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ヴァルキュリアのリーサルウェポン  作者: yu-in
イルダート ~~戦乙女の紅蓮の槍~~
11/41

イルダート10

『月グマ亭』への雇用についてはとんとん拍子に進んだ。

ひとえに容姿のためであろう。


精練された彫刻のごとき美貌のリザリス。

若さの余る活発さを感じさせるメイリー。

客寄せ効果を狙った接客業の従業員の見た目としては満点といって良いだろう。


それに二人よりも一回り幼い容姿のヴァルがいる。

子供というのはそこにいるだけで空気を和やかなものにしてくれるものだ。

それがヴァルのように裏表の無く、いつもにこやかな子供なら申し分ない。

長く連れ添った夫婦が切り盛りするこの宿屋に欠けていて、まさに求めていたものを三人が持ち寄ったということになる。


ただ一つだけ問題があったとすれば、それはヴァルもホールに出すという話が出たときだ。

リザリスが反対した。

雇用される立場であることなど、蹴っ飛ばす勢いで尊大に腕を組んで食い下がったのだ。


曰く、『わたしのあいらしいヴァルを他人に奉仕させる? 正気か? 人が集まりすぎてこの街が機能しなくなるぞ!』

と、更には、

『だいたいヴァルをじろじろ見て愛でて良いのはわたしだけなんだ。他の有象無象の視線に晒して良いはずがないだろう』と言うことらしい。


この言いぐさに、青筋を浮かべた女将だったが、メイリーが間に入ってとりなし、ヴァルは厨房で主人の小間使いをすることで話がまとまった。


ヴァルがそこらの大人以上に刃物の扱いに慣れ、十分に役割をこなせると判明してからは、女将も安心したようで、ますます仕事に精を出すようになった。



そうして、イルダートへ三人がやって来てから一週間が過ぎた。


すっかり勝手もわかった仕事場で、メイリーはぐでんと、テーブルにしなだれかかっていた。


「やっと、お客様がはけましたわ」

時刻は遅く、飲んで英気を養った男達も自宅で明日に備える時間帯だ。だというのに、ついさっきまで満員御礼で賑やかだった『月グマ亭』。


心なしか日に日に忙しくなっているような気がするが、これも女将と主人が長年で築き上げた信頼の成せることだろうと、考えるメイリー。


真相は『月グマ亭』に新しく入った娘が二人揃って上玉らしいと、聞きつけたそう言う手の話にばかり耳ざとい田舎の男共が目の保養に詰めかけていたのだが、それはメイリーの預かりしるところではない。


年代を感じるテーブルを丁寧に拭いたところで、女将から休んで良いとのお許しが出て、メイリーは一息吐いていた。


「ずいぶんとお疲れみたいだね」

「あ、女将さん」


だらしない姿では失礼だろうと立ち上がろうとするメイリーを「いいだよ、そのまんまで」で制する女将。

口調は荒々しくはある女将だが、一緒に過ごしていると、朗らかで親しみ安い。


そんな女将の気質に惹かれて常連になった客も少なくないのではないだろうか。でなければ『昔は美人だったのにな!』などと憎まれ口を叩いて、わざと、どつかれたりなどしないはずだ。


「まあ、ここ数日ずっと騒がしいんだからアンタがそうなるのもしかたないさね。まったく、あんのスケベエ共が」

「ふふっ、女将さんったら。 ……でも、そうですわね。リザリスさんがいなければとても凌げませんでしたわ」


不甲斐なさで、恥じ入るように視線を落とす。


放っておけばなにかにつけて『ヴァル、ヴァル』と厨房に入り浸っていたリザリスだったが、仕事はきっちりこなしていた。

注文の記憶も完璧だったし、順番も料理や場合によって前後させても基本は忠実だった。

食器が足りなくならないようにさりげなく下げたり、喧騒に呑まれて気後れする客に対応する余裕さえ見せていた。


いざ忙しくなってはじめてリザリスが客の回転を把握し、節度を守っていたことにメイリーは気がついたのだ。


(これでは偉そうに小言を言っていたわたくしの立場がありませんわね)


王都までの旅では頼りきりになるだろうから、せめて金策では活躍しなければと考えていたのに、自分の凡普さを再確認させられただけのような気がした。


「なにを落ち込んでんだいっ! アンタだってよく働いてくれてるよ。しっかりした人に教えてもらった、気持ちの良い仕事だ」

「その、それは……」

嬉しそうにはにかんだ反面、困った感情も面に出てしまう。


「良いんだよ。問いただしたりなんかしないさ。旅人なんて大なり小なり事情を抱えているもんだろう?」

「女将さん……、ありがとうございますわ」

本当にいい人だ。

つい甘えてしまう。


思えばリザリスとヴァルも一度としてメイリーの事情を聞き出そうとはしない。

だからこれ幸いとだんまりを続けるのは浅ましいのだろうか。


だが、話せば二人は今度こそメイリーを置いていくかもしれない。王都へいける機会に再び巡り会える確証はないのだ。メイリーは二人にかじりついてでも着いていくしかない。

だから、話すことはできないと言い訳をする自分は二人を騙しているのといかほどの違いがあるというのだろう。


「そんなしょぼくれた顔してんじゃないよっ!」

元気なく垂れる栗毛を、女将はぐしぐしとかき回したのだ。


「はわぁ! う、う~、女将さあん」

「明日もきりきり働いてもらうんだからね! ほら、まかないだよ。三人で食べな!」


情けない声を上げて、上目遣いで頭を撫で付けるメイリーの前に女将は大皿を並べていく。

いささか豪勢なメニューを前に、忙しくて忘れていた空腹を思いだしたメイリーのお腹がぐぅとねだった。


「あ、ありがとうございますわ! 女将さん!」


大きな声で音を誤魔化そうとしてみても、朱く染まった顔までは無理だ。

そんなメイリーを微笑ましげに見ながら、「たんと食べなよ」と最後に優しく頭を一撫でし、女将は残った仕事を片付けに向かった。


「そういえば、あの二人はいったいなにをしていらっしゃいますの?」

メイリーと一緒に本日の業務終了のお達しのリザリスはヴァルを向かえに行ったっきり戻ってこない。


「……」


はしたないと思いながらも乞食のように目の前の料理から目が離せない。

ごくりと生唾が下れば、お腹の底がきゅうっと絞まって、催促してくる。


「ああ、もうっ!」


無意識に伸びようとする手を抑えられないと判断したメイリーは無理やり目をつむって立ち上がり、厨房へむかった。


開け放った扉の向こうには……


「ヴァルぅ、もっと~」

艶やかな声。

「う、んっ、これでどう? リサ」

「む、ふふぅ、いいぞお、とおってもいい」


甘えた声を上げ、リザリスはますますヴァルへと身を寄せる。

だから、ヴァルも困った顔をしながらも、足に精一杯力を込め、リザリスに応える。


「……何をしていらっしゃいますの?」


冷ややかな視線を浴びせるメイリーの瞳には、頑張って背伸びをしてリザリスの頭を撫でるヴァルが映っていた。


「む、出たな?」

さっと、リザリスが庇うようにヴァル抱き寄せる。


「人を獣かなにかのように言わないでくださいまし!」

「大差ないな。お前はわたしのなかでは要重要警戒対象だからな」

「ねえリサ、まだなでなでしてないとダメ?」

「うむ、もう少し頼む」


メイリーへ向ける威嚇と、ヴァルへ向ける甘ったるい表情、その切り替わり早さには、舌を巻く。


「ちなみに、どうしてわたくしがその『要重要警戒対象』なんですの?」

「ヴァルを誘惑しようとパンツを……」

「あーあーあーっ! そのことは忘れてくださいまし! あれは間違いだったのです!」


聞こえない~と、耳を塞ぐメイリー。


「まあた、アンタたちは、ホールにいても丸聞こえなんだがねぇ」

やれやれと、いつかと同じように女将が現れた。


「あ、女将、感謝する」

「女将さん、おつかれさま」


頭を撫でながら、あるいは撫でられながらのなんとも締まらない二人に労われたかと思えば、次には「女将さーん!」と栗毛が泣きついた。

女将はそんなメイリーに「しょうがないねぇ」と、しかし嬉しそうに言ったのだ。


「あんまりいじめてやったら可哀想だろう。ほら、あっちにまかない置いてあるから食べて休みな」


「ヴァル、ご飯だぞ!」

「うん、お腹すいたね、リサ!」


女将が顎をしゃくった先に揃って飛び出していったのである。


「ほら、アンタも早く行きな。平らげられちまうよ?」

ぽんぽんと、肩を叩いてやると、メイリーも「はい!」と一礼して二人を追いかけた。


それを見送り、女将はふと厨房もう一人に声をかけた。

「なんだっていうんだい?」


長らく連れ添って宿屋をきりもりしてきた夫婦だ。

洗った皿から水滴を拭き取って、まるで素知らぬ顔していた主人が実は、こちらに意識を向けていたことに気がついたのだ。


「……いや」

空っぽの樽に響いたような、見た目を裏切らない深みのある声だった。

やはり、夫婦にしかわからないなにかがあるのだろう。

女将は、気まずそうに視線を回してから瞼を閉ざすと、観念したように腕を組んだのだ。


「ああそうだよ、その通りさ。思い出して重ねちまってるよ」

この月グマ亭で、かつてあの三人組のように走り回っていた、自分達の子供のことであった。


一人は泊まった商人といつの間にか『いい仲』になって家を出て、もう一人は職人の家へ弟子入りし、違う町で立派にやっている。

そして、一番末っ子でじゃじゃ馬っこだった子は……、死んだ。


主人が深く息を吐きながら身じろぎする。

その動作はぎこちなく、覚えのあるものならば主人が足を患っていることが分かるだろう。


ありがたいことにお客は出入りしてくれて、今日まで夫婦が暮らしていくより、少し多めの収入を得られ、不自由はしていない。

それでも、ふとした拍子に、子供たちの声が聞こえたような気がして、郷愁に駆られるのだ。

若い人を雇おうと考えたのも、そんな思いが後押ししたからかもしれない。


「でも、あんただって、それはおんなじだろう?」

そんな女将の言葉に、主人は手をとめ、小さく肩をすくめただけであった。



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