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きみと歩くすこし不思議な魔法の世界  作者: ねんねこザウルス
12/15

第12話:初陣

 戦闘シーン2回目のです。

 なかなかうまく描けなくて挫折しそう・・・

 

 4/5

 年始から仕事が忙しくなり投稿がなかなか出来ない状態が続きました。

 仕事もようやく一段落してきたので、作業を再開できると思います。


 「ゔぉおおおおおおお」


 雄叫びをあげながら、まるで遠吠えをするかの様に大きな声で威嚇するうさぎ・・・と言われた化け物。

 

 「戦いは慣れも必要だからな、彩香頑張れよ!」


 「彩香お兄ちゃん、ファイト〜」


 呑気に僕の後ろで高みの見物をする結翔と夏望ちゃん。


 とにかく、今しなければならないのは、僕のメモリーダイヤルを武器に変化させてこの化け物をどうにかする事だ。


 えっとメモリーダイヤルを変化させるには、確か右手のブレスレッドに傷を治す魔法をかけて・・・・・・


 「ゔぉおおおおおおお!!!」


 メモリーダイヤルを変化させようと魔法を使うイメージを始めた瞬間、うさぎの化け物は両手の鋭い爪を振り上げながら僕に飛びかかってきた。


 「っ!!」


 うさぎの爪が迫る。

 僕は横に飛び込み、地面を転がりながらもなんとか爪の攻撃を回避する。


 しかし、休む暇なくうさぎの化け物は追撃してくる。


 地面を這いずり、転がり、泥だらけになりながらもどうにか攻撃を避ける。


 早くメモリーダイヤルを変化させて、武器を持たないと・・・

 

 立ち上がって体制を立て直した僕はメモリーダイアルに魔法をかけるために、傷を治すイメージを思い描く。


 しかしうさぎの化け物はそんな暇を与えてはくれない。


 僕が立ちあがったと同時くらいに、再度鋭い爪でこちらを攻撃してくる。


 「少しは待ってよ!」


 無駄だと思いながらもそう吐き捨て、飛びついて来たうさぎの化け物の攻撃を何とか避ける。


 このままではメモリーダイアルを変化させることができない。

 どうしようかと周囲を見回すと、近くに比較的大きな木がある事に気づいた。

 

 その木の影に隠れようと、木に向かって一直線に走る。


 どうにか木の陰に隠れることのできた僕は、そこからうさぎの化け物の様子を確認する。


 うさぎの化け物はこちらに向かって「ゔおおおおぉぉぉぉ」と雄叫びをあげ、不気味な目をこちらに向けたまま威嚇している。


 だが、すぐにこちらを攻撃する感じでは無かった。


 今のうちだ。僕はメモリーダイヤルを変化させようと、メモリーダイアルに魔法を掛けた、のだが・・・


 「何でだよ? 何で変化しないんだ!」


 何度もメモリーダイヤルに魔法を掛けようと試みる、しかしメモリーダイアルは一向にカッターナイフに変化しない。


 うさぎの化け物と戦う・・・そんな非日常的な事を現在やっているせいか、焦りや興奮で上手く魔法をイメージ出来ないのだろうか?

 

 ウサギの追撃が収まった今がメモリーダイアルを変化させる絶好のチャンスなのに。


 変化する気配のないメモリーダイアルを眺めながら、焦りだけが募る。


 このままではいけない、少し落ち着こう。

 爆発してしまいそうなほど鼓動の早い心臓に手を当て長い息を吐く。


 そしてうさぎの化け物を再度確認しようと、木の陰から少し顔を出す、すると次の瞬間・・・


 ドォォォォン


 と、今まで経験したことのない衝撃と音が体を襲った。


 「うわぁぁぁぁ!!!!!」


 体が宙に浮き、目の前が真っ白になる。

 それから地面に叩きつけられた。


 一体何があった!?


 混乱する頭をどうにか叩き起こし、何が起こったか周囲を確認する。

 目の前には、先程まで隠れて居た木が地面に横たわり、僕自身は地面に寝転んでいる。


 どうやらうさぎの化け物は、僕ごと隠れていた木に向かって体当たりをしたみたいだ。


 砕けて無残な姿の木を自分と重ねて恐怖する。

 すぐに立ち上がって周囲を見回し、次に隠れるところを探す。


 しかし、そう都合よく隠れるところが近くにあるわけがない。


 その場でモタモタしている僕に、うさぎの化け物は雄叫びを上げ、こちらに向かってものすごい勢いで突進してくる。


 早く逃げないと!


 そう頭では分かっているのだが、僕の足は震えてその場から動いてくれない。


 うさぎの化け物と僕との距離がどんどん近くなる。

 そしてうさぎの化け物はその鋭い爪で僕を切り刻もうと右手を振り上げた。


 もうだめだ・・・怖くて目を瞑り、頭を両手でガードする様にして守る。


 もちろんそんな事をしても何の意味もないし、結果は何も変わらないだろう。

 

 痛いんだろうな・・・

 怪我したら魔法で治るかな・・

 そのまま死んじゃうのかな・・・


 色んな思いが渦巻く、そして・・・


 ガキィィィン


 と言う金属音と、強い衝撃で僕の身体は勢い良く背中から地面に打ち付けられた。


 今度は一体何が起こった?


 背中から地面に打ち付けられた・・・割には痛くない?

 そもそも爪で引っ掻かれたはずなのに、どこも痛くないのは何でだ?

 大体、何故金属っぽい音がした?


 頭の中で色んなことがぐるぐる回り、そう思いながらも、右手に違和感があるのに気づく。

 地面に仰向けになったまま、目を開き右手の方を見た。


 驚いた事に、いつの間にか僕の右手にはカッターナイフが握られていた。


 なんで? よくわからない?

 そもそも僕はまだ生きているのか?


 もうパニックだ! でもそんな事は御構い無しに、地面に寝転んでいる僕に向かってうさぎの化け物は鋭い爪を振り下ろそうとしている。


 「あああぁぁぁあああぁあぁ!!!!」


 反射的に僕は右手に力を入れ、奇声をあげながらカッターナイフをうさぎの横っ面に向かってがむしゃらに殴りつけた。


 ドゴォォン


 金属の様な硬い本体をがむしゃらに振り回したら、うさぎの化け物の左頬にクリーンヒット! そしてそのままカッターナイフを振り切って、うさぎの化け物を吹っ飛ばした。


 こんな熊みたいな巨体・・・よく殴り飛ばせたものだ、そう思いながらもすぐ立ち上がり吹っ飛ばしたうさぎを確認する。


 うさぎの化け物は木にぶつかり寝転がっていた。

 しかしすぐに巨体をのそっと起き上がらせると、こちらに向かって遠吠えする様に威嚇している。


 まだまだやる気はたっぷりの様だった。


 ただ僕に反撃されたからか、遠吠えをして威嚇するだけで、警戒してすぐには襲ってこない。

 頭の中が混乱してるこちらとしてはありがたい。

 

 今のうちに落ち着いて状況を整理しよう。


 とりあえず・・・体はどこも痛くない、見える範囲に僕の体は汚れはしているが怪我はない。まずはその事に安堵する。

 

 次は、右手に握るカッターナイフだ。

 メモリーダイアルから変化したのだろうが、さっきから全然変化しなかったのにどうして急に変化したのだろう?


 ・・・そういえば、うさぎの攻撃を頭を抱えて守った時に、色んな事を想像した様な気がする。


 怪我をする、魔法で治るかな、死んでしまうかな・・・と。

 多分だけど、自分の怪我を治すイメージ(・・・・)を想像して、それにメモリーダイヤルが反応したのだろう。


 そして、変化したカッターナイフが攻撃して来たうさぎの爪にたまたま当たり、僕をうさぎの爪から守ってくれた。

 金属音がしたのは、カッターナイフと爪が当たった音だった・・・そんなとこだろうか?


 変化して現れた金属質のカッターナイフの表面を触りながらそう思う。

 金属質のその表面は、とても硬くて少しひんやりしていた。

 

 後は僕みたいな筋肉の無い男がカッターナイフがあったとはいえ、どうして熊みたいな巨体を右手一本で殴り飛ばせたのか・・・だが。


 それについては、『今着ている強化服のおかげ』で説明がつく。


 実際に、先程から僕は地面を転がったり、飛ばされたり、地面に打ち付けられたりしたのだが、どこも痛くはないし、怪我一つしていない。


 強化服は魔法使いの身体能力を上げてくれると夏望ちゃんは言っていた。

 跳躍力や耐久力がこれを着て上がったのだ、今の僕はきっと腕の力も強くなっているはずだ。


 ・・・そう説明しないと、こんな熊みたいなうさぎの化け物を右手だけで、しかも寝転んだ状態で殴り飛ばすことなんて到底不可能だ。

 

 多分、結翔達もそれを分かってたから、僕1人にこのうさぎの化け物を任せたのだと思う。

 ・・・全く、もう少し親切な説明が欲しいものだ。


 しかし、そう言う事なら僕にもこのうさぎの化け物を退治できるかもしれない。


 頭の中を整理していき、落ち着きを取り戻して来た僕は、うさぎの化け物の方を再度確認する。

 すると鼻息荒くこちらを睨みつけ、今にもこちらを攻撃しようと構えている様に見える。


 どうやらこれから第2ラウンドが始まるみたいだ。


 カッターナイフを自分なりに構え、うさぎと対峙する。


 僕がカッターナイフを構えたその瞬間、うさぎの化け物は勢いよく突進して来た。


 一直線に僕に向かって猛スピードで突進するうさぎの化け物、その突進を今度は難なく避ける。


 落ち着いてよく見ると、うさぎの攻撃は直線的で思ったより簡単に回避する事が出来た。


 それからしばらくは、うさぎの飛びつきや突進、噛みつきなどを避け続け、こちらの攻撃のタイミングを計る。

 避け続けているとさすがに疲れて来たのか、うさぎの攻撃速度が目に見えて落ちていくのが分かった。


 それでもうさぎは攻撃をやめないし、諦める気配もない。


 異界の風によるものか、それとも野生のプライドか・・・

 

 とにかく、うさぎの攻撃はその後もしばらく続いた。

 僕はそれら全てを避け続ける。


 そして何回目かの突進の際、うさぎは足が絡まってその場で転がった。


 そんな絶好のチャンスがやって来た。


 この機を逃さまいと、カッターナイフのスライド部分を左手で魔法をイメージしながら押し上げ、足が絡まり転がるうさぎに向かって走った。


 カッターナイフからは、銀発色の刃が不気味に出ている。


 僕はうさぎに近づきカッターナイフを両手で持つ、そして右に大きくひねって横になぎ払う様に斬りかかろうとした・・・時、一瞬僕の顔に何かが貫通する映像が頭に浮かび、背筋がゾワっとする。


 「・・・・・・!」


 分からない・・・とにかく今は攻撃しないほうがいいと、脳が警告してくる。


 これで最後だと言うのに、右にひねったまま硬直して体が動かない。

 後少し、この絶好のチャンスを逃してはいけない・・・のだが、体は言うことを聞いてくれない。

 

 体が硬直して攻撃をためらった次の瞬間、うさぎの化け物は寝転んだ状態のまま右手の鋭い爪を僕の顔めがけて突いてきた!


 「うわ!!」


 目の前に迫るうさぎの右爪、それを避けようと僕は右にひねった体をさらに右にひねった。

 

 そうすると、そのまま右に一回転する様な形になり、うさぎの攻撃を間一髪鼻先をかすめながら避ける事が出来た。


 この間、時間にして2、3秒・・・


 助かった。

 一瞬攻撃をためらったおかげで顔面に直撃しないで済んだ。


 そして、そのままの勢いで回転しながらうさぎの胴体めがけて目一杯の力でカッターナイフをなぎ払う。

 

 こんな物で生物を切りつけた事など今まで一度も無い。

 だから、このうさぎの肉を切った感触はきっといつまでも忘れないだろう・・・


 僕は・・・この感触は嫌いだ。

 

 目の前のうさぎの胴体は僕に切られ、真っ二つに分かれ各々地面に「ドスン」と言う鈍い音と一緒に地面に崩れ落ちた。


 ・・・・・・終わった。


 クルッと回った勢いのまま、僕も地面にうつぶせに倒れる。


 もうしばらく動けない、息を荒立たせそう思い余韻に浸っていると・・・


 「ゔ・・・ぉお゛お゛お゛お゛」


 と、唸り声をあげながら真っ二つにしたうさぎの上半身が前足で立っている!


 うさぎは前足の力で、うつ伏せになっている僕に最後と言わんばかりの形相で飛びかかってくる。


 うつ伏せになってしまったため、このままでは避けれない・・・そもそも終わったと思い込んでいた為、頭が回らず体が動かない。


 ここまでやれたのに・・・そんな苛立ちとともに、最後の最後で油断したことを後悔する。


 すると・・・・・・

 

 「彩香お兄ちゃん、お疲れ様」


 という声とともに僕の前に夏望ちゃんが現れ、飛びついてきたうさぎの上半身をグーで上空に向け殴り飛ばした。


 「まあ、初めてにしては上々かな?」


 結翔はそう言いながら上空に打ち上げられたうさぎに飛びつき、持っている細身の剣で頭を串刺しにしながら地面に突き刺す。


 「それでも最後に油断したのはいただけないな」


 結翔は突き刺した剣に力を入れ、そのまま頭を切り裂きトドメを刺した。

 トドメを刺されたうさぎは、声にならない断末魔の様なものをあげその場に生き絶える。

 

 ほどなくして、真っ二つにしたうさぎの上半身と下半身が両方共緑色に発光を始める。

 そして、ウサギの化け物は煙の様に跡形もなく消えていった。


 細身の剣に付いた血を払う様に、その場で剣を横に振り払った結翔は、倒れている僕に近づいくる。


 「彩香お兄ちゃん大丈夫? 立てそう?」


 近くにいる夏望ちゃんは、かがんで僕の心配をしてくれる。


 正直・・・あんまり大丈夫じゃない。


 でもいつまでもここで寝転んでいる場合でもないので、持っているカッターナイフの刃をどうにか引っ込め、カッターナイフを杖代わりに立ち上がる。


  「お疲れ、彩香!

 まあ思った通り怪我はないみたいだな」


 笑いながら僕の肩をバシバシ叩く結翔。

 怪我はないけれど、もうクタクタだ。

 それにカッターナイフを杖代わりにして立つのがやっとだ、あまり叩かないでほしい。

 

 「それにしても彩香お兄ちゃんのメモリーダイヤル変わってるね。

 こんなの初めて見たよ」


 「そうだよな、これが出た時に夏望と2人「カッターナイフ!?」って驚いたもんな」


 2人は僕のメモリーダイヤルを見たり触ったりして騒いでいる。

 色々と言いたいことはあるのだが、疲れてそれどころじゃない。

 なので2人が色々好き勝手言っているのを、肩で息しながら黙って聞いていた。


 それからしばらくすると・・・

 

 「そういえば結翔お兄ちゃん、石はとった?」

 

 「あ!! 忘れてた。早く回収しないと!」


 と、2人は慌ただしくうさぎにトドメを刺した辺りに行き、何かを探し始める。


 「あ! あったよ〜結翔お兄ちゃん」


 夏望ちゃんはそこで何かを見つけたみたいだ。

 結翔は近づきウエストポーチから何かを出して、地面で何かを拾う。


 「よかった、この石を忘れたりしたら先生に怒られるとこだった」


 ・・・よく分からないが、とにかくだいじなものを見つけたみたいだ。

 結翔は拾ったものをウエストポーチに入れると、2人は僕の方に帰ってきた。


 「さて、そろそろ帰るか。

 まあお前の事だから、色々言いたいこともあると思うけど、また同じ様なのが出たらめんどくさいから今はすぐ帰るぞ」


 そう言われ、素直に頷いた。

 だってこの山は恐ろしい。


 結翔は危険がないと言っていたが・・・まあ結翔にとってはそんなに危なくないのかもだけど、酷い目にあった。


 とにかく早くここから避難したいのだ。


 それに、さっきからカッターナイフを杖代わりにしているせいかどんどん疲れて来た。

 とりあえずカッターナイフを元に戻そう。


 えっと確か元あった右手に帰る様考えて・・・

 元に戻るイメージをすると、カッターナイフは光り輝き、そして・・・


 「うわ!!」


 カッターナイフが消え、つっかえ棒が無くなった僕は、そのまま前に倒れる。

 ・・・そりゃそうだ、カッターナイフをつっかえ棒代わりに持っていたのを消したんだもの。


 右腕に戻ったメモリーダイアルも見ながらそう思う。


 近くで見ていた2人はそれを見て笑い出す。

 僕も緊張がほぐれ、笑い出す。


 転げた僕は結翔に立ち上がらせてもらい、なんとか自力で帰ることとなった。


 フラフラしながらもそれからの帰り道は特に何もなく、僕らは無事施設の高い塀までたどり着く事ができた。

 

 「さあ後は帰って・・・って彩香、そういえばお前泥だらけだな」


 塀の前に着いて、さあこれから施設に帰ろうとした時、結翔にそう言われ自分の身なりを確認する。

 当たり前だが、先程の戦闘で泥だらけの血まみれになっている僕の強化服が確認できる。


 ・・・これ、洗ったら取れるのかな?

 服の端を持って考えていると、夏望ちゃんが近くに寄ってくる。


 「それだったらいいものがあるよ。

 ちょっと彩香お兄ちゃんのポーチの中見せてね」


 夏望ちゃんが僕のポーチを開けて、中から丸めた布が入ったプラスチックの筒を渡してくれた。


 「はい、彩香お兄ちゃん。

 これで拭けば、ある程度汚れは落ちるよ」


 筒を渡された僕は、時計塔で血まみれの2人を見つけたときに、彼らが拭いていたタオルを思い出す。

 あの時身体中血まみれだったはずの2人が、タオルで血痕を拭いていたらみるみる綺麗になっていた。


 多分これもそれと同じタオルだろう。

 

 夏望ちゃんにお礼を言って、筒を開ける。

 開けた瞬間、酢のような酸っぱい臭いが立ち込め、僕は顔をしかめる。


 「え!? 何これ?」


 それを見ていた結翔と夏望ちゃんは、「やっぱり」と笑い出す。


 「ちょっと臭うだろ。でも服の汚れがそれで落ちるからな、臭いは我慢して使えよ」

 

 ちょっと臭うどころではないのだが・・・

 とにかく中の布を筒から摘んで出してみる。


 布は少し湿っていて、酸っぱい臭いとマッチしてとても不愉快だ。

 大きさはスポーツタオルくらいで、厚みもある程度ある。

 臭いがきついので余り気が乗らないのだが今はしょうがない。

 とりあえず服の汚れを拭いてみる。


 するとひと撫で拭いただけで汚れた部分が綺麗になっていく。

 驚きつつ、どんどん汚れが落ちるので面白くなって夢中で全身を拭いた。

 そして、あっという間に全身綺麗になった。

 

 「凄いね、このタオル・・・でもこの臭い、なんとかならないの?」


 全身を拭いて綺麗にしたが、それと同時に身体中から酸っぱい臭いがする。


 「臭いがするのは最初だけさ。

 大丈夫、自然と臭いは消えてくれるぜ。

 それじゃあ今度こそ施設に戻るぞ」


 そう言って結翔は、出てきた南門の方ではない方へ歩き出した。

 

 「あれ? 南門はこっちじゃないの?」


 「帰りは南門のじゃなくて、東門から帰るんだ。

 ここの施設は東西南北に出入り口の門があって、基本施設から出るのは北門と南門、帰ってくるのは東門と西門と分けてるんだ」


 「なんで出入り口を分けてるの?」


 「そうしないと全部の箇所に出る為の魔法陣と帰ってくる施設を作んなきゃいけないからじゃないのか?

 それに魔方陣をあんまり外に見せたくないのだと思うぞ」


 「だったら、出口を魔法陣じゃなくて全部の箇所に出入り口の門を作ればいいのに」


 「そうなんだろうけど、この施設を建てたのは俺では無いしなぁ。

 そう言う決まりだから従ってるだけさ。

 まあ『郷に入っては郷に従え』って言葉もあるし、彩香もそう言う物って事で納得しとけよ」


 そんなこと言われてもなんだか納得いかない。

 百子さんも言ってたけど、どうも魔法使いと言うのは秘密が好きみたいだ。

 それに時計塔の時もそうだったが、結翔はあまりそう言ったことについてあまり興味が無いみたいだ。


 仕方がない、今度先生と話す機会があったら聞いてみようかな?

 色々考えながら、先程まで拭いていたタオルを丸めて元の筒に戻してポーチにしまう。


 そうしてると、気がつけば酸っぱい臭いが消えていた。

 へえ、すごいもんだなこのタオル。

 身体の汚れを落とした僕は、今はこれ以上聞くこともないので、素直に結翔の後をついていくことにした。

 

 しばらく塀の横を歩いていると、多分目的の東門であろう場所に到着した。

 東門は南門と違い、そんなに大きく無い・・・まあ立派ではあるんだけど、ある程度は大きい門だった。


 門の前にはこじんまりとした建屋があり、中に男の人が3人見える。

 僕らが門の前に到着すると、すぐに結翔がその建屋に行って中の人と何かを話し始めた。

 

 それを眺めながら東門の前に立っていると、建屋の中の1人が何かを持って出て来た。

 それは、コンビニとかのレジで使うバーコードを読み取る端末機みたいな物と、ノートパソコンだった。


 「お疲れ様でした。それではウエストポーチを見せて下さい」


 出てきた男の人はそう言ってくるので、言われた通り身につけている自分のウエストポーチを見せる。

 その人は、ウエストポーチに端末機をかざして、持っているパソコンを見ながら何かを確認する。


 すると、パソコンから「ピー」と音がなり、次に横にいる夏望ちゃんにも、同じようにウエストポーチに端末機をかざしていく。


 「はい、問題ありません。

 結翔さん、夏望さん、彩香さん、お疲れ様でした」


 端末機を持って出て来た男の人はそう言い、建屋の中の人に合図する。

 そうしたら、東門が重たい音をさせながら開いた。

 

 このポーチにはどうやら身元確認ができる機能があるみたいだ。

 そして、外出に出た魔法使いと分かれば施設の中に入れるのだろう。


 本当に便利なポーチだなと、固定しているポーチを見ながら思う。

 それから門にいる3人に挨拶して、僕らは東門から中に入った。


 東門から中に入ると、目の前にこれまた出る時と同じ駅の改札がある。

 またか・・・今度は何を確認するのだろうか?

 

 「ねえ、またこれ通るの?」


 施設から出るときに通せんぼされたので、もう一度通るのは抵抗がある。


 「そうだよ、今度は外からの不要物の持ち込みをチェックするんだよ。

 大丈夫だよ、彩香お兄ちゃん。

 私達は何も持って来てないはずだから」


 心配そうに改札を眺める僕を、夏望ちゃんは問題ないと言ってくれる。


 「でも彩香、もしここに何か不味いものを持ち込もうとすると、ここで引っかかって面倒な事になるからな。注意して通れよ」


 「結翔お兄ちゃん、彩香お兄ちゃんが心配そうにしてるんだから、そんなこと言ったらダメだよ」


 「・・・ありがとう。僕の事は大丈夫だよ、夏望ちゃん。

 それじゃあ行こう」


 不安になっていても仕方がない。

 僕は改札に向かって歩き出した。


 それにしても、外出するにも中から連絡手段を取り上げられ、外から帰って来たら、今度は不審物の持ち込みをチェックする・・・

 魔法使いが秘密主義なのも、ここまで厳重にしてたらもう病気だな。


 ピンポーン


 改札からはそんな音がした。今度はどうやら無事に通れるみたいだ。 

 無事改札を抜けた僕は、魔法使いと言う組織に違和感を覚えながらも、2人が改札を抜けるのを待った。


 2人を改札の出口から眺めていると、夏望ちゃんはすぐに改札からこちらに来たが、結翔はなかなか来ない。

 どうしたのだろう?


 「結翔、来ないね?」


 「多分、石を預けてるはず・・・あ!」


 夏望ちゃんは何かに気づいて声を上げる。


 「ごめん、彩香お兄ちゃん。

 石のこと言うの忘れてたね」


 よく分からないが謝る夏望ちゃん。

 石・・・?

 そういえばうさぎの化け物を倒した後で何かを2人は探していたのを思い出す。


 「よう、それじゃあ帰るか」


 そんなことは知らない結翔はそう言って遅れてこちらにやって来た。


 「結翔お兄ちゃん、彩香お兄ちゃんに石のこと言うの忘れてたね」


 「・・・・・・あ!! すっかり忘れてた。

 そうだな、あれなら確か資料室にレプリカがあったと思うからそれを借りてこようか?」


 「そうだね、報告書も書かないといけないし、その時にそれを彩香お兄ちゃんに見せれればいいからね」


 「案外そのほうが説明が早いかもな」


 2人で何か話しているみたいだが、今の僕にはよく分からない。

 

 「とにかく、今は帰って着替えをしよう。

 待たせて悪いな彩香、それじゃあ施設に戻るぞ」


 そう言って建物から出て行く結翔。

 どうやら何か僕への説明を忘れていた様だ。

 まあ後で教えてくれるみたいだし、とりあえず結翔の後をついて建物から出ることにした。


 建物の出口を抜けると、そこは施設の庭につながっていて、向こうに午前中に探索したときに見たと思うバスケットボールのコートが見える。


 近くの立て札にも、僕が思った方向に『東側玄関』と書いてあるので、多分午前中に見た場所で間違いないだろう。


 「さて、後はこのポーチを返したら、今日の仕事は終わりだな」


 結翔は庭に出るなり体を伸ばし始める。


 「彩香お兄ちゃんお疲れ様。

 初めての外出だったけど、どうだった?」


 どうだったと夏望ちゃんに聞かれ、外出でのあったことを色々思い出す。

 そして僕の口から出た感想は・・・


 「まあ、散々だったかな」


 ため息をつきながら感想を述べた。


 2人はそれを聞いて、「最初にあの体格のウサギと戦ったらね〜」とか、「百子にいびられたからだろ」などと笑いながら話す。


 それでも一応無事に帰ってこれたんだ。

 外出での危険も分かった。

 今日の所はこれでいい、と思う事にした。


 「それじゃあポーチを返しに行こうぜ」


 後はポーチを返したら外出終了みたいなので、それを返すために皆んなで中央玄関に向かった。


 それから中央玄関に向かう道中、結翔や夏望ちゃんとは違い僕の方はここに来たばかりなので、色々と物珍しく庭をキョロキョロしながら歩いていた。


 そのため2人からはある程度後ろを歩いていた。


 しばらく辺りを見回しながら歩いていると、ふと木の物陰に何か人影が見える。

 その人影は、地面を何かを探す様にその辺りをウロチョロしていた。


 一体何だろうと不思議に思い近づいてみると、その人影が急に僕の方を急に振り向く。


 「うわ!」 「キャ!」


 驚いてお互いに尻餅をつく。


 「ご、ごめんなさい。大丈夫で・・・」

 

 すぐに立ち上がり、同じく尻餅をついたであろう人の所に謝罪に行くと、そこにいたのはなんとクレハだった。

 

 「クレハ!? こんなとこで何しているの?」


 「・・・・・・なんでもない。

 私は大丈夫、彩香」


 クレハは直ぐに立ち上がり、手で服を払いながらいつも通り愛想なく答える。


 「どうしたの、こんなところで?

 それに服も何だか汚れているし・・・」


 何をしていたかは知らないが、クレハの服は尻餅をついて汚れた以外にも服は汚れ、顔にもドロが少しついている。


 「なんでもない・・・だから気にしなくていい」


 なんでもないと言われても・・・

 そんな服を汚している女の子を放っておくのも気がひける。


 それに・・・


 「私の事はいい・・・それよりも外出から帰って来たのなら、早く報告を済ませた方がいい」


 クレハは僕が強化服を着てるのを確認したからか、そう言いはなつと、この場を離れようとする。


 「ちょ、ちょっとクレハ待って・・・」


 「おーい、彩香ー。

 何やってんだー、行くぞー」


 ちょうどクレハに声を掛けたと同時くらいに、僕が後ろにいないのに気づいた結翔が僕を呼んだ。


 「・・・分かった、すぐ行くよ」


 前を歩いていた結翔の方を向き、返事をする。


 それからまたクレハの方を見ると、そこにはもう彼女の姿はなかった。

 しばらく辺りを見回し、どこに行ったか探したが、結局見つける事は出来なかった。

 仕方がないので、とりあえず前を歩く2人の元に急いだ。


 「どうしたの彩香お兄ちゃん? 何かあった?」


 夏望ちゃんに質問され、僕は・・・


 「まだこの辺りに慣れてないからね。色々目移りしちゃって遅れたんだ。2人共ごめんね」

 

 クレハにあった事を伏せておいた。

 理由は、さっきの彼女の様子がどうしても気になったからだ。


 振り返りクレハと会った辺りをもう一度確認する。

 そこにはもう誰も居なく、背の高い木々が風になびいているだけだった。

 後ろ髪を引かれる思いで、この場を後にする。


 そして2人に聞こえない、とても小さな声でボソッと僕は独り言を言った・・・


 「何でクレハ、泣きそうな顔してたんだろう?」

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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