第9話:メモリーダイヤル
今回は少し長めです(自分の中では)。
結翔と食堂に着いた時には時刻はもう8時になろうとしていた。
かなり大きい建物なので、食堂まで歩くのも一苦労だ。
それで、食堂に着くと中はとても混んでいた。
それで、食堂に着くなり、結翔はこんな事を僕に言ってきた。
「彩香、実は俺朝はミーティングがあって、その集合時間結構迫ってんだ。
遅れたの俺なんだけど、今日は好きなものをとって食べる日だから、悪いんだけど勝手にとって食べててくれ!」
「え!? ちょっと、結翔・・・」
結翔は食堂に着くなりそう言って、並んでる人達の間に割り込み、食べ物が並んでいるカウンターから食料をぶんどって口に放り込んでいく。
そして彼は最後に、何か謎の紫の液体を手に取った。よく分からないが、それを結翔は凄く不味そうに飲み干す。
一通り食べ終えた彼は「あとはゆっくり食べててくれ!」なんて言いながら、僕を置き去りにして慌ただしく食堂を出て行った。
食堂に着くなり嵐のように去っていった結翔。
一人取り残された僕はどうしようかとうろたえながら、とりあえずここで食事を取るために目の前に並んでいる列の最後尾に並ぶことにした。
列からカウンターを見ると、そこにはスクランブルエッグやウインナーに食パン、ごはんもあるし味噌汁もある。
まるでホテルの朝食バイキングの様だ。
まあ朝からあまり食べれない僕としてはパンと牛乳ぐらいでいいのだけど。
と言うこととで、僕はパンと牛乳をお盆に乗せ、並んでいる列から離れようとしたのに
すると、カウンターの最後に結翔が不味そうに飲んでいた、怪しい紫色の液体を配る人が見えた。
ここで並んでいる人たちは、最後にそれを貰っているみたいで、どうもあれは貰わないといけないみたいだ。
なんだろう? とりあえず僕も列の流れに沿って謎の紫色の液体をもらう。
「うわぁ・・・」
液体の入ったコップを受け取ってついそんな声を出してしまう。
一体これが何か分からないが、結翔もこの液体を受け取っているので、とにかくそれをお盆の上に乗せてると、僕は何処か空いてる席が無いか周囲を歩き出した。
・・・何処か席は空いていないかな。
僕は食堂の中をぐるぐる回り、空いている席がないか探した。
それにしても、この紫の液体は揺れるお盆の上に置いても余り揺れない。
結翔が一応飲んではいたが、本当に飲み物か不安になってくる。
ついでにお盆においているこの距離でも、なんだか青臭い・・・
「彩香お兄ちゃん!」
そんなドロドロの液体を持って席を探していたら、向こうの方で自分の名前を呼ぶ声がした。
声の方を見ると夏望ちゃんが手を振っている。
彼女の座っているテーブルには夏望ちゃんと、他に3人女の子が座っているみたいだ。
夏望ちゃんの友達かな?
「お兄ちゃんこっちこっち」
夏望ちゃんに呼ばれたので彼女のテーブルに近づく。
歩きながら、『あの女の子誰だ?』や『お兄ちゃん? あの子男なの?』と周りからひそひそ声が聞こえる。
・・・ひそひそ言うんならせめて聞こえない小さい声で言って欲しい。
「お兄ちゃんここ空いてるから一緒に食べようよ」
テーブルに近づくと、夏望ちゃんにそう言われた。
今日も彼女のテーブルの上には本当に食べきれるのか分からない大量の食べ物が並んでいる。
朝食を余り食べない僕としては見ているだけでお腹が一杯になるよ。
「おはよう夏望ちゃん。もう大丈夫なの?」
夏望ちゃんに朝の挨拶をする。
「おはよう、彩香お兄ちゃん。
おかげさまで、もう大丈夫だから今朝退院って言われたんだ」
「そう、良かったね」
そんな挨拶を夏望ちゃんと交わし、彼女達の近くの椅子に座った。
それから彼女と一緒のテーブルに座っている女の子達を見た。
「おはようございます」
夏望ちゃんと同じテーブルで食事をしている女の子達は僕に挨拶してくれた。
「えっと・・・おはようございます」
僕も彼女達にそう言い、夏望ちゃんに彼女達について聞いた。
「夏望ちゃん、この女の子達は?」
「お姉ちゃん達? お姉ちゃん達はね、私の友達だよ」
「へえ、そうなんだね」
そう言い、僕は夏望ちゃんの友達と言う3人の女の子達を見る。
3人の女の子達は多分僕と同い年か、少し下ぐらいかな。
夏望ちゃんがお姉ちゃんと呼んでいるので、夏望ちゃんより年上なのは間違いないだろう。
「それでね一緒のルームメイトでもあるんだよ」
「ルームメイト?」
「そう言えば彩香お兄ちゃん、今は1人部屋だったね。
ここでは1人部屋を貰えるのは討伐隊だけで、他の所属の人は基本的に相部屋なんだよ」
そう言えば昨日結翔が僕の部屋はまだ決まっていないと言っていた。
いったい何故だろうと思ったけど、そう言うことだったんだな。
持ってきたパンにマーガリンを塗りながら昨晩の結翔との会話を思い出す。
それから夏望ちゃんと女の子達とでしばらく会話をした。
どうやら夏望ちゃんの友達3人はとても仲良しで、いつも一緒に行動しているらしい。
3人は現在所属している部隊も一緒で、朝食が終わったら、山の見回りに行くのだと教えてくれた。
夏望ちゃんと彼女達は結構前からの知り合いらしく、時間が合えばこの建物の中にあるカフェに一緒に行く程仲がいいみたいだ。
そして彼女達にとって夏望ちゃんはとても可愛い妹みたいな存在であり、討伐隊にいる自慢の魔法使いだと言っていた。
討伐隊として働ける魔法使いは、力や才能のある本物の魔法使いで、何よりも異界の物と戦う勇気がない彼女達には務まらないと言っている。
だから、僕の傷を治す魔法を夏望ちゃんから聞いていた3人は、異界の物を前にして、瀕死の夏望ちゃんを治した僕をすごい魔法使いと絶賛してくれている。
あまりに彼女達は僕を褒めちぎるので、なんだか身体中がむず痒い。
それで、彼女達はこれから僕が討伐隊に所属するのかどうかを聞いてきた。
・・・その質問は返答に困る。
ちらっと夏望ちゃんの方を見るとジーーとこちらを見ている。
完全に僕の回答を待っている感じだ。
僕は逆に彼女達に聞いて見る、僕が討伐隊に入ってやっていけれると思うのか・・・と。
そうしたら彼女達は、
「夏望ちゃんの命を助けれる魔法使いだから絶対にやっていけますよ」
と、声を揃えて言ってきた。
それを聞いている夏望ちゃんは嬉しそうに食事をしている。
傷を治す魔法・・・先生や結翔、夏望ちゃんからも言われた事だが、僕の魔法はそれだけ特殊なのだろう。
そして彼女達にとって、僕は妹みたいな存在の友達を助けた恩人みたいだ。
だから・・・
「一応討伐隊でやっていくつもりだよ」
・・・ついそう言ってしまった。
ここに来て、色んな人が僕の魔法の力を褒めてくれる。
一ノ宮の家では考えられない事だ。
調子に乗ってるわけではない、たまたま僕が使える魔法がこうなだけだ。
だけどそれがとても嬉しかったからそう言ってしまった。
それを聞いた夏望ちゃんと彼女達はとても嬉しそうだった。
まあ・・・喜んでいるのならそれでいいや。
それから3人は、黒色の魔法使いが珍しいみたいで、僕に色んな質問をしてくる。
まだ魔法使いについての知識がほとんど無いのに、傷を治す魔法について色々聞かれたので、正直ほぼ全ての質問の返答に困った。
でも、本当に困ったのは僕の魔法の話がひと段落した後だった。
今度は僕の見た目についての質問をしてきたのだ。
3人は、僕が男なのになんでそんなに肌が綺麗なのか・・・や、髪の毛がサラサラだけどその秘訣を教えて欲しい・・・など、何処かのビューティサロンに行って聞いて欲しい事を聞いてくる。
それを見て楽しそうに夏望ちゃんは食事をし続けていた。
・・・・・・夏望ちゃんたすけてよ。
しばらく話をしていたら、3人の集合時間になったみたいだ。
彼女達は僕と夏望ちゃんに別れの挨拶をして食堂を出て行った。
やれやれ・・・ようやく解放されて一息いれる。
「そういえば彩香お兄ちゃん、それ飲まないの?」
夏望ちゃんに言われて、すっかり完全に忘れていた気味の悪い液体を思い出す。
とりあえず結翔が飲んでいたので、訳もわからず貰ったのだが一体これは何なのだろうか?
コップの中にあるので、多分飲み物だと思うのだけど、一応夏望ちゃんに聞いてみる。
「この紫の液体は一体何なの?」
「あれ? 結翔お兄ちゃんから聞いたからそこにあるんじゃないの?」
そう言う夏望ちゃんに、遅刻して来た結翔と一緒にここまでは来たが、彼は「朝ミーティングがある」と言って僕を置いて一目散に食堂を出て行った、謎の液体については、よく分からないけれど結翔が飲んでいたから持ってきたと夏望ちゃんに説明した。
夏望ちゃんはため息を吐くと、結翔が肝心なところが抜けていると愚痴をこぼし始める。
それで、この紫の液体について教えてくれた。
「結翔お兄ちゃんは相変わらずだなぁ。
それはね、魔法使い専用の栄養剤で私達は紫汁って呼んでるの」
紫汁・・・青汁みたいなものかな?
それにしても、随分どストレートな名前だなぁ。
「それには色んな魔法の草を色々混ぜて抽出してるんだけど、ここにいる魔法使いは朝にぜっっっっっったい飲まないといけないんだ」
ぜっっっっっったいと物凄くためたその言い方に、この液体の味がお察しである事を物語っている。
ついでに分かっていた事だが、これからこれを飲まなければならないことに絶望を覚える。
「飲んだら確かに体の調子が良くなるし、これをもっと濃くしたら一日寝なくても大丈夫なくらい元気になるからすごい飲み物なんだけどね」
夏望ちゃんは続けてそう教えてくれる。
昨日結翔が言っていた24時間寝なくていい薬の正体は、多分こいつの協力版なのだろうか?
ただでさえこの有様な液体をもっと濃くしたらどうなるのだろうか・・・・・・考えたくは無い。
とりあえず口直しがあった方が良さそうなので、これとは別にカウンターからブラックのアイスコーヒーを持ってくることにする。
目の前のには異様な液体、その隣に無糖のコーヒーを置いて・・・それでは腹をくくってこの液体を飲むことにしよう。
まずコップを持って液体を眺める。
相変わらずドロドロしている。その証拠に少し傾けるくらいでは液体はゆっくりとしか動かない。
次に液体を鼻に近づける・・・鼻にあまり嗅ぎたく無い青臭い香りが広がる。
その時点で飲むのを辞めたくはなった。
それでもそこは我慢して紫汁とやらを一気に口の中に入れる。
「・・・うぅ!!!」
口に入れた途端、何かとても言い難い不愉快な食感が口いっぱいに広がる。
そもそも飲み物なのに食感と思ったあたり、飲み物としての存在を全否定したような気もする。
だが途中で止めてしまうとこれはもうきっと飲み込めない気がしたので、気合いで我慢をして一気に喉を通す。
そしてテーブルに飲み干したコップをドンと置き、口直しにコーヒーでうがいをするように飲み込む。
「はぁ・・・はぁ・・・」
なぜ僕は飲み物を飲んでこんなに息を切らしているのだろうか・・・
そもそも飲み物だったのだろうか?
「彩香お兄ちゃん大丈夫?」
息を切らしている僕を夏望ちゃんが心配してくれる。
「うん・・・ありがとう。
それにしてもすごい・・・飲み物だね」
正直ここまで不愉快な飲み物を飲んだのは生まれて初めてだ。
「まあ栄養はあるみたいだから、こればっかりは慣れ無いとダメだからね」
確かに説明しにくいが、これを飲んだ瞬間何やら体の調子がいいような気がする。
苦笑いしている夏望ちゃんのテーブルをよく見ると多分同じ液体の入っていたであろう空のコップがあった。
どうやら食事の前に飲んだみたいだ。
その方が何となくいいような気がしてきた僕は次からはそうしようと心に決めた。
何故なら、まだ口の中に不愉快感が残っていて、先ほど食べた朝食を今にも吐きそうだ。
そうなるのを阻止するように苦いコーヒーで喉に押し戻した。
紫汁を僕が飲み終え、夏望ちゃんも大量にあった食料を全て食べ終えて、彼女は飲み物を取って来ると席を立った。
そう言えば昨日先生が9時位に来て欲しいと言っていたな。
時計を見ると、もう少し時間がありそうだ。
夏望ちゃんもまだここにいるみたいなので、彼女にもクレハのことを聞くことにした。
「クレハお姉ちゃんのこと?
うーん・・・確かに話しづらいと言えば話しづらいかな」
飲み物を持ってきて席に着いた夏望ちゃんに、クレハの事を聞くとそう帰って来た。
「昨日も言ったけど、魔法使いの素質は本当にすごいよ。
ただ普段はあんまり話さないし、話しをしても返事が帰ってこないからね〜」
「でもクレハも夏望ちゃんと一緒の討伐隊なんでしょ?
討伐隊は結構危ない仕事みたいだし、コミニュケーションとか、そうゆうの大事じゃないの?」
「私もそうだと思うんだけど、クレハお姉ちゃんは本当に才能があるから、私たちがいなくても一人でどうにでも出来るしなぁ。」
「でも朝の挨拶ぐらい返してくれてもいいと思うんだけど」
「まあそれもクレハお姉ちゃんの個性ってとこなのかな?」
「うーん、それは違うと思うんだけど・・・」
やっぱりというか必然というか・・・クレハはどうやら討伐隊でも浮いているらしい。
まあ僕個人が嫌われてないみたいだからよかった・・・ではなく、どうもクレハ自体が大体の人を避けているみたいだ。
結翔も夏望ちゃんもクレハに対して思う所はあるみたいだが、向こうから何かして来るわけでもないのでほっといている・・・そんな感じだ。
夏望ちゃんとそんな話をしていると、そろそろ先生の所に行かないといけない時間になった。
話を切り上げ席を立つと、夏望ちゃんも自分の部屋の帰って今日の準備をすると言って席を立った。
食器を返却口に返した僕は多分大丈夫だと思ったのだけど、一応夏望ちゃんに先生の部屋の前まで案内してもらうことにした。
エントランスの時計がそろそろ9時になろうとしている。
夏望ちゃんにここまで案内してもらったおかげで、先生の言っていた時間内にここに来ることができた。
夏望ちゃんにお礼を言い別れた後、僕は応接間のドアをノックした。
しかし先生は不在みたいで、応接間・・・先生の部屋のドアは鍵がかかっていた。
留守かな? とりあえず先生が帰って来るまで今朝も座っていたエントランスの椅子に腰掛けて待つことにしよう。
特にすることもないので今朝と同じくエントランスから廊下を何となく眺めてみる。
朝はクレハが通って来た廊下だが、今はまばらだがここの魔法使いである人達が歩いて来る。
・・・さっきから何となくクレハの事が気になってしょうがない。
別に朝の挨拶が無かっただけなんだが、どうしたんだろう?
確かに見た目は美人だったけど、あの性格を知ってしまうとそれ以上の感情は湧かないと思うんだけど。
時間は過ぎていき、クレハの事が頭から離れぬまま廊下をぼーっと眺めていると・・・・・・
「おい!! 彩香!!」
後ろから大きな声で呼ばれた。
「ふぁい!!」
びっくりして僕は奇声をあげた。
・・・我ながら変なこえを出したもんだ。
後ろを見ると首を傾けた結翔とニコニコ笑っている先生が立っていた。
「どうしたんだ彩香?
さっきから呼んでるのに全然反応が無いぞ」
結翔はそう言い、少し怒っている。
どうやら僕を何回か呼んでいたらしい。
「あ・・・ごめん。
少し考え事をしていたんだ」
「そうか、まあ今はいいけど、外に出たらそんな事じゃあいつ襲われるか分から無いから気をつけろよ」
「まあまあ結翔さん、彩香さんもまだここに慣れてないですから、今は大目に見てください」
僕に注意をする結翔の後ろで先生はそう言ってくれた。
「ごめんよ結翔、これからは気をつけるよ」
とりあえず結翔に謝る。
「それにしてもすみません彩香さん。
ミーティングが少し長引いて約束の時間に遅れてしまいました」
エントランスの時計を見るといつの間にか9時を過ぎていた。
先生はそう言って頭を下げ、昨日の話の続きをするので部屋の中に入るよう言った。
結翔は購買部に昨日のお礼をしに行くと言って、僕と先生に別れを言ってそっちに向かって行った。
「結翔、ちえさんの所に行くなら昨日荷物を持って来てくれた事、ありがとうございますと言っていたと伝えといてよ」
結翔に別れ際、僕がちえさんにお礼していたと伝えて欲しいと言った。
「ああ、わかった」
結翔はそう言って手をひらひらっと上げ、購買部に歩いて行った。
それから結翔に伝言を頼んだ僕は、先生の部屋に入っって行った。
部屋に入ると、先生は昨日と同じようにソファーに座るよう言う。
「彩香さん、今日の飲み物は何にしましょうか?」
先生は飲み物のリクエストをして来たので、
「そうですね、ミルクの入った紅茶がいいです」
と、昨日先生が飲んでいたのを注文する。
昨日のミルクの紅茶がとても美味しそうだったから、ついそう言ってしまった。
「分かりました。それじゃあ少し待ってくださいね」
それを聞いた先生はポットにお湯を注いで紅茶を作ってくれる。
部屋全体に紅茶のいい香りがする。
「それでは彩香さん、おはようございます。
体調は大丈夫ですか?」
先生はテーブルにミルクの入った紅茶を僕の前に置いてくれた。
「はい、大丈夫です」
それを聞いた先生はにっこり笑うと、もう1つミルクの入った紅茶をテーブルに置いてソファーに腰掛けるた。
目の前にはミルクの入った紅茶が2つ・・・先程食事を済ませたばかりだが、せっかく入れて貰ったのだ、温かいうちに一口紅茶を飲むことにする。
美味しい・・・やっぱり紅茶にミルクを入れたのは正解みたいだ。
僕が紅茶を飲んでいるのを見て、先生も一口紅茶を飲み、ニコニコした表情でこちらを見ている。
「それは良かったです。
それでは早速ですが、本題に入らせていただきます。」
先生は手に持った紅茶をテーブルに置く。
「結翔さんからここでの仕事についていくつか聞いたと思いますが、どうでしたか?」
「討伐隊・・・の事ですか?」
そう言った僕の言葉に先生は頷く。
「まだ魔法使いの経験が無い彩香さんにいきなり討伐隊に入ってもらうのはおかしい話なんですが・・・
ですが今は人手不足と貴方の傷を治す魔法は討伐隊向きです。
これ以上負傷者を出す訳にはいかないので、出来たら討伐隊として貴方の魔法で結翔さん達を助け欲しいのです」
先生は申し訳いと言った感じで話す。
結翔が言った通り討伐隊は人手が足りていないのだと実感する。
「結翔から説明は受けました。
他の仕事をまだ詳しく聞いてないので正直何とも言えないです。
それに昨日の説明を聞いて僕なんかにそんな大役任されて大丈夫なのか不安はあります。
でも今はそれしか知らないですし、昨日も言いましたが僕に出来る事があるなら討伐隊で構いません」
他にしたい事が見つかればその時は相談しよう。
今ここで僕ができるのは、僕の魔法で彼らの助けをする事なのだ・・・
そう僕の思いを先生に言った。
「ありがとうございます彩香さん」
先生の顔は決して明るいものではなかった。
先生も本当はいきなり僕を討伐隊に入れたくはないのだろう。
「それでは早速なんですが、これから討伐隊として行ってもらいたい所があります」
「・・・・・・!! 今すぐですか!?」
いきなりすぎてさすがに驚く。
先生は驚いた僕の顔を見て、苦笑いしながら違いますよといった感じに手を振った。
「そんなに驚かなくても大丈夫ですよ彩香さん。
ここの隣にある建物を討伐隊として散策してもらうだけですよ」
「施設の外に出て散策ですか?
でも、それなら別に討伐隊としてではなくても良いのでは?」
「それは、この建物の外はとても危険だからです。
異界の風・・・と言うんですが、昨日結翔さんに説明を聞きましたか?」
異界の風・・・確か異界から出てくる、生物を変化させたり、魔法の力を使うのに使用していると思われている空気中の目に見えない不思議な物体・・・たと昨日結翔に説明を受けた。
結翔から大体聞いたと先生に答える。
「異界の風によってもたらされる動植物の変化は多種にわたり、その凶暴性は格段に上がります。
ですので、例え大したことがなくても建物外に出る時はある程度の人数・・・最低3名以上の魔法使いでチームを組んで、どんな小さな事でも仕事として行ってもらってるんです。
「今回は特に何かする訳ではないのですが、一応魔法使いがこの施設の外に出るのはそれだけで仕事と扱われます。
なので、彩香さんの働く部署を決めないと外に出すことができません。
外出はそれだけ危険であるから徹底しているのだ、と思って下さい」
「そうなんですか・・・分かりました」
それもここのルールなのだろう。
先生に頷いた。
「分かっていただきありがとうございます。
それでは彩香さん、貴方にはこれをお返しします」
先生はテーブルに銀色の幅のある、変な模様が掘られたリングを置いた。
「何ですかこれ?」
「これは彩香さんを預かった時に、貴方と一緒に預かった物です」
「僕を預かった・・・
先生は僕の本当の両親を知ってるんですか?」
「・・・申し訳ないのですが、貴方がここに連れられて来た時にちょうど私はいなかったんです。
私がここを留守にしていた時のことなんですが、この施設に赤ちゃんの貴方を連れた女性が訪ねて来たそうなんです。
対応した人によれば、赤ちゃん・・・貴方のことです。それで名前をアヤカと言い、唐突に預かって欲しいと言って来たそうです」
「そんな事を言われても困ると断ったみたいなんですが、結局赤ちゃんの貴方を置いて、早々に去ってしまったそうで・・・・・・私が帰って来た時には貴方が残されただけだったんですよ」
「赤ちゃんである彩香さんは、異界の風が当たるここにいて特に拒絶反応が無かったので、魔法使いである事はすぐに分かりました。
それから少し成長して、一ノ宮のお爺様がこちらに来られた時、貴方をとても気に入り引き取らせて欲しいと言って来たんです。
魔法使いの素質があるので余り外には出したく無かったのですが、お爺様も私達の組織の出資者ですので、お爺様が亡くなった時にあなた宛に組織からここに入る手紙を出す事を条件に了解した・・・といった感じです」
「そうなんですか・・・」
正直もう諦めていた。
それでも自分の親の事だ、考えなかったわけではない。
爺さんは一切何も教えてくれなかった・・・まあ今となっては魔法使いの組織が絡んでいるから教えれなかったと言った方が正しいかな。
「期待に添えなくてすみません」
「いえ、構いません。
・・・一応なんですがその時対応した人から僕を連れて来た女性の特徴とか聞いていないですか?」
「どうでしたかね・・・・・・
貴方を置いてすぐに去ってしまったみたいですし、対応した人はもうここにはいないですからね。
どうしました? 何か心当たりでも?」
「いや、まあ僕を連れて来た人だからどんな人か気になって・・・・・・
特に何も聞いてないのなら大丈夫です」
小さい頃に初めて見た魔法・・・その時は分からなかったけど、それを見せてくれた女性を思い出す。
彼女が僕の母親では無いかと思った時も昔はあった。
だが、不用意に何も知らない僕の前で魔法を見せたのだ、もしここの関係者でその女性に何かあったら嫌なので、この事は黙っている事にした。
「それで話は戻るんですけど、結局これは何ですか?」
「これは私達がメモリーダイヤルと呼んでいるブレスレットなんですけど、そうですね・・・説明よりもまず見てもらいましょうか」
先生はポケットから同じ様な銀色のリング・・・メモリーダイヤルって呼ぶのかな?
それを自分の右手首に着けて立ち上がった。
何をするのだろうと見ていると、先生はメモリーダイヤルを着けている腕を前に出した。
するとメモリーダイヤルが一瞬光る。
次の瞬間、今まで何も持っていなかった先生の右手に突然槍が現れた。
一体何が起こったか解らない。
ぼくはその光景を唖然として見ていた。
「メモリーダイヤルは私達魔法使い専用の武器といったものです。
このリングに魔法を送ると、武器に変化します。
私の場合は槍でしたが、人によって様々な物に変化するんですよ」
先生はそう言って今度は持っている槍を一瞬で消し去った。
そういえば鎧の巨人と出会った時、何も持っていなかったクレハがいつの間にか大きな鎌を持っていたけど、それの正体はこれだったんだな。
先生はまた座ってそのメモリーダイヤルをテーブルに置いた。
「凄いですね、こんな物が槍に変化するなんて・・・・・・
でもどうしてこれが僕と一緒に預けられたんですかね?」
「私もそこは気にはなっているんですよ・・・おまけにそのメモリーダイヤルなんですが他のと少し違うのです」
先生は先生のメモリーダイヤルと、僕のだと言うメモリーダイヤルを二つを並べる。
どちらも大体同じ大きさで同じ銀色なのだが、先生のメモリーダイヤルには小さい緑の宝石の様な物がついている。
それに対して僕のメモリーダイヤルには何も付いていない。
彫ってある模様も何だか違うみたいだ。
「所々違いますね」
「そうなんですよね。特に彩香さんのメモリーダイヤルにはコアが無いのですよ」
先生は自分のメモリーダイヤルに付いている緑色の宝石を指差す。
「メモリーダイヤルにはコアとなる結晶があり、これに魔法を集める事で武器に変換させるんです。
コアとはこの緑色の結晶なのですが、これは元々透明な結晶で、使った魔法使いの属性によって色が変わるんですよ。
緑色なのは私が大地の魔法使いだからですね。
それで彩香さんのメモリーダイヤルですが、そのコアが無いんですよ」
「なら僕のはメモリーダイヤルじゃなくてただのブレスレットなのでは?」
コアと言われるものもないし、模様も何だか違う。
ただよく似ているだけのブレスレットだと先生に言った。
「それがそうも言えないんです。
この模様なんですが、これは魔法を集めるために付けられた模様なんです。
要するに魔法使いでは無いと知らない模様であると言うわけです。
少し模様は違いますが、彩香さんのも同じ魔法使いしか知らない模様です。
ですので、多分メモリーダイヤルで間違いないのだと思います」
「・・・そうなんですね、それでこれを僕はどうしたら良いのですか?」
「良ければ彩香さんに発動してもらいたいんです」
「僕が・・・ですか?
別に良いですけど、僕じゃなきゃいけないのですか?」
「私達のコアの付いているメモリーダイヤルは一度発動するとその本人以外使えません。
ですから私のメモリーダイヤルも、私以外が使えないようになっています。
もし同じメモリーダイヤルなら、彩香さん以外が使うことができないはず・・・なので私がそのまま預かっていたんです。
後、これは凄い高価なものです。
これ1つで都心に豪邸が建ちますよ」
都心に豪邸ですか・・・まあ、とても高いことだけは分かる。
要するにもしこれが新品で違う誰かが使うと、所有権がその人に移ってしまう、それに僕の物なら僕しか使えない、だから今まで誰にも使わせなかった・・・と言ったところかな。
「彩香さんがあまり乗り気では無いなら別に良いですよ。
討伐隊の方には新品のメモリーダイヤルが支給されますから。彩香さんも討伐隊でいるのなら、組織の本部に発注をかけますよ」
討伐隊にはこの豪邸が建つメモリーダイヤルも支給されるのか。
でも、もしかしたら今後討伐隊以外の仕事をしたくなるかもしれない。それにメモリーダイヤルを支給されると、これは高価な物みたいだから、今後討伐隊から移動しにくくなるかもしれないからなぁ。
とりあえず今はこの僕のだと言うブレスレットを使ってみようかな・・・
「まあ、一応これを使って見ます」
僕はそのメモリーダイヤルに手を伸ばした。
「分かりました、それではそのメモリーダイアルを利き腕につけて見てください」
メモリーダイヤルを触ると、それは貴金属の様な見た目だが、触ってみたら何だかゴムみたいに柔らかく幾分か伸びる。
手首にはめるには少し小さいような気がしたけど、これなら何とでもなりそうだ。
とりあえず右利きなので、右手首にメモリーダイアルを着けてみた。
「それでは反対の手をメモリーダイヤルに乗せて魔法を使ってください。
ここで魔法図に魔法をかけた時と同じで大丈夫ですよ」
ここで魔法図に魔法を使った・・・要するにメモリーダイヤルに傷を治す魔法を使えば良いのだな。
僕は左手をメモリーダイヤルに当て、メモリーダイヤルに魔法を使ってみる。
するとメモリーダイヤルが明るく光り、そして手首から無くなった。そしてその代わりに僕は大きな棒状の何かを持っている。
一応メモリーダイアルを変化させるのは成功したみたいだが・・・
「・・・・・・何これ?」
僕はその棒状の物を見て驚いた。
「えっと・・・これは・・・」
先生もそれを見て驚いている。
何かが出てきたので、これがメモリーダイヤルだったのは間違いなかったのだが、これは武器と言うよりも・・・・・・
「カッターナイフ?」
僕が言うよりも先に先生はそう言った。
そう、僕が今手にしているのは刃の無い大きなカッターナイフだ。
それもとても長く1メートルぐらいはあるだろうか・・・
「・・・・・・先生、メモリーダイヤルってこんなのが出るんですか?」
先生に尋ねてみたが、先生は首を傾げているだけだった。
これが僕の武器なのか?
先生と僕は2人で首を傾げて、この大きなカッターナイフをどうしようか悩んでいた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




