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ヴァルキュリアのリーサルウェポン  作者: yu-in
イルダート ~~戦乙女の紅蓮の槍~~
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イルダート29

ヴァルにリザリスの死を受け入れさせるための説得を、メイリーが試みようとしたときだった。


「ヴァル、わたくしの話をよく聞いて下さ……きゃっ!」


石にでも乗り上げたのか、車体が大きく跳ねて浮き、メイリーの身体が転がる。


「わあっとと、だいじょうぶ? メイリー?」

ちょうど向いていた方向にいたヴァルに受け止められる。

メイリーの体重分の衝撃まで引き受けたヴァルは固い板張りに背を打ち、「いてて」と顔をしかめていた。


「も、申し訳ありませんわ! ヴァルはなんと、も……」

ヴァルの胸に埋めるようにしていた顔を上げれば、そこには紅い瞳。


近い。

密着している二人の身体。

吐息すら感じられる距離。


「あ、の」


言葉にならない。

この状況で、ヴァルを利用しようとしているくせをして、鼓動は無節操に反応して律動を早める。


とくん、とくとくとく。


伝わってしまっているだろうか。

「こ、これは、その」

言い訳の舌まで回らないのに、唇は開いて閉じてを繰り返した。


「ぼくはだいじょうぶ! メイリーは?」

「あ、なな、わ、わたくしもなんともない、です」


なんともない、そういうことにしておく。


無邪気に返った笑顔に顔を背け、身体を離すと、熱を持った身体は、人肌を求めるように、寒さを敏感に感じさせた。


「はうわっ」

顔を両手で覆って、赤い顔を隠してみたが、冷えた手が熱をじんわり吸って、赤面している実感ばかりがつのり、余計に恥ずかしくなる。


そんなメイリーに、ヴァルは不思議そうに小首を傾げた。


メイリーの口からはもう、言葉は出てこなかった。

『機会』はいつ訪れるか分からない。すぐにでもヴァルを説き伏せて備えておくべなのに、思ったこと音にする術を失ったかのようだった。


「メイリー、おはなし、聞いてくれる?」

沈黙を破ったのはヴァルだった。


「お話、ですの?」

目だけを覗かせて、メイリーは横目にヴァルを窺った。


(いったい、なにを?)

挟む口を閉ざしたのは、ヴァルがこれまでにメイリーに見せたことのないほど穏やかな顔をしていたからだった。


ずっと昔に宝箱に入れた綺麗な小石を見るような、そんな、思い出を抱きしめるような大人びた顔。


メイリーは黙ってヴァルとの距離を縮めた。

この距離ならば、馬車の騒音の中で話しても聞き逃すことは無いだろう。


横並ぶ、肩と膝。

ヴァルの体温に、メイリーは安堵を覚える。


その理由を考え、思い至った。

ヴァルが何度もメイリーを助けてくれたからだろう。


リザリスにばかり助けられていた印象が強かったが、思い返してみれば、窮地にはじまり、さりげなくメイリーを気にかけ、声をかけてくれていた。

幼いと思っていたヴァルだが、やはり男の子なのだと実感する。


(いまだけ、いまだけでいいですから)


浸るように、すがるように、メイリーは温もりを感じていた。


メイリーが落ち着いたのを見計らったのか、ヴァルは閨の物語を語るように静かに語りだした。


「ぼくはね、リサに会うまえは、『こうざん』にいたんだ」

「『鉱山』って、それはつまり……」


坑道の崩落、ガスの噴出。

それら危険と隣り合わせな環境にヴァルのような年端もいかないような子供が居る理由など、そうありはしない。

死んでもいい『消耗品』として見られてでもいない限り。


「うん、ぼくはね『こうざんどれい』だったみたい」


拙いことばで、メイリーが言葉でしか知らない現実を、ヴァルは語った。

メイリーがいくら書物を読み漁っても、ヴァルの見聞きし、経験した仕打ちによって理解した『どれい』以上を知ることはできないだろう。


「はじめはちがったと思う。どこかにいて、それでつれていかれたんだと思う」

珍しくない話だ。

徴兵や戦火で両親を失った戦争孤児が、拐われて奴隷として扱われる。誰かの死を貪る誰かがいる。


ヴァルもその手の人間に捕まったのだろう。

《ウェポンズ》の存在と価値が認知されてなかったほんの数年前までなら、鉱山送りにされていてもおかしくはない。


「ずいぶんあやふやなのですわね?」

「うん、あんまりおぼえてないんだ」


困った顔でヴァルは、はにかんだ。

(そうですわ、ヴァルは《ウェポンズ》だから……)

《ウェポンズ》達は、自分達が何処から来たのかを覚えていない。気がつけば身寄りも無く、いまの世界に居たらしい。


「すみませんわ、わたくし、心無いことを聞いてしまって……」

「いいってば、メイリーあやまってばっかり、へんなの」


くすくすと、ヴァルが笑うものだから、今度はメイリーが困ってしまう。


「笑わないでくださいな」

それだけ、謝らなくてはならないことばかりしでかしているのだ。それを、こんな嫌みもなく笑われてしまうと、本当に謝る必要が無いような勘違いをしてしまいそうになるではないか。


「ごめんね」なんて、それこそヴァルが謝る必要など無い。

それで、少しだけ、ヴァルの気持ちが分かったような気になり、メイリーは項垂れた。

本当に自分は何を考えているのだろう。


おんなじ気持ちになれたのがちょっと嬉しいなどと、そんな思考は少なくともヴァルを利用しようとしているメイリーがするべきものであるはずが無いのに。


再び黙り込んだメイリーを認め、ヴァルは生い立ちの続きを話しだす。


「あのばしょは、暗くって、それから、まいにち誰かがたたかれて、誰かが死んでた」


ヴァルは目を細めて、過去の情景を思い起こしていた。


数十メートルおきにちろちろ揺れていた頼りない小さなランタンの灯。

通路を往く襤褸を纏った真っ黒な集団は麻袋を担いで列を作る。


身体を汚していたのは煤に土に埃。

汗が額から流れて顔に白い筋が出来たかと思えば数分も経たずにもう黒くなっている。


倒れる者が在れば、すぐに監査役が飛んできて鞭を振っていた。

襤褸が破け、露になった皮膚が血を噴き出しても監査役は鞭を止めなかった。

鞭を止めてもらうには立ち上がり列に戻るか、それとも『動かなくなる』しかない。


絶命した者に舌打ちし、列から呼び出した適当な奴隷に運ばせる監査役の前を、ヴァルは無感動に麻袋を運び続けていた。


《ウェポンズ》の特徴である丈夫な身体と身体能力のおかげで、ヴァルはそんな環境でも耐えられた。


いや、耐えるという、言葉は正しくはない。


当時のヴァルには『感情』が欠落していたからだ。


それが全ての《ウェポンズ》に共通する事なのかは定かではないが、少なくとも奴隷としての生活に『感情』が無かったことは救いだった。


ヴァルが感情らしい感情を発露したきっかけは、鮮烈な血と、光が澱んでいく眼だった。


「そのこうざんは、おそわれたんだ」


いつもは一方的に鞭で奴隷をなぶるでっぷり太った口髭の男の首がくるくる回って目前に落ちてきて、男の命の光が潰えた瞳は、お前のせいだと、さげずむみたいにヴァルを見ていた。


ヴァルは、絶叫していた。

その声が世界に彩を塗ったみたいに、とっくに大混乱に陥っていた鉱山の喧騒の只中に、ヴァルは放り込まれた。


胸の内に大きな蟲でもいて、食い破ろうとしているかのように、芽生えた『恐怖』はヴァルを蝕んだ。

動かせ、止まらずに走れと急き立ててくる不安感に従い、ヴァルは逃げた。

そうしなければ、恐怖に食い殺される気がしてならなかった。


「いっぱい走って、逃げて、ぶつかったりもして――」


人の波に呑まれて外に出ると、今度は、森のなかを走った。

何度も何度も後ろを振り向いて、逃げて、逃げて……。


「とってもくらい森の中だった――」

そんな世界で、少年は『運命』と出会ったのだ。


「リサがね、ぼくを見つけてくれたんだよ」


幼い少年のまぶたを伏せた横顔は、どうしようもないほどの喜色と温かみに溢れていた。

誰のことを考えているのかなど、すぐにわかった。

ヴァルの誰より『大切な一人』のことだ。


「森で出会ったって、そういうことにでしたのね」

きゅうっと、メイリーは自分の両手を丸めて胸に当てていた。

羨ましいなんて、そんな想いが、胸の内から勝手に言葉になって出ていってしまわないために。


「それでね、リサはそのときぼくに『やくそく』してくれたんだ」


自信満々の笑顔で、ヴァルはメイリーに言った。


「『そばにいてくれる』って、『守ってくれる』ってね!」


「だから、しんぱいしないで」なんて、ヴァルはメイリーの頭を撫でたのである。


「あ……」

吐息だけが、漏れた。


髪を触れさせるのは近しい人間にのみ許していいはずなのに。

それなのに、

(あ、ヴァルが、わたくしの、髪を……)


憤りなど、微塵も起こらなかった。

むしろ、自ら差し出してすらいた。


それは、ヴァルと近しくなりたいから――

「な、ななっ」

身を引いた。

そのままくるりと、ヴァルには背を向けた。


何を考えた、この無駄にこんもり広がった頭の中身は何を考えていた。


「メイリー?」

「なんでもありませんのっ!」


背中越しに叫んだ。

見せられるわけがないではないか。


ぴとりと、頬に手を当てれば、熱を感じる。

おまけに、ほっぺがだらしなく上がっていたりなんかもして。


ああ、どうして、この胸の内は跳ねているのだろう。

どうして、こんなにも、多幸感が溢れてやまないのだろう。


「う~~っ」


意味もなく、喉が音を絞った。


抑えられるのものなら誰でもいいから抑えてくれと、懇願してみる。じゃなければ、思わず振り返ってそのまま体を預けてしまいたくな――


ガッダン


不埒な思考に冷や水をぶっかけるみたいに、馬車は急停止して、メイリーを現実に引き戻した。


「ああ、もう、なんなんですのよ!」

がつんと額を打ったメイリーが苦情を申せば、ヴァルは何かに気がついているようで、「よいっしょ」と立ち、メイリーに手を差し出したのだ。


「ねっ? 来たでしょ?」

「ま、まさか、もしかしてっ!?」


いつだってそうだったではないか。

ヴァルとメイリーの距離が縮まるタイミングでそれを、ばっさり切って阻むのは『彼女』の役目だったではないか。


「リサはね、うそを言わないんだよ?」


得意げなヴァルの姿に、今度こそメイリーは白銀の少女の到来を予感したのである。



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