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閑話「のんびりまったり」

 空が白み始める頃、ラヴィ家のリビングと隣接しているキッチンには甘い香りが漂っていた。


 疲れが完全に取れていない体を動かしながら、側近は早くから朝御飯を(こしら)えているのである。

 気だるそうな雰囲気はない。それを極上の表情で食べてくれる人がいるだけで、面倒だとは思えなくなるものだ。


 エルは生地を置くと、料理の手順が載っている本を一度確認した。


「朝から早いんですね」


 そこで、部屋にラヴィが入ってきた。ハンカチで片耳を拭いている。寝間着はピシッと整えられ、未明の寝相が嘘みたいだった。


「これも仕事なんでな。給料貰ってる以上、サボれないんだわ。そう言うお前も早起きだな」


「日課をしなければならないので」


「日課?」


「はい。畑の手入れです。ヴィーレさんに教えてもらったんですよ」


 彼女は家の裏の方角を指差して答えた。


 ヴィーレとは、かつてエルと共に冒険をした勇者の名である。

 元農民の彼は、ラヴィに野菜の作り方についての教えを乞われた時、嬉々として了承した。それから数年かけて彼の知る技術、知識を伝授したのだ。


 そして現在、彼女の家の裏には、立派な野菜畑が広がっている。


「まさか、保存してあった食料って……」


「全て魔王城の敷地内で育てていた私の野菜達ですが、何か?」


「マジかよ。努力の方向性が迷子だぜ……」


 彼は敢えて「料理の練習をしろ」とは言わない。そんな残酷な提案、できるはずがないだろう。下手したら怪我人か死人が出るはずだ。


 やれやれと溜め息を吐くエルのもとに、ラヴィは興味深そうに近寄ってきた。歩く度にスリッパがパタパタと鳴る。


「朝食にしては甘ったるそうな物ですね」


「あぁ、悪い。朝食はこの後作る予定だったんだ」


「え? じゃあ、この生地は?」


「ケーキさ。人参のケーキ。泊めてもらった礼だ。口に合うかは、分からねえがな」


「ほうほう」


 ラヴィは相槌を打った後、黙りこんでしまった。しかし、動くこともない。そわそわしながらジッと生地を眺めている。


 ふと、そこから視線を外すと、光のこもった瞳でエルの方を見上げてきた。


「……まだ出来上がらないんですか?」


「まだだ」


 無慈悲な即答に再び生地へ視線を戻すラヴィ。三秒だけ我慢すると、またエルに目をやった。


「……まだ?」


「そんなに早くできるかっ!」


 どうやら彼女は、どうやって料理が完成するのかを正確にイメージできないらしい。口をへの字に曲げると、肩を落として踵を返した。


「……では、畑の様子を見てきます」


 そう短く告げて、彼女はリビングを後にした。


 残されたエルは首を傾げて調理に戻る。料理を楽しみにしてくれている人は、一人だけではなくなったようだった。







 ケーキを冷蔵庫に入れた後、彼はようやく朝御飯の支度に入る。

 ラヴィはまだ畑から帰ってこない。朝から色々やっているようだ。この時代に自給自足をしているとは、なかなかの変わり者らしい。


「おはよ~」


 数十分経って、先に部屋へ入ってきたのはフォクシーだった。目が開ききっていない。片目を擦っていて今にもまた眠りそうな感じだ。そんな調子で耳と鼻をピクピクさせながらキッチンに侵入してくる。


「まだ半分夢の中じゃねえか。顔洗ってこいよ」


「ん」


 適当な返事を返しつつ、彼の言には従わない。魔王は怪しい動きでエルの隣に立つと、彼の前に置いてあったチキンに手を伸ばそうとした。


「おいこら。つまみ食いすんな」


 しかし、それはエルによって容易に止められる。完全に親子の図であった。


「むうぅ……」


 フォクシーは不機嫌そうに唸った後、今度はエルの背中をよじ登り始めた。彼の肩まで到着したところで、再び寝息をたて始める。


「……邪魔なんだが」


「……オジサン、昨日勝手にどこかに行っちゃったから、そのお返し」


「気付いてたのかよ」


 彼にはどうしてフォクシーがベタベタしてくるのかは分からなかったが、何か悪いことをしたようなので、しばらくそのままでいることにした。


 次第に眠気が覚めてきたのか、フォクシーは暇潰しにエルの髪の毛弄りを開始した。寝癖を指で弾いたり硬い毛髪をクシクシと撫でたりしていく。ちなみにこの行動、特に意味はない。


「……ったく、自由気ままな奴だな」


 言って彼がフォクシーの頭を撫でてやると、彼女はだらしない笑みを浮かべて密着してきた。







「他人の家のキッチンで、イチャイチャクッキングしないでもらえませんか」


 帰って来たラヴィの一発目の台詞はこれだった。言葉と共に側近の喉元へ銀色の槍が添えられる。


「す、すまん……」


 自分の非を自覚できないまま謝るエル。彼の感覚としては、普段通りに子守りをしていただけなのだが、ラヴィからすると、如何わしい行為に判定されるらしかった。


 フォクシーはラヴィによって食卓の方へ移動させられた。今は椅子の上で眠っている。毛布代わりとして真っ赤な魔王のマントを被せられていた。


「貴方、フォクシーに密着されても何とも思わないんですか」


 槍を戻しながら尋ねるラヴィ。妹の恋愛事情について、探りを入れる事にしたようだ。


「ん? あぁ、動きにくいな」


「いやいや、そういう事でなく」


 眉間に手を当ててから、ピッと指を立てる。


「ドキドキしたりとか、女性として意識したりとか」


「ねえよ。頼むから俺を変態扱いするのはやめてくれ。フォクシーが勘違いでもして、クビにさせられたりしたら、路頭に迷うんだぞ、俺は」


 エルの発言は冗談混じりであったが、脈無しなのは本当らしい。動揺をしている気配もない。


「うわぁ……。これは前途多難みたいですね……」


 彼の鈍感さと妹の愛の深さを前にして、ラヴィは現状が予想以上に酷い事を実感したのだった。

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