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ヴァルキュリアのリーサルウェポン  作者: yu-in
イルダート ~~戦乙女の紅蓮の槍~~
26/41

イルダート25

まるで、悪夢だった。


「リザリスさん、が……」

目前で起きたことを信じられないまま、メイリーは腰砕けになっていた。


「メイリー」

ヴァルだった。


巨岩の上でへたりこむメイリーの隣で、少年はリザリスを呑み込んだ穴と、その縁から覗き込む火傷の男を睨み付けていた。


紅い瞳は、鍛治場の火より、なお熱く燃えていた。


「ヴァル……」

「ちょっと行ってくるね」


十指には青い幾何学の陣を纏い、岩から飛び降りる。


地の理が無かったリザリス達は気づけなかったが、この場所の本来の川幅は、現在の鉄砲水が洗い流した後の姿が正しい。

ロンドガルによって堰が設けられ、上流から流れてくる水が搾られていたことで、本来は水が流れていたはずの場所までが乾き、そこにリザリス達が踏み込んでいたがために、荒々しい鉄砲水は効果を発揮したのだ。


急速な勢いのまま、河川は下流に設けていた堰を押し流し、増幅した水かさもみるみる内に治まりを見せた。

今はもう砂利からヴァルの脛の半ばほどまでを濡らしている程度しかなく、ヴァルが、ロンドガルに向かって報復の意思を宿して走ることを阻んだりもしなかった。


「ヴァル! いけませんわっ!」

無謀だ、リザリスを退けた相手にヴァルが敵うはずもない。


メイリーの抑止もヴァルの足を止めることは出来なかった。

「《マテライズ》」

少年の呟きに応えて、両手の平に展開する、幾何学の陣。


引きぬいた二振りを、ヴァルはロンドガルの背中目掛けて投擲した。


「おうっとお」

よろり、脇に逃れるロンドガル。

ヴァルの接近に気がついていたのだろう。

わざとらしく大げさに避けるさまは、あからさまに少年を侮っていた。


対岸も黙ってはいなかった。


一人が弩を構えて、ヴァルの疾走に合わせて射かける。

放たれた矢を、ヴァルは陣から引っ張りだした、姿がすっぽり隠れてしまうほどの大盾で防いだ。


さらに、盾から姿を現すと、お返しとばかり、同じく喚び出した短刀を鋭く投げて、傭兵の肩を貫く。


「いってえっ!」

聞こえているはずの悲鳴には、目もくれない。


短槍、短刀を両手に、紅眼が向く先は火傷の男ただ一人。


容姿こそ幼いが、その身のこなしと、容赦を殺して敵にひた走る姿は、間違うことなき戦士だった。

それでもロンドガルは、にやけた顔をやめない。


「坊主は《ウェポンズ》かよお」

都合が良い。

ヴァルの手に青く輝く幾何学の陣を認め、ロンドガルは舌舐めずりしたのだ。


今はアンクールに奉公している身のロンドガル。

先方の無用心が原因とはいえ、請けた初仕事が見込みより大幅に時間がかかっていては、良い顔もされないだろう。


傭兵だからこそ、『良い関係』を保つために手土産の一つでも欲しいと思っていたところだった。


「めずらしくツイてるじゃねえか、よお!」

突き出された短槍を、横掴みし、短刀はかわして潜り込み、少年の腕を脇に挟んで捕らえた。


「うぅっ!」

ぎりぎりと逆関節に肘を絞められ、ヴァルの手からぽろりと、短刀が落ちた。


こんなものだ。

リザリスには遠く及ばなかったが、ロンドガルとて、そうやすやすと、してやられたりはしない。


《ウェポンズ》とはいえ、子供の体躯相手に無力化など容易かった。


「なあ、坊主う、諦めようぜえ? このまま続けんならよお、オレぁ仲間に言わなきゃあ、なんなくなるぜえ? また逃げられたらたまったもんじゃあねからよお」


対岸では、捕まったヴァルに視線を注ぐ無防備なメイリーに向けて、傭兵たちが矢をつがえていた。


「……メイリーを殺すの?」

「坊主が大人しくすりゃあやらねえ。連れてっからよお、坊主が話相手になってやんなあ」


ロンドガルはにたにたしながら、ヴァルの腕を解放した。


選べといっているのだ。

再び、復讐のために勝目の薄い戦いを挑み、メイリーもろとも死ぬのか、恭順して少なくともアンクールまでは生きながらえるのか。


ヴァルが振り返った。

岩の上で固唾を呑んでいたメイリーは、それでヴァルがなにを求められたのかを悟ったのだろう。


対岸を一瞥し、自分に向いた弩を認めたメイリーは、


「……投降しますわ」

固い声は、よく通った。


怯えていたのは演技だったのかと疑ってしまうような変わりようだった。


すくりと立ち上がり、水面へ降りると、肩の上に両手を挙げたまま、ロンドガルへと進む。


真正面からあれほど怯えていた火傷の男を見据え、メイリーは繰り返した。


「わたくしメイリー・ロウキュール、ここにいる《ウェポンズ》の少年、ヴァルの両名の生存の保証を条件にこの場を降伏いたします」


(……ほおう)

ロンドガルが内心で少なからず驚く。

豹変のトリガーはおそらく、この状況から『生存の可能性』を見出だしたことだろう。

だったら、揺さぶりたくなるのが人情と言うものだ。


「こっちの坊主はあ、たぶん生かされるだろうがよお。お姫様、あんたはアンクール引き渡したらあよお、後にどうなるかあ、オレぁ知らんぜえ?」

「それで構いませんわ」

メイリーは間を置かず答える。


「アンクールまであなた方がわたくしとヴァルを手に掛けない。それを約束していただけるのならわたくしとヴァルはこれ以上の抵抗を試みないでしょう」


「その約束、こっちのメリットは?」

凄みを効かせた、間延び口調も引っ込めたロンドガル。


「ですから、大人しく投降して差し上げると言っています」

メイリーは退かない。

面の皮をいっぺん剥いで、お面にしてから被り直したみたいな能面で、淡々と告げ、肩から掛けていた鞄を視線で示す。


「それとも、抵抗して、わたくし自らそこの穴に落ちましょうか?」


薄ら笑いすら浮かべて、


「このわたくし、それに『コレ』も無しで、信用していただけると良いですわね。依頼主に」


暗に、この中にロンドガル達の『目的』が入っていると。


ロンドガルが呻く。

密約を結んだ関係とはいえ、所詮は傭兵。信用なんて薄っぺらい表面上だけのものだ。

依頼達成には確実な証拠を求められるだろう。


出せなければ、最悪今度はロンドガル達に追っ手がかかることになる。信用ならない者に密約のことを知られたままで野放しにするなど考えられない。


「確認させろお」

「この場でわたくしが開いて見せましょう。まさか今さら盲だとは言い出しませんわよね」


動くなと、先制で釘を刺したメイリーはロンドガルから視線は逸らさず、鞄から密約書を引っ張りだし、書面を開いた。


「確かに、んんでだよお、お姫様。オレがあよお、途中で気が変わっちまったらあよお、どうするよお?」


はじめからロンドガルはメイリーをアンクールまで届けるつもりでいる。生きている状態でだ。

ここまで食い下がったのは、このいけしゃあしゃあとしゃべるさんざん手こずらせてくれた小娘に素直に頷いてやることが、おもしろくないからだった。


ロンドガルの問いに、メイリーはヴァルへと身を寄せて答えた。


「簡単ですわ。密約書を引き裂きヴァルにわたくしの顔を鈍器で潰させます。それとも……」


ヴァルの落とした短刀を拾い上げ、メイリーはその刃を自分の頬骨に添って当てた。


「自ら顔を剥いでから自害いたしましょうか?」


「……」

ハッタリだ、そう切って捨てられない、異様さを、ロンドガルはメイリーに感じていた。


(やる、このお姫様は、いざとなればほんとに『やる』)



現状でメイリーが逃げ延びる術はない。

ならば、どう振る舞うのが、一番『理想的』なのか。


生きることが最優先だ。

廻る運命の車輪は人の身には御せない。

何かの不意が、再びメイリーにロウキュール王都への導を兆すかもしれない。


次に、『メイリー・ロウキュール』がアンクールの手に渡るのはダメだ。

腐っても王族。簡単に見捨てれば、国民に『王族の価値』への、疑問を抱かせることになる。

『はりぼて』でもメイリーには交渉材料としての価値がある。


密約書を渡すのはダメだ。

この逃亡劇そのものの意味が無くなってしまう。


メイリーの目的はこの密約書をロウキュール王の手にもたらすこと。だけど、それが、叶わないなら、どうすることが『理想的』なのか。


『身元を判らなくした上での自害、それから密約書の放棄』。

つまるところは、ロンドガル達傭兵団の『任務不完了』。


微々たる影響かもしれない、だけど、それによりロンドガル達の信頼を失墜させれば、アンクールに加担する傭兵団を、ひいてはロウキュールの敵を一つ取り除くことができる。


だがこれは、俯瞰して観た場合の、あくまでも『理想』なのだ。


当事者、メイリーは死ぬのである。

それを、


「あまり近づかないでくださいな。でないと、早まってしまうかもしれません」


どうしてこんなにも涼しい顔で、自決のための刃を握れると言うのか。


(ああ、くそお!)

脅されている。

さっきまでがくがく震えていただけの小娘相手に、ロンドガルは『してやられた』のだ。


「なあ、お姫様、どれだよお?」

「はい?」


脅えて、凄んで、今度はとぼけた顔か。


「あんたの顔はどれだったんだよお。あんたの本性はどこにある? あんたは……、何者だってんだよお」


意図を計りかね、メイリーは小首を傾げた。


「わたくしは、……メイリー・ロウキュールですわ。だから、ロウキュール王国にとって必要だと思うことをする。当たり前のことです」


そこに疑念は存在していないのだろう。

その当たり前が『人』の当たり前で無いことに、この栗毛の『王族』を名乗った少女は気付いてすらいないのだろう。


「ああ、びっくりだあよお」

稀にも見えないとんでもない強者に、小娘だと侮ったガキは『王族』。おまけに《ウェポンズ》までが揃っている。


「くわっはっは」、大口を開けて、ロンドガルは嗤う。


「わかったわかったあよお。オレのお敗けだよお。オレ達はお姫様達に触れねえ、ただあし、おかしい動きや指示を守らねえ場合は――」


両端刃を地面に向けて、ざっと刺す。


「――わかんだろお」


舐められてはたまらない。

ロンドガルは剣呑を灯し、メイリーへ眼光を飛ばした。


「こ、心得ていますわ」

戦場を渡り歩いてきた男の本気の威圧を前に、メイリーは、怯みながら返事をしたのである。



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