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ヴァルキュリアのリーサルウェポン  作者: yu-in
イルダート ~~戦乙女の紅蓮の槍~~
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イルダート4

 近年までおよそ五年間におよぶ戦争をしていたロウキュール王国とアンクール皇国。


 両国の国境に位置し、何度も両国の所属を繰り返した異色の経歴を持つ街、それが『イルダート』である。

最終的には『地形の問題』で援軍の迂回が余儀なくされるアンクール皇国の不意を突いた形で、ロウキュール王国に属することになったとはいえ、その経歴ゆえに、街の人間の意識は高くはない。


というのもだ。明日にはどちらの手におちているか分からないこの街を安定して統治することはままならず、せめて住民からの反発は避けたいと考えた両国の判断により、街の被害は最小限に留められていたからだ。


開戦初期こそ怯えはしたが、住民からすれば今日はアンクールで明日からはロウキュールなんて言われても暮らしが変わるわけではない、つまるところ、慣れてしまったのだ。

なにしろ、街の酒場で両国の兵士が杯を合わせていたなんて嘘みたいな本当の話まであるくらいなのだから。


そんなある意味たくましいイルダートの街の宿酒場のテーブルの一角を、人目を惹く年若い三人連れが囲んでいた。


宿の名前は『月グマ亭』。

何でも今ではとても信じられないが街一番の綺麗所と呼ばれていた女将と、いかついクマみたいな主人の取り合わせを周りが持て囃していたら、本当にそのまま木板に黄色い絵の具で店の名前を書いて表に掛けたのだとか。


飛び抜けて料理がうまいというわけではないが、安価で親しみのある味は街の人間には馴染みで、戦争以前から流浪の者問わず客を集める店だった。


そんな店に絶世の美女もたじろぎそうな美貌が現れたものだから、男達はこぞって腰を上げようとした。しかし、惹き付ける美貌は反面、威圧も持ち合わせるものらしく、その切れ長の碧眼の一瞥に、すごすごと引っ込むこととなった。


そんな男どもをばっさばっさと切り捨てた無刀の剣豪が、高々にジョッキを掲げたのだ。


「それでは、イルダート到着を祝して、かんぱ~いっ!」

「かんぱーい!」

「か、乾杯ですわ~」


カツンッ、子気味いいジョッキの交わす音は、一つだけ。

当然のように白銀の髪の少女は、黒銀の髪の少年とだけ満面笑みで祝杯を上げたあと、ごくごくのどを鳴らしたのだった。


「……」

栗毛の少女は掲げたままいつまで経っても鳴らないジョッキ越しに、恨みがましげな目で白銀の髪の少女を睨むが、向けられた当人は素知らぬ顔である。


「はあ」と、ため息を吐き、諦めて自分もあおろうとしたところで、横からジョッキがのびてきて、カツンと合わさった。

「かんぱい!」

とたんに、小動物のような瞳がぱあっと輝く。


「乾杯ですわっ!」

「足、すぐなおるって、良かったね」

「ええ、おかげさまで。もうほとんど腫れも引きましたし」


誰かさんと違って悪意無い笑みを向けられれば、自然に頬が弛む。

そんな彼女に、白銀の髪の少女は明らかに不快げに眉を寄せてジトリと睨みつけたのだ。


「な、なんですの?」


問いかければ、ふいっとそっぽを向いて料理に手をつける。

それは、彼女からすれば栗毛の少女は得体のしれない不審人物でしかないのかもしれないが、それでももう少し何とかならないのだろうかと、考えてしまうのはわがままなのだろうか。


いっそのこと思いっきり突き放してもらえば、栗毛の少女としても踏ん切りがついて立ち去れるのだが、診療の間、待合室で待っていたり、今だって同じテーブルを囲むことを許して貰えているのだから、期待を捨てきれない。


厚かましくて、少女も手段を選べる立場にないのだ。


「あらためまして、メイリー・ロウ……、いえ、メイリーと申します。こたびは、命の危機をお救いいただいたこと、いたく感謝申し上げますわ」

椅子に腰を落ち着け、心を切り替えるように、メイリーは名乗った。


「ヴァルだよ」

「ふぃふぁりふだ」


少年、ヴァルの方は良い。

にっこり笑顔まで付いて満点だ。

だが、もう一人の方は、面倒くさげなのもさることながら、これ見よがしに料理を口に突っ込んで、食事の手を止めようともしない。しかも、口に物を入れてしゃべることを除けば綺麗に食事をしているのがまた憎らしい。


「も、もうしわけございませんが貴女が、なにをおっしゃったのかわかりかねますわ」

「ん、……こくっ。リザリスだ。お前のために割く時間がもったいないからな」


ずいぶんな物言いに、ピクリと動くこめかみ。

しかし、メイリーは堪えた。叩きこまれた笑顔の仮面を懸命に維持して自らに言い聞かせる。


(いけませんわ、いけませんのメイリー。ここで感情のままに振る舞っては話を切り出せません。たとえこの女がどれだけいけ好かなくても、今は堪えるのです!)

テーブルの下では固い拳が握られていた。


「あの、お二人は旅の方なのでしょうか?」

「見れば分かるだろう」

そっけない簡潔な返答。


「よろしければ旅の目的を教えていただけませんでしょうか?」

「世界を救うためだ」

「……」


どうやらまともな問答など期待するだけ無駄らしい。

唇を引き結ぶメイリーには目もくれず、リザリスは大皿の料理を小皿二つに分けてヴァルと自分の前に配膳する。

その動作一つ一つから、はっきりとした拒絶が見てとれ、メイリーはなにも乗っていない自分の小皿を黙って見つめるしかなかった。


そんなメイリーを見かねてか、ヴァルは指先をぴんと立てると、唱えたのだ。


「《マテライズ》」


細い青の糸が少年の指先より踊り、虚空に幾何学を描く。

幻想的に踊る光に目を剥いたメイリーにヴァルは芸を披露する手品師のようにいたずらっぽく、にこっと笑い、光の中からカトラリーナイフを引き抜いた。


「はい、どうぞ」

大皿から油の滴る香草焼きした肉を、メイリーの小皿に切り分けて差し出した。


「あ、ありがとうございますわ!」

じんわりと染み込む彼の優しさに浸るメイリーの前で、ヴァルの不可思議な力で現れたナイフは青い燐光となって消えた。

それをまじまじと見ていたメイリーはやや興奮した面持ちで尋ねた。


「ヴァル、貴方、《ウェポンズ》ですのね?」

「うん、そうだよ」


ヴァルの肯定にメイリーは「ふわあ」と感嘆を吐き、ますます目をくりくりさせる。

なにしろ、話には聞いていても、メイリーが実際に目の当たりにしたのは始めてのことだったからだ。


《ウェポンズ》

それは数年前から本人たちさえ知らないどこかから大陸に現れた人と同じ姿をして、しかし人とはかけ離れた力を持つ者たちの総称だ。


種別としては身体能力に優れた《ソルディア》。

先のヴァルのように『異空間』と呼ばれる場所から武器を取り出すことが出きる《アーセナル》の二つに分けることがでる。


とくに《アーセナル》の中には王族や、限られた人間だけが保持していた《アーツ》と呼ばれる解析もできない強力な兵器を保持している者が居ることが分かり、各国は彼らを召し抱えることに躍起になっている。


彼らの存在を聞いた者の中には、なにやら物騒な連中だと考える者もいるが、メイリーからすればまるでお話に聞く魔法使いや『ヴァルキュリア』のようで、好奇心が勝る。


そんな例え、城に住んでいてもそうそうお目にはかかれない憧れの存在が目の前に、それも自分を助けてくれた少年がまさに、なのだ。


少々不躾なくらいの視線を注いでしまうのも仕方の無いことだ。

しかし、それを気にくわないと思う者が同じテーブルに居た。


ガンッ


突如響いた皿が浮き上がるくらい乱暴な音にメイリーが肩を跳ねさせる。


そこにはフォークをテーブルに突き立てたリザリスが、今にもハンカチを噛み出しそうな形相で、白銀の髪を逆立てていたのだ。



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