。たった一人でね。……まあ、数日前にオウムの子が一瞬で壊しちゃったんだけど」


 心なしか声が萎んだ気がする。まさかの地雷を踏んだエルは、構わず続きを尋ねることにした。


「最近、この森の中から変な声が聞こえるらしいんだ。覚えはないか?」


 骨はしばらく悩んでから、思い出したように手を打つと、顎をカタカタ鳴らし出した。


「無いわね。……あぁ、でもアタシの他に喋る魔物の子なら見たことあるわよ」


「おおっ! 案内してもらおうよ!」


 遊びを終えて帰ってきたフォクシーが会話に割り込んできた。


 ゲームは彼女が辛勝したようだ。ラヴィはまだ一人で悔しがっている。鼻息を荒くしてゲーム盤を覗きこんでいた。


「ダーリン達が良いなら、喜んで案内させてもらうわよ」


 言って腕を組んでくるシルカに、エルは露骨に嫌そうな顔をした。


「勿論いいよっ! 私は魔王のフォクシー・フォーブス! あっちの兎耳の子は私の双子のお姉ちゃんで、ラヴィっていうの! オジサンはエルだよ! エル・パトラー!」


「じゃあフォクシーちゃんとラヴィちゃんって呼ばせてもらうわね。ダーリンはダーリンだけど、ね」


 骨は表情は読めないが、声は笑っていた。その流れで雑談を交えながら、フォクシーとラヴィのもとへ向かう。


 しかし、残されたエルはといえば、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。腹の奥に響くような低音で『ダーリン』なんて呼ばれたら、相手が人間でも怖いだろう。


「野郎、不名誉な呼び名がどんどん増えていきやがる……」


 小さく舌打ちをした後で、彼も二人の後を追った。

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