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ヴァルキュリアのリーサルウェポン  作者: yu-in
イルダート ~~戦乙女の紅蓮の槍~~
23/41

イルダート22

山岳から流れた河川は、人の領分を通り、『魔窟の大森林』まで流れ込んでいた。


雄大な森林を賄う水源がまさかこの一本であるとは考えられず、水の涌き出る場所が随所にあるだの、地下湖が存在して巨木が根から吸い上げているだの、多様な憶測が飛び交うが、真相は霧の向こうである。

なにせ、踏み入ったものは生きて戻らないのだから。


メイリーは河川のほとりで、ぱしゃぱしゃ、ひんやりと冷たい水面に両手を浸し、揉み手でソードドックの血を洗い流していた。


「……わたくし、ほんとになにもできませんのね」

ぽつりと、水面にぼやける自分の影に向けて、言葉を落とす。


もともと分かっていたことのはずだ。

だけれども、メイリーは素直に頷くことができなかった。

だから、なにかをしようとした。何でもいいから役に立たなければと思った。


焦燥、だったのだろう。

置いてかれてしまうと思った。


リザリスとヴァル。

メイリーには眩しい二人。


メイリーは二人を護衛に雇ったわけではない。立場はあくまでも『対等』だ。


いままでは、メイリーにも給仕という『できること』があった。

しかし、『戦闘』という門外漢の領域に及び、メイリーが『できること』を無くしたいま、はたして立場は『対等』と言えるだろうか。


「わたくしは……」

「えっとね、メイリー」


隣で同じく血を落としていたヴァルが、気遣わしげに呼ぶ。

なんですの? と横を向き視線で尋ねるが、ヴァルは、むみゅうと、唇を曲げるばかりで何も言わない。


メイリーが再び血を落とす作業に戻ろうとしたとき、ヴァルは、ばしゃんと水を跳ねさせて、顔を水面に浸けた。

水面から顔を上げたヴァルが、ふるふると頭を振るものだから、メイリーにまで飛沫がかかる。


「ちょっとお!」


メイリーが抗議を上げれば、ヴァルはすっきりした顔で「ごめんね」と謝った。


「メイリー! たよろうよ!」

そんなことを突然いい始めたのだ。


「ぼくはいっぱいリサにたよってきたよ? 知らないことばっかりだから。リサもこまったらたよってくれるよ? リサは……『ぶきよう』だもん。だから、メイリーもたよっていいんだよ!」


うんうんと、自分の言葉を自賛するようにヴァルは頷いた。


「ヴァル……」


まるであどけない。それに、出会ったときからずっとメイリーに限らず誰かを気にかけて上げられる優しさを持っている。


だけど、彼もまた、メイリーよりよっぽど血を被って生きてきた一人なのだろう。現に、ソードドックへのとどめもヴァルが刺したのだから。メイリーと違い、躊躇いを挟むことなく……。


「そう言えるのは、リザリスさんとヴァルが、背を預け合える間柄だからですわ」


意地悪なことをわざわざ口にしていた。


ずっと、リザリスへのコンプレックスはあった。

なにをやらせても、結局リザリスの方がいつも上手だった。


一方でメイリーは、同じようにリザリスにすがっているように見えたヴァルには、知らずのうちの仲間意識を覚えていた。

その姿をみて、ほっと胸を撫で下ろしていたのだ。


だけど、いまは違う。

ヴァルは立派にリザリスの補助の役目を果たして、真逆にメイリーは、言い出したこともできていない。


目配せひとつ、あるいはそれすら必要とせず、互いに求めたこと

をやってのける二人。

隠れて見ているだけのメイリーからすれば、その姿は二人が互いを必要としているのを見せつけられているみたいだった。


「わたくしは、わたくしの都合にお二人を巻き込んでいるのです。なのに、ご迷惑をおかけしているぶん、一番しっかりしなくてはならないはずのわたくし自身がこれでは、お二人に頼るなんて……」


水のなかでぎゅうと握ったこぶしは、冷たさでかじかんでいるせいで感覚が鈍い。


メイリーは二人の仲間でありたかった。

(でも、これじゃあ……)


「また、そんなことを考えていたのか」

「リサ!」


落ち込むばっかりのメイリーに困り果てていたヴァルが、目を輝かせてリザリスを迎える。


「リザリスさん」

「まったく、おまえは。ヴァルを困らせるなどけしからん。度しがたい大罪だぞ。そう、この世で最も重い罪だ!」

「……申し訳ありませんわ」


大仰な言葉にも目をそらして返すメイリーに、「うぐ」とリザリスがつまる。


「わ、わかればいいんだ」

もごもごと言ってリザリスは、固まった血を流すために髪を結い上げていた紐をほどいた。


ふわりと、銀糸が風にすける。


思わず見惚れたメイリーを横切り、水に浸した手で髪を流していく姿には同姓といえどもどきりとさせる色香があった。


一撫での毎、血汚れは銀髪から失せ、濡れた髪は陽光で映える。


(髪を洗っているだけなのに、どうしてこうもこの人は色気があると言いますか……)


髪に指を突き入れる際に覗くうなじ、耳に銀糸をかける仕草。

水滴が流れて伝う頬と唇は、いけないものを見てしまったかのような気持ちにさせる。

嫉妬する気持ちすらおこらない御姿だった。


それに引き換え。


自分のこんもりと広がる栗毛の先を摘まむメイリーは、「はあ」と溜め息を吐き、また一つ劣等感を募らせたのである。


「メイリー、おまえがどう思っているかは知らないが、わたしは自分の意思でおまえを連れていくことを決めたんだ。それがわたしの目的に必要だと判断したからな」

「リザリスさんの、目的?」


どういう意味だろう。

『月グマ亭』でリザリスがメイリーの同行を渋い顔で了承した日までメイリーは二人を知らかった。二人ももちろんそのはずだ。


そんな出会って間もない関係なのに、どうメイリーが二人の旅の目的に関わってくると言うのだろう。


「まさか、『世界を救う』なんて言い出しませんわよね?」

そうあしらわれたことを、密かに根に持っているメイリー。


皮肉で言ったはずのメイリーの言葉に、しかし、リザリスは眉を寄せる。


「なんだ、信じてなかったのか?」

心外だ、と言わばかりだった。


「からかわないで下さい。とっくに寝物語の英雄譚に憧れる歳は過ぎましたわ。人の力、いえ、例え国の力があってもそんなことは成りません。そもそも、しようとすら思わないでしょう」


首を振ってバカバカしいと否定するメイリー。

そもそも『救う』とはなんだ。

世界を一権の下に御そうというのか。

それとも、まさか、世界を脅かさんとする魔の類いでも、現れようと言うのだろうか。


どちらにしろだ、リザリスがいかに強くてもその体は人の身一つだ。世界をどうこうする驚異にどうやって抗うと言うのか。


「そんな冗談で誤魔化さなくったって、話したくないのなら聞きませんわよ」


すねた口調でそっぽを向く。

結局のところ、信頼されていないことが証明されただけである。


「冗談なんかじゃない」


まだ続けたいというだろうか。

これ以上惨めにされてはたまったものではない。

尖った目で振り返ったメイリーの先で、白銀の髪の少女は、遠くを、場所ではない遥かを見据えていた。


「冗談なんかじゃない。わたしは『世界を救う』。それを越えた先にしか、わたしの望む未来は無いのだから」


覚悟を確かめて呑み下すかのように、リザリスはじっくりと告げ、最後にメイリーの向こう側、ぱしゃんぱしゃんと水面を少年を慈しむように見たのだ。


「……貴女の視る先にはいったい何がありますの?」

リザリスの並みならない雰囲気のためか、はたまた碧眼の奥に神秘めいた、またたきを見た気がしたからなのか、メイリーは口にしていた。


ぱしゃん――


「……リサ」

水で戯れるのを止め、ヴァルが張りつめた声でリザリスを呼ぶ。


「――ああ、分かっている。しかし、ここまで近づかせるとは、少し気を緩めすぎていたな」

髪をかきあげて水を指先からはじき、鋭い眼でリザリスは脇に置いた方天戟の柄を掴んだ。


一人事態に置いてけぼりのメイリーは二人の豹変に「え、なにがおきましたの?」と困惑するばかり。


リザリスはこちら岸より数メートル高い川向を睨み構え、ヴァルは短刀を手に「こっち」とメイリーの肩を引き、後ろにかばう。


「せ、説明を下さい! 一体なにがッ――」


言葉尻を切ったのは飛来した一本の矢だった。

向こう岸から放たれ、メイリーを狙った矢。

それを、リザリスが水面を切りながら戟によって叩き切る。


ぎいん、つんざきを聞けば、ようやくメイリーにもなにが起きたのか理解できた。


「ま、まさか……」

来たというのだろうか、あの月夜の城で、国境の駐屯地で合間見えた、『悪魔』が……。


がさりと鳴ったのは、リザリス達のいる岸の上流側の茂みだった。


「あ、ああ……」

汗が吹き出る。恐怖にすくむ。


嘲笑うようであった。

にたにたと、親しげな、しかし、不愉快と不審を抱かせる笑みで、革鎧を裸身に纏った男は現れた。


「よおう」

焼けただれた頭のその男は、友人の肩を叩くような気安さで、そう言ったのだ。



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