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12話「休憩タイム」

 三人で雑談をしながら過ごすこと数時間、段々と夜も深くなってきた。


 フォクシーが欠伸(あくび)を一つしたのを見て、ラヴィがソファーから立ち上がる。カーペットに胡座をかいているエルに近付くと、彼の膝上で居眠りを始めている妹を無理やり揺り起こした。


「こら、ベッドで寝なさい。エル様に迷惑でしょ」


「ん~。オジサン連れてって~」


 せっかく寝かしつけた魔王が両手を広げて待っている。その様子にエルは笑いながら肩を落とし、彼女を抱えてやった。


「ほんと変わらねえな」


「すみません、妹が……」


「慣れたもんさ。で、俺はそこのソファーかカーペットで寝させてもらっていいか?」


「はい。毛布は今から持ってきます」


「ダメだよっ!」


 他の部屋へ出ようとするラヴィの背に、寝ぼけたフォクシーの声が届いた。振り返ると、エルに抱かれていた彼女がいつの間にか彼の頭の上によじ登っている。


「オジサンも一緒に眠るの!」


「またこのバカ妹は……」


 睨まれている事など気にも留めず、狐はエルの首から上で器用に眠ろうとしている。エルはといえば、微動だにせず動揺していた。


 槍の石突きでラヴィがフォクシーを突っつくも、狐は起きる気配がない。何がなんでも意見を通す気らしい。


「……はぁ、仕方ありませんね。ついてきてください。寝室に案内します」


 言ってから踵を返した兎だったが、廊下に一歩出たところで顔だけ振り返る。


「無いとは思いますが、間違いは犯さないように。何より、貴方自身のためにもね」


 赤い瞳から放たれる視線は、色に反して冷徹であった。エルが身振りで「あり得ない」と述べると、彼女は廊下を右に曲がっていく。


「……この世界、魔物よりも怖い女が多すぎやしないか?」


「だね~」


 寝言で返事をするフォクシー。這い寄る寒気を堪えるように、彼女の尻尾をマフラーみたいにして巻きながら、エルはラヴィの後を追った。







 寝室は寝るためにしか使っていないのか、壁に掛けてある絵画と部屋の隅にある木箱以外には、特に目立った物は無かった。


 木箱は元農民である勇者が育てた野菜を送るために用いた物である。勇者はエルと違い、ラヴィの家について詳しく知っていたようだった。


 今は三人でベッドに横になっている。左からラヴィ、フォクシー、エルの順である。

 一人暮らしの、しかも見た目は子どもである女性のベッドだ。当然狭い。それでも彼らが窮屈そうにしていないのは、フォクシーがエルに抱きついているからだろう。


「おい、フォクシー。布団の中でゴソゴソ動くな。寝てんじゃねえのかよ」


「寝てるよ~」


 数分前まで夢の中だった魔王はベッドに入るや否や、即座に行動を開始した。

 毛布に潜り、探検に出掛ける。匍匐(ほふく)で移動し、やがて大きな丘に突き当たると、そこの頂上に登り詰めてから再度丸まりだす。


「俺の腹の上で寝るな」


 突然、丘が傾き始める。エルが寝返りをうったのだ。結果的にフォクシーはまたラヴィ側へ転がされてしまう。


 しかし彼女はめげなかった。エルがこちら側へ向いているのを良いことに、目を瞑ったまま這い寄ってくる。そして彼の胸に入り込むと、スンスン鼻を鳴らしてみせた。


「落ち着く匂いがする……」


「は、はぁ?」


 あまりにも想像から外れた発言に素っ頓狂な声が漏れる。一瞬だけ自身から加齢臭でも出ているのかと疑った彼の表情は、見ていられないほど哀れであった。


「……とにかく、とっとと寝ろ。明日の朝、起きられなくても知らねえぞ」


「はーい。おやすみ、オジサン」


「ああ、おやすみ」


 胸に顔を埋めるフォクシーの背を撫でてやる。下を向くと彼女の獣耳が鼻をくすぐってくるので、エルはその間ずっと前を向いていた。薄暗がりの中から二つの朱が監視している。


 よく見ると、ラヴィが毛布の中から槍を覗かせていた。無言の圧力がエルを襲う。


(ヘマすると殺されかねないな……)


 嫌な想像から逃れるように、また彼は視線を逸らしたのだった。







 翌日の早朝、エルはリビングのソファーで目を覚ました。フォクシーが寝つくと同時に避難してきたのだ。


 浅い眠りになったが、彼が文句を垂れることはもう無い。魔王城の外だろうと、側近の朝は早いのである。


 窓の外がまだ暗いことを確認し、壁の時計に目をやる。そろそろ朝市が開く時間だ。既にチェックは済ませている。朝食の材料を買うべく、彼は身支度を始めた。


 準備を済ませると、一旦寝室へ向かう。ドアを少し開いて中を見ると、想像通りの光景が広がっていた。


「まあ、まだ寝てるよな」


 ベッドの上では二人の少女が揉みくちゃになっていた。


 ラヴィはフォクシーの胸に抱きつき、脚を絡ませている。対してフォクシーは姉の兎耳を甘噛みし続けていた。パジャマが捲れてお腹が見えている。


 彼女らが目覚めた時、主に姉の方がぶちギレそうな景色であるが、エルにはそうも見えなかったらしい。


「仲がよろしいようで何よりだ」


 囁くように言ってから、入り口近くの棚の上に置いてあった玄関の鍵を拝借する。

 昨日のうちに許可は取っておいた。一応その程度の信頼はされているようだ。


 扉を閉めて、踵を返す。今日ものんびりとした日常が始まろうとしていた。


「さあ、仕事の時間だ」


 腕捲りをしながら、エルは玄関へ向かって歩きだした。

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