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ヴァルキュリアのリーサルウェポン  作者: yu-in
イルダート ~~戦乙女の紅蓮の槍~~
25/41

イルダート24

累計PV1000到達。

ありがとうございます!

傍からみれば、二人のつばぜり合いは大の男が少女を組敷かんとしているように見えた。


しかし、実は真逆。

ロンドガルが押し潰そうとする度に絶妙に力をいなし、ほぼ一方的にリザリスが押し込んでいた。


「おいおおい、あの犬っころの方はよお、放っておいていいのかあい?」

「問題ない。きさまがあたまだろう? だから、きさまを斬って即座に離脱する。魔獣をどうしようとも勝手にすればいいさ」


揺さぶりにもならない。

既にリザリスの中で行動方針は定まっていた。


その姿にロンドガルは、思うのだ。


ああ、己はなんと不運なのだろう、と。


逃がした獲物の先にはとんだ猛獣が潜んでいて、獲物に肩入れしている。

そのために、小娘から紙切れ一枚奪うだけだったはずの簡単な仕事は、大捕物に早変わりしてしまった。


つくづく『持ってない』。


じりじりと、男の顔面に近づいてくる三日月刃。

待ち続けている『機会』はまだ来ない。


ちらりと、ロンドガルは対岸に視線を送った。

意図を察した傭兵がソードドックの轡を乱暴に剥ぎ取る。


リザリスも気が付く、そうなれば、このいずれは勝てるつばぜりを続けるわけにはいかなくなった。

あの瀕死のソードドックがいつ哭くか分からない。哭く前にこの火傷の男を斬らなければならない。


「ちぃッ!」


舌を打ったリザリスが、長柄を引いた。

「うおっ!?」

突然の力の消失に、釣針にかかった魚のように、ロンドガルが戟に釣られてつんのめる。


リザリスが狙うの体幹を崩した男の顎先。


長柄の持ち手が三日月刃ぎりぎりまで滑ったところで、リザリスは右足を軸に独楽となる。


伴ってだ、再び持ち手が今度は石突きに向かって滑った。


下方、逆袈裟。


地面すれすれを伝って『伸びた鋒』が、無防備な顎先をぶち割る軌道で男を強襲する。


じちっ


鮮血は跳ね散らかって、白銀の髪を映した。


「なん、つぅよお!」

悪態は同時に生存の雄叫びでもあった。


必至の鋒は直前になって逸れ、頬を掻くに留まった。

命を繋ぎ留めたのは、男の持つ剣だった。

ただし、つばから伸びる刃が活躍したのではない。


その逆側。

柄尻から『生えた』刃が三日月刃を横突きしたのだ。


いわゆる、『仕込み武器』。

ギミックを組み込んで、見た目による思い込みの死角を狙うことを目的とした武器。


ロンドガルの柄が異様に長い剣の正体は、柄のなかに二つ目の刃を隠した両端刃の剣であった。


「おうらあぁ!」

これまでの仕返しとばかり、豪快に剣を振るうロンドガル。


翻った白銀は、危なげなくかわしてみせた。


一連の攻防の末は両者の健在、ならば、刃は再び切り結ぶのみである。

リザリスが、戟を下向きに構え、ロンドガルは両端刃の剣を横向きに。


「攻めてこないんだな?」

あからさまな防陣に、方眉をしかめるリザリス。


冗談ではない。

力量の差が歴然なのを知っていて、下手に攻めに回るバカがいるものか。

ロンドガルを始め、『亡霊の牙』を構成する傭兵達に共通しているのは、『死にぞこなった』ということだ。

だがそれはイコール死にたいと言うことではない。


逆だ。

『生き残ってしまった』から、どこまで『生きられる』のか興味が尽きないのである。


戦場には、娼館と飲み屋が建ち並ぶ通りの酔いどれみたいに死神が練り歩いている。


『天災』と言う大鎌で、強い弱いなど関係なしに、それこそ無秩序につまみ食いしていくのだ。


なら、どうして自分は生き残った。


理由など無い、『たまたま』生き残ったのである。

なら、次はどうだ、その次は。


ギャンブルだった。

『たまたま』勝ち続けて、その内に、どはまりした阿呆どもは、自分の命を賭博台に載っけることに、馴れきってしまったのである。

そのうち、『負ける』ときが来るだろう。

だが、負けようと思って賭博場に通う賭博師はいない。


ロンドガルも、『負け手』を打つつもりなど無かった。

「勘弁してくれよお、別嬪さあん。楽しませてやるさあ、そう焦んなくってもなあ……」


どどうっ


「――っ!」

大呼が響いたかと思うと突然揺れだした大地。

重心を低くして揺れに堪えるリザリスの前で、ロンドガルは、にたあ、と絡みつくような笑みを浮かべる。


「ああ、楽しませてやるともさあ!」


ロンドガルは知っている。

この地響きこそは、待ちに望んだ『機会』だったのだから。


「これは……」

リザリスが川面を見つめ、気付いた。

さっきまで澄んでいた流水が、土いろに濁りだしていた。


「ヴァル! そっちに大きな岩が見えるな! メイリーを連れてその岩の上まで避難しろ!」

自身はロンドガルに鋒を向けながら指示を出す。


なんてことはない、手垢のついた策だ。


傭兵どもがどうして堆い対岸にいるのか、目の前の火傷の男はなぜ上流から現れたのか。


この地響きの正体とは、『鉄砲水』。


あらかじめ絞っておいた水幅を、タイミングを見て塞いでから男はリザリス達の前に現れたのだろう。

男達は最初から水辺でリザリス達を強襲することを決めていたのである。


その証拠にだ。


どおうっと、押し寄せた濁流が氾濫して、周囲をすっかり押し流す。しかし、リザリスとロンドガルの立つ一帯だけは足首ほどまでしか水かさがなく、中洲が出来上がっていた。


こちらの岸の、二人の周辺のみ、大地が盛り上がっていて水の流れを緩めていた。


「どうしてわかった」

頬に跳んだ汚泥を拭いつつ、リザリスが問う。


三人がソードドックを狩りに森に現れることは予期できても、なぜこの川辺で血を灌ぐことまで分かるのか。


問われたロンドガルはにやにやしたまま「どうしてえ、だろうなあ」とはぐらかす。


タネは明解だった。

ロンドガル達は以前からソードドックのことを知っていた。

さらに言えば、縄張りの巡回路に規則性があることまでも。


その巡回路上で狩りを行い、体を清めようと思ったときに、川幅が広く緩やかで拓いている箇所はそう多くはない。


ロンドガルは、そこから三ヶ所を絞り、いずれの場所でも同じ状況を作り出せるように、細工をした。


ロンドガルにはそれを『可能にする力』があった。


ロンドガルは思う。

戦場において『天災』が命を刈ると言うのなら、その『天災』を繰る者こそは、命を刈り取る資格を有するのではないかと。


ロンドガルの腕輪の隙間から漏れた緑光が、ぬらぬらと妖しい輝きを放つ。


「強ぇなあ、別嬪さあん。あんた強すぎだよお。オレよりよっぽどなあ」


しかし、それを覆す力をロンドガルは知っていた。


ある日、戦場でロンドガルの全身を灼いた『天災』としか呼びようのない理不尽――《アーツ》という力を。


リザリスに向けてロンドガルは腕輪を翳す。


ガッコン、腕輪が真っ二つに縦に割れると、数珠のように、緑光を放つ幾何学の陣が連なった。


「させるかッ!」


バシャッと水を蹴ったリザリスだが、足を止められる。

後方より傭兵たちが弩を並べて斉射してきたのだ。

振り向き様に叩き切り、柄で逸らし、ようやく凌ぎ切ったときには、手遅れだった。


「ご愁傷さんだあ、別嬪さん。オレは運が悪いがよお、生き残るんだよおなあ。あんたじゃない、オレがだよお」


緑光を放つ幾何学の円環が、りぃいとつんざきながら回転していた。


ぼっこおと、飛沫を散らし、出現したのは大地の尖槍。


地面が槍の形状になって、蛇のように鎌首をもたげてリザリスに殺到する。

かわす、横っ飛びに。しかし、中洲という限られた足場はリザリスを追い詰める。


ならば本体ロンドガルをと、向けば、その視界は直ぐ様大量の尖槍に覆われた。


「リサぁあッ!」


少年の声に、カッと眼を開くリザリス。

その瞳が、碧眼が染まる。

蒼窮から黄昏に、――金色に。


腰は下し、外套を纏うように、リザリスが腕を回して身体と戟を密着させる。


ぐおんっと、尖槍が迫った。


「うぅ、らああああッ!」


踏み込むと同時に、呵勢。

その気迫は戟に載った。


ぎりりと、溜めていた上体を用いたバネをはじけさせ、戟が身体から、跳ぶ。

同じく、足から吸い上げた反動が下半身から流れ、上体の螺旋と複合する。


水は逆巻き、白銀と二重の軌跡を引いた。


ばきばきばきと、尖槍のことごとくを、三日月刃は粉砕したのである。


「ああ、ほおんと、うれしいよお!」


ぬらあと、尖槍を打ち砕いた後ろより、火傷の男は現れた。


(あんたみたいなのをよお、相手にしてよお)

到底及びもしなかったであろう絶対強者に命を狙われても、


「生き残っちまったことがあよお!」


降り下ろされる両端刃の剣。


「くっつ・・・ !」

受けた、未だ振り抜きの威力が抜けきらない戟を、中指と薬指とを支点にくるりと回し、かろうじて迎撃した。


だが、そんな苦し紛れが、踏み込みの載った一撃をはじき反せるはずもない。


かんっ


宙を飛ぶ方天戟。


無手になったリザリスには、ロンドガルの靴底が迫る。


「う、くぅ」

重ねた両手で、衝撃に合わせて引きながら受け止めた。

それでもなお重い、靴底に金属でも仕込んでいるのだろう。


威力を殺しきれず、踵で後方に跳ぶリザリス。


それが、『その場所』こそが、ロンドガルの策の骨頂であった。


「だよなあ、そこしか無いよなあ!」


腕輪は緑光を迸らせる。

「『アースディリーーング』!!」


ロンドガルが緑光を纏った腕で握った拳を、水面上から地面に叩きつけた。


がっこお


「ーーなっ!」

崩壊の予兆を聞いたかと思えば、リザリスの足下には無数の亀裂がはしっていた。


なんてことはない、手垢のついた策。


ただの『落とし穴』。


既にリザリスは落下に巻き込まれてしまった。

崩れかけた地を蹴ったところで、力は下に抜けるばかりだ。


だから、リザリスは、


「――ヴァアルッ!」


悲痛の断末魔ではない。


蒼白になったメイリーの隣、強い眼差しを向ける少年の紅い瞳。


「必ず『約束』を守る」


そう言い、安心しろと言うように優しく微笑んだリザリスは、ふわりと白銀が広がった一瞬の浮遊感の後――


――闇と瓦礫に姿を消した。


「はっはあッ!」

ざあと、大穴に流れ込む瀑布を見下ろし、ロンドガルは嗤う。


強かったのはリザリスだ。

死すべきはロンドガルだった。

この結果を作ったのは、『天災』に他ならない。


地形を歪め、手中にできる『天災』としか呼びようのない圧倒的な力。


その力を、ロンドガルが持っていた。

たった、それだけの『理不尽』。


「悪ぃなあ、でもよお、それがあ、戦場だろおう?」


くわっはっは、ロンドガルの哄笑は、汚泥と共に大穴に吸い込まれた。



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