イルダート33
一章最終戦。
リーサルウェポンの片鱗に触れます。
ロンドガルを立ち上がらせたのは、『執念』だったのだろう。
戦いを終える度に、ロンドガルにはふと考えることがあった。
どうして、自分は生き残ったのだろう、と。
『賭けに勝った』、それで全て説明がつく。
だが、ロンドガルが思考に更ける先は、その根元のところだった。
どうして、自分は生き残ろうとしたのだろう。
全身を焼かれるなんてさんざんな目にあってなお戦場に通うような無頼者なくせに、どうして、格上に剣を向けられたときに素直に切られなかったのだろう。
仕込み武器にしたってそうだ。
ロンドガルには剣を扱う才はあったが、達人になれるほどではなかった。
だから、達人と渡り合うために仕込み武器を扱う技術を研鑽した。必至に、それこそ死に物狂いで。
その努力の源は一体どこにあるのだろう。
考えて、考えて、――思い至る。
男児なら誰もが幼い頃に見るような『憧憬』だ。
万敵を斬る英雄のように、誰よりも強く在りたい。
ロンドガルの傭兵と言う生き方は、そのための道だった。
凡普だったロンドガルにとって、強者を打倒することとは、『証明』だった。
憧憬した『英雄』へ近づいている証だった。
それが、容易く砕かれた。
ロンドガルが血ヘドを吐いて残してきた『傭兵』という生涯は、本物の強者には、指の爪の先すら届いていなかった。
認められない。
認められるはずがない。
これでは死ねない。
まだ『生きなければならない』。
ロンドガルは夢に忠実だった。
傭兵としての生き方に純粋だった。
だから、死んでもなおその『精神』は燻った。
そして、その種火は《アーツ》という、兵器の導火線に火をつけたのである。
「ああ、アアアラァア、ギィアア……」
呻く、心を失ってなお、ロンドガルは『執念』で生きる。
「そうか、立つのか」
リザリスは、そっと、ヴァルの肩を押して離すと、振り返った。
「あ、あれはいったい、なにが――」
もはや人とは思えない狂相のロンドガルを目の当たりにして、メイリーが怯えすくむ。
「喰われたんだよ」
ロンドガルを、緑光をギラギラと放つ《アーツ》を睨みながら、リザリスは続けた。
「《アーツ》は強力な兵器だ。だが、御せなければその牙は使用者にも向く」
川辺で《アーツ》を使いリザリスを追い詰めたとき、ロンドガルはかなり威力を制限した。
そうしなければ、握った手綱を強引に引かれ、《アーツ》はどこまでも秘めている力を解き放とうするからだ。
《アーツ》が暴走すれば、使用者はその精神への負荷に耐えられず間違いなく発狂することになる。
《アーツ》を使うのではなく、《アーツ》に使われるパーツに成り下がるのだ。
今のロンドガルはまさにその状態だった。
「ああなった《アーツ》は歯止めが利かない。あの男の脳神経が焼ききれて物理的に起動が解除されるまで暴れまわる」
「それでは今すぐあの男を完全に殺せばいいのですわね?」
言うが早いか、メイリーの瞳に暗い色が落ちた。
一刻の猶予もなく、『やらなければならない』。
鞄の中から馬車の中から拝借した短剣を取り出すと、メイリーはロンドガルへ向けて足を踏み出すが、
「待て」
「んきゅっ」
リザリスに後ろ襟を捕まれる。
ソードドックの狩りのときのことを思いだし、「なぜ、おまえはそう極端なんだ」とごちるリザリス。
「どうして、止めますの!?」
「不用意に暴走状態の《アーツ》に近づくな。おまえに出来るなら、とっくにわたしが斬り捨てている」
それが出来ない理由があった。
「始まるな」
リザリスが目を細めた先、二つに割れた《アーツ》が幾何学の陣を露にする。
緑光は、破滅の日の旭光のような不気味を湛え、夜の森を馳せた。
「ぐ、……、ルゥァアアアアアアッッ!!」
叫ぶ、喚く。
その亡者の絶叫に共鳴したように、大地が揺れ動く。
「これは、思った以上だな」
顔をしかめたリザリスは、ヴァルと異変に立ち尽くすメイリーを担いでロンドガルに背を向けて走った。
直後。
どごごご、大地に亀裂がはしったかと思えば、合間からは緑光が溢れ出した。
「……地面が、引っ張られて、いますの?」
なにを突拍子もない虚言をほざいているのだろうと、自らを疑う。
しかし、リザリスに担がれながら見た光景は、そうとしか言えなかった。
クロスを引くように、その上に載るグラスや燭台が伴って捲き込まれていくように、大地が緑光に、《アーツ》に捲き込まれているのだ。
「しゃべるな動くな!」
短く命じたリザリス。
二人も担ぎ、押し寄せる障害物を避けて走ることは安易ではない。それでもリザリスは奥歯を噛んで、軽業師のような身のこなしで、跳んで走った。
距離は確実に離れ、緑光が大地を呑み込むのを止めたときには、三人はかなり遠くま逃れることができた、……はずだった。
断言を躊躇われたのは、目の前にある『もの』が原因だった。
「なんですの、……わたくしは、なにを見ていますの?」
リザリスが肩から降ろすなり、メイリーはくたりと、地面に崩れた。
大地を引き込み、呑んだだけでは《アーツ》は留まらなかった。
むしろ、『これ』に比べれば、序曲も良いところだった。
忽然と、山が生まれたのかと思った。
すっかり変わってしまった景観の真ん中に、『それ』は高く高くそびえていたのである。
『巨神』
物語に伝え聞く、神に弓引いた、世界を滅ぼそうとした巨神に違いないと、メイリーは本気で信じた。
あまりにも巨大な、地面から生えたずんぐりとした男の上半身。
こんなものが目の前にあれば、距離感など狂って当然だ。
逃げろ、今すぐに逃げろ。
早鐘は急き立てるように、耳の裏側に響く。
逆らう理由などあるわけがない。
「に、逃げましょ……」
メイリーが言いかけたときだった。
「まったく、めんどうだな」
恐怖はない、ただ、手間を惜しむだけの声だった。
「じゃあ準備するね、リサ」
こちらもだ、『あれ』をどうにかできるのをまるで疑っていない。
二人は、あの巨神と戦って勝つつもりでいるのだと、いやでも分かった。
「お二人ともいったいなにを考えていらっしゃいますのっ!」
声を張り上げる。
止めなければならない。
どうして、あれに勝てると言うのだろうか。
あの巨体を前に矮小な俗物がどう抗おうと言うのか。
あれは、世界を滅ぼす巨神だ。
人にどうにかできる範疇ではないのだ。
「逃げます! 被害は出るでしょうが、わたくし達に出来ることなど無いのです。直ぐに行きますわよ! さあ!」
促し、手を引こうとしたメイリーだが、その手は振り払われた。
「リザリスさん!」
「できるさ、あれを壊す」
不適に笑う。
「いくらあなたが『ヴァルキュリア』だからって、あの大きさでは……」
「何度も言わせるな、あれくらい『わたし達』なら越えられる」
金色の瞳は遥かを視る。
その手を横に伸ばせば、瞳を閉じていたヴァルが示し合わせたように、手のひらを合わせた。
「なにをしようと――」
「《マテライズ》!」
ヴァルが告げる。
青い帯がヴァルの手からリザリスに伝い、全身に幾何学の文字を連ねて行く。
「心配するなメイリー、わたしとヴァルがいるんだぞ?」
ヴァルの産み出す光を、ヴァルの力を纏ったリザリスの一抹の憂いすら感じさせない自信に満ちた言葉。
「『レディ……、バイタリティ、確認……スターティングコンバート』」
無機質な声で《ウェポンズ》の少年が呟いた。
幾何学の文字が紡ぎ、綴り、蒼で充たしていく。
雰囲気が様変わりしたヴァルに、メイリーは戸惑った。
戸惑い、そのあまりにも感情の載らない、人らしからぬ声音に、一つを思い出す。
「ヴァル……、《ウェポンズ》。ーーまさか!」
一つの可能性。
《ウェポンズ》、その中でも《アーセナル》は異空間より、武装を喚び出す能力を持つ。
そして《アーセナル》のなかには、『当たり』がいる。
「ヴァルは、『持って』いますの?」
必敗の戦すらひっくり返す力。
奇跡すら体現して見せる強力無比な兵器。
「『進捗、オールクリア――』」
合わせた手のひらの合間から、リザリスの身の丈を越える幾何学の陣が展開。
「信じて見ていればそれでいい。そしたら分かるさ、ヴァルが居てくれるのなら、わたしは絶対に負けない」
氷の華のようだった。
ぞくぞくするほどの凄絶な美貌で、リザリス「絶対に」と繰り返
すと、青い陣の向こうへ金眼を向けた。
それに、ヴァルは紅い眼で見つめて返し、頷く。
「『コンバート――スカーレットドラグナー』ッ!」
宣言とともに、幾何学の陣は回転し、リザリスを包みこむ。
《アーセナル》のなかには、『当たり』がいる。
ただの武器ではなく、『《アーツ》を秘めた』個体が存在する。
「負けるわけがないさ」
青い光の中から漆黒に赤いラインの走るフルアーマーを纏い現れたリザリスは、右腕を丸ごと包むほど大きく無骨な突撃槍を、越えるべき『巨神(敵)』へと向けたのだ。
「なにが相手でもなッ!」
《アーツ》を纏った『ヴァルキュリア』は、宣戦を布告したのである。