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きみと歩くすこし不思議な魔法の世界  作者: ねんねこザウルス
15/15

第15話:報告書

 体調が少しずつ良くなってきた今日この頃。

 それでもようやく15話目、よかったら最後までどうぞ〜


 「クレハさんも彩香さんと同じで、ここに預けられた親のいない子なんです」


 夜の応接間・・・クレハも僕と同じ境遇なのだと先生は、当時を思い出しながら話を続ける。


 ・・・もう直ぐ結翔達と食事をする約束をした時間だ。

 だけど、クレハの過去の話を聞く方が大切だと思った僕は、結翔達には申し訳ないけど今は先生の話を聞くことを優先することにした。


 「ちょうど彩香さんが預けられたと同時期だったと思います、赤ん坊のクレハさんがこの施設に預けられたのは・・・

 クレハさんも彩香さんと同じく、預けた人が誰だか分かりません。

 あの子のお名前ですが、あの子が預けられた時に一緒に人形がありました。

 その人形に『クレハ』と書かれてあり、それはきっとこの赤ん坊の名前だと思った私は、あの子にクレハと名前をつけました。

 クレハさんも彩香さんと同じで、異界の風の拒絶反応がありませんでしたので、彼女も魔法使いの素質があると直ぐ分かったんですが・・・」


 「クレハさんは赤ん坊の時、もう既に魔法が使えたのです。

 それも自分で分かっていたのか、私がそれを見かけた時には両手から炎を出して楽しそうに遊んでいたのです」


 「赤ん坊の時に!?

 それって凄いんじゃ無いんですか?」


 「はい、凄いことです。

 異界の風の影響を受けない赤ちゃんはいましたが、何も知らないうちから魔法を使い、それを自由自在に使って遊ぶ赤ちゃんなんて・・・今までに前例のない事でした。

 一応私たちは魔法使いの素質がある子を見つけたら、本部に新しい魔法使いを見つけたと連絡することになっているのです。

 ですが、あの子は赤ん坊の段階で魔法が使えてしまったので、私は組織にクレハさんの存在を教える事をためらいました」


 「あれ? 赤ん坊の時に魔法が使えたのなら、余計に魔法使いの本部に連絡した方が良かったのではないんですか?」


 「そうなんですけど、赤ん坊が魔法を使うなど前例に無い事ですから・・・

 もし彼女の存在が明るみに出て組織の研究対象にでもなったら大変ですので」


 「研究対象って言っても赤ちゃんを解剖するわけじゃ無いんですから・・・」


 「いえ、その可能性は十分にあります」


 「え!? 赤ちゃんですよ、そんな事をしたら大変なことになってしまいますよ・・・」


 「ですが、この様な事例が今後もし一般人の中で出てきた時、私達魔法使いの存在が公の場に出てしまう事になります。

 それに、もし組織のトップがクレハさんの存在を知って興味を持ち、そのような残酷な指示をすれば・・・あり得ない話ではないのです。

 さらにクレハさんはその時点で戸籍も無いので、研究対象としてはうってつけでしょうね」


 「そんな事おかしいですよ!」


 「あくまで仮説です。

 組織の上層部がそこまでするかどうか、正直分かりません。

 でも・・・絶対に無いと断言もできません。

 ですので、私の判断でクレハさんがある程度成長するまでは組織には連絡をせず、一部の魔法使いの人達の協力を得て彼女を隠して育てました」


 「クレハさんが5歳位に成長した時でしょうか。

 そろそろ大丈夫だと思いクレハさんの事を組織に連絡を入れようとした時のことです。とある大きな事件が起こってしまいました」


 「事件?」


 「クレハさんの魔法が突如暴走を始めたのです。

 しかも彼女は火の魔法使いだったので、それは大変な事になりました」


 「魔法が暴走する? どうしてまた?」


 「それがわからないんです。

 その日の私は異界の調査の日だったので、ここには居なかったんですが、私が異界に行った後しばらくして彼女は苦しみだし、それから一瞬で彼女の周りが炎に包まれたそうです」


 「あの時、私がもっと彼女の異常を分かってあげれてれば良かったのですが・・・とにかくクレハさんは魔法を使い続け、辺りを破壊し続けたそうです」


 先生はその時を思い出し、唇を少し噛み締めて膝の上に置いている握りこぶしをギュッと強く握りしめている。


 「私が帰ってきた時には、クレハさんは気絶したようにこの応接間で寝ていました。

 彼女の存在は一部の人達以外には隠していたので、そんなことが起これば大事件なのですが、当時彼女を知る人達が上手いこと事故として処理してくれたのでそこまで騒ぎにならずに済みました。

 それで後で詳しく話を聞くと、クレハさんが暴走した原因ははっきりしなかったのですが、彼女をよく面倒見ていてくれた人がどうにか彼女の暴走を止めてくれたと聞きました。

 その人は、赤ちゃんの時からずっと彼女を育ててくれた・・・クレハさんにとって母親みたいな人だったんです」


 先生は話しながら暗い顔をさらに暗くしていく。


 何も知らない僕は、クレハにそんな人が居たのかと思ったり、クレハの暴走が収まって良かったとか、その人に言えば今のクレハのコミニュケーションの悪さを直してもらえるのでは・・・なんて、そんな呑気な事を考えていた。


 でも、先生の次の言葉を聞いて、僕は唖然とした。

 だって先生が言ったのは、


 「ただ・・・その人は死んでしまいました」


 だったから・・・


 要するにクレハは育ての親を故意とはいえ、殺してしまったという訳だ。


 「クレハさんはどうやらその時の事を覚えていたらしく、自分がその育ての親を殺してしまったと言い、一人塞ぎ込んでしました。

 わたしも出来る限りの事はしたのですが・・・残念ながら、私ではクレハさんの心を埋めることは出来ず、彼女は誰とも距離を取る様になってしまったんです」


 「組織の教育機関も、クレハさんが行くのを拒否しました。

 ですから彼女は、ここにきてから一度としてこの山から出た事は無かったんです」


 「一度も・・・ですか」


 「はい・・・私も幾度となく彼女に外の世界を見てくるよう言ってはいたんですけど、頑なにクレハさんは首を縦に振らなかったのです。

 それで今回、彩香さんがこちらに来るとなった時、このような機会滅多にない事なので、クレハさんに貴方の案内を任せたのです」


 「彩香さん、もしクレハさんの印象を悪く持たれたのなら、それは全て私のせいです・・・ですが、私は彩香さんがそんな彼女を変えてくれると思っているのです。

 ここにいる子たちはここの教育機関で育ったため、なかなか彼女を理解しようとしてくれませんでした。

 結翔さんと夏望さん・・・最近ようやく年の近い子達のおかげで少しは変わっているのですが、まだまだ人に心を開こうとしてくれないように思います」


 「・・・ですが、彩香さんは違いました。

 最初に私に会った時、それに今回にと色々と彼女の事を気にかけて、質問をして、怒ってくれましたね」


 先生はニコッと笑って僕に微笑む。

 「怒ってくれた」なんて言われて、ニコッと笑っている先生は何か不気味で怖い。


 「いや・・・その・・・すみません」


 僕は頭を下げた。

 先生は表情を変えずに「大丈夫ですよ」と言う・・・でも、その声は何か寂しそうだ。


 「彩香さんは彩香さんのままで良いのですよ。

 ですから、あの子を・・・クレハさんをよく見ていてください。

 私ではダメでした・・・でも貴方ならクレハさんときっと仲良くなれると信じているのです。

 彩香さんは・・・・・・」


 そこまで言った先生は、何か深刻な顔をしてそう言うと、下を向いた。


 「あの・・・先生?」


 先生、どうしたのだろう?

 ほんの数秒だと思う・・・部屋に少しの沈黙が流れ、それから先生は口を開く。


 「いえ・・・何でもないです。

 とにかく、私達魔法使いでは彼女を理解出来ませんでしたし、結果的に彼女を理解しようとしなかったのが悪いのです。

 彩香さんはクレハさんを見捨てないでください・・・お願いします」


 そう言いながら先生は部屋に時計の方を向く。

 僕もつられてそれを見ると、時刻は7時15分くらいになる所だ。


 「そろそろ良い時間ですね、彩香さんは夕食はどの様に?」


 「この後結翔や夏望ちゃんと一緒に食堂でご飯を食べて食べる約束をしています」


 「もしかして約束の時間・・・過ぎてます?」


 心配そうに僕の顔を見る先生に、苦笑いしながらも大丈夫だと答えた。

 そう答えたのだが、約束の時間がもうとっくに過ぎているのは事実だ。


 「それでは今日はこの辺りにしましょう」

 

 先生はそう言って、話を終わらせる。


 先生に心配をかけないよう、僕は急ぎたい気持ちを抑え、出来るだけ平然としながら挨拶をして部屋を出た。


 ドアをゆっくり締めて、それから猛ダッシュで食堂に急いだ。

 急いだのだが・・・夕方に迷子になったのを思い出し、無事食堂につけるか心配していた。

 そんなに建物自体は複雑ではないはずなのだが・・・なんで迷子になったのか? なぜこうなったのか? 全然見当がつかない。

 

 そんな心配をしていたのだが、今度は問題なく食堂にたどり着くことができた。


 やれやれ、一安心だ。


 時刻はあとすこしで7時半・・・僕は肩で息をしながら食堂に入って行く。

 食堂に入るなりとても美味しそうなカレーの匂いがした。どうやら今夜の夕食はカレーの様だ。

 昼間と違い、夜の食堂は結構・・・いやかなり人が多い。

 夜間に仕事があると結翔は言ってたが、やはりみんながみんな仕事があるわけでは無いのだろう。


 息を整えながら、そんな人で溢れている食堂の中を見渡し結翔達を探す。

 すると、比較的近くのテーブルで食事をしている結翔と夏望ちゃんの姿を見つけた。


 僕が彼らを見つけたと同じくらいに、結翔も僕の存在に気付きこちらに手招きして僕を呼んだ。


 「遅刻だぞ、彩香。

 全く・・・時間の管理ができてないぞ!」


 結翔に近づくと彼にそう怒られた。

 一体どの口がそれを言うのだろうか・・・


 「彩香お兄ちゃん、今日の夜ご飯はカレーだよ。

 とっても美味しいから、早く取ってきたらいいよ」


 夏望ちゃんはカレー皿から溢れそうなぐらい山盛りに盛ったカレーをパクパク食べている。


 ・・・夏望ちゃんはいつも通り元気で何よりだ。


 「先生と話してたら遅くなっちゃって・・・2人とも遅れてごめん、すぐ食べるからちょっと待っててね」


 2人に謝罪した僕は、急いで今日の夕食を取りに食堂のカウンターに向かった。

 昼と同じ様に自分のI.D.カードをカードリーダーにかざし、なんだか随分並んでいるカウンターの行列に並んでカレーを貰うのを待つ。

 しばらく経って、ようやくカレーを受け取り急いで結翔達の元に戻ろうとしたちょうどその時、先程てんこ盛りにあったカレーをあっという間に平らげたのだろう・・・綺麗に食べ終えたカレー皿を持った夏望ちゃんが、カレーのおかわりにと僕の横を横切ってカウンターに走って行った。


 あれだけあった大量のカレーをもう食べ終えたのか・・・


 そんな夏望ちゃんを横目に自分のカレーを持って結翔のいるテーブルの椅子に座った。

 するとあらかた食事が終わっていた結翔は、眼鏡をかけて何やらノートパソコンで作業している。


 「結翔何してるの?」


 「ん? これか? これは今日の報告書を作ってんのさ」


 そういえば夕食を一緒に食べるのは、報告書を作るのも兼ねてるのを思い出した。

 先生とクレハの話で長引いたとはいえ、すっかり忘れて遅れてきたことに罪悪感を覚えた僕は結翔に再度謝った。


 すると結翔は、「どっちにしろ報告書作るのにパソコン触るの1人だけだし、まあ俺が大体やっとくから大丈夫さ。後で出来たの見せるから、ゆっくり飯食っとけよ」と、言ってくれた。

 

 結翔には申し訳なく思いながらも、「わかった」と言い、お言葉に甘えてカレーを食べることにした。


 スプーンですくってカレーを一口たべる・・・・・・美味しい! これは絶品だ!

 2口目、3口目と美味しくてどんどん食がすすむ。


 「凄く美味しいね、ここカレー。びっくりしたよ」


 「そうだろ、食堂のカレーはここの名物みたいなもんだからな。だから今日の食堂はいつも以上に人が居るしな」


 「何時もはこんなに人はいないの?」


 「ああ、ここ以外にも飯を食うところは何箇所かあって、そっちにも行ったりするんだ。

 そうだな・・・また今度彩香にはそっちにも連れて行ってやるよ」


 ここ以外にも食事する場所があるらしい。

 今度機会があれば、結翔は僕をそっちに連れて行ってくれるみたいだ。

 その時はよろしくとお願いして、僕は目の前のカレーを口に運んだ。


 それにしても本当に美味しいカレーだ。夏望ちゃんが大量に食べる気分もわかる。

 普段そんなに食事を食べない僕が、あっという間に一皿平らげ、さらにおかわりをどうしようか悩んでいる。

 

 「ただいま〜」


 ちょうど僕がカレーを一皿食べ終えたぐらいで、おかわりから帰ってきた夏望ちゃんが、ドンっと言う音を立てて、テーブルに山盛りカレーを机の上に置く。

 そこには、先程よりも大量の・・・まるで高くそびえ立つ山の様なカレーが僕の横にやってきた。


 彼女は「いただきます」と言うと、大きな口を開けてカレーをどんどん口に運び、その小さな体の胃袋にカレーを収めていく。


 おかわりをしようか正直迷っていたのだが、彼女のそれを見ているうちになんだかお腹がいっぱいになってきた。

 やっぱりおかわりはいいかな・・・僕は手を合わせ「ごちそうさま」と言い、食器をかたずけにカウンターに向かった。

 

 それからしばらくして夏望ちゃんもカレーを食べ終えて、今度は食後のデザートを山盛りテーブルに持ってきた。

 彼女はそれをニコニコしながら食べ始める。


 あれだけ食べたのにまだ食べれるんだ・・・と、夏望ちゃんに質問すると、彼女曰く「食事の後に甘いものも食べとかないと、別腹からクレームが来るからね〜♪」と、お皿いっぱいのアイスクリームをニコニコしながらペロリと食べ、そのように返答してきた。


 別腹からのクレームですか・・・なら仕方がない。


 少し苦味のあるコーヒーをすすりながら、この件についてはもう何も触れないでおくことにして、僕は結翔が先程からノートパソコンで製作してくれてた報告書に目を通す。

 彼が持ってきたノートパソコンの画面には、『報告書』と題名がしてあり、目的やどこに行ったか、その結果や途中のトラブルまで、結構事細かに作られている。

 特に途中のトラブルである、僕とウサギの化け物の戦いについては、詳細を細かく書かれていた。


 これを結翔が1人で作ったと思うと感心する・・・それ程よくまとめられた報告書だった。


 「すごいね、結翔は大雑把な性格してそうだから、きっとこういうのいい加減に書くものだと思ってたのに、これ本格的な報告書が出来上がってるよ」


 「・・・お前、それ褒めてんのか?」


 「結翔お兄ちゃんはこう見えても仕事はきっちりやってるんだよ」


 「こう見えても・・・とはどうゆうことだ?」


 僕ら2人にそのように言われて複雑な表情を浮かべながらも、結翔は報告書の内容について説明してくれる。


 「まあいい、とにかく報告書はこうやってパソコンで作って、ここの専用のメールがあるからそこに送るんだ。

 報告書をメールで送ったら仕事終了、お疲れさんってとこだな。

 それで、この報告書を書くにあたって、これを説明しとかないといけないんだ」


 結翔は手のひらサイズの四角い箱をテーブルの上に置いた。

 その箱は透明で、中に虹色に光る石の様な何かが箱の中に浮いているのが見える。


 「これ・・・何?」


 「異界結晶石だ。俺たちは単純に『石』って呼んでる。資料用だけど中の石は本物なんだ。

 これから説明するけど、一応実物を見ないとお前もわからないと思って図書室から借りてきたんだぞ」

 

 「異界結晶石? よく分からないけど、綺麗な石だね」


 テーブルの上にある異界結晶石が入っている箱を手に取り、それを確認する。

 箱の中の石はビー玉くらいの大きさで、形は歪だけど丸っこい。

 キラキラと虹色に輝くそれは、よく見ると自ら発光しているように光っている。

 ずっと見ていると、なんだかこの小さな石の中に吸い込まれそうな・・・そんな怪しさがある石だった。

 

 「今日の昼の話なんだが、お前異界の風の影響で凶暴になったウサギと戦っただろ」


 結翔は箱を眺めていた僕にそう話しかける。

 結翔達に無理矢理戦わされたあのウサギ事か・・・

 正直思い出したく無い記憶だが、一体それがどうしたのだろうか?


 「お前、あの時そいつの死体が無くなったのを不思議に思わなかったか?」

 

 「そう言えば、緑色に光って消えた様な・・・」


 あの時の僕はもうヘロヘロで、そんな事考えている余裕もなかった。しかし、改めて考えてみると確かに死体が姿を消すのはおかしい。


 「あの時消えたウサギはこいつに変わっちまったんだ」


 そう言う結翔は、持ってきた箱の中身のそれを指差しながら話す。


 「昨日の夜に異界の風の話をしたと思うけど、覚えてるか?」


 「確か、空気中に含まれる窒素や酸素なんかと一緒に空気中に存在するって言われている魔法の力・・・だったっけ?」


 「そうだな。それで異界の風をある一定以上吸収した動植物は、身体がどんどん肥大化して凶暴化していくって話もしたと思うんだけど、そうなってしまった生物は、死ぬ瞬間に結晶化現象ってのが起きるんだ」


 「結晶化現象? なにそれ?」


 「異界結晶石って名前の通り異界が関係していて、なんでも異界の風である空気中の魔法の力を大量に取り込んだ生物は、生命活動を停止した瞬間に体内に蓄積された魔法の力に身体中のもの全部持っていかれちまうらしい。

 その時に結晶化現象ってのが起こるんだって俺たちは教わってんだ。

 結晶化現象が起きると、生物一体につき必ず一個異界結晶石が出来上がる。

 まあ、今はこの話はどうでもいいんだ。それよりもこの石の回収なんかを教えるのが大事なんだ。

 彩香、報告書の一番下を見てみろよ」


 言われたままに報告書の一番下を見る・・・するとそこには『異界結晶石 回収個数』と書かれた項目がそこにはあった。

 

 「例えば今日お前が倒したウサギ・・・あれも死んだ後、当然結晶化現象が起きて異界結晶石に変わってそれを俺が回収したんだ。

 だけどもし異界結晶石を回収し忘れた場合、しかもその回収しなかった異界結晶石が他の生物の体内に入ってしまった場合、その生物は一瞬にしてあの化け物のような姿に変わってしまうんだ」


 「え!? それって大変な事じゃないか!

 なんでそんなことになるの?」


 「この石は異界の風の集合体みたいなもんだからな。これが体内に入っちまうと、異界の風の影響で凶暴化する現象が一瞬で出来上がるんだ。

 だからきっちり回収して、この施設の入り口・・・今日の場合は東門だったな。

 そこで回収した石を引き取ってくれるとこがあるから、そこに行って引き取ってもらうんだ。

 そうしたら、そこにいる奴らが回収した個数を外出のデータ上に残してくれる。

 あとは俺らが作る報告書の内容や個数と照らし合わせて、ちゃんと回収出来ているかチェックされるんだ。 

 だから報告書はきっちり書かないといけないし、その日終わって直ぐ書かないと忘れちまうからな」


 「そうなんだね。分かった、気をつけるよ」


 報告書を書くのは分かったし、そんな危険なものを回収しないといけないことも分かった。

 でも、そんな危険な異界結晶石を回収した後はどうするのだろう?

 それについて結翔に尋ねてみた。


 「石を預けた後の話か? これ自体はさっき話した通り危険な物なんだけど、実は結構有効な使い道もあるんだ」


 「有効な使い道?」


 「例えば今の技術なら、この石を糸状に変化させることが出来るんだ。

 強化服あるだろ 、あれなんか元々はこの石を糸状にしたのを編んでる代物なんだ。

 後は、俺たちはいいけど普通の魔法使いはメモリーダイアルを持っていないだろ。

 そいつらが外出する時、メモリーダイアルの代わりに各々武器を持って外出してるんだけど、異界の風の影響を受けた生物達は普通の武器じゃあ倒せないんだ・・・そこで、異界結晶石を練りこんだ武器ってのがあるんだ。

 この石を使って作った武器なら、異界の風の影響を受けた生物にも効果があるからな」


 「へぇ、危険な物みたいだけど、物は使いようなんだね」


 「まあ他にも色々とあるらしいんだが、俺は石については専門ではないし、そんなに詳しくは知らないんだ。

 もっと詳しく知りたかったら図書室にでも行って自分で調べてみろよ」


 図書室ねえ・・・先生にも先程図書室に行くのを勧められたな。

 魔法使いの世界をもっと知るためにも、時間が出来たら一度図書室に足を運んでみようかな。


 「とにかく、石の回収とそれを引き取ってもらうのと、後は報告書に記載するってのは重要で、もし何処がで辻褄が合わないと、色んな部署で問答しなきゃいけなくなるから気をつけろよ」


 「うん、分かった。ほかに報告書で注意することはないの?」


 「そうだな・・・後は、けが人とかいたら書かないといけないし、凶暴化した生物をどうやって倒したかについて詳しく書いていれば、同じ事例が発生した時に対処しやすいから細かく書くのぐらいかな。

 これも大変だったんだぞ、主にお前の事についてだっだけど」


 「・・・? 僕がどうかしたの?」


 「お前の魔法の属性が分からないから、報告書にどう書こうか困ったんだ。

 それにお前のメモリーダイアル、あれこそどうやって説明していいのか随分と悩んだんだそ」


 「そうだよね。彩香お兄ちゃんのメモリーダイアル、なんたってカッターナイフだったもんね」


 先程大量にあったデザートを食べ終え、やっとお腹が満たされた夏望ちゃんは、ジュースを飲みながらようやく話に入ってきた。

 

 「まあ、僕のメモリーダイアルは先生も珍しいと言ってたけど・・・それじゃあ2人のメモリーダイアルはどうなの?」


 「俺らのか? 俺のはレイピアって言う細身の剣で、夏望のはグローブさ」


 そう言う結翔の話を聞きながら、ウサギの化け物と戦った時を思い出す。

 夏望ちゃんがグローブの様なものでぶん殴り、結翔は細身の剣でウサギにとどめを刺していた。


 「・・・結翔のレイピアってのは分かるけど、夏望ちゃんのグローブも結構変わってるんじゃないの?」


 「そうでもないんだよ彩香お兄ちゃん」


 「確かに、最初夏望がメモリーダイアルをグローブに変えた時は面食らったけど、夏望が水属性なのを考えると、別段おかしくない話だったんだよな」


 「でもグローブでしょ? 結構変わってるんじゃないの?」


 「メモリーダイアルの形状は属性によってある程度武器の用途が決まっているんだ。

 お前みたいに魔法の属性が分からない奴は知らないけど、大地の魔法使いは突く武器、水の魔法使いは打撃武器、火の魔法使いは切断武器って感じに、結構はっきり分かれるんだ」


 そういえば、大地の魔法使いである先生は槍で、同じ大地の魔法使いの守備隊リーダーの百子さんは三又の槍だった。

 結翔もレイピアは切断も出来るだろうけど、基本は多分突く武器ではあるし、夏望ちゃんのグローブは殴るから打撃武器か。

 クレハは火の魔法使いと言ってたから、大きい鎌・・・まあ切断と言えば切断か。

 一応その分類分けで言えばカッターナイフは火の魔法の切断武器になるのだが、僕の属性は残念ながら火ではなかった。


 「それじゃあ僕のカッターナイフは・・・何?」


 「さあな、大体魔法図が黒の奴なんて聞いたことはあっても見たことなんて無いし、まして傷を治す魔法とカッターナイフの関係性も全くわかんねーよ」


 「でも結翔お兄ちゃん、メモリーダイアルが変化するものは、その人の一生を表すって先生言ってたよ。

 カッターナイフが彩香お兄ちゃんの一生を表すかは分からないけど・・・」

 

 「・・・? どう言うこと? 夏望ちゃん」


 「えっとね、メモリーダイアルって人の人生を見てるんだって。

 だから今は意味不明でも、これから起こり得る事を何か暗示したり、その人の一生で本当に必要なものに変化するらしいよ」


 「そう言われたらなんだか僕のメモリーダイアルが特別に見えるね」


 「まあな。でも、お前のメモリーダイアルは俺らのと少し違ってるから一概にそうだとは言えないと思うぞ。

 それに、あくまでそう言われているだけだけで、結局のところ俺らもわかってないから、そう気にしなくていいと思うぜ。

 まあこの話はこの辺にしといて、それじゃあ報告書は皆んな確認したってことで、これでいいな」


 僕と夏望ちゃんはそう言う結翔に相槌をうった。

 それを聞いた結翔は「あ〜終わった〜」と言いながら体を伸ばし、話を続ける。


 「それにしても今日は色々あって疲れたな。

 朝のミーティングには遅れたし、クレハの厄介ごとに付き合わなきゃいけなかったし、彩香のお守りに報告書に作らないといけなかったし・・・もうとっとと部屋に帰って休みたいぜ」

 

 僕の世話はまあいいとして、朝のミーティングに遅れたのは結翔のせいだと思うけど・・・・・・ん? クレハの厄介ごと? クレハに何かあったのかな?


 「ねえ結翔? 今クレハの厄介ごとって言ってたけど、クレハに何かあったの?」


 結翔にその詳細を聞くと、彼はそれはめんどくさそうに話し出す。


 「ああ・・・いつもの事さ。

 全く、その度に出て行かなきゃならない俺の身にもなってくれよ」


 やれやれといった感じのジェスチャーをする結翔。

 

 「クレハお姉ちゃん、またやっちゃったの?」


 続けてスティック菓子を食べながら、そう言い驚く夏望ちゃん。


 夏望ちゃん・・・君はまだ食べ続けてたんだね。


 「どういう事? 『また』って事は、クレハはそんなに頻繁に厄介ごとがあるの?」


 「クレハはあんな性格だろ、だから結構他の奴に絡まれたり・・・よくあるんだ。

 特に今回は酷くてな、他の隊の男連中に囲まれたらしいんだ。クレハも一発軽く喰らわされちまったしな」


 「!! 女の子1人に男が囲って手をあげるなんて・・・どんな理由があるとはいえ、それは余りにも酷いんじゃないの?」


 声を少し荒だてて結翔に話す。


 「まあ・・・クレハを囲った連中は、皆んなクレハにボコボコにやられて、医務室にレッツゴーしたけどな」


 ・・・・・・左様ですか。


 少し熱くなっていた僕は、それを聞いて囲っていた連中を哀れんだ。


 「とりあえず・・・だ、そのせいで俺は先生にあいつと一緒に怒られたんだ。

 そんなことしてたら昼飯食う時間減っちゃうし、おかげで昼寝し損ねたし、もう勘弁してくれって感じだぜ」


 「それは災難だったね」


 「全く・・・だからそろそろいい時間だ。報告書を確認できたんならもう部屋に戻ろうぜ」


 欠伸をしながら結翔はそろそろ解散しようと提案してきた。


 時計を見ると時刻は9時になろうとしている。

 横でお腹いっぱいになった夏望ちゃんも、そろそろ眠いのかまぶたが重くなりウトウトしている。


 確かに、そろそろ解散するにはいい時間だ。


 「それじゃあ皆んな部屋に戻ろう」


 僕はそう言って、今日はもう部屋に帰って休むことにした。


 「それじゃあ彩香お兄ちゃんと結翔お兄ちゃん、おやすみ〜」


 3階に自分の部屋がある夏望ちゃんは、そう言いながら欠伸をして、一足先に自分の部屋に帰って行った。


 「今朝は悪かったな彩香、明日は遅れないようにするから明日も飯一緒に行こうぜ」


 「わかった。時間は・・・今日と一緒の7時半に一階のエントランスに集合でいいかな?」


 結翔とは、明日の朝食の約束をしてそれぞれの部屋に帰った。


 部屋の前に帰ると、綺麗に畳まれた服の入ったカゴがあった。

 そう言えば服をクリーニングに出したのを思い出した。

 和恵さんありがとうございます・・・と、心の中でクリーニングしてくれた和恵さんにお礼を言いながら、僕は部屋に入った。


 「あ〜〜〜疲れた」


 部屋に入るなりそう言って、僕はベットに飛び乗った。


 一応夕方にシャワーを浴びたし、今日は歯磨きして直ぐ寝ようかな、それともやっぱりお風呂はもう一回入った方がいいかな?

 そんな事を考えていたが・・・僕は直ぐに強烈な睡魔に襲われた。

 ベットの上でウトウトしながら、でも部屋の電気は付けていたので、寝たような・・・でも寝てないような・・・そんな事をベットの上で小一時間繰り返していた。

 うつらうつらしながらも、さすがにこれじゃあ明日の体調に響くと思い、重たいまぶたをこすりながら部屋の電気を消しにベットから起き上がった。


 部屋の電気を消してさあ寝ようとした時、帰ってきて直ぐにベットに直行したのでカーテンが開けっ放しになっていたのに気づいた。

 なぜなら、そこから眩しいくらいの月明かりが部屋に差し込んでいる。


 さすがは山の中、部屋の電気を消しても月明かりに照らされて部屋は凄く明るい。


 これじゃあ寝れないので、カーテンを締めに窓に近づく。

 すると僕の部屋の窓からはちょうどこの施設の庭が見えるのだが、その庭の草陰に人魂のような・・・小さな火の玉がフラフラしているのが見えた。


 「・・・え!? 何あれ?」


 先程まで眠かったのが嘘みたいに目が冴える、それから少しの恐怖を覚える・・・が、今日は月明かりがとても明るいので、その火の玉の近くに誰かいるのが直ぐにわかった。


 なんだろう? もしかしたら夜の見回りをしてるのかな?

 月明かりが眩しいとはいえ、その人影は夜の木の陰にいるので誰なのかはわからない。

 火の玉・・・火属性の人があの火を操ってるのかな?


 ここは魔法使いのいる組織だ。きっとそうだろうと僕はカーテンに手をかけた・・・その時、ふとクリーニングの所で何か探し物をしていたクレハの事を思い出した。


 まさかクレハ・・・いやいや、さすがにもう夜の10時位だ。それはないだろう。

 そう思いたがったのだが、気になったのでしばらくその火の玉の近くにいる人を見ていた。

 しばらくすると、その人影が月明かりに下に現れた。

 それを見て、なんか頭が痛くなってきた・・・・・・


 何やってんの、クレハ。


 僕が外出から帰って時に鉢合わせした時・・・いや、もしかしたら彼女はもっと前から無くしものを一人で探していたのではないのだろうか?


 そんな彼女を目撃した僕は、数時間前に先生に言われた事を思い出す。


 『彩香さんは彩香さんのままで良いのですよ。

 ですから、あの子を・・・クレハさんをよく見ていてください』


 ・・・やれやれ、僕もお人好しなもんだ。


 目撃してしまった以上ほっとけない、仕方がないので僕は一階に降りて庭に・・・クレハの元に向かうことにした。


ここまで読んでいただきありがとうございます

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