イルダート35
初めての戦場は逃げ回った。
二度目の戦場は三人殺した。
三度目は血がたぎった。
五度目には、名のある武将を斬った。
不意討ちだった。
ロンドガルはたまたま躓いて、それがうまい具合に将の首に刺さったのだ。
思えばロンドガルが不意を狙う武器に固執しだしたのも、それからだった。
当時のロンドガルにとって、『不意』というものは、他の者が名剣があれば敵を斬れると考えるのと同じようなものだった。
不意さえつければ敵は殺せる。
《アーツ》が欲しかったのは、そんな猛執すらしていた『不意』も凌駕する強大な力だったからだ。
なら、それさえ通用しないなら、今度はなににすがればいいのだろう。
ロンドガルは『考えていた』。
そう、男の意識は、焚き火の後の炭の中に小さく残った火よりも稀薄だが、残っていた。
風前の灯火だったとしても、男はまだ『生きていた』。
だから、考えた、届き得ない絶対強者を前に、すべてが通用しないなら、後はどうしたらいいのだろう、と。
そして、それがそのまま答えだった。
ロンドガルは手を尽くしてなお足りない相手になお、抗おうとしている。
つまり、『抗えばいい』、それだけのことだった。
(ははあ、死ぬなあ、んじゃあ、死ぬまでやってやろうじゃあねえかよおっ!)
最後まで、少年のあの日の憧憬を胸に。
亡霊となっても牙を突き立ててやろう。
みっともない、しみったれたクソみたいに諦め悪くこびりついてやろう。
巨神の額で、突撃槍の尖端を向けられたロンドガルは、「くはっ」と嗤った。
「意識が戻ったのか?」
少なからずリザリスが動揺する。
一度呑まれた意識が再び息を吹き返すことは、稀とも言えない事だったからだ。
真相は、リザリスが『アースディリング』を圧倒し、支配が弱まったことで、辛うじて残っていたロンドガルの意識が面に出たに過ぎなかった。
「くっ!」
止めた手を後悔し、改めて男へ突き立てようとするリザリス。
しかし、
「やら、れねえよお!」
血とも唾とも判別できない塊を吐き出しながら、ロンドガルがにたにた嗤った。
ロンドガルの周囲に再び緑光を強く灯した円陣が旋回する。
周囲から伸びた無数の土の手が槍を横から掴んで止める。
さらには武器らしきものを構えた土塊の魔手がリザリスの周囲に湧いて殺到した。
「ちいっ!」
突撃槍が唸り、身体の各部位に陣が展開。
力付くでその場で回転し、根こそぎ遅い来る武器を突撃槍の横薙ぎで破壊する。
破壊できたのは、『武器』だけだ。
『武器』を握っていた土塊の手はそのままリザリスを捕らえようと雪崩をうって迫りくる。
その間に巨神は再び立ち上がった。
ただし、その額に生える男の目にはぬらぬらと、月光に濡れる光が宿っている。
「くわあっはははははあああッッ!!」
嗤う、どうせ死ぬのだ、体力など知ったことか。
哄笑でもって、『最強』との闘いに興じるのだ。
「連れてってみろおよお! 『金色の瞳の女神様』ぁあっ!」
このどうしようもないクソッたれた『亡者』を、戦士として彼の眠りの地へ、せいぜい導いて貰おうではないか。
返事とばかりに、巨神の下で、焔が爆ぜた。
土塊の魔手が、根こそぎ吹き飛ぶ。
「ああ、いいだろう、刻み付けてやる。きさまの戦いを、このわたしが《ヴァルハラ》へ刻み付けるぞ傭兵っ!」
リザリスが歯を剥き出して、笑む。
その手の突撃槍は、未だ上昇し続ける炎熱を秘め、解放のときを待ちわびて唸っていた。
遠方より、《アーツ》という強大な兵器の対決を見ていたメイリーは、生唾を呑んだ。
「これが、《アーツ》……」
一対一。
戦っているのは、たったの二人だけだ。
だというのに、この被害の規模と、止まない震えと音は、まるで国家規模の戦争だ。
もしも、《アーツ》を用いた戦争が本格化すれば、それこそ世界を滅ぼしかねないのでは。
そんな懸念と畏れに見舞われたのだ。
「そろそろ、だね」
隣で紅い瞳でリザリスを追っていたヴァルだった。
「なにがですの?」
首を傾げたメイリーに、ヴァルは顔を向けず、マニュアルでも読み上げるような抑揚のない口調で答えた。
「『スカーレットドラグナー』、全身鎧と巨槍のパーツで構成される《アーツ》。全身鎧には魔導熱を伝播する回路を備え、巨槍内部の魔導機関にて精製される魔導熱を行き渡らせている。巡回する魔導熱は任意の鎧表面箇所に噴出術式を展開させることで放出可能。その性質上、『真価』を発揮するには魔導熱が充分に精製され、鎧全体に行き渡る必要がある」
使いこなすには、複数の術式を同時に処理、及びその負荷に耐えうることを要する。
『ヴァルキュリア』のリザリスでなければ、装着の時点で鎧に『喰われる』ことになるだろう。
「《アーツ》装着からの経過時間、興奮度よる術式の活性、戦闘中の排出量を鑑みるに『スカーレットドラグナー』に蔵蓄している魔導熱は『竜翼』形態規定値へ達すると思われる」
「ヴァ、ヴァル?」
「……、うん? なあにメイリー?」
振り向いたヴァルは、いつも通りに、あどけなく笑んでいた。
さっきまでの硝子玉みたいな眼をしていたヴァルは、何処にも見当たらなかった。
(気の、せいですわよね)
「いえ、何でもありませんの」と、答えながらメイリーは考えを振り払った。
ヴァルに《アーツ》と同じような、下手をすればもっと恐ろしい『畏怖』を感じたなど、馬鹿げている。
ヴァルは、『兵器』などでは無いのだから。
「そ、それにしても、リザリスさんは大丈夫ですの?」
話を向けた先は火中のリザリス。
さっきまでは一方的だったものの、突然巨神が立ち上がってからは拮抗か、どちらかと問われれば劣勢に見えた。
眉を寄せて心配するメイリーに、ヴァルは「だいじょうぶだよ」と太鼓判を押した。
「聞こえてくるでしょ?」
とんとん、と耳を叩くヴァルのジェスチャーに促されて耳をすませれば、戦いの音に混じって低く唸るような音が聞こえてきた。
聞いたことがあるわけではなかった、ただ、真っ先に連想したのは、
――『竜の啼く声』だった。
「これはいったい……」
「どうしてあの《アーツ》は『赤煌』なんだと思う?」
そう、得意気にヴァルはメイリーに問いかけたのだ。




