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11話「お話の時間」

 ラヴィがお風呂から出て、フォクシーが次に入浴する。必然的に、部屋にはエルとラヴィだけになった。


「二人で何を話していたんですか?」


 ソファーで(くつろ)ぐエルの隣に腰かけるラヴィ。片手には三本の人参スティックが握りしめられている。どうやら生で食べるらしい。


「別に……。お前の家の冷蔵庫は寂しいなって感じの、どうでもいい話だよ」


 答えながら横目で少女を覗き見る。彼女はキンキンに冷えた人参に夢中で、エルの行動には気付いていない。


 その耳は水気によって垂れ下がっている。性格や年齢には相応しくない、ピンクのパジャマを身に付けていた。

 入浴後の湿り気がある髪、そして上気した体から甘い香りが放たれている。


 お風呂後のアイス感覚で人参をかじっている姿でなければ、エルも少しは見とれていたかもしれない。


「ラヴィはさ、料理できないのか?」


「いいえ、できますよ。ただ、スクランブルエッグを作るためにはキッチンが三つほど必要になります」


「……ん? どういうことだ?」


「料理を作る過程で、どういうわけか爆発が起きるんですよ。この家もそれが原因で過去に五回吹き飛んでいます」


「え、えぇ……」


 エルは困惑するしかなかった。そしてこの家の妙な清潔さが彼女の潔癖症などによるものでもない事を悟った。


「今度、料理教えてやろうか? 暇があれば、だが……」


「へぇ? 私の方が料理、上手いかもしれませんよ?」


「それは無い」


 兎っ子は自分の料理下手に気付いていないらしい。千年も身近にポンコツな妹がいれば、自分の欠点に目がいかないのだろうか。


「あ、そうだ。人参食べるの止めて、ちょっと待っててくれ」


 言ってエルはキッチンへ向かう。「借りるぞ」と一言告げて、冷蔵庫から調味料を三、四個取り出した。


「ほら、これ付けて食ってみろよ」


 言って彼女の前に小皿を出す。中には野菜スティック用に作ったタレがあった。


 ラヴィは興味深そうにそれを見ている。食べかけの人参を皿に押し込み、一口かじった。


「おっ……おおっ……!」


 徐々に起立していく兎耳が、言葉にならぬ感動を示している。ソファーから立ち上がり、無言でどこかへ走っていったと思ったら、キッチンから野菜のおかわりを持ってきた。


「美味いか?」


「まあまあですね……!」


 キャベツを高速で削りながら答えるラヴィ。人間の国に住んでいるとはいえ、こんな簡単な物すら知らなかった彼女をエルは心底憐れんだ。


(酒場に行けばこんなのあると思うが……外食もしねえのか?)


 そんな疑問に首を傾げる。ラヴィの食生活に若干の不安を感じているうちに、風呂の番がエルに回ってきた。







 フォクシーが出てきたのと代わるようにエルが風呂場へ向かう。獣耳姉妹は久々に二人きりの時間を過ごしていた。


 ラヴィは読書をしている。さっきのタレは半分ほど使ったところで大事に保存した。残念ながら、作り方を尋ねれば良いことには思い至っていないようだ。


 フォクシーはカーペットに転がって無心になっている。風呂上がりで細くなった尻尾を振り回して、乾燥させようとしているみたいだ。


「魔王の仕事は楽しい?」


 栞を挟んだ本を閉じながら尋ねるラヴィ。目が疲れてしまったのか両目を強く瞑っている。


「うん、楽しいよ。退屈だけどね」


「なるほど……」


 ラヴィはそう相槌を打つと、短く思考してからニヤリと笑った。


「つまり、エル様といるのが楽しいってことよね?」


「まあね~」


「へぇ。やっぱり、貴方って彼のことが好きなのね」


「うんうん。……へ?」


「そう。それなら良かった。これで安心して貴方の世話を任せられるわね」


「ちょ、ちょっとラヴィ! 私の『好き』っていうのは、友達っていう意味での『好き』だからね!?」


 フォクシーは慌てて飛び上がり、言い訳を始める。分かりやすい照れ隠しに、ラヴィの嗜虐心は余計くすぐられた。邪悪な笑みを湛えて平然と返す。


「そう? 友達と一緒にいたいからって理由で、貴方が十五年も頑張れるとは思えないんだけど」


「そ、それはオジサンの作る料理を食べたいからで……」


「だけど貴方、魔王になるまでの間ずっと彼に会うのを我慢してたんでしょう? 彼の料理が好きなだけなら、それは不思議な話よ」


「うっ……」


「貴方は食べ物よりも求めていた物があるんでしょう? 彼に褒めてもらいたいからだとか、彼を一刻も早く独り占めしたいからだとか、そんな下心があったんじゃないの?」


「あーあー、聞こえなーい!」


 悪戯っぽい詰問に耐えかね、フォクシーは頭を抱えた。見ようによっては獣耳を塞いでいるようにも見える。


 対するラヴィは、本の続きより面白そうな玩具を見つけてご機嫌だ。人の悪い笑みを浮かべて、逃げようとする妹を捕獲せんと立ち上がった。


「貴方が彼のどういった部分を好んでいるのかについて、詳しく尋ねたい気分になったわ」


「いくら聞かれても言わないよ!」


「あら、聞こえないんじゃなかったの?」


「あっ……!」


 しまったという顔をするフォクシーへ、ラヴィは更に悪どい笑みを浮かべる。


 喚く狐を追い詰める兎。通常の食物連鎖とは反対の光景がそこには広がっていた。


「ふっふっふ……。さあ、観念して洗いざらい吐きなさい」


 逃げ惑うも、数秒でフォクシーは部屋の隅まで追いやられてしまった。そこに飛びつくラヴィ。モゾモゾ動く二つの毛玉は壁やテーブルにぶつかりながら、床を這い回っている。


「うわぁぁぁ! 助けてぇぇぇ!」


 小さな家の中にフォクシーの悲鳴が響き渡った。



 ――――結局、二人の攻防はエルがお風呂から上がるまで続いたのだった。

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