第11話:時計塔
投稿が遅れに遅れてしまいました。申し訳ございません。
やっと話も施設から外に出ることができました。
僕の討伐隊での初仕事、一緒に行ってくれるのは結翔と夏望ちゃんだ。
準備室から外出用の道具一式を貰った僕は、夏望ちゃんとの待ち合わせ場所に急いだ。
夏望ちゃんとの待ち合わせ場所は、中央玄関の噴水の前だった。
クレハがまだいるのでは無いかと思ったが、さすがにあれから2時間近くたっているので、ベンチには誰も座っていない。
「あ、結翔お兄ちゃんと彩香お兄ちゃん」
噴水の近く、夏望ちゃんは元気よく手を振っている。
夏望ちゃんの格好は僕と同じ柄のブレザーで、スカートにスパッツを履いている。
多分僕と同じタイプの強化服だとは思うのだが、やはり結翔だけ何だか格好がおかしい、何故なんだろう?
「悪いな夏望、彩香の外出の準備をしてたら少し時間が掛かったんだ」
「大丈夫だよ。外出は危険だから準備はしっかりしないとだしね。
それにしても彩香お兄ちゃん、強化服をブレザータイプにしたんだ。
彩香お兄ちゃんはてっきりスーツタイプにすると思ったのに意外だな〜」
「・・・スーツタイプ? 何のこと?」
「強化服の種類だよ。
ブレザータイプとスーツタイプ、あと結翔お兄ちゃんみたいにオーダーメイドもあるんだけど・・・あれ? 確か購買部で選べたはずだよ?」
「こ、これは俺が適当に選んだんだよ。
悪いな彩香、適当に選んで。」
結翔は僕が質問するよりも早く夏望ちゃんに言い訳をした。
強化服は結翔が忘れていたので、購買部のちえさんが気を利かして用意してくれたのだ。
だから種類が選べたなんて知らない。
種類があったなら正直選びたかった僕は、結翔に文句を言おうと彼の顔をじとーと見ると、「悪い、許してくれ」と言いたそうな顔をしている・・・しょうがない、今は黙っておいてあげよう。
それにしてもオーダーメイドもあるとは・・・
そもそも、この強化服とやらは一体どんなものなのだろう?
「ねえ結翔、この強化服、ただの服にしか見えないんだけど・・・何が強化服なの?」
「それはだな彩香、ちょとそこで思いっきりジャンプしてみろよ」
ジャンプ・・・?
よく分からないが、そう言われたのでとりあえず思い切り垂直にジャンプしてみる。
すると僕の体が重力を無視するかの様に、体が宙に浮く感覚に襲われる。
「え!?」
下を見ると、結翔と夏望ちゃんが上を向いて僕を見上げている。
今、僕は地面から2メートル・・・いや3メートルぐらい上だろうか、まあその辺りにいる。
ただ、思いっきりジャンプしたらこうなった。
これが強化服の力なのだろうか?
上空を舞う僕はその景色を堪能しながら、ふとある事に気づく。
・・・着地をどうしよう?
そろそろ僕の体は重力に逆らうことなく落ちて行くはずだ。
しかし、こんなに高いところから落ちたことなど、今までの僕の記憶にはない。
何もできないまま、僕の体は地上3メートルぐらいから落ちていった。
結論から言うと、着地には失敗した。
だけど、幸か不幸かどこにも怪我は無かった。
何事もなく立ち上がった僕は、目をパチパチさせながら2人の方を見た。
すると、いつのまにか結翔が、どこから持ってきたのか分からない太い木の棒を持っているのが見えた。
「彩香、ちょっと両手を上げて動くなよ」
そう言われたので、言われた通りに両手をあげる。
すると次の瞬間、結翔は僕のお腹のあたりに向かって持っていた木の棒をフルスイングで振り抜いた。
バキィ!!
凄まじい音と共に、太い棒は僕の腹部に当たり2つに折れた。
「急に何するのさ!!
びっくりするじゃ無いか!!」
僕が怒って結翔を見ると、結翔は笑って答えた。
「悪い悪い、痛かったか?」
痛いかどうかと言われたら・・・別に痛く無い。
それでも、結翔が持っている太い木の棒はバキバキに割れ、片割れが地面に転がっているそれを見れば、結翔が半端な力で殴ったのではない事は理解できる。
先程の着地失敗といい、怪我をしてもおかしくないはずなのだが、どうなっているんだ?
「これが強化服の力だ。
高くジャンプできたのも、木の棒が真っ二つになるまで叩いたのに怪我しなかったのも、全部強化服のおかげなんだ」
「いや、まあそうなんだろうけど・・・先に説明位してくれてもいいじゃないか!」
「彩香お兄ちゃん、強化服のテストは急にやらないと意味がないんだよ」
結翔に向かって怒っていると、夏望ちゃんは間に入ってそんなことを言ってくる。
強化服のテスト・・・? どうゆう事?
「強化服は、強化服自体が丈夫って訳では無くて、強化服を着た魔法使いの体を強化してくれる服なんだよ。
強化服が、お兄ちゃんの魔法の力を勝手に身体能力を上げる力に変化させてくれてるって言った方がいいかな。
魔法の力を使っているから、着てる魔法使いによって効果がある人もいれば、イマイチの人もいるんだ。
だから何も知らない、完全に油断をしている時に、こうやってテストしておかないといけないんだ。
外出はいつ何処でどんな事があるか分からないからね」
夏望ちゃんはそう説明してくれる。
説明を聞くに、どうやらこの服を魔法使いが着ると色々と体が強くなれるみたいだ。
強化服を引っ張って確認して見る。
説明を受けたが、どう見てもただの布の服にしか見えない・・・
「要するに僕が外に出て大丈夫かのチェックをしたって事?
でも、もしさっきの木の棒で怪我をしたらどうするつもりだったのさ」
魔法の力を使っているので、人によって効果にばらつきがあるテストだったのは分かったが、殴られたのも真実だ。
ムッとなって結翔を睨んだ。
「まあそう怒るなよ。
その為に最初にジャンプさせたんだ。
ジャンプ力が飛躍的に上がれば強化服がしっかり働いていることがわかる。
逆に少ししかジャンプ出来なかったら、それは強化服で身体能力が上がっていない証拠だ。
棒で殴ったのは、一応確認しておかないと外で怪我しました、では遅いからな。
それにお前は思ったより高く飛んだからな、遠慮なく行かせてもらったぜ」
結翔は僕にサムズアップをしてにっこり笑った。
遠慮なくねえ・・・バキバキに折れて転がっている太めの木の棒を見れば、結翔が遠慮なく殴ったのは一目瞭然だ。
「・・・分かった、そうゆう事にしておく」
あくまで安全に外出する為のテスト・・・と、ゆう事にしておいた。
「それじゃあお兄ちゃん達、そろそろ南門に行こうよ」
「そうだな、近くとはいえ早く行かないと最近すぐに暗くなるからな。彩香、行くぞ」
2人は中央玄関の道を南門に向かって歩く。
きっと昼前に行った南門から外に出るのだろう。
彼らに頷き僕は後に付いて歩いた。
『south』と書かれた南門の前に着く。
それにしても大きくて立派な門だ。
「彩香何してんだ、行くぞ」
「彩香お兄ちゃん、行くよ」
門を眺めていたら2人に声をかけられる。
門の両端には小屋があり、2人は僕から見て左側の小屋に行こうとしていた。
「あ! ごめん、すぐいくよ」
返事をして、2人が向かっている小屋の方に歩き出す。
小屋の中は役場事務所の様になっていて、数人の人がここで働いている。
「それじゃあ紙を出してくるから、ちょっと待ってろよ」
小屋に入るなり結翔はそう言い、受付と書かれた場所に1人で行ってしまった。
「ねえ夏望ちゃん、ここは何?」
結翔は1人行ってしまったので、今のうちに夏望ちゃんにここについて聞いてみた。
「ここ? ここはね、魔法使いが外出する時に通る検問所なの。
ここで外出の書類とかを提出したり、持ち物をチェックしてから外に出る決まりなんだよ」
「外に出るだけなのに随分厳重なんだね」
「私達魔法使いは基本的には外に出れないからしょうがないよ。
それに、外で何かあったらすぐに駆けつけれるようにしないといけないからね」
「何かあった時?」
「まあ・・・色々だよ」
夏望ちゃんはそう口を濁す。
何かあった時、普通に考えれば命の危機ってところか。
後は外出した魔法使いが、脱走を企てた時の足取りを掴んだり・・・だろうか。
よくよく考えれば、常に外出は3人以上ってのも、1人だと危険と言えば聞こえはいいが、お互いに監視し合うって意味もあるのだろう。
まあ・・・こう言った話はあまり話したくないだろし、ここは話を変えることにした。
「ところで外の大きな門・・・南門かな? あそこから出るの?」
「南門が開くのは車が出入りする時だけだよ。
大きいからね、普段は開くことは無いよ」
そうなのか、あの大きな門が開く瞬間を少し期待したので残念だった。
でも、だったら何処から出るのだろうか?
そんな事を疑問に思っていると、僕と夏望ちゃんを呼ぶ声が聞こえた。
声の方を見ると、結翔が手招きでこちらを呼んでいる。
どうやら無事に書類は通ったみたいだ。
呼ばれたので、夏望ちゃんと結翔の元に急いだ。
「それじゃあゲートを通って外に行くぞ」
結翔は親指で小屋の奥を指差しながらそう言った。
ゲート?
何のことだろうと結翔の指差す先を見る。
そこには、世間一般に魔法陣と言われている代物が壁にデカデカと書いてあった。
きっとあれが外につながる出入り口なのだろう、なんだか一気に魔法使いになった気分で、テンションも上がる。
ただし、その魔法陣の前に、駅の改札の様な機械がいくつも並んでなければの話だが・・・それが全てを台無しにしている。
ここの魔法使いは、どうしても無駄に機械を導入したがるようだ。
「彩香お兄ちゃんどうしたの?」
「あ・・・ごめんね、大丈夫だよ夏望ちゃん」
改札を眺めていたら、夏望ちゃんに話しかけられた。
外は危険だと言っていたのにこれではダメだな。
自分の顔をペチペチ叩き気合を入れ直す。
「それで、多分だけどあの魔法陣・・・でいいのかな? あれから外に出られるの?」
「そうだ、その前にこいつを通るんだけどな。
まあついて来いよ」
結翔は改札を通って行く。
結翔が改札を通ると、ピンポーンと電子音が流れ、改札を何事も無く通って行く。
・・・やっぱり何処からどう見ても駅の改札にしか見えない。
その隣の改札を夏望ちゃんも問題なく通る。
よく分からないが、僕も後に続けばいいのかな?
2人に続いて改札を通ろうとした。
その時、
ブーブーブーブーブー・・・
僕が改札を通るとブザー音が鳴り響き、改札の遮断機が勢いよく僕を通せんぼした。
「え? え? なに?」
よく分からず、改札で1人パニックになっていると、すぐ近くにいた女の人が近づいてくる。
彼女は、僕が通ろうとした改札のモニターを確認する。
僕はオロオロしながらそれを見ていた。
暫くして彼女は僕の方を向き、
「申し訳ないですが、右のポケットの中を見せて下さい」
と言ってくる。
ポケットの中?
確かこの中には携帯電話や部屋の鍵を入れてたような?
それをとりあえず女の人に見せる。
「彩香、お前携帯電話持って来たのか?」
ブザー音に気づいたのか、結翔は僕の所にいつの間にか戻って来て、そんなことを言う・・・携帯電話って持って来ちゃダメなの?
「あーそうか、お前ちょっと前まで一般人だったもんな。
ここで外出する時は、メモリーダイヤルと強化服、それにこのウエストポーチ以外は外に持ち出し禁止なんだよ」
「そうなの?」
「最初に説明を受けたと思うけど、俺たち魔法使いはこの世界で隠れて生きているからな。
携帯電話とか、俺たちの事を知られたらまずいものをもってでちゃダメなんだ。
だからここで、そう言うのを持ち出さない様にしてるんだ。
俺達にとってこれは普通だけど、お前は・・・そうだよな、今まで携帯電話は常に持ってる物って認識してるよな」
まあ、僕の普通ではそうなる。
携帯電話は持って出たらダメなのか・・・携帯電話を眺めながら思う。
それにしてもすごい改札だな。
ただの改札だと思ってたけど、僕のポケットに携帯電話が入ってるのが分かるとは。
どういった作りなのかちょっと興味があるな。
・・・そんなことより、この携帯電話をどうしよう?
携帯電話を持って考えていると、最初に来てくれた女の人がカゴとペンを渡してくれた。
どうやらこのカゴに携帯電話や鍵を入れて、カゴに名前を書いておけば、帰って来た時に返してくれるみたいだ。
それらを預けると、もう一回改札を通ってくれと言われた。
言われた通り改札をもう一度通ると、今度は何事も無く無事に通り抜けることができた。
やれやれ、どうにか無事に通過出来た僕は、魔法陣の前にいる夏望ちゃんの元に急いだ。
「何かあったの、彩香お兄ちゃん?」
魔法陣の前で待っていた夏望ちゃんはそう質問してきたので、先程の事を説明する。
「そうだったんだ、ごめんね彩香お兄ちゃん。
私も気づいてあげれたらよかったんだけど」
「気にしなくていいよ、夏望ちゃん。
それにこれからもこんな事があると思うから、その度に教えてね」
夏望ちゃんは、にっこり笑って大きく頷いてくれた。
さて、それじゃあ外にどうやって出るのだろうと壁の魔法陣の前に立つ。
壁の魔法陣は、遠くから見ても大きいと思ったが、近くに来るともっと大きく感じる。
それと、壁の魔方陣は大体3分の1くらい下は地面に埋まっていて完全な丸では無かった。
「彩香、何回も言ったかもしれないけど、ここから一歩外に出るとすごく危険だらけだからな。気を抜くなよ」
「それは分かってるんだけど、どうやって外に出るの?」
「この魔法陣を使えば直ぐ外ですよ」
僕の疑問に、後ろから声をかけて来たのは、先程改札にいた女性だった。
彼女は壁の魔法陣に近ずくと、魔法陣に手を当てる。
次の瞬間、物凄い風が吹く。
驚いて目を細める。それから風が収まって前を見ると、魔法陣が書かれた壁に魔法陣と同じ大きさの穴が空き、そこから外の景色が見える。
なるほど、こうやって外に出るのか。
なんだか僕、魔法使いやってるなぁ・・・そんなことを思いながら、ぽっかり空いた穴を眺めた。
結翔は足早にその穴の空いた壁から外に向かう。
「彩香お兄ちゃん、さあ行こうよ」
そう言う夏望ちゃんは外に行こうと張り切り、僕の背中を押しながら進もうとする。
僕より年下の女の子なのに、思ったより力がある夏望ちゃんに押されながら、外に急ぐ。
「初めての外出ですね。
気をつけて行ってきて下さいね」
出入り口を作ってくれた女の人は笑顔でそう言い、手を振ってくれた。
「ありがとうございます。行ってきます」
夏望ちゃんに押されながらお礼を言った僕は、結翔に続いて外に出た。
外に出て辺りを見渡すと、周りは木だらけ・・・山だから当然か。
クレハと来た時は夜だったので特に何も思わなかったが、どうもこのあたりの木は、普通より高く大きく感じる。
なので人が通れる山道は明るいが、木の生い茂る森の方は薄暗く、何やら不気味だ。
ふと先程出て来た出入り口を見ると、もう穴が塞がっていて何処から出て来たか分からなくなっている。
「さて、それじゃあ行くぞ。
彩香、ちゃんと付いてこいよ」
結翔は元気よく先を歩く。
外は危険だ・・・そう言われていた僕はとにかく周りを警戒しながら歩き出した。
「彩香お兄ちゃん、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。
とにかく、はぐれないように私達について歩いてね。
何かあったら私達がとりあえずなんとかするから」
「分かったよ。ありがとう夏望ちゃん。
ところで、これから何処に行くの?」
「目的地は直ぐそこだよ」
夏望ちゃんはそう言って、向こうを指差す。
指差す目的の建物は、どうやら初めてここにきた時に見えていた、もう1つの建物の方みたいだ。
建物から建物までの距離はそう遠くないので、本当に直ぐに着く。
なるほど、先生が少しだけ外出と言っていたのは近くだからだったんだな。
歩いて10分位か、建物に近づくと綺麗な花が咲き乱れたアーチ状の大きなゲートがあった。
そこをくぐり、その先の高台に行く階段を登る。
すると、きちんと整備された開けた場所が目の前に広がり、目的の建物がそこにあった。
建物は2階建て位の建物で、三角形のとんがり屋根が特徴的な建物だ。
入り口が両開きの大きな木の扉で、建物の割に大きすぎてなんだか不恰好だ。
ここに来る前までは割と大きい建物と思っていたが、高台にあるのと、周りの大きい木で下部分が見えないせいでそう思っただけで、近くに来ると思ったより小さかった。
建物の周りは開けた芝生が生い茂る場所になっていて、建物をぐるっと一周等間隔に大きな木が6本生えている。
その木の1つ1つに、多分魔法使いだとは思うが、彼らはどういう訳か皆木に手を当て、下を向いている。
この場所には他に、何人か魔法使いだと思う人の姿があり、とても重要な場所であることがわかる。
「さあ時計塔に着いたぞ」
「・・・これが時計塔?」
そう疑問符をつけて2人に話しかけた。
何故なら、時計塔と言われた目の前の木造建物が、『塔』と言う名前が付いているにもかかわらず、どう見ても『塔』では無いからだ。
まず、2階建の建物を一般的に塔とは言わない。
それに、この建物には肝心の『時計』の要素がどこにも見つからない。
一体この建物の何が時計塔なのか全然分からないのだ。
「なんで時計塔って呼ばれてるの?」
「まあ、そうなるよな。
俺もなんでこれが時計塔って呼ばれてるのか分からないんだ」
「そう言われたら私も知らない。
みんなが時計塔って言っているから私も時計塔って言っているし」
2人ともなぜこれが時計塔なのかははっきり分かってないみたいだ。
「それで、先生はなんで僕を此処に行く様に言ったの?」
「それはだな・・・この中に異界に行く道が封印されているからさ。
ここで俺達魔法使いが働いている理由の1つだな。
今日は彩香に、この場所で俺たちが何をしているかを知ってもらう、『異界の入り口見学ツアー』てとこかな」
結翔がそう説明していると、向こうの方から背の高い1人の女性が話しかけてきた。
「やあ結翔、この子が新しい子かい?」
女性はポケットに片手を手を入れて、そう言いながら僕らのとこに歩いてきた。
「ああ、こいつが新しい討伐隊のメンバーさ」
「へえ、話は聞いてたけど、女の子みたいな男だね。あんた名前は?」
「・・・一ノ宮彩香です。初めまして」
女の子見たいな男と言われ、少しムッとする。
「あー百子、こいつ自分の見た目にコンプレック持ってるから、見た目はあまり言わないでやってくれ」
「そうなのか?
それは悪かったな。
あたしは桜井百子って言うんだ。
守備隊のリーダーをやってる、よろしくな」
桜井百子と名乗った女性は謝り、それから自己紹介をしてくれた。
「あ・・・はい、よろしくお願いします・・・桜井さん」
「百子でいいよ。
ここは苗字を持たないやつもいるから、基本的に下の名前をみんな呼んでるからな。
・・・と言うか結翔! お前はリーダーになったんだから、その辺を新人にちゃんと教えないといけないだろう」
百子さんは結翔を怒り始める。
怒られた当の本人は適当な感じに相づちをうっている。
「百子お姉ちゃん、元気?」
怒られている結翔を尻目に、僕の後ろからぴょこっと顔を出した夏望ちゃんが、百子さんに挨拶する。
「夏望も一緒か、ああ元気だよ」
百子さんはそう言い笑いながらこちらに近づき、夏望ちゃんの頭をガシガシ撫でる。
夏望ちゃんはニコニコしながら、されるがまま頭を左右に揺らされている。
それにしても百子さんは背が高い。
見た目はそんなに歳をとっているように見えないが、背が高いのでとにかく威圧感がある。
頭を撫でる・・・と言うか振られている夏望ちゃんの背が小さいのもあるが、とにかく百子さんは身長が高かった。
「それじゃあ百子、彩香に守備隊の仕事を教えてやってくれよ」
結翔がそう言うと、百子さんは頭を撫でるのをやめて僕の方を見る。
「ああ、分かっているよ」
「百子お姉ちゃん後でね〜」
手を大きく振って夏望ちゃんはそう言うと、結翔と2人でここを離れようとする。
「2人は行かないの?」
そう僕が結翔に質問すると、
「俺らはここでは管轄外だからな。まあ、頑張れよ」
と言われた。
何を頑張るんだろう?
「それじゃあ早速だが、あんたにここについて説明していこうかね。
とりあえずこっちについてきな」
百子さんは残された僕にそう言うと、時計塔と言われる建物に歩いていく。
・・・・・・どうもこの人には少し恐縮する。
威圧感があると言うか、喋り方が怖いと言うか、とにかく僕の第一印象は苦手な人って感じだ。
「何やってんだい! 早くきなよ!」
「は・・・ハイ! すぐ行きます」
考え事をしていたら怒られた・・・
僕は急いで百子さんの後を追った。
時計塔と言われる建物の前、建物に対して不釣り合いな大きい両開きの扉の前に来た。
さっきから建物に近づくにつれて、何だか変な不快感がある。
こう、なんだかネバネバしたぬるま湯の中にいるような・・・この建物の近くになればなるほど不快感は増していて、建物の前は特に不快感がすごかった。
「何か変わった感じはあるかい?」
不快感でそわそわしている僕を見てか、百子さんはそう聞いてくる。
「はい・・・なんて説明したらいいか分からないんですけど、何だか気持ち悪いです」
「そうかい、まあ討伐隊に入れるくらいだからな」
百子さんはそんなこと言って、右手を前に出した。
それからすぐ右手の手首が光り輝くと三又の槍が現れた。
多分百子さんのメモリーダイヤルかな?
百子さんはさらにそのメモリーダイヤルから出したと思われる槍を地面に刺す。
すると刺した地面が光り出して円状にどんどん広がっていき、光の円は僕と百子さんを囲うくらいに大きくなった。
「どうだい? もう平気だろう」
地面に深く刺さった槍を杖を持つように持っている百子さんは僕に問いかける。
確かにさっきよりかは幾らかは和らいだ。
「はい、もう大丈夫です
えっと・・・ありがとうございます」
そうお礼を言って僕は、物珍しく光る地面をキョロキョロ見ていた。
「本当に魔法を知らないんだな。
これは大地の魔法で、結界を作る魔法さ。
この円の中にいると異界の風の影響をある程度シャットダウンしてくれる。
大地の魔法の基本中の基本の魔法だ」
「それじゃあ、さっきからの嫌な感じは異界の風のせいだった・・・という事ですか?」
「そう言われている。
魔法は異界の風を使うと言うのはあんたも聞いていると思うけど、魔法の力が強いやつは異界の風を吸収しやすい体質とも言われているんだ。
だから魔法の力が強いやつほど異界の門に近ずくにつれ吸収する量が大きくなり、違和感を感じる。
まあ別に魔法使いならそれ位で死ぬことはないから安心しな。
多分嫌な感じはこの建物に近づいたあたりからだと思うが、違うかい?」
「はい、多分そうだと思います」
「そのはずだ。周りを見てみろ、6本の木があるだろう?」
百子さんに言われて周りを見る。
最初来た時も思ったが、この建物の周りをぐるっと等間隔に円状に大きな木がある。
「その6本の木の1つ1つに魔法使いが立っていて、木を媒体にこんな感じに結界を張っている」
百子さんは足元の光る結界を指差し説明する。
「魔法ってのは1人よりも2人、3人と増えた方が強力になるんだ。
まあそれでも外にだいぶ漏れ出てしまうけどな。
だからこの山の外にも魔法使いが待機して、結界を張ってこの山全体から異界の風を出来るだけ抑えるようにしている。
施設の庭にも何人かここと同じように結界を張っているんだが・・・見なかったか?」
そういえば、木に手を当てて、何かうなだれていた人がちらほら見えたけど、あれは仕事をしてたんだな。
話しかけなくてよかったと思いながら、百子さんに見たと報告した。
「ここと施設は近いからな。
異界の風のせいで体調が崩れたら困るから、ああやって施設の中にも結界を張っている。
まあこれが守備隊のやっている事だ。
その性質上、守備隊の大半が大地の魔法使いになっている。まあ全員じゃないがな」
「それじゃあ、大地の魔法使い以外の守備隊の人は何をしているんですか?」
「守備隊全員に言える事だが、当然この周辺にも異界の風の影響を受けた生き物が現れる。
結界を張る以外にもそれらの討伐、それと水の魔法使いは結界の木の成長を助ける仕事をしている。
水の魔法には、植物の成長を助ける液体を作り出すことができる魔法もある。
大地の魔法でも木の成長は出来るが、ある程度限界があるからな。
水の魔法と合わせる事でより強固なもの出来上がる。
大地と水の魔法はお互いに相性がいいからな」
水と大地の相性がいい・・・か。
何と無くゲームとかで水の弱点が木だったりするから、そう言うものと思っていたが、物は使いようってところか。
「あとは、この建物に無断で侵入しようとする者を監視してるのも私達の仕事だ」
「建物の中に入っちゃダメなんですか?」
「許可が無いと絶対入ってはいけない。
私でさえも一回も入った事はない。
だからこの中がどうなっているかとかは質問されても答えれないぞ」
「そうなんですか?」
「この中に強引に入ろうなんて奴は今まで1人もいないし、強引に入ろうとしても、このドアは魔法の力で生半可な力では開かない仕組みになっている。
そもそも、今回は特別に近くまでいるけど、本来はこんなに近くにいる事すら禁止されてる。
そう言ったわけで、この中に異界の入り口があるってのも、実際に見てないから本当かどうか分からない」
「結翔や夏望ちゃんは入った事はあるんですか?」
「いや、無いはずだ。それどころか先生以外、ここにいる魔法使いはこの中に入ったことがないはずだ。
先生だけは年に2、3回本部の魔法使いと、この中に入って、異界の調査に行ってるみたいだけどな」
「そうなんですか・・・でもなんでそこまでこの中に入るのを禁止してるんですか?」
「単純に危険だから。
あとは魔法使いお得意の秘密を守る為だ」
百子さんはため息を吐きながらそう言う。
「大きい声じゃ言えないけれど、この組織は秘密が多すぎる。
得体の知れない・・・あるかどうかも分からない物を私達は『守れ』と言われているんだ。
上層部の魔法使いはある程度真実を知っているんだろうけど、少しは末端に分かるくらい見せてほしいもんだ・・・」
そう愚痴を漏らす百子さん。
言ってる事はあってると思うし、僕もそう思う。
それから暫く百子さんは組織についてや守備隊の部下について、僕に愚痴をこぼした。
・・・それを見て、魔法使いも大変だなと思ったし、百子さんも結局のところ同じ人間なのだと感じた。
「・・・っと悪いな、話が逸れたみたいだ。
一応以上がここの大体の説明だ。
質問がなければ結翔たちのところに戻るぞ」
特に質問のなかった僕は、大丈夫だと百子さんに伝える。
それを聞いた百子さんはずっと持っていた槍から手を離す。
すると槍が光り輝き、メモリーダイヤルはその場で元の腕輪に変化していく。
百子さんはそれを空中でキャッチして右腕にはめた。
・・・ちょっとかっこいいメモリーダイヤルの回収の仕方だ。
手から離れると元に戻るメモリーダイヤルの性質を利用して回収するのか、今度僕も真似してみよう。
そんなしょうもない事を考えていると、急に体が不快感に襲われた。
周りをよく見ると、先程まであった結界が無くなっていて、地面は緑の芝生に戻っていた。
粘つく不快感に顔をしかめる。
「やっぱり変な感じがするのかい?
まあそれだけここで不快感があるんなら、魔法使いの素質は大いにあるんだろう」
百子さんはのんきにそんな分析をしている。
別に我慢出来ないわけではないが、早くここから退散したいので、そそくさ時計塔から遠ざかった。
ちょうど建物の周辺の木に差し掛かった辺りで不快感が薄らいでいく。
結界の外に出たからだろう。改めて結界の偉大さを知った。
「そんなに嫌なのかい?
結翔や夏望も近ずくのを凄く嫌がるんだけど、あたしはそんなに感じないんだけどねえ」
そそくさ退散した僕の後ろをのんびりと百子さんはついてきた。
結翔や夏望ちゃんがついて来なかったのはこれが嫌だっただからだな。
やれやれとため息をつき、僕は時計塔をもう一度振り返り、それから結翔達を探した。
時計塔から離て、百子さんと結翔達を探していると、花のアーチのゲートの方から血まみれの結翔と夏望ちゃんが出てきた。
「ど、どうしたの2人とも!」
「ん・・・ああ、彩香。
百子のレクチャーは終わったのか?」
「いや、そうじゃなくて、どうしたの?
2人して血まみれじゃないか!?」
「ああ、これか? ただの返り血さ」
結翔はタオルの様なもので顔や服を拭きながらあっけらかんと話す。
「何か居たのかい?」
特に驚いた表情もなく、百子さんは2人に話しかける。
「あれは・・・ネズミかな、多分」
夏望ちゃんはそう言いながら、結翔と同じタオルの様なもので服の血を拭いている。
結翔は顔とお腹付近、夏望ちゃんは肩から下にかけて、赤い塗料をぶちまけた様にべったり血痕がついている。
2人の持っているタオルが真っ赤になっていて、それがとてもいいアクセントになって一層グロテスクに見える。
それから結翔と夏望ちゃんと百子さんの3人は、その場で何か話を始めた。
聞こえてきたのは、最近動植物の凶暴化が激しい事や、何か対策しないといけない事、多分今の僕ではわからない魔法の話など、井戸端会議を3人で始めた。
僕はと言うと、2人の返り血とその生臭い匂いで、とにかく気分が悪くなっていた。
会議が始まり20分くらいたっただろうか、百子さんは守備隊の部下の人に呼ばれて行ってしまった。
足早に現場に戻る彼女に今日のお礼の挨拶をして、僕らは施設に戻る事となった。
ちなみに2人の返り血と匂いは、会議中ずっとタオルで拭いていたらか、どうゆう訳か綺麗に取れて無くなっていた。
あのタオル、魔法のタオル・・・なのかな?
帰りも同じ大きな花のアーチを通る。それにしても立派な花のアーチだ、誰がこれを作ったんだろう?
結翔に聞いて見た。
「花のアーチ? ああ、入り口の奴か。
あれは百子が作ったんだ」
「百子さんが・・・!?」
以外だった。彼女はその様な事をしなさそうなので驚く。
「あ〜! 彩香お兄ちゃん、百子お姉ちゃんって聞いて意外って思ったでしょ」
「え!? いや、まあ・・・そんなこと思ってないと思うよ」
・・・無茶苦茶な日本語だ。
「百子お姉ちゃんだって女の子なんだからね。
お花が大好きなんだよ。
今度百子お姉ちゃんにあったら言っとこ〜と」
クスクス笑いながら夏望ちゃんはからかってくる。
・・・勘弁してくれ、そんな事言われたらどうなるか、百子さんに怒られる事を想像して青ざめる。
3人でそんな話をしながら花のアーチを抜け、施設に帰ろうと帰りの道を歩いていると、結翔と夏望ちゃんがピタッと止まった。
「やれやれ、本当に最近多いな」
「どうしたんだろうね、まあ仕方ないよ」
・・・? どうしたのだろう?
2人は止まって山の木が生い茂る一点を見ている。
2人が見ている方を僕も眺めると、物陰に大きな影が見えた・・・と思った瞬間、僕は結翔に頭を抑えられ、地面に叩きつけられた。
正確には、結翔と一緒に地面に伏せたのだが・・・叩きつけられた僕は、何か大きい物体が自分の上空を勢いよく突き抜けて行ったことに気づく。
どうやら先ほど見た影が僕らの上を通過したみたいだ。
「大丈夫か彩香?」
「大丈夫か」と言われて、叩きつけられたから大丈夫じゃないと言いたがったが、上空を突き抜けて行った物体を、顔を持ち上げ見て言葉を失う。
それは熊位の大きさで、白い体毛に覆われていて、長い耳と見たことのない不揃いの、それでも一目で危険と分かる牙を持ち、引っ掻かれたら真っ二つになるんじゃないかと思う鋭い爪を地面に突き刺し、それはこちらを赤く不気味な目で睨んでいた。
地面に伏せてる状態の僕は、びっくりしてとにかく後ろに下がった。
なんだあれは!?
何処の動物図鑑に載ってない、敵意むき出しのどう見ても危険な生物だ。
震えながらも、どうにか立ち上がることが出来た僕は、しかしパニックで次にどうしたらいいか分からない。
「彩香! メモリーダイヤルだ」
大声でそう言った結翔は僕を守る様に前に立っている。
手には最初に巨人と戦っていた時に持っていた、先の細い剣の様なものをすでに持っていた。
「メ、メモリーダイヤル、えっと・・・」
あ・・・あれ? メモリーダイヤルってどうやって使うんだっけ?
パニックでどうしたらいいか分からない。
わちゃわちゃしていると、目の前の生物はブォーブォー言いながらものすごいスピードで突進してくる。
「うわぁぁぁ」
腕で顔を隠し目を閉じて身を守る。
すると・・・・・・
「ドゴォォ」と鈍い音と「キュー」と言った可愛い鳴き声と共に、木にぶつかる音がした。
目を開け音の方を見ると、その危険な生物は吹っ飛ばされて木にぶつかり、木をなぎ倒してうつ伏せに倒れた。
飛ばされた反対側を見ると、手の甲の握ると骨が浮き出るところに、何か固い物が埋め込まれている、指出しグローブをした夏目ちゃんが立っている。
彼女があれを吹っ飛ばしたのか!?
夏目ちゃんはボクシングをするかの様にファイテングポーズをしてステップを踏んでいる。
「な・・・何なのあれ!」
その光景を見て、僕が投げかけた質問に・・・
「うさぎじゃないか?」
「多分うさぎだと思うよ」
と、2人から素晴らしい回答が返ってきた。
訳がわからない、なんであれがうさぎになるんだ?
まずサイズがおかしい、爪がおかしい、牙がおかしい、目はやばすぎる・・・唯一耳だけはそれっぽい。
パニック状態の僕を尻目に夏望ちゃんは、うさぎと言われた怪物にトドメを刺そうと腕をぐるぐる回しながら飛びかかろうとした・・・が、
「夏望、ストップだ」
結翔は夏望ちゃんを止めた。
それからこんな恐ろしいことを提案してきた。
「ここは彩香に任せよう」
なんだか幻聴が聞こえる・・・
結翔さん、一体何を言っているんだい?
「そうだね、彩香お兄ちゃんに任せようか」
・・・・・・えっと2人して何を言ってるのかな?
反論しようと言葉を選んでいる間に、結翔と夏望ちゃんは僕の後ろに陣取る。
「彩香お兄ちゃん、ファイト!」
「まあうさぎだし、もうだいぶ弱ってるから大丈夫だろう」
いやいやおかしい!!
ズブの素人になんてことやらすんだ!!
僕の後ろでニコニコしている2人に物申したいが、先程まで倒れていたうさぎが目を覚まし起き上がる。
え・・・マジですか?
目の前で、ブォーブォー言いながら臨戦態勢の熊サイズのうさぎに足をガタつかせながら、僕の人生初の『討伐』が今始まろうとしている。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




