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10話「悪魔と魔物」

 クエストの報告をギルドで済ませ、報酬を貰った後、三人はラヴィの家にいた。夜ももう遅いため、ご飯は外で食べてしまったらしい。


 ラヴィは一人暮らしなため家も大して広くはないのだが、人間の国にしては珍しく現代的な造りだ。


 文明レベルの高い悪魔達と和解してからというもの、人間側の技術や多様性は目覚ましい進歩を見せていたが、それでも彼女の家は周りから少し浮いている。


「ここがラヴィの家か~」


 玄関に入るなり、フォクシーは好奇心を抑えきれずに靴を脱いで部屋を探索しに向かった。靴を脱ぐのは悪魔側の文化だ。


 ちなみに、家の中の様子はといえば、白と黒の家具が多い印象だ。

 毎回掃除をしているのかと思えるくらいに清潔で、壁にはいくつか絵が飾られている。その絵画達から察するに、壮大な景色を描いた風景画が好みらしい。


「邪魔するぜ。なんていうか、綺麗な家だな」


 それに続いてエルとラヴィも入る。


 彼の正直な感想としては、娯楽があまり無くてつまらなそうな中身だったというのだが、そこは社交辞令を使う。


 若い頃の彼は、女子の家に入るだけで目に見えてテンションが上がるようなお調子者だった。

 しかし歳をとった今となっては、フォクシーとは違う女の子らしい香りに多少の感動はあれど、それを表に出すことはしない。


 このままじゃ数年後には枯れてしまいそうだと内心苦笑するエルに、ラヴィは無言で袖を引っ張った。


「では私は失礼して、お風呂を沸かして先に入ってきます。リビングで(くつろ)いでいてください」


「おう。あいつが変なことしないか見張っておくよ」


「ありがとうございます。リビングはここを曲がって初めに右側にくる扉ですよ」


 ラヴィはそう言ってフォクシーが曲がった廊下を直進していった。







「おい、フォクシー。何してるんだよ」


 リビングは台所と一続きになっていた。フォクシーはというと、キッチンの中で冷蔵庫を探っている。実に不躾であるが、彼女も姉の家だから遠慮せずそうするのだろう。


「デザートでもないかなってね」


 食事を終えてすぐに帰ったというのに彼女のお腹はまだ何かを求めているようだ。


 魔王の内臓は一体どうなっているのかと訝しく思いながら、エルはその横に歩いていく。注意をするべきだという気持ちよりも、ラヴィの食生活はどんなものなのか気になってしまったのだ。


「何だこれは……」


 冷蔵庫の中にはあらゆる野菜が入っていた。ほとんどがスティック状にカットされている。その他にはいくつかの調味料があるだけだ。全て未開封である。


「オジサンは知らなかったっけ? ラヴィって料理下手なんだよ」


「い、いや、下手とかいうレベルじゃない気がするんだが」


「……うーん、ダメだね。めぼしい物は無かったよ。よし、じゃあ次はお菓子かパンを探そう!」


「待て待て」


 新たな冒険へ旅立とうとするフォクシーをエルが抱き上げる。


「お前は大人しくしてろ」


 魔王のマントを剥がして、彼女をリビングに放る。ボフッと音を立てて、狐は低反発ソファーに半分だけ埋まってしまった。


 投げられた当人は無言だ。心配したエルが見に来てみれば、うつ伏せで未知なる感触に心踊らせていた。尻尾が背もたれにぶつかる度に抜け毛が落ちていく。


「興味の対象が忙しなく変わりやがるな」


 苦笑してマントを一度折り畳むとソファーの肘掛けに吊るす。埋まった尻尾を引き抜き、ちゃんと座らせてから、彼もその隣に腰を下ろした。


「どうだった。久しぶりのクエストは?」


 体が沈んでいく感覚に目を輝かせるフォクシーへ尋ねる。


「なんだか、変な魔物だったね」


 彼女はおぞましい姿の鳥達を思い出すと、何とも言えない顔で口を尖らした。


「それにちょっと……可哀想」


「……俺もまさかあんな奴らがいるとは思わなかった」


「人間の魔物がいたんだよね?」


「信じたくはないが、多分あれはそうだろうな。こっちの声は聞こえていなかったみたいだけど、明らかにこちらへ話しかけていた」


 エルの表情は打って変わって真剣なものとなっていた。


 今となっては確かめる術も無いことだが、確かに魔物は彼の名を呼んだのだ。ラヴィ達の声など聞こえていなかっただろうに、『ああなった』のはかなり昔のことだろうに、なぜかエルの名前を確信めいた様子で言い当てた。


 友人の親を殺してしまったかもしれないのだ。彼が考えずにはいられないのも無理はないだろう。


 とはいえ、今から女友達に片っ端から聞いていくような内容でもない。エルにはその件を無理やり飲み込むことしかできなかった。


 その過程で、あれがフォクシー達の両親だという可能性は考えない。彼女達の両親は人間の奴隷として働きづめにされた挙げ句、死んでしまったのを聞いたことがあるからだ。


 つまり、謎は完全に闇の中だった。神のみぞ知るとかいうやつである。或いは、過去を見る呪文の使い手くらいにしか真相は明かされまい。


「もしその魔物達が人間だったんなら、私達との違いって何なんだろうね」


 ソファーの感触を手のひらで味わいながら彼女は問う。


 フォクシーの言う『私達』とは、悪魔のことだった。悪魔と魔物の違いとは、その『素材』となったものが人間か否かである。


 彼らは同じだ。失敗作。被害者。そしてかつての人間の敵でもある。


「間違っても変な事考えるんじゃねえぞ。魔物は魔物、悪魔は悪魔だ。そして俺達は苦しんでいる魔物を楽にしてやってるだけ。シンプルに生きていかないと、いつかどん詰まりになるぜ」


 ソファーを撫でる彼女の手を掬い取って握ってやる。フォクシーは下に落としていた目をようやく上げた。


「そもそもの話、もう終わったことなんだ。その件については俺達が冒険をした時に決着をつけている。今さら魔物がどんな物かだなんて、掘り返すだけ無駄ってもんだ」


 エルの台詞は、聞きようによっては自分に言い聞かせているようにも捉えられた。


「……そだね」


 次はフォクシーが彼の手を両手で包んだ。エルの瞳にとびきりの笑顔が映る。もう心配いらないと、安心していいよと、暗にそう言っていた。


「私は人間なんかより、オジサンの料理が食べたいもん」


「……ハハハッ。そういう問題かよ」


「そういう問題だよ~。美味しい料理万歳!」


「はいはい。また明日何か作ってやるよ。クエストを無事に達成できたしな」


「おおっ! やった! オジサン大好き!」


「分かったから抱きつくなって」


 暗かった雰囲気も彼女の気遣いによってすぐに払拭される。


 二人はそのままラヴィがお風呂から上がってくるまで、明日の朝御飯のメニューについて話し込んでいた。

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