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ヴァルキュリアのリーサルウェポン  作者: yu-in
イルダート ~~戦乙女の紅蓮の槍~~
19/41

イルダート18

終わってみればなんとも一方的だったヴァルと主人の戦い。


「ヴァル、すごい・・・」

いつの間にか、ヴァルの身を按じるのを忘れていたメイリー。


体格さは歴然、にも関わらず押し負けるどころか、小さな体からは想像も出来ない破壊的な攻撃を繰り出し圧倒したヴァルの姿は、怪物を相手にものともしない英雄像と重なってメイリーには見えていた。


思えば、森のなかで男二人組よりメイリーの窮地を救ってくれたのもヴァルである。

メイリーはふと、そんなことを思い出して、とくんと、鼓動が跳ねるのを、聴いた。


きゅっと、胸元を握り、興奮の冷めきらないうちに駆け寄ろうとしたときである。


「ヴァ……」

「う"ぁ~る!」


白銀が一足先に、少年を後ろから抱き締めたのである。


「リサ! 勝った!」

「うむうむ、さすがわたしのヴァルだ。かっこよかったぞ! 記憶にくっきりバッチリ焼き付けたぞ!」


ぐりぐり頬擦りをするリザリス。

その後ろで行き先をなくした足をゆっくりと元の位置に揃え、朱の差した顔を誤魔化すように「こほんっ」と咳払いした栗毛の少女を見ていたのは女将だけであった。



ヴァルの立ち回りは特殊だ。

≪ウェポンズ≫という存在が初めて確認されてから数年。いまだ、完全な認知が出来ているとは言いがたい。

このイルダートでもせいぜい『聞いたことはある』程度だ。


主人からすれば、ヴァルの≪ウェポンズ≫の力を駆使した立ち回りは、未知の力と突然遭遇したという形になる。


だが、この勝負の勝敗の決定的要因はそこには無い。


この勝負の開始時、リザリスは『絶対』を宣言した。

それはもちろん主人も読み取ったように侮ったからではない。


主人の優しさを見抜いていたからだった。


初め、ヴァルが無手で向かってきたとき、例えば素早く横に薙いでいたら。

腕を引き戻したとき何も考えず斬り抜くつもりでいれば。

最後の反撃、武器ではなく、ヴァル本体を狙っていたのなら。


相手を想う剣で相手を下すには、相手よりも数段上の技量が必要だ。片足を患う主人にその技量が無いことは、瞭然だった。


「ご主人、納得は出来たか?」

リザリスの問いかけられ、主人はじっと握る剣を見る。


ただでさえボロだったのに、ヴァルの連撃を受け止めたせいで、余計にひどい有り様になっている。

剣芯にまで達しているであろうひびの状態を見るに、素振りに使うだけで、ポッキリいってもおかしくない。


ながらく放置していたくせをして、いつ壊れてもおかしくないとなって初めて愛着らしきものが湧いて来た


もうこの剣で戦うことはないのだ。

黙祷するよう瞳を閉じ、主人は敗北を認めたのである。


「さて、次はわたしの番ということになるが……」

主人が何も言わないことと雰囲気から質問に肯定したと判断したリザリスは、おもむろにヴァルの手から短刀を取った。


そして、


ギャィン


猫の尻尾を踏みつけたかのような、鈍さと甲高さの混じった音が裏庭を駆けずったかと思えば、認識の外側から現れたリザリスが主人の胸を短刀の柄尻でとんっと叩いた。


「これでどうだろう?」


一言を終えると同時に、主人の握っていた剣の鍔から先が背後にとすっと刺さり、砕け散った。


一瞬、それこそ瞬きの間に違いない。

リザリスは衆目を引き剥がし、殆ど壊れかけだったとはいえ、主人の剣の刀身を短剣で切り飛ばしたのである。


例え、ヴァルの短刀が業物だったとしても、同じことが出来るものが何人いるだろう。


まず、認識されてはいけない。

刃を持つ相手が向かってこれば、人は防衛行動をとろうとするものだ。

それでは短刀のような軽い得物では、半ばで止まってしまう。


次に、剣の状態から『砕く』のではなく『切る』ことが出来る亀裂を見極めなければならない。

主人の剣の状態では数ミリずれただけでもその場で剣が砕けてしまっていただろう。


意図的にやったというのなら、まさしく神の為せる所業であった。


主人も起こったことへの理解が及ばず、目を丸くしていた。

普段は威圧感のある熊のような図体の主人だが、こうなってみると不思議な愛嬌がある。


「リサすごーい!」

「うん? そうか、すごいか、じゃあ頭をなでなでしてくれ!」


気持ち良さげにヴァルに頭を差し出す様からは、まるで先の剣技の腕を感じさせなかった。

女将が我が目を疑い、顔をごしごし擦ったのも仕方のないことだろう。


「ちょっと、リザリスさ……、えっ?」

調子に乗ってヴァルの胸に額を擦り付け始めたリザリスを見かねたメイリーだったが、はたと止まる。


(リザリスさんの、瞳……)


「ん? どうした、お前も何かするのか?」

そう尋ねたリザリスは、いつものように『碧眼』でメイリーを映していた。

「あ、いえ、わたくしは情けない限りですが武芸はからっきしですわ」

「だろうな。わたしもお前のような危なっかしいのに剣を持たせたくない。バッサリ逝ってしまいそうだ」


淡々と言われてしまうと、つい言い返したくなるものだ。

「い、いくらわたくしだって仲間の背中を切ったりはしないですわよ」


唇を尖らせるメイリーに、リザリスは「何を言ってるんだ?」と首をかしげる。


「バッサリ逝くのはお前の方だぞ? 交戦しているときお前が武器を持って混じっていると、こう、な?」

「怖いですわ! わたくしは貴女にとって敵同然ということですの!?」


我が身を抱き締めるメイリーに、リザリスは首を横に振って違うと示した。


「敵同然じゃない。お前だからだぞ?」


「……わたくし、その言葉をこんなふうに聞く日が来るなんて思ってもみませんでしたわ」

肩を落とすメイリー。

リザリスはそんなことは歯牙にもかけず、主人に向き直った。


「というわけでご主人、力試しはもういいだろうか?」

きりりとすました顔で問いかけるが、傍らの少年に頭を撫でられているせいでまるでいまいち冗談めかして見える。


主人は、手元の柄だけになった剣をじっと睨み、やがて一つ息を吐いた。

「……好きにするといい」

「あんた……」


女将は、ぎゅっと唇を引き結び、しかし、なにも言わず足の不自由な主人を支えたのだ。

そのまま店に戻っていこうとする二人を、リザリスはいまいちど、「ご主人!」と呼び止める。


「わたしたちはご主人に自信をもって送り出して貰えるだろうか?」


もう、剣はない。

その剣を砕いたのは、主人が守ってやりたいと思った『子供』たちだった。


だから、もう、守ってやらなくてもいいのだ。


「……『金色の瞳の女神の祝福を』」


背中を向けたまま、成功を祈って送り出す言葉を『子供たち』に。


「気を付けるんだよ」

堪えた声でそう言った女将とともに、主人は店内へと姿を消した。


「うむ、ああ……」

曖昧な返事で頬を掻いたリザリス。

その横で、メイリーは主人の言葉にどきりと小さく肩を跳ねさせた。

先ほど、リザリスに声をかけたとき、その瞳が、『金色』に染まって見えた気がしたからだった。


卓越した力、

他を寄せ付けない美貌、

それに『金色の瞳』というシンボルまで加わったら、


それではまるでほんとにリザリスは伝承の『ヴァルキュリア』そのものではないか。


そんな考えをメイリーは、ぶんぶんと首を振って否定する。


(おとぎ話はおとぎ話ですわ、それに……)


「リサ、いつまでなでなでするの?」

「うむ、疲れたかのか? よし! 代わりにわたしがヴァルをぎゅ~ってしよう!」

各国で言い伝えられる『女神』がこんなだらしない顔で自分よりも背丈の無い少年相手に鼻息荒くするものだろうか。


「いつまでやってますのよ。というか、リザリスさん。ほんとに憲兵につきだしますわよ?」

「む? なんだ、わたしが変質者だとでも言うのか?」

「ええ! そう言っていますのよ!」


ヴァルのほっぺをむぎゅむぎゅして、首筋に顔を埋めて時折、鼻梁を上下に動かす姿が他になんだというのだ、という話である。


「ふん! お前だってヴァルの魔性のなでなでを受ければ容易く陥落するに決まってる。だから、わたしは悪くない!」

「な、なでなでがなんだって言いますのよ! ヴァルのなでなでくらい……」


言葉尻がすぼむメイリー。

気がつけばじっとヴァルを見つめていた。


そんなメイリーが物欲しげに見えたのだろうか。

ヴァルが手をグーパーして尋ねたのだ。


「なでなで、する?」

「え、あの、……そ、それで、はーー」

「だーめーだーっ!」


ぎゅっと横からヴァルをかっさらう白銀。


「お前っ! やっぱりヴァルをイヤらしい目で! ……くっ、じ、時間が惜しい、行くぞ! 情報収集して、明日は討伐に行くんだからなっ!」


さっと、ヴァルの手を引き、裏庭から直接通りに出る木戸を開くリザリス。

その後ろでは栗毛の少女が赤い顔を隠すように両手で覆っていたのだ。


「わ、わたくし、何を……」

らしからぬ。

思わず、頭を差し出しそうになったなどあまりに、らしからぬ。


そもそも女は髪に魂が、男は手の平に魂が宿るとロウキュール王国では言われ、男は職に励んで魂を鍛え、女は逆に清らかさを保つため容易く触れさせてはならないとされている。


特に男の手に女の髪を触れさせる行為は、互いの魂を触れ合わせるということになり、親しい間柄でなければゆるしてはならないと、メイリーも教えらて育った。


そんなはしたない事をいま、自らしでかそうと考えたなど、あまりにらしからぬことであった。


逡巡をしていたせいだ。

気がつけばリザリスたちとの距離が離れていた。


「おい、何をしている。一緒に行くのだろう! それとも置いていっていいのか、……『メイリー』」


そういうと再びリザリスはメイリーに背中を向けて歩きだした。

「えっ、いま、わたくしの名前……、あ、待って、待ってくださいまし!」


慌てて駆け出すが、リザリスが早足で歩くためなかなか追い付けない。


「りーさ。かおまっかっか」

「う、むう、そんなこと言ういじわるっこヴァルはこうだっ!」

「あ、う~」


抱きついたばかりか、「ここか、ここはどうなんだ。」とヴァルの耳を舐るリザリスである。

そんなふうに、二人がじゃれあっている間に追い付いたメイリーは早速お叱りを飛ばすのだ。


「ちょっと、こんな人目もある場所何を考えていらっしゃいますの! 時間が惜しいのでしょう? ほら行きますわよ!」

「ぬっ! おい、わたしとヴァルのスキンシップを邪魔したばかりか、なに勝手にヴァルの手を握ってるんだっ!」


リザリスの苦情も無視して、間に割って入り、強引に腕を引くメイリーは、楽しそうであった。



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