第10話:秋空
今年の夏は色々あり、随分間隔が空いてしまいました。申し訳ないです。
どうにか10話目完成です。
感想等ありましたらよろしくお願いします。
「これ、どうしましょうか?」
魔法使い専用の武器、メモリーダイヤル。
僕と共に預けられたそれを使うと、何故か刃の無い大きなカッターナイフが現れた。
カッターナイフ・・・と言っても色んな形や大きさはあると思う。
今、僕が手にしているカッターナイフは大きさ自体はとても巨大だが、全体的に細身で綺麗に磨いたステンレス製の見た目の、刃は無いけどカッターナイフが出るスライド部分があって・・・なんだかそこらへんのスーパーに売っているカッターナイフを装飾してとにかく大きくした物に見える。
重さはと言うと、本体が貴金属の様な見た目なので、これだけ大きければ物凄く重たそうに見えるのだけれど、何故かそんなに重くはなく、僕の細腕の片手で軽々持てている。
僕にとってちょうどいい重さだ。
あと変わっているのは、このカッターナイフには長い棒状の持ち手がカッターナイフの上から下まで付いていて、現在僕はその持ち手の中間あたりを持っている。
「確かに、黒色の魔法使いがメモリーダイヤルを使うと変わったものが出ると聞いたことがあるのですが・・・こんなものが出るんですね」
先生は僕が持っているそれを見ながら困惑気味に答える。
「やっぱり変なんですか?」
「そうですね・・・とりあえずそのカッターナイフ、見せてもらってもいいですか?」
先生は僕の持つカッターナイフに近づき、色々見たり触ったりし始めた。
しばらくすると、先生はカッターナイフのスライド部分の何かに気づく。
「・・・・・・! 彩香さん、このスライド部分動かせますか?」
「スライド部分・・・ですか? 何かありました?」
「はい。このスライド部分なんですが、メモリーダイヤルと同じ魔法使いの模様が彫ってあるんです。
これを動かしたらきっと何か起きると思うのですけど・・・」
先生に言われ、スライド部分をよく見る。
そこにはメモリーダイヤルと同じ・・・かどうかは分からないが、確かにスライド部分に模様のようなものがある。
まあ物は試しだ。僕はスライド部分を上方向に動かそうとした・・・しかしそれはとても固く、全く動かなかった。
本当にこれっぽっちも動かない。
暫く四苦八苦していたが、結局全然動かなかった。
どうしようかと困っていたら、「それならスライド部分を魔法を使いながら動かせばどうか」と先生は言ってきた。
言われた通り、スライド部分に傷を治す魔法を使い、そして動かそうとする。
すると・・・・・・
ジャキン!!
という音とともにスライド部分は最上段まで一気に動いた。
動いた事に驚きつつ、カッターナイフの先端を見る、すると先程まで刃が無かったはずのカッターナイフから怪しく光る銀発色の刃が現れたのだ。
「刃・・・出ました・・・」
「そう・・・ですね」
僕と先生は驚き戸惑いながらも出てきた刃を眺めた。
出てきた刃は大体1メートル位で、カッターナイフの大きさを考えると妥当な長さだ。
ただ、出てきたその銀発色の刃は、自分が今まで見たどの金属にも当てはまらない様な・・・とても不思議な感じに思えた。
「先生、結局これはメモリーダイヤルだった・・・でいいんですかね?」
「どうでしょうね、こんなもの始めて見ましたから。
そもそもメモリーダイヤルはもっと単純な物しか出ないはずなんですけど・・・」
「単純な物?」
「メモリーダイヤルで出てくるのは、剣やハンマーだったり・・・出せばすぐ用途がわかる物ばかりなんです。
彩香さんのカッターナイフの様な・・・まず武器を出す為に魔法を使う、次にスライド部分に魔法を使う、と言った2段階も必要なことは無いはずなのですけどね」
そうなのか?
ならこれは一体何なんだろう?
「彩香さんはそういった物が出る魔法使いなのかもしれませんし、それ自体も本当に私達が知っているメモリーダイヤルなのか定かでは無いので、今は何ともいえないですね」
要するに分からないって事か。
ところでこのカッターナイフ、スライド部分を元に戻したら刃は消えるのかな?
刃を出しっぱなしも危ないので、スライド部を下に引っ張って見る。
すると出す時と違い、簡単に下に動いた。
スライド部分を下まで収納したら、銀発色の刃も消えていた。
さて、刃は収納したけどこれからどうしようか? とにかくこのカッターナイフ、大きくて邪魔だ。
それにこれを持っていると、そんなに重くないはずなのになんだか疲れる・・・ような気がする。
とりあえず先生に元に戻し方を聞くことにした。
「戻し方ですか?
私達の持っているメモリーダイヤルと同じなら、元のブレスレッドに戻る様イメージして下さい。そうすれば元に戻るはずですよ。
魔法の基本はイメージです、練習と思ってやって見てください」
『魔法の基本はイメージ』と言われてもねぇ・・・
それでも邪魔なので、とにかくやってみる事にした。
カッターナイフが元のブレスレットに戻る様に考えて・・・・・・と。
暫くそう考えていると、持っていたカッターナイフが光り輝きだす。
次の瞬間、メモリーダイヤルは元の僕の手首に戻って来た。
よかった、成功したみたいだ。
「さすがですね彩香さん、上手ですよ。
メモリーダイヤルを変化した時もそうですけど、彩香さんは魔法使いとしての才能がかなり高いみたいですね」
「・・・メモリーダイヤルを使うのは難しいんですか?」
「ある程度ここで知識を得た方なら問題無いでしょうけど、彩香さんは違いますからね。
普通の生活をしていて、いきなり魔法はイメージと言われてすぐに出来る物ではないと思いますよ」
ただ傷を治す力を使っただけなんだけど・・・
まあ昔から隠れてこの力を使って自分の怪我を治していたし、予習はバッチリ出来てたってとこかな。
「それで、このメモリーダイヤルなんですけど、注意点が2点ほどあります。
1つ目に、メモリーダイヤルは発動した魔法使いのエネルギーを使って形状を維持していると言うことです。
ですので、長時間使うと疲れてきたりします。必要以外では使わないでください。
「2つ目は、メモリーダイヤルを投げたり飛ばされたりした時など、発動した本人から離れるとその場で強制的に元のブレスレットに戻ります。
気絶した時などの、本人の意識が亡くなった時にも元に戻るので注意して下さい」
魔法使いのエネルギーを使う・・・カッターナイフを持ってから、なんだか疲れたのは気のせいじゃなかったみたいだ。
それと投擲は出来ないってことかな、気をつけよう。
それにしてもカッターナイフとは・・・また変な物が現れたものだ。
右手首に付いた銀色のメモリーダイヤルを眺める。
「彩香さんは現在討伐隊なので、それとは別に組織のメモリーダイヤルも発注出来ます。そちらを使われてもいいですし、どうしますか?」
・・・なるほど、これはあくまで僕がここに預けられた時に一緒に置いていったもので、これとは別に組織のメモリーダイヤルも貰えるのか。
「そうですね・・・メモリーダイヤルは高価な物みたいですし、これが使えるかどうか分かりませんけど・・・今はこれを使って見ます」
とりあえずは一旦これで良いと先生に伝える。
「分かりました、ではそれでお願いします。
後はこれも渡しておかないといけませんね」
先生は携帯電話と一枚のカードを渡してくれた。
「この携帯電話はここの施設内で使えるものです。
電話とメール機能くらいしか使えませんし、施設から出ると使えなくなります。注意して下さい。
ここにいる時はいつ連絡が来ても良い様に常に持っていて下さい。
それとこのカードは、この施設のIDカードになります。
プリペイドカードになっていて、毎月のお給料はこれににお金が振り込まれる様になります。
もうすでに幾らかお金が入れてありますけど、くれぐれも無駄遣いはしない様にしてくださいね」
そう言う先生から携帯電話とIDカードを受け取る。
携帯電話は電波がしっかり立っていて、すぐに使えるだろう。
IDカードと言って渡されたそれは、多分何処かで見たことのあるクレジットカード会社のマークの入ったカードだった。
まあそれでも、この様なIDカードを貰うとここの一員になれたんだなと感じる。
「私の話は以上です。彩香さんに外出していただくのはお昼からにしようと思ってますので・・・」
先生はそう言いながら時計を見る、時刻はもうすぐ午前11時になる所だ。
「少し時間がありますし、今日はとてもいいお天気ですから庭の方に出られたらどうですか?」
「庭・・・ですか?」
「はい。この建物は高い塀に囲まれてます。
そこまでの敷地を私達は庭と呼んでいるんです。ここで唯一外を自由に出歩ける場所ですね。
塀の中は安全ですから、散策がてら庭を散歩してみたらどうですか?」
・・・確かに昨日から一歩も外に出ていない。
急に環境が変わってモヤモヤしているのも確かだし、先生もそう言ってるので少し外の空気を吸って来ようかな。
「そうですね。それじゃあ行ってみます」
「午後の予定は今渡した携帯電話に連絡を入れます。携帯電話は持っていてください。
それから、くれぐれも塀の外には出ないで下さいね。
一応出入り口の門は閉まっているので大丈夫だと思いますけど、お願いします」
先生はそう注意して来たので、僕は分かりましたと伝えた。
それから先生に挨拶をして応接間を後にした。
部屋を出てエントランスにいる僕は、言われた通りに庭と言われる外に出ることにした。
エントランスから外に出ると、秋空のとても綺麗な空が出迎えてくれる。
さすがは山の中だ、空気が澄んで気持ちいい。
秋にしては少し暑い気がするが、散歩するにはちょうどいいと思う。
僕は今までの緊張や不安を全て吐き出す様に大きな深呼吸をした。
「さて、どうしようかな」
辺りを見渡してみる。
『庭』と言われる外は山の中だからか、木が生い茂り、そうでいてよく整備された、国立公園の様な場所に思えた。
よく見ると、結構遠くに先生の言っていた塀が見える。
とりあえずそこを目指して歩いてみることにした。
綺麗に整備された庭を僕はキョロキョロしながら道なりに歩いた。
庭は本当に広く、バスケットボールコートやテニスコートなどのスポーツする所があったり、体育館の様な建物も見える。
昔、爺さんに連れられて出かけた、海外の富豪の家並みの施設だ。
ここで生活する魔法使いはここから出れないみたいなので、きっと飽きさせないように色々あるのだろう。
道には案内標識の様なものもチラホラあり、とても親切だ。
案内標識によれば、先程僕が出て来た所は『東側玄関』らしい。
昼前で大体の人は外出をしていると思っていたが、周りには結構人がいて、さっき見たバスケットコートでは数人がバスケットボールをしている。
少し変わったことといえば、ここら辺に生えている木が比較的どれも高くて大きい様な感じがする事だ。
それと歩いていると、柵で囲った一際大きな木があった。
その柵の中に男の人がいて、彼は木に手を当てて下を向きうなだれている。
一体何をしているんだろう?
そんな感じでしばらく庭を歩いていると、先生の言っていた高い塀の近くにたどり着く。
塀は大体3メートル位かな? とにかく高い。
それに塀の近くには登れるような物が無いので、ここから脱出はほぼ不可能だろう。
なんだか監獄にいる気分だ。
とりあえずここまで歩いて見たけど、これからどうしようかな・・・
周りを見渡すと、『中央玄関、南門』と書かれた案内標識が目に付いた。
特に当てもない散歩なので、帰りは中央玄関を目指して帰る事にした。
案内標識に従って道なりに歩いていると、大きな木の門にたどり着く。
門の上の辺りには『south』と書いてあった。
多分南門・・・だと思う。
門は大きく、門の両端には小さな小屋のような物があった。
『south』と書かれた門の周辺は他と雰囲気の違うとても大きな大通りになっていて、大通りの先には噴水と組織の建物が見える。
組織の建物は外から見ると、とにかく大きい。まるでショッピングモールとホテルが合体した建物に見える。
魔法使いは隠れていると言っていたけど、この規模はさすがにバレるのでは? と、感じてしまう。
さて、そんなに長く歩いたわけではないが、幾分か歩いて気分転換は出来た。
近くの案内標識も、噴水の方向を中央玄関と示している。
多分噴水の向こう側が中央玄関なのだと思うので、そろそろ帰るとしよう。
噴水に近づくと、建物の大きくて立派な入り口が見える、中央玄関前の噴水とマッチしていて凄く良い。
噴水の周りもとても素敵な場所になっていて、ベンチなんかがある憩いの場所みたいだ。
とても綺麗な場所なので、ちょっとベンチに座って休もうと思っていると、並んであるベンチに見慣れた人が・・・と言うか、クレハが座っていた。
彼女を見かけた瞬間、僕は近くの物陰に隠れた。
別に隠れる必要はないのだが・・・何と無く隠れてしまった。
本日二度目のクレハは、ベンチに座って空を眺めている。
空には雲があるだけで、彼女は本当に何をするわけでもなくただ空をじーっと眺めている。
一体何をしているかは分からないが、このまま中央玄関に直進すれば、多分僕の存在は気づかれるだろう。
うーん、困った・・・何も言わないで通り過ぎるのはなんだか悪い気がする。一応同じ討伐隊になった訳だし、普通なら先輩になるわけだから挨拶すべきと思う。
でもクレハだからなぁ・・・・・・話しかけずらい。
だからと言ってここまで来たのに遠回りに帰るのもめんどくさい。
でも朝はあんな感じだったからなあ・・・
物陰に隠れたままどうしようか悩み、結果しばらくクレハを観察する事にした。
・・・それから5分程経ったと思う。
クレハはまだ空をじーっと眺めている。
さっきから彼女はベンチに座ったままピクリとも動かない。
ただ空を眺めているだけなので、飽きたらどこかに行くと思って待っていたのだが、一向に立ち上がる気配がない。
そんなに空に面白い物があるのかと彼女と空を交互に眺める。
もちろん何か特別な物が空にある事はなかった。
一体クレハは何をしているのだろう、それに僕は隠れて一体何をしているんだろう・・・
そんなクレハを観察していると、ポケットに入れていた先程貰った携帯電話が突然鳴り響く。
タイミングが悪い、いったい誰だ。
僕は慌ててポケットから携帯電話を出した。どうやらメールの着信で、差出人は先生みたいだ。
メールの内容は、『午後12時50分に、自室にて強化服を着て待機していてください、迎えが来ます。あとメモリーダイヤルも持って行ってください』・・・自室で着替えて待機?
まあ迎えがくる様なので、指示通りにしよう。
今は携帯電話の時計は11時半過ぎだから・・・あと1時間位か。
・・・ところで今の着信音、クレハに気づかれたかな?
恐る恐る彼女を見た。
気付いたかは分からないが、相変わらずクレハは空を眺めている。
とにかく、時間までには昼ごはんを食べて着替えを済ませないといけなくなった。
今から元来た道をぐるっと帰るのは時間的に問題がある。
それに、こそこそ木の陰に隠れてクレハを避けるのも何かおかしい気がする。
やっぱり同じ討伐隊になったんだから挨拶は必要だと思うし、それになんだか分からないけど、どうも今日はクレハの事が気になる。
僕はクレハに近づき、少し話しをする事にした。
「こんにちは、クレハ」
「・・・・・・・・・」
彼女は挨拶されこちらを少し見たが、やはり返事はなく、また空を眺め出した。
しかし寂しいかな、僕は昔から一ノ宮家で無視に対して少しは耐性がある。
構わず話を続ける事にした。
「今日から同じ討伐隊に入ったんだ。
これからよろしく」
「・・・・・・そう・・・」
素っ気ないが返事が返って来た。
「えっと・・・いい天気だね、さっきから空を見ている見たいだけど、何かあるの?」
「別に」
・・・・・・うん、話が終わった。
まあこうなるとは思っていたけど。
何とか話を続かせようとベンチに座っているクレハを見る。
そうするとクレハが何か両手で持っている事に気づく。
小さな猿(?)のぬいぐるみ・・・それを両手の中で大事そうに持っている。
彼女は基本的に何にも興味がない人の様な気がしていたが、ぬいぐるみとは、また女の子らしい物を持っているものだ。
「可愛いぬいぐるみだね。それ、どうした・・・」
ヌイグルミの事を聞こうとしたら、クレハは突然立ち上がった。
「・・・彩香」
クレハは僕の名前を呼び、僕を睨み付ける。
それから・・・
「私にあまり関わらないでください。
貴方も死にたくはないでしょう」
そんな事を言って僕の横を通り過ぎた。
「・・・え?
死ぬ・・・どうゆう事?」
僕は彼女に理由を聞こうとしたが、クレハは僕の話を聞かずに向こうに行ってしまった。
「何なんだよ、一体・・・」
全く訳が分からないまま、彼女はこの場を去って行ってしまった。
やれやれ、此処で固まっていても話が進まない。
何かモヤモヤした物を抱えたままだが、そんなに時間もないので昼食を食べに行くことにした。
時刻は12時、僕は昼食をとるため食堂に来た。
朝とは違い、食堂に人はそう居なかった。
昼食は日替わり定食みたいで、今日は生姜焼き定食と書かれた黒板が見えた。
僕はその定食を貰おうとカウンターに行くと、カウンターの前の人にIDカードをカードリーダーにかざしてくれと言われた。
よく分からないが、言われるがまま先程貰ったカードをかざす。すると予約をしていないと言われた。
予約? そんなものがいるのか?
もちろんそんなシステムは知らない。
どうやらここの食堂、昼と夜は予約が無いとそもそも作らないみたいだ。
困った・・・このままでは昼ごはんにありつけない。
理由を聞くと、ここでは昼と夜は仕事をしている人が多く、食堂で食事を取れない人が多いらしい。
それにこの施設はここ以外にも食事を取れるところが何箇所かあり、そちらに行って食事をする人もいるみたいだ。
朝は大体の人が食堂に来るからいいのだが、昼間はほとんど出払っていていない。
ただでさえ物資が届きにくい山の中で、食料を無駄にしないために、昼と夜は必要な分しか作らないみたいだ。
これから外に出るのにお腹が減ったでは話にならない。
どうしたらいいか尋ねると、今日たまたま1人キャンセルがあったことが分かり、1つ余っているのでそれを貰うことにした。
よかった、どうにか食事にありつけてホッとする。
定食を貰い、空いている席を探す。朝と違い昼間は本当に出払っているからか、閑散とした広い食堂は何だか寂しい。
適当に座り、生姜焼き定食を食べる。
・・・まあ普通に美味しい生姜焼きだ。
少し量は多いが、1人黙々と食べる。
食べながら周りを見渡す。
特にこれと言って何もなく、知り合いも見当たらなかった。
何事もなく食事を終え、食べたものを返却口に返す。
それから部屋に帰る前に、忘れずに夕食の予約を入れ食堂を後にした。
時刻は12時半、約束の時間までには余裕で帰れそうだが、着替えをしないといけない。
そう考えながら足早に廊下を歩いていると、外が何やら騒がしい。
廊下の窓から外を見ると、なんだか人溜まりが出来ている。
何かしているのかな?
気にはなるが、約束の時間までそんなに余裕もない、今は無視して自分の部屋に急いだ。
部屋に戻った僕は先生から貰ったメールを再確認して、昨日貰った強化服に着替える。
一緒の箱にハイカットの靴が入っている。これも履き替えた方がいいのかな?
一応靴も履き替え、部屋の備え付けの全身鏡で自分の姿を見る。
「完全に学生服だな・・・これ」
ブレザーを着た自分を見てそう呟く。
今日は秋半ばの割にそこそこ暑い。
こんなブレザーを着て、暑苦しく無いだろうかな・・・と思ったが、着てみると思ったより暑さを感じない。
むしろちょうどいい感じだ。
このブレザーは魔法使いの鎧って言ってたけど、体温調整機能もついてるのかな?
それにこの服を一式着たらとても体が軽く感じる。
何だか服を着る前よりも着た後の方が体が軽い・・・不思議だ。
後はメモリーダイヤルを腕にはめて携帯をポケットに入れた僕は、ベットに座り時間を待った。
暫く座って待っていると、
「彩香〜入るぞ〜」
と、聞き慣れた声とともにドアをノックし、こちらの都合も聞かずにドアを開け、結翔は部屋に入ってきた。
別に何もしてないから良いけれど、少しは確認してから入って来て欲しい。
入ってきた結翔に文句を言おうと思ったが、何やら少しげっそりしている様に見える結翔の顔を見て、そちらの方が気になった。
「結翔どうしたの?
何だか疲れている様に見えるけど、体調でも悪いの?」
「いや、そうじゃ無いんだ、ちょっとトラブルがあってな。彩香には特に関係ないから気にしなくていいぜ。
それよりも討伐隊に入ってくれたんだな、助かるよ。これからよろしく」
結翔はやつれている理由を教えてはくれないみたいだ。
トラブル・・・と言っていたが、僕に関係ないなら深く聞くのも野暮かな、今は何も聞かないことにした。
「こっちこそよろしく。
外には結翔と一緒に行くんだね」
「ああ、あと夏望も一緒に行くぞ」
どうやら外出のチームは結翔と夏望ちゃんみたいだ。
まあ、同じ討伐隊なのでそうだろうとは思ってはいたんだけど。
それにしても、僕の強化服は学生服みたいに対して、結翔の服はすごく変わったコートの様な物を着ている。
強化服って種類があるのかな?
「一応持ち物の確認だが、強化服は・・・着てるな。それとメモリーダイヤルは持ったのか?」
結翔はメモリーダイヤルの事を言ってきたので、腕にはめたメモリーダイヤルを見せる。
「それが先生の言ってた形状の違うメモリーダイヤルか。
確かに少し俺らのと違うんだな」
「先生にもおんなじ事を言われたんだけど、やっぱりへんかな?」
「まあ先生はメモリーダイヤルって言ってたし、いいんじゃないかな。
それじゃあ外に出る前に行く所があるから付いてこいよ」
相変わらず結翔は話が終わるとさっさと行ってしまう。
彼に遅れないよう自分の部屋に鍵をかけ、急いで付いて行った。
結翔に付いて歩くと、一階の準備室と書かれた場所に辿り着いた。
そこは大きなカウンターがあるだけの場所だった。
結翔にそこでIDカードを渡すよう言われる。
言われた通りIDカードをカウンターにいる人に渡す。しばらくすると、僕のIDカードの代わりに革製のウエストポーチを渡してくれた。
「これは・・・何?」
革製のポーチには収納ポケットが2個着いていて、結構年期が入っている。
僕的には渋くてかっこいいと思った。
「これは外出用の荷物だ。山で何かトラブルや遭難した時に、自分の位置を知らせる魔法具や、怪我した時の応急用の魔法薬、それに山を歩くから簡単な行動食なんかが入っているんだ。
強化服の腰の所に留め具があるはずだから、そこに着けてみろよ」
結翔は自分の腰に付けながら説明してくれる。
言われた通り自分の腰のあたりを見ると、たしかに右の前辺りに着けれそうな金具がある。
ウエストポーチにもそれと対となる金具があった。
簡単に着けれそうだけど、なんだかこのまま着けたらポーチがプラプラして邪魔になるような気がするんだけど大丈夫かな?
それでも一応言われたとおり、ポーチを自分の前側の腰につける。すると不思議としっかり固定出来た。
正確には『固定』では無く、金具をつけた途端『服に引っ付いた』感じだ。
それでバックを開けて中身を見てみる。
中には色んな箱や筒があり、携行食や魔法薬、非常用キットなど書かれたもの、他にも色々な物が、用途が分かるよう綺麗に入れられていた。
「外出する時はこのポーチを貰って行くんだ。
中身はその時の外出内容によって色々違うけど、全部ここの魔法使いが準備してくれる。
任務が決まったら、ここでIDカードとポーチを交換してから出発する。
無事に外出から帰って来たら、ポーチを渡してIDカードを返してもらう。
最後に報告書を作成したら外出終了ってのがここの外出の流れだ」
そう言いながら結翔は自分のポーチを後ろに回す。
このウエストポーチ、後ろに回せるのか。
僕も真似してポーチを後ろに回してみる。すると簡単に回せて、背中の邪魔にならないところでピタッと止まった。
それに自分の手では簡単に回せるが、しっかり引っ付いている様で、自然に自分の前に回ったりする事は無いみたいだ。
きっと魔法の道具なんだろうが、一体どんな作りなんだろう?
「今回はちょっと散歩に行くみたいなもんだから、これを使わないと思うけどな」
「そうなの? それじゃあこの間みたいな鎧の化け物と戦うことも無いんだね」
「異界の物は出てこないけど、外は危険だから気を引き締めないとダメだぞ」
「分かってるよ。
それより夏目ちゃんが待ってるんでしょ、早く行こうよ」
そう結翔を急かし、夏目ちゃんとの待ち合わせ場所に急ぐ。
さあここでの魔法使いの初仕事だ。
最初にあった鎧の巨人に会わないで済む、それだけで安心しきっている僕は、その考えを後で後悔する羽目になるのだけど、今はまだそれは分からない事なのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




