イルダート21
中途半端はやっぱり気になってしまいます。
イルダートを一行が後にするまでは更新させていただきます。よろしくお願いしますね。
リザリスの忠言を拒んでソードドックの討伐に同行したはいいものの、ソードドックの骸の前で怖じ気づいてぷるぷる震えているメイリーを横目に、リザスはこめかみを抑えた。
「荷物だけ持っていればいいものを、まさか角の摘出までやりたがるとはな」
「わ、わたくしは、戦闘は出来ませんから、ひゃっ、だ、だからせめてこれくらいのお役には立ちたいのでっ、しゅっ」
メイリーはソードドックの頭におっかなびっくり手を添え、眉間に摘出用のナイフを突き入れようとするのだが、死骸に触れることすらおっかなびっくりなのだ。とても指をばっさりやらないで作業を終えられるとは思えなかった。
「まったく、お前と言うやつは……」
見かねたリザリスは、メイリーの対面に腰を下ろすと、シワがよって痙攣している眉間に向けて指をはじいた。
「いたッ! なにをなさいますの!」
「危なっかしいんだ。役に立ちたいと言うのなら、まずはその震えを止めろ」
赤くなったところを抑えて、涙目でメイリーが「は、はぃ」と小さく返事をすると、リザリスは「ふんっ」と鼻を鳴らした。
それから、ナイフの柄を握るメイリーの手に自分の手を重ねる。
「あっ」
不意な感触に、驚きが口を出る。
見た目通りのしなやかな手だった。
柔く、女性らしい手。
しかし、リザリスがあらためて、きっちり据えるために上から強く握ると、柔い表面の下に硬い地盤が出来上がっていることが分かった。
硬く厚い皮膚は触覚を鈍らせる。
徒手を好むものを別とし、真に武技に精通しようと思えば、それは障害でしかない。
もちろん反復によって、決まった『型』を練り上げることで、『手首から先を固めた』状態の武技を極める者も居る。
各国の兵や騎士などの訓練はまさにこれで、むしろ、多数派と言えるだろう。
柔軟さよりも堅実さ、守りに優れていることから、彼らの役割の本懐とも言えるほかに、習得、練磨自体がひたすらの反復によるところが大きいので、敷居が低いと言う理由がある。
リザリスの場合は、武器を柔軟に、自在に扱うことに要点を置いている。切っ先の先の先まで力を伝達させ、あたかも己の手足のように扱うのだ。
そのために武器を振るうときに、手に負担がかかってはいけない。摩擦や衝撃を手だけで受け止めるようでは、武器を己の体にしているとは言えない。
もちろんメイリーのように武器を持ったことの無い手では駄目だ。それでは、武器を支えきれない。
リザリスの硬さと柔さの積層にはそういう理由があった。
メイリーでは握られた手からそんなことを読みとることはできない。この時メイリーが思ったことは、ただ、漠然とそれが『戦う手』であることと、不遜な白銀の少女が、城から見下ろした兵達がそうであったように、『強さを目指して腕を何度も上げ下げしていたのだろうか』ということだった。
「ちゃんと聞いているのか?」
「えっ、あ、はいっ」
碧眼に睨まれ、我にかえる。
「何度も説明しただろう。ソードドックの角は鋭い、誤って指を切らないように背をしっかり握っていろ、と」
「はいっ!」
「それからナイフは角の角の背をなぞるように突き入れていく」
「うひゃん、ひゃ、は、はいぃ!」
もう片方の手もリザリスにとられ、逃げ場の無くなったメイリーの両手に肉を皮を破り、肉を裂いていく感触が直に伝わる。
たまらず悲鳴を上げて、手元を弛めそうになるが、じとりと見てくる碧眼に、踏み止まらされた。
手を止めたリザリスに、こくりと頷き、続行の意思を示すと、リザリスは「ならよく見ておけ」と一言。
ずずっと一息にナイフを深くに入れた。
「~~っ!」
背中の産毛をむしられたみたいに、頭のてっぺんまで怖気が走った。
悲鳴だけは何とか噛み殺し、メイリーはリザリスの言葉に耳を傾ける。
「角本体は硬い上に、引き渡さなくてはならない。だから、それが生えている根本まで、――切り開く!」
「ふひゃ、ひゃひゃい ひゃい!」
リザリスが突き立てたナイフを寝かせて、力業でぐぱっと開けば、ぐじゅぐじゅとした血溜まりがこぼれだし、白とピンク色の肉の断面が覗いた。
「角を根元の筋が見えるな? ソードドックはこの靭帯によって角を支えるのと同時に衝撃を和らげ、耐久度を上げているんだ。だから、この靭帯に切り込みを入れてやり、あとは……」
ナイフを差し込みながら力を入れて倒してやると、ぱきり、軽い音を立て、意外なほどあっさり角は抜けた。
「これで、完了だ」
「あ、あひがとお、ごじゃいま、したわ」
リザリスが宣言し、手を解放すると、今にも溜まった涙を落としそうにしながら、メイリーはお礼を言った。
それを眺めてリザリスは、一体、本日何度目なのか、数えるのも億劫になる溜め息を吐いたのだ。
「……はあ、まったく、わかったから匂いがこびりつく前に洗ってこい。このままでは狩りを続けられないだろう」
しっしっと、メイリーをしぐさで追い払い、リザリスはソードドックの骸の処理に取りかかり始めた。
さすがに、こんな状態で駄々をこねるほど、メイリーも理屈が分からないわけではない。
すごすごと意気消沈したメイリーは、とぼとぼと水場に向かう。
その背を、肩を竦めたリザリスに促され、ヴァルは苦笑いで追いかけたのだった。
今章終了まで、週2、3話のペースでの投稿を考えています。
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